表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/9

第1話:Dancing Queen ―異世界の路上から始まる、最強のダンスバトル―

 気がついた時、九条みゆはアスファルトの上に座り込んでいた。

 空は見たことのない色をしていて、街路樹の葉はやけに大きい。通りを行き交う人影を見て、さらに混乱は深まった。人間に似ているが、耳が長い者、獣の顔をした者、明らかに人のサイズを超えた巨体。――モンスター、エルフ、獣人、巨人。


 ……どこだ、ここ?



 財布はない。

 バッグもない。

 あるのはポケットに入っていたスマートフォンだけだった。

 電源は入る。

 通信は――圏外。

 つまり、無一文で異世界らしき場所に放り出された、ということらしい。

 しばらく街を歩き回って、みゆは一つの光景に目を留めた。広場の隅で、ボロ布をまとった人影が座り込んでいる。通行人が足を止め、硬貨のようなものを落としていく。


 ――ホームレスだ。


 ぐるるるるるるるるぅ。

 突然みゆのお腹が鳴る。

 (お腹すいたな。でもこの世界のお金なんて持っていな……。)


 !!


 その瞬間、閃いた。

 お金をもらう。

 稼ぐ方法はこれだ!

 みゆはスマホを取り出し、保存していた音楽を再生した。スピーカーから流れるリズムに合わせ、体を動かす。通りの端に落ちていた皿を拾い、足元に置く。


 ダンスなら、できる。


 最初は誰も立ち止まらなかった。奇異な視線だけが投げられ、硬貨は一枚も落ちない。それでも踊り続けた。音を止めなかった。


 ――その時だった。


「ねえ、あんた♡」


 甘ったるい声がかかる。振り向くと、ほんの少し紫がかった髪と艶やかな肢体を持つ女が立っていた。角は小さく、背中には薄い翼。どう見ても人間ではない。


「ダンス、上手いじゃん。バトルしない?⤴♡」


 なんか魔族っぽい女の人だ。でも物凄い色気を放っている。しかもマイクロビキニ?


「ルールは簡単♡ 相手のダンスを見て、それにダンスで返すだけ。勝ち負けは――ほら♡」


 周囲を指差す。いつの間にか、通行人が輪を作っていた。


「みんなが決めるの♡」


 ラップバトルの、ダンス版。

 なるほど理解はできた。

 みゆは少し考え、頷いた。


「……後攻でいい?」

「いいよ⤴♡」


 相手の力量を見たい。どんなダンスをするのか知りたい。対策を立てる時間が欲しかった。

 サキュバスは音もなく動き出した。

 腰をくねらせ、指先で空気を撫でる。情熱的で、艶やかで、どこか妖しい。ベリーダンスを思わせる動きに、観衆の視線が吸い寄せられていく。

 ――なるほど。

 みゆは一歩前に出た。

 同じリズムを拾いながら、動きを分解し、組み替える。腰の動きはクラシックで洗練させ、腕はバレエのラインを借りる。足運びにはヒップホップの軽さを混ぜた。

 即興だった。けれど、体は迷わなかった。

 空気が変わる。

 ざわめきが歓声に変わり、最後の一拍が終わった瞬間、勝敗は明らかだった。


「……負けたわ⤴⤵♡」


「あんた、ダンス上手いね! わたしの名前はティナ。サキュバスのティナ♡ ダンス歴は――っと、年齢がバレるからナ・イ・ショ!♡ ダンス好きってことで、よろしくね⤴♡」


 サキュバスは楽しそうに笑いながら言った。


「私は九条みゆ。19歳、大学生」


 少し照れながら、自己紹介する。


「ダンス歴は……16年くらい。一応、クラシックからヒップホップ、伝統芸能まで。最近はアイドルの振付師の仕事もしてる」

「え!? 16年!?」


 ティナは目を丸くした。


「私より長いじゃん! てか、どこに住んでるの?」


 みゆは一瞬、言葉に詰まった。


「……気づいたら、ここにいたんだ。帰り方も分からなくて」

「住所は?」

「……東京都世田谷区」

「……トーキョートセタガヤク?」


 (え? 通じない?)


「住所はね、例えばここだとGhysch77A3216っていうの♡」

「……そうなの?」


 しばし沈黙。


「あれ♡ もしかして、異世界から来た人?」

「……たぶん」


 ティナは肩をすくめた。


「前にもいたよー。別の世界から来た人。だいたい、死んだか、ゲートをくぐったかなんだって♡」

「……私、死んだのかな」

「うーん、さあね♡」


 その瞬間だった。


 ぐるるるるるるるぅ。


 妙に元気な音が、みゆのお腹から鳴り響いた。


「…………」

「…………あ」


 みゆは思わずお腹を押さえる。

 今日、何も食べていない。そもそも、この世界に来てから、口にしたものは水すらなかった。

 ティナは一瞬きょとんとしたあと、吹き出した。


「なにそれ、かわいすぎでしょ♡」


 そして、にっこり笑って、みゆの肩を叩く。


「でもさ、住む場所ないでしょ? それに――お腹も空いてるんだし、あたしの部屋においでよ。ここで野宿してたら、モンスターに食べられちゃうよ♡」


 少し躊躇っていると。


「安心して♡ あたし、男の人専門だから。女の子に手ぇ出したりしないよ」

「……そう、なんだ」



 こうして九条みゆは、サキュバスと暮らすことになった。

 これは、まだ始まりにすぎない。

 ――ダンスが世界を揺らす物語の、序章である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ