第3話 Shall we dance? ―【予選】 ダンスは完璧じゃつまらない―
駅前の広場は、すでに異様な熱気に包まれていた。
屋台の煙、魔導ランプの極彩色。行き交う多種多様な種族。
それらすべてが混じり合い、即席のステージを熱狂の渦に変えている。
「今年から団体戦になったんだよ♡」
ティナは羽根飾りのついた扇子を回しながら、軽い調子で言った。
「一チーム三人まで。交代あり。順番自由。勝敗を決めるのはオーディエンス──つまり“面白かったほう”が勝ち」
「……ずいぶん、曖昧だね」
みゆが言うと、ティナは不敵に笑った。
「だからこそ、魂が透けるのよ♡」
みゆとティナは即席チーム、三人目は“空席”。
圧倒的な人数不利だが、それを侮る観客は一人もいなかった。
■第一試合:vs 骨舞踏団
現れたのは、三体のスケルトン。錆びたシルクハットに燕尾服。
彼らが一歩踏み出すたび、骨同士が乾いた音を立てる。
「……音、もうダンスじゃん」
みゆが呟いた瞬間、旋律なき演奏が始まった。
自らの肋骨を叩き、大腿骨を鳴らす。骨の打撃音がパーカッションとなり、複雑な裏打ちのリズムを刻む。
重力無視の旋回。
関節を外して腕をムチのようにしならせる、生者には不可能な「死者のダンス」。
「美しい……。生きてた頃、相当やり込んでたわね」
ティナが妖艶に一歩前に出た。
「じゃ、次はワ・タ・シの番♡」
彼女が指を鳴らすと、周囲の光が屈折した。
広場の一角が、一瞬で紫煙の漂うナイトクラブへと変貌する。
──官能侵域舞踏。
その芳醇な色気に、骨たちの「死の規律」が乱れる。
だが、トドメを刺したのは、みゆだった。
魔法も、魔力もない。ただの身体一つ。
倉敷に叩き込まれたクラシックの体幹に、独学で掴んだストリートの「ハネ」を乗せる。
──『無重力の模倣』。
骨舞踏団は、ここからが本番だった。
スケルトンたちは一斉に動きを止める。
次の瞬間、自らの身体を解体した。
頭蓋、肋骨、腕、脚。
骨という骨が空中へとほどけ、円を描くように回転を始める。
個は失われ、形は消える。
それでもリズムだけが残り、骨の群れは円舞となって広場を覆った。
――死者の完成形。
それが、彼らの踊りだった。
みゆは、一歩だけ前に出た。
壊さない。
分けない。
ただ、力を抜く。
背骨がしなり、肩が落ち、腰が流れる。
身体の中心を保ったまま、末端だけが遅れて動く。
バラバラにならずに、バラバラの動きをする。
生きた身体のまま、解体に応えるダンス。
その周囲に、淡い光の粒子が滲み始めた。
骨たちの円舞は、広場そのものを呑み込もうとしていた。
分解された骨が描く完璧な輪。
それは逃げ場のないリズムだった。
みゆは、正面から打ち消そうとはしなかった。
骨の流れに身を委ね、重なる一拍を呼吸でそっと外す。
受け流し、かわし、巻き込まれながら――
それでも、足元では別のリズムを刻み続ける。
一拍、また一拍。
骨の円舞とは微妙にずれた、体温のあるテンポ。
やがて、そのズレが空気を塗り替え始めた。
音でも、光でもない。
けれど確かに存在する、彼女の動きから生まれたみゆのダンスワールド。
彼女を中心に、領域が立ち上がる。
骨の円は、もはや支配ではなくなっていた。
それは、みゆの世界を彩る背景へと変わる。
その瞬間、オーディエンスの反応が一気に反転する。
「凄い……」
「こんなダンスは初めて見た!」
観客の拍手が、骨の鳴る音を完全に飲み込んだ。
スケルトンの一体が、外れかけた顎を押さえながら、深々と一礼した。
■第二試合:vs 巨人族《震踏》
次に現れたのは、身長四メートルを超える巨人族の少女。
ステージが狭すぎて、彼女は一歩も動けない。
だが、彼女は不敵に笑い、その場に棒立ちのまま**「足」**を上げた。
──ドン。
ただ一歩。踏み下ろされた振動が、広場の石畳を波打たせる。
──ドン、ドン。
それはステップではない。鼓動(心臓)の強制同期だ。
観客の呼吸が、彼女の踏み込みに合わせて縛られていく。
「これ……心臓が、勝手に……ッ」
ティナが珍しく顔をしかめる。圧だけで支配する絶望的な重低音。
そこで、みゆが割って入った。
彼女は巨人のリズムに、抗わなかった。
逆に、その巨大な振動の波に乗り、**「サーフィン」**を始めたのだ。
衝撃が来る瞬間に跳ね、沈む瞬間に沈む。
「ティナ――この揺れ、ベースにして!」
「……ふふ。
ほんと、無茶言うわね……!」
――ドン。
巨人が踏み鳴らすたび、地面が低く唸る。
逃げ場のない地鳴り。
それは恐怖の音だった。
だが、次の瞬間。
――ボゥン。
その振動をなぞるように、
さらに深い重低音が重なった。
地鳴りは、もはや脅威ではない。
フロアを揺らすベースラインへと変わる。
みゆのステップが、その上を滑る。
ティナの動きが、リズムに艶を与える。
低音に、高音が絡み合い、拍が生まれる。
気づけば、二人を中心に空気が変質していた。
広場は、即席のクラブハウス。
揺れは振動に。
恐怖は、熱へ。
観客の身体が、無意識に揺れ始める。
観客も重低音に呼応し、フロアの一部になって踊りだした。
足が鳴り、手が打たれ、歓声がビートになる。
巨大な地鳴りと、二人の軽やかなステップ。
そのすべてが噛み合った瞬間、
フロアは完全に完成した。
■第三試合:vs ルナ族の双子
vs ルナ族の双子
予選最後、月光を背に現れたのは、銀髪の双子だった。
ルナ族――音楽を必要としない舞踏種族。
拍も、旋律もない。
それでも、二人の動きは完全に揃っていた。
月光を背に、影まで一致している。
完璧。
ミスがない。
美しい。
だが――どこか閉じている。
観客の反応は、静かに割れた。
「すごいけど……」
「完成しすぎてるな」
「完璧過ぎるとなんか魅力を感じないもんだな」
ティナは、あえて前に出なかった。
この踊りは、力でねじ伏せる相手じゃない。
侵域で歪めれば、彼らの完成度を証明するだけだ。
代わりに、彼女達は敢えて選んだ曲は、
旋律にならない、不安定な音。
拍を裏切り、調和を拒む、不協和音。
それは踊りを導くための音楽じゃない。
踊り手に、判断を迫る音だった。
双子の視線が、わずかに揺れる。
合わせるべきか。
無視すべきか。
それとも、取り込むべきか。
その一瞬の“迷い”を、みゆは逃さなかった。
彼女は一歩前に出る。
深呼吸。
不協和音の中で、ただ自分のリズムを刻む。
正解を探さない。
合わせもしない。
踊りたい、という衝動だけを信じて踊る。
淡い光が、みゆの周囲に広がった。
踊る者の心を縛らず、導かず、ただ解き放つ光。
双子の動きが、ほんの一拍だけ遅れた。
片方が待ち、もう片方が合わせる。
揃えるための動作が、初めて“意識”を必要とする。
それは失敗じゃない。
――完璧であり続けるための判断が、踊りを止めた瞬間だった。
観客は、はっきりと違いを感じ取った。
迷わず踊る者と、
迷いながら揃え続ける者。
視線が、自然とみゆに集まる。
勝敗は――オーディエンスが決めた。
勝者。
九条みゆ&ティナ。
予選突破。
ざわめきの中、ティナが肩を組んでくる。
「ね? 完璧ってさ」
「一度、問いを投げられると脆いのよ♡」
みゆは、まだ高鳴る鼓動を抑えながら頷いた。
これは、ただの大会じゃない。
――世界が、ダンスで試されている。
そんな予感が、確かにあった。




