第28話「本当の目的」
時事ネタ?社会風刺?いずれにしろ、この作品はフィクションであり、実在の企業・団体・個人とは一切関係ありません。キリッ
2025年7月。東京・赤坂。
料亭の個室は静かだった。
仲居が料理を運んで、障子を閉めた。
望月邦彦が杯を持った。向かいに高道早苗が座っていた。五十九歳。経済安保を重視する保守派として知られる政治家。総裁選まで三ヶ月を切っていた。
橘慎一郎は末席に座っていた。
「橘君、今夜は話があると言っていたな」望月が言った。「高道さんに聞かせたいことがあると」
「はい」橘は静かに言った。
高道が橘を見た。
「09計画の話は望月さんから伺っています。防衛装備の量産と産業基盤の整備——大変な仕事をされているようですね」
「ありがとうございます」橘は少し間を置いた。「ただ、今夜お話ししたいのは09計画の表の話ではありません」
高道が眉を上げた。
「表の話ではない?」
「09計画の本当の目的です」
望月が黙って杯を口に運んだ。
橘は続けた。
「防衛装備の量産、造船所の再稼働、高炉の復活、JR貨物のダイヤ整備、日産の再建——これらは全部、一つの目的のための布石です」
「一つの目的」高道が繰り返した。
「日本の産業構造を変えることです」
高道が橘を見た。
「具体的に」
橘は静かに言った。
「単純労働をAIと機械が担い、人間はその管理と判断を担う。ブルーカラーの仕事が消えるのではなく、格上げされます。待遇が改善されれば、地方に人が戻る。限界集落が生き返る可能性があります」
高道が少し考えた。
「AIと機械への置き換えは——雇用を奪うという批判が必ず出ます」
「中国型とは発想が根本的に違います」橘は静かに言った。「中国はロボットの判断もセントラルAIが統合管理する方向に進んでいます。人間が最終的に不要になる構造です。若年失業率の問題をさらに悪化させる可能性がある」
「日本型は違うということですか」
「ロボットの個別判断は現場の人間が行います」橘は続けた。「日本には工業高校、高専、大学工学部——長年かけて積み上げてきた高等教育の成果があります。現場で判断できる人材が育っている。その人材がロボットを統括運用する。これは米国にもインドにも中国にもできないことです」
高道が橘を見た。
「米国は」
「高度なAI開発は得意です。でも現場の製造業の人材が薄い。ブルーカラーの底辺化が進んでいる」
「インドは」
「人口は多いが、高等教育の質のばらつきが大きい。統一的な産業文化が形成しにくい」
高道が静かに言った。
「つまり——日本の職人的な判断力とロボットの物量を組み合わせることで、世界の製造業を追い抜けるということですか」
「そうです」橘は頷いた。「それが09計画の終着点です」
高道がしばらく黙っていた。
料亭の個室に、遠くで三味線の音が聞こえた。
「日本にしかできないことですね」高道は静かに言った。
「はい」
「これは経済安保だ」
「そうです」橘は頷いた。「防衛装備の量産は表の顔です。本当の目的は内需回帰とブルーカラーの底上げです。そして日本の産業構造を、世界が追いつけない形に変える」
高道が橘を見た。
「いつから考えていたんですか」
「二十年前からです」
高道が少し目を細めた。
「二十年」
「正しい手続きで動かせないと分かってから、動かせる場所に来るまで二十年かかりました」
高道が頷いた。
望月が初めて口を開いた。
「高道さん、総裁になったらこれを守ってくれますか」
高道が望月を見た。
「守るどころか——」高道は静かに言った。「これを旗印にしたい」
望月が頷いた。
「それを聞きたかった」
橘は一礼した。
高道が橘を見た。
「一つだけ聞いていいですか」
「どうぞ」
「なぜ今まで誰にも言わなかったんですか。本当の目的を」
橘は少し間を置いた。
「動かしてから言う方が、信じてもらえるからです」
高道が笑った。
「なるほど」
望月が杯を置いた。
「さて、料理が冷めますよ」
三人は箸を取った。
料亭の個室に、静かな夜が続いていた。
障子の向こうで、三味線の音がまた聞こえた。




