配達先で起きたこと
その箱は、
夕方のやわらかい光の中で、ココポスを出発した。
大きさは、
抱えると少し重くて、
でも落としそうになるほどでもない。
「……いってらっしゃい」
こころんがそう声をかけると、
箱は、ほんのわずかに温かくなった。
配達先は、
海の近くの、小さな町だった。
風が強くて、
洗濯物がよく揺れる場所。
ドアの前に立つと、
中から、足音が聞こえた。
ガチャ。
出てきたのは、
少し疲れた顔の人だった。
「……あれ?」
箱を見ると、首をかしげる。
「頼んだ覚え、ないんだけど……」
それでも、
箱に貼られた宛名は、確かにその人のものだった。
部屋に入ると、
その人は箱を机の上に置いた。
すぐに開けるわけでもなく、
しばらく、ただ見つめている。
「……変だな」
箱は、静かだ。
揺れもしない。
大きさも変わらない。
でも、
その人の胸のあたりだけが、
少しだけ、ざわついていた。
「開ける、か」
そう言って、
ゆっくりとふたを持ち上げる。
中に入っていたのは――
何もない箱だった。
紙も、言葉も、形もない。
「……空?」
その人は、少し困ったように笑った。
「なんだよ、それ」
でも、不思議なことに。
箱の中を覗いた瞬間、
胸の奥から、
言葉がひとつ、浮かんできた。
「……どうしたらいいかわからない」
思わず、声に出していた。
しばらく、そのまま座り込む。
最近のこと。
迷っていたこと。
決めきれなかったこと。
「やりたい」と「やめたい」が、
ずっと、同じ場所にあった。
箱は、何も語らない。
ただ、
“ここに置いていいよ”
そう言っているみたいだった。
その人は、ふっと息を吐いた。
「……そっか」
「決めなくても、いいのか」
その夜。
箱は、捨てられなかった。
棚の一番下に、
そっと置かれた。
たまに、視界に入る場所。
見れば、
「まだ決めなくていい」って思い出せる場所。
数日後。
その人は、少しだけ動いた。
大きな決断じゃない。
誰かに話してみただけ。
紙に、
思っていることを書いてみただけ。
箱は、
そのたびに、
ほんの少しだけ、軽くなった。
ココポスでは。
配達完了の通知が、
静かに灯った。
「……無事、届いたぺん」
ときぺんが、時間を記録する。
「中身は……空だったぺん?」
ようぺんが首をかしげる。
やくぺんは、少し考えてから言った。
「いいえ。
“余白”だったぺん」
こころんは、うなずいた。
「うん」
「決める前の心には、
空っぽの箱がちょうどいいこともある」
その夜、
業務日誌に、また一行増えた。
《配達後報告:
気持ちは、届いた瞬間に完成するとは限らない》
さて。
明日、届く箱は――
もう少しはっきりした気持ちだろうか。
それとも、
また途中のまま、
ここに運ばれてくるだろうか。
こころんは、
そっと灯りを消した。
ココポスは、
今日も静かに、
心の続きを待っている。




