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第122話「現場見学」

時事ネタ?社会風刺?いずれにしろ、この作品はフィクションであり、実在の企業・団体・個人とは一切関係ありません。キリッ


2029年1月下旬。



 同日、霞が関。


 経産省の担当局長室では、JFEスチールと日本製鉄の首脳が並んで座っていた。テーブルの上には「弥富製造所建設工程における鋼材安定供給体制の構築について」と表題のついた一枚の文書があった。


 両社にとって、経産省からの要請は今に始まった話ではなかった。艦船向け特殊鋼材の大量供給、スマートドック建設の構造鋼、鉄道インフラ増強——この二年で両社が受けた発注の規模は、バブル期を超えていた。日本製鉄に至っては、昨年だけで過去最高の受注額を更新していた。


 断れる立場にないのは、両社ともわかっていた。


 担当局長が静かに言った。


「6月の稼働に間に合わせていただく必要があります。24時間3交代体制でお願いしたい。なお——」


 局長が別の資料を出した。


「ドールIの優先購入枠と、タチコマの優先販売枠をご用意いたします」


 返事は早かった。





 同日。三重県志摩市。


 田村颯太が求人サイトのエントリーボタンを押したのは、あの夜から三日後のことだった。


 押してから後悔した。こんな大企業に書類が通るわけがない、と思っていたら、翌々日に三菱重工業の採用担当から電話が来た。


「田村様、ご応募ありがとうございます。よろしければ一度、建設現場の見学にいらっしゃいませんか。実際の規模感を見ていただいてから、ご判断いただければと思います」


 颯太は「は、はい」と答えた。電話を切ってからしばらく、スマホを握ったまま動けなかった。




 一月の平日の午前。


 颯太は十二万キロを超えた中古のNボックスを走らせ、伊勢湾岸道路に乗った。


 弥富木曽岬インターを過ぎたあたりで、最初に気づいたのは右側だった。


 高速道路の下に、地平線まで広がる建設現場があった。


 メッシュフェンスで仕切られているだけだった。港湾地域のせいか、工事現場によくある三メートルの鋼板塀ではなく、向こう側が透けて見える簡易なフェンスが延々と続いていた。


 その向こうで、すべてが動いていた。


 重機。ダンプ。また重機。ショベルカーが何台あるのか数える気にもなれなかった。砂埃が薄く漂う中を、白いドールAが迷いなく歩いていた。タチコマが資材を抱えて早足で横切っていく。ダンプが列をなして掘削した土を運び出し、別の列が生コンを搬入していく。


 そして——ひときわ目を引く存在がいた。


 ステンレスの外装が曇り空の下でも鈍く光っていた。体型はドールAと同じだが、全身が磨き上げられた金属色で、胸には「三菱重工業」のロゴがラッピングされていた。ドールAの倍近い速度で鉄骨を抱え、迷いなく歩いていく。


 あれが、ドールIか。


 遠くに「JDETA」と書かれた飛行場らしき施設が見えた。弥富の工場建設地がそこまで続いているのか判断がつかないまま、通り過ぎた。


 左側を見た。こちらも同じだった。


 川崎重工の建設地が広がり、その外縁に「弥富市営トラックステーション」と書かれた大きな看板が立っていた。看板の向こうは広大なアスファルト舗装で、まだ一部で舗装工事をしているものの、大半はすでに開放されていた。あちこちに立て看板が立っている。


工事関係車両 駐車OK

工事搬入車両 待機場所


 三菱重工と川崎重工が伊勢湾岸道路を挟んで両側に展開して、その間をトラックが行き来する設計か。




 現場事務所は建設地の南端に仮設されていた。プレハブの建物だが、入口のプレートには「三菱重工業株式会社 弥富製造所 建設準備室」とあった。


 ドアを開けた。


「いらっしゃいませ。ご用件は何でございますか」


 受付カウンターの前に、ドールAが立っていた。胸に「三菱重工業」のロゴ。颯太は一瞬止まった。テレビで見たことはある。でも実物を間近で見るのは初めてだった。


「工場の求人にエントリーして、見学を希望した者なんですが」


「田村様でございますね。承っております。本日は私、ドールA42012号がご案内いたします。こちらのヘルメット、安全長靴、軍手をご着用いただけますか」


「は、はい」


 ヘルメットを受け取りながら、42012という番号のことを考えた。この現場だけで何体いるんだろう。


 案内された先は、すでに屋根がかかり始めた第一工場棟の内部だった。


 そこで颯太は、充電ステーションの列を見た。


 ドールIが数体、壁沿いのステーションに接続されて静止していた。充電中らしかった。そのうちの一体の隣に、作業着姿の中年男性が小さな缶を手に屈みこんでいた。ドールIの腕を、布でゆっくり磨いていた。


「あの……何をされてるんですか」


 男性が顔を上げた。


「ピカールですよ。充電中は動かないから、磨くにはちょうどいい」


 誇らしそうな顔だった。


「うちの子は現場で一番ピカピカにしてやろうと思って」



 ドールA42012号が颯太の隣で静かに言った。


「充電中のドールIは、MAGIとの認証通信を行っております。充電コネクタは128極ございますが、どの極が電源でどの極がデータかは、充電のたびにMAGI側が決定いたします。このため外部からのアクセスや非正規の充電は原理的に不可能となっております」


 颯太は「へえ」と言ったが、半分も理解できなかった。ただ、盗んでも使えないということだけは分かった。


 窓の外では、「日本製鉄」とラッピングされたドールIが鉄骨を抱えて歩いていた。知多か名古屋から届いた鋼材の搬入作業だろうか。





【弥富・愛知周辺スレ】


ID:8vYnKp2A

伊勢湾岸通ったら弥富の工事現場えぐすぎてワロタ

メッシュフェンスで全部見えるから高速から丸見えなんだが


ID:mJ3kPp7T

あそこ三菱重工と川崎重工が道路挟んで両側にあるんだろ?

規模どうなってんだ


ID:vLx3Nn8A

ドールIが現場で鉄骨担いでピカピカ光ってるの地元民が動画上げてたわ

充電中に磨いてるおっちゃんまで映ってて草


ID:k4RrQw2X

ケビン・ナカムラのインタビューで充電システムの話出てたな

128極でMAGI認証で毎回変わるって そりゃ盗んでも使えないわけだ


ID:rYtK3z1B

弥富市営トラックステーション、もう開放されてるんか

市長先決決裁したらしいいぞ、よくやったな


ID:8vYnKp2A

日鉄名古屋の知り合いが急に24時間体制になったって言ってた

弥富と関係あるんかな


ID:mJ3kPp7T

経産省から何か来たって話も漏れてるな 詳細不明だけど


ID:Toshi_k9

(みんな鋭いな……)

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