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第4話 Dance Dance Dance:不動のリズムでビートを刻め!

「ワールド・ビート・トーナメント」本戦。

 予選とは比較にならないほど巨大な、空中庭園を思わせる特設ステージ。

 周囲を囲むのは、異世界の貴族やダンス愛好家、そして各族の重鎮たちだ。

 会場中央に設置された巨大な電光掲示板が、低い電子音とともに切り替わった。

 青白い光が、トーナメント表を浮かび上がらせる。

 団体戦・予選ブロック。

 流れるようにスクロールするチーム名の中で、ティナの視線が、ある一点で止まった。


「……え」


 思わず、息が漏れる。

 自分でも驚くほど、小さな声だった。

 そこに表示されていたのは、見間違えるはずのない名前。

 前回大会――個人戦決勝で、最後に立ちはだかった相手。


 同じ種族。

 

 それなのに、決定的に“違う踊り”をする存在。

(今回も出るんだ……)

 胸の奥が、ひりつくように痛んだ。

 電光掲示板の光が、ふっと遠のく。

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 ─

 ――二年前。

 個人戦決勝の舞台は、甘く、濃密な空気に満ちていた。

 サキュバス同士の決勝など、そうあるものではない。

 観客の期待は、最初から最高潮だった。

 流れ出したのは、官能的で緩やかなビート。

 サキュバスの本領を引き出す、王道の選曲。

 だが――踊り出した瞬間、ティナは違和感を覚えた。

(……音に、頼ってない?)

 相手は、音楽に身体を預けていなかった。

 むしろ、音楽が“後から追いついてくる”。

 視線。

 腰の軌道。

 指先の角度。

 すべてが、観客の感情を正確に“収穫”するために設計されている。

 誘惑でも、挑発でもない。

 支配。

 会場の熱が、じわじわと奪われていく感覚。

 ほんの少し焦りが出た。

 それをかき消すかのようにティナは攻めた。

 スピードを上げ、艶を強め、魔力を惜しみなく解放する。

 けれど、相手は崩れない。

 揺さぶっても、乱れない。

 リズムを切り替えても、完璧に重ねてくる。

(同じ種族なのに……どうして)

 最後の一音が終わった瞬間、答えははっきりしていた。

 私は、ただ、勝つために踊っていた。

 結果は準優勝。

 名前を呼ばれた瞬間、ティナは理解してしまった。

(このままじゃ、また負ける)

 ─

 ──

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 視界が、現在に戻る。


「……ティナ?」


 みゆの声で、電光掲示板の光が現実に引き戻される。


「どうしたの? 顔、ちょっと怖いよ」


 ティナは一瞬だけ視線を逸らし、それから小さく息を吐いた。


「前回の大会で……個人戦の決勝まで行ったの」

「え、すご」

「でも、最後に負けた」


 電光掲示板を見上げたまま、続ける。


「相手は、同じサキュバス。

 完璧すぎて……何もできなかった」


 みゆは一瞬黙り、そして静かに言った。


「でも、今回は団体戦だよね」


 ティナは、ほんの少しだけ笑った。


「うん。だから――」


 電光掲示板の中で、次の対戦カードが確定する。


「一人で勝てない相手でも、二人なら……踊り方を変えられる」


 その言葉には、迷いよりも、確かな意志が宿っていた。


◆控室:試合直前

 控室は静かだった。

 外の歓声が、壁越しにかすかに聞こえる。

 ティナはポールに手をかけ、軽口を叩きながらストレッチをしている。

 一方のみゆは、床に視線を落とし、静かに足裏の感触を確かめていた。

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───

――あの時の高架下の光景が、ふと頭をよぎる。

 二人の若者が互いの力量を競い合っていた。

 周りには何十人ものオーディエンス。

 彼等はユウジの名を叫んだ。

 敗れたのはリョータという青年。


「俺に挑戦したい奴はいないかー?!」

 ユウジが周りに叫んだ。


 その声に、みゆは考えるより先に手を挙げていた。


 結果は〝完敗〟だった。


 大会で優勝したことで、私はどこかで天狗になっていたのだ。

 高架下の円の中で、私は初めて“本物”を見た。

 それ以来、ダンスが変わった。

 ダンスの練習の傍ら時間さえあれば“野試合”をするようになった。

 そして私は、ダンスを誰かに勝つためではなく、絶対に負けないために、自分の身体を磨き続けた。

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         ──

 みゆは、深く息を吸った。

 あの時の自分とは違う。今は、負けないためだけでなく、世界そのものを感じ取り、踊るのだ。


◆本戦開始

『さあ、本戦第一試合! 勝利の女神に愛されるのは、森の至宝、エルフ族代表「シルフィード」か! あるいは異界のステップを刻む九条みゆ&ティナ組かぁ!』


 実況の咆哮が響く中、ステージの反対側から透き通る肌と長い耳を持つ二人のエルフが歩み出た。

 その所作はあまりに軽やかで、足音ひとつ響かない。


「九条みゆ、そしてサキュバスの娘よ。我らの舞は、風そのもの。触れることすら叶わぬまま、尽き果てるがいい」


 エルフのリーダー、セレスが薄く微笑むと同時に、会場にハープのような繊細な旋律が流れ始めた。


――風が、舞い始める。


音楽が始まると同時、エルフたちの動きは

「加速」ではなく「消失」に近い滑らかさを見せた。


 必殺技――『シルフ・フロー』

 バレエを基礎としたその舞踏は、重力を否定していた。

 彼女たちがトウシューズの先でステージを叩くたび、周囲に小さな竜巻が発生し、ステージ上の空気を乱していく。


「くっ……風が、邪魔で……っ!」


 ティナが顔をしかめる。エルフたちの舞は、単なる視覚的な美しさだけではない。発生した乱気流が物理的な「壁」となり、対戦相手のスタミナを急激に奪い、リズムを乱すのだ。

 ティナが必死にポールを軸に回ろうとするが、不規則な突風が彼女の回転を狂わせる。一方のエルフたちは、風を味方につけ、一ミリの無駄もなく、白鳥のような優雅さで滞空し続けていた。

 一分、二分……時間が経つにつれ、観客の目にもティナの疲労が明らかになっていく。このままでは、エルフたちの狙い通り、踊り続けるスタミナが底を突く。


「静」の覚醒

「ティナ、下がって。……ここからは私が『軸』になる」


 みゆが前に出た。

 彼女はスマホの音楽を、重厚な太鼓と笛の音が響く、和楽器のアンサンブルへと切り替えた。

 エルフのセレスが訝しげに眉をひそめる。

「無駄よ。その激しい音のリズムすら、我らの風が切り刻んで――」

「いいえ。切り刻めないものもあるわよ」


 みゆは、深く、低く、腰を落とした。

 現代ダンスの軽やかさをあえて捨て、彼女が選んだのは**「能」と「歌舞伎」**の身体技法。

 みゆの足裏が、ステージの床に吸い付くように滑る。**「すり足」**だ。

 重心を一点に固定し、頭の高さを一切変えずに移動するその様は、まるで床の上を滑る精密な機械、あるいは動かざる岩のようだった。


「何……!? 私たちの風が、効かない……?」


 セレスの驚愕も無理はない。エルフの『シルフ・フロー』は、相手の「浮き上がった重心」を突風で煽ることで成立する。しかし、今の九条みゆは、全身の筋肉を内側に練り上げ、大地と一体化していた。

 風はみゆの体をすり抜け、彼女の不動を揺らすことはできない。


 ──伝統芸能と現代の融合──


 みゆは、すり足のまま急加速した。

「静」の状態から、予備動作なしで放たれる「動」。

 歌舞伎の「見得」を切るような力強いポーズが、ステージ上の乱気流を物理的に叩き伏せる。


「ティナ、今! 私の背後に隠れて、一点突破!」

「了解っ……!!」


 みゆが風除けとなり、道を作る。その背後から、温存していたスタミナを爆発させたティナが、弾丸のようなスピードでポールの頂点へと駆け上がった。

 みゆが地を這うような重厚なステップでエルフたちの「領域」を内側から食い破り、ティナがその上空で桃色のオーラを炸裂させる。

 

 上下、静と動、和と魔。


 相反する要素が完璧に噛み合ったその瞬間に放たれたのは、もはやダンスの枠を超えた、圧倒的な「意思」の奔流だった。


「……これが、異世界の……伝統……」


 セレスたちは、自分たちの風が完全に凪いでしまったことに気づいた。

 どれだけ高く舞おうとも、大地に根ざした九条みゆの「不動のリズム」を揺らすことはできなかったのだ。

 勝利、そして敬意


『勝者、九条みゆ&ティナ組!! 圧倒的なスタミナを誇るエルフ族を、驚異の「不動の舞」で完封だぁぁ!!』


 静寂が訪れたステージで、みゆはゆっくりと腰を上げた。全身から湯気が立ち上り、一歩間違えれば膝が砕けるほどの極限状態だったが、その瞳は澄んでいた。

 敗れたセレスが、乱れた息を整えながら歩み寄ってくる。彼女は深く頭を下げ、エルフ流の最高級の敬意を示した。


「失礼したわ、異世界の舞踏師。あなたのステップには、我らが忘れていた『大地の理』があった。……見事よ。私たちの風を、あなたに託すわ」

「ありがとう。あなたのバレエも、本当に空を飛んでいるみたいで……勉強になりました」


 みゆはセレスの手を握り、心からの敬意を返した。

 勝った。だが、トーナメントはまだ始まったばかりだ。

 次の相手は、更なる絶望的な「壁」――巨人族、あるいは龍族か。

 みゆとティナは、互いの背中を叩き合い、次なる戦いへと視線を向けた。


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