あてさきの違う箱
午後の業務が、いちばん静かな時間だった。
箱の音も少なく、
従業ぺんたちの足音が、
とん、とん、とやさしく響く。
そのときだった。
「……あれ?」
仕分け台の前で、
やくぺんが首をかしげた。
「局長、この箱……」
「役割課だけど、違和感ある」
差し出された箱は、
中くらいの大きさ。
見た目は、
よくある箱だった。
でも——
宛名が、少しおかしい。
〈あて先:やさしい人〉
「……人?」
こころんは、思わず聞き返した。
「名前じゃないんだね」
「役割宛て、ではあるけど……」
役割課には、
「親」「先生」「上司」「友だち」
そんな箱がよく届く。
でも、
「やさしい人」 は、曖昧すぎる。
箱を持った瞬間、
こころんは、胸の奥がきゅっとした。
重さは、ちょうどいい。
気持ちも、きれいに整っている。
なのに——
なぜか、落ち着かない。
「これ、誰に送るんだろう」
ぽつり、と言うと
ようぺんが、箱をのぞき込んだ。
「……選べてない、ぺん」
箱が、かすかに鳴った。
とん、と。
まるで、
「早く送って」と
言っているみたいに。
「役割課で処理できます」
「“やさしい人”に該当するところへ——」
従業ぺんの言葉に、
こころんは、うなずきかけた。
……そのとき。
箱の角が、
ぱきっと光った。
一瞬だけ、
中から別の文字が浮かび上がる。
〈ほんとうは〉
すぐに、消えた。
「……待って」
こころんは、手を止めた。
「今、なにか……」
「見た、ぺん」
やくぺんが、静かに言った。
箱は、
“やさしい人”に送りたいのではない。
やさしくしてほしい相手が、
決まっていないだけだ。
「これ、間違って送ったら……」
こころんの声が、少し揺れた。
もし、
まったく違う誰かに届いたら。
この気持ちは、
受け取られない。
それどころか——
余計に傷つくかもしれない。
「保留、だね」
ようぺんが言う。
「でも局長」
「この箱、動いてる」
箱が、
じわじわと大きくなっていた。
気持ちが、
局内にあふれそうだ。
「……わたしが、決める」
こころんは、そう言ってしまった。
一瞬、
従業ぺんたちが息をのむ。
局長が、
あて先を決めることは——
原則、しない。
こころんは、箱を見つめた。
「やさしい人……」
「きっと、必要なところに……」
その判断は、
正しいはずだった。
……はず、だった。
次の瞬間。
箱が、
ぽんっ と開いた。
中から、
白い気持ちが、ふわっと飛び出す。
「逃げた!」
気持ちは、
局内の天井へ、
棚のすき間へ、
あっちへ、こっちへ。
箱だけが、
からっぽで残った。
「……しまった」
こころんの胸が、
ぎゅっと苦しくなる。
判断を、
急ぎすぎた。
ココポス始まって以来の、
“あて先未確定の気持ち脱走事件”。
さて——
この逃げた気持ちは、
どこへ行くのだろう?
そして、
こころんは、どうするのだろう?




