表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
30/111

第30話「総裁選と80兆円」

時事ネタ?社会風刺?いずれにしろ、この作品はフィクションであり、実在の企業・団体・個人とは一切関係ありません。キリッ

2025年10月4日。土曜日。


内閣官房の執務室に、橘慎一郎は一人だった。


モニターに自民党本部の中継が映っていた。


音量は小さくしてあった。


冷めたコーヒーを一口飲んだ。


総裁選の告示から十二日が過ぎていた。


当初は「大泉vs高道の2強対決」という構図だった。


議員票では大泉が先行し、メディアは「大泉優勢」と報じ続けた。維新が大泉に近づいた。石田派の一部も大泉に流れた。


それが変わったのは、一週間前だった。


大泉陣営が、SNSに好意的なコメントを投稿するよう依頼していた問題が発覚した。


「やらせ」という言葉が一人歩きした。


大泉の勢いが、静かに止まった。


橘はその経緯を執務室のモニターで見ていた。


想定の範囲内だった。


大泉が維新に近づいた瞬間から、保守票の流れは変わり始めていた。あとは望月が動くだけだった。


投票当日の朝、橘のスマートフォンに望月からメッセージが来た。


「手配は済んだ」


それだけだった。


橘は返信しなかった。


第一回投票。


開票が始まった。


モニターの中で、アナウンサーが数字を読み上げた。


高道早苗:党員票119・議員票66・計185票

大泉進太郎:党員票78・議員票82・計160票

森 芳久:党員票62・議員票44・計106票

大林鷹夫:党員票21・議員票31・計52票

望月邦彦:党員票15・議員票21・計36票


過半数に達した候補者はいなかった。


決選投票へ。


アナウンサーが解説を続けていた。


「高道さんが党員票でトップに立ちました。大泉さんは議員票でリードしていましたが、やらせコメント問題の影響が出たとみられます——」


橘はモニターの音量を絞った。


望月が動いたのは、第一回投票の開票が終わった直後だった。


望月派の議員が決選投票で高道に流れる。大林派も同じだった。大林は「満員電車状態」の大泉陣営より、高道陣営に乗った方が後の人事で有利と判断した。


「党員票が一番多い候補に投票せよ」


望月が事前に下した指示の意味が、ここで完全に回収された。


決選投票。


高道早苗:185票

大泉進太郎:156票


モニターの中で、高道が壇上に上がった。


拍手が起きていた。


「新しい時代を刻む——」


橘はモニターを消した。


スマートフォンを手に取った。


望月からメッセージが来ていた。


「今夜、赤坂。来られるか」


橘は返信を打った。


「はい」


その夜。東京・赤坂。


料亭の個室に五人が集まった。


高道早苗。片貝かつき。大泉進太郎。望月邦彦。橘慎一郎。


仲居が料理を運んで、障子を閉めた。


高道が口を開いた。


「望月さん、ありがとうございました」


「いえ」望月は静かに言った。「高道さんが勝てる設計をしただけです」


大泉が苦笑した。


「俺は負け役でしたね。やらせ問題まで出て散々でした」


「想定外でしたか」望月が聞いた。


「正直、あそこまで騒がれるとは思いませんでした」


「でも結果的に保守票が高道さんに流れた。悪くなかった」望月は静かに言った。「大林君も賢い判断をしてくれた」


大泉が頷いた。


「政調会長ポストで手を打ったんですね」


「そういうことです」


大泉は杯を持った。


「で、防衛大臣のポストはお約束通りですね」


「もちろんです」


「分かりました」大泉は一口飲んだ。「本題は何ですか」


望月が橘を見た。


橘が口を開いた。


「80兆円の対米投資についてです」


全員が橘を見た。


「7月23日に日米合意がされました。5500億ドル規模の対米投資支援枠組みです。半導体、AI、造船、重要鉱物——9分野への投資を実行する枠組みです」


片貝が口を開いた。


「利益配分が日本1:米国9という点が問題です。しかも民間主体とはいえ、国際協力銀行と日本貿易保険を通じた財政リスクがある」


「国民に説明できない内容ですね」高道が静かに言った。


「そうです」橘は続けた。「ただし、この枠組みを完全に拒否することはできない。ドランプ政権との関係が壊れます」


「だからどうするんですか」大泉が言った。


「遅延させます」


全員が橘を見た。


「民間企業の投資計画の精査に時間が必要——という建前で、内容の確定をできる限り遅らせます。その間に——」


橘は資料を一枚出した。


「09計画の装備輸出を、造船・AI分野の対米投資枠に組み込みます」


片貝が資料を見た。


「つまり——09計画の産物を、対米投資の名目で米国に売る」


「そうです。三菱グループとJMUが表に出る形で、日本主導のスキームに作り替えます。利益配分も修正できる」


高道が静かに言った。


「ドランプはそれを認めますか」


「認めざるを得ない形にします」橘は静かに言った。「米国が必要としているものを、日本が持っている」


「何ですか」


「造船能力です」橘は続けた。「米国は造船能力が著しく低下しています。海軍艦艇の建造・修繕が追いつかない状態です。日本がその能力を対米投資の枠組みに乗せれば、利益配分の修正交渉ができます」


高道が頷いた。


「米国が必要としているものを、日本が持っている——ということですね」


「そうです。造船、AI制御、防衛装備の量産技術——全部09計画が実証してきたものです。それを実績として示せれば、交渉テーブルでの立場が変わります」


望月が杯を置いた。


「橘君、遅延させる期間はどのくらいですか」


「できる限り長く稼ぎます。その間に09計画の実績を積み上げる」


「目安は」


「状況次第です。ただし造船能力の実績が出た時が、一番交渉力が高まるタイミングです」


片貝が静かに言った。


「財務省として、遅延の理由を作る書類は用意できます」


「お願いします」


大泉が橘を見た。


「防衛大臣として、俺に何をしてほしいですか」


「09計画の存在を、対米交渉の切り札として使う許可をいただきたい」


大泉はしばらく考えた。


「表に出せない計画の存在を、外交の場で使うということですか」


「そうです」


大泉が笑った。


「親父が郵政民営化で散々やってきた手ですね」


橘は答えなかった。


「分かりました」大泉は杯を置いた。「やります」


望月が全員を見回した。


「では方針を確認します。対米投資80兆円の内容確定をできる限り遅延させる。その間に09計画の実績を対米投資の枠組みに組み込む。異存はありますか」


誰も言わなかった。


望月が頷いた。


「よし」


仲居が新しい料理を運んできた。


五人は箸を取った。


料亭の個室に、静かな夜が続いていた。


橘が料亭を出ると、赤坂の夜風が冷たかった。


十月の東京。


スマートフォンに、城島からメッセージが来ていた。


「09式、量産ライン第一号、完成」


橘は返信を打った。


「了解」


もう一通打った。


「頼む。できる限り時間を稼ぐ」


城島から返信が来た。


「何を稼ぐんだ」


橘は答えなかった。


赤坂の夜道を歩いた。


冷めたコーヒーが飲みたかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ