3. いんたーふぉん。
ピンポーン、ピンポーン。
日間賀家に誰かが来たようです。一体どなたなのでしょう。
友達も恋人もいない、ただお父さんお母さんにぶら下がって生きる25歳を訪ねてくる変わり者などいるとは思えませんが。
「はーい」
ひまわりさんはインターフォン越しに軽く挨拶し、それから玄関のドアを開けました。
そこに立っていたのは、シュッとした細身の若い男性。ビジネススーツをきっちり着こなし、片手には大きめのタブレット端末を持っています。
男性は張り付けたような笑みを作り、小慣れた動作で名刺を差し出してきました。
「どーも、はじまして。私、株式会社ウサンの宇佐木と申します。お忙しい中恐縮なのですが、少しだけお時間よろしいでしょうか。本日は是非ともオススメしたいモノがございまして」
”株式会社ウサン”。名前からして怪しさ満点の訪問販売ですね。
まさか、ひまわりさんも話に応じるほどの世間知らずではないと思いますが…。
「オススメしたいものって何ですか?知りたいです」
ダメですね、こりゃ。
ホントどうしようもない人です。こういう人がいるから押し売りやら詐欺が一向に無くならないのでしょう。
「ありがとうございます!よくぞ聞いてくださいました!私が本日ご紹介させていただきたいのは、当社自慢のウォーターサーバー『うるおいウロン』でございます」
訪問販売のセールスマン・宇佐木。
年齢はおよそひまわりさんと同じくらいか、あるいは少し年下か。きっちりスーツを着こなし、十二分に胡散臭いながらも、どこか人を惹きつけるような魅力を放っています。
そんな宇佐木のカリスマに釣られ、若干の警戒の色は示しつつもひまわりさんは彼の話に応じてしまいました。
この手の訪問販売は誘われた時点で”負け”だというのに…。
「ウォーターサーバー?そんなに良いモノなんですか」
「ええ、そりゃあもう!いつでも、すぐに、冷たくて美味しい天然水がお召し上がりいただけます」
「でも、水なら水道でも飲めるんじゃ?」
そうです!その意気ですよ、ひまわりさん!!
水なんて水道の蛇口捻っときゃ、十分。それでも美味しい水が飲みたきゃ、スーパーに行って『い○はす』を買ってくればいいんです。
なのに──。
「あー、お姉さん。ご存知です?実は、水道水っていうのはあんまり体に良くないっていわれてるんですよ」
「え、そうなんですか?」
「はい。あるアメリカの有名な大学の研究結果によると、一般的な水道水に含まれているカルキ──微生物とか汚染物質を消毒するための塩素ですね──コレを日常的にかつ、繰り返し摂取することで人体に悪影響を及ぼすらしいんですよ。中には命に関わる場合もあるとかないとか」
「えぇ!?水道水ってそんなにアブないんだ…」
もうまるで訪問販売のサクラなのかって疑いたくなるほどの、見事な驚きリアクションを見せるひまわりさん。
”世界一騙しやすいカモ”として、ギネス認定貰えるんじゃないでしょうか。
「でも、ウォーターサーバー…。どうしても高いイメージがあるんですけど…」
「大丈夫です、そこはご安心ください!確かに一般的な市場価格はお高めかもしれませんが、ウチの『うるおいウロン』は他社では決して実現できないサービス価格で提供させていただいておりますので」
はい、カット!テイクOKです!
…これアレですか。なんとかテレビ通販的なやつのVTR撮影ですか??だからこんなにも気持ちよくお決まりの台詞が飛び出すんですか。
ひまわりさん、目の前の宇佐木の表情を見てみてください。
あまりにもトントン拍子にいきすぎてて、鉄壁の営業スマイルが崩れかかってますよ。思わず悪どい笑みが溢れちゃってますよ。もはや”せぇるすまん”になってますよ。
いい加減、目を覚まして!!ひまわりさん!!!
「”サービス価格”…って、具体的にはお幾らなんですか?」
ひまわりさんのこの一言を受け、黒いセールスマンこと宇佐木は思わず勝利を確信したかのような笑みを浮かべました。
しかし、それでも宇佐木の腹の中に気が付かずにいるひまわりさんは。
「あんまり高いと、私。お父さんとお母さんに怒られちゃうので…。いったい幾らなんですか??」
「ご安心ください。『うるおいウロン』は基本料金がなんと、無料!ウォーターサーバー本体に関してはレンタル料0円でご使用頂けて、お客様にご負担いただくのはお水代のみなんです。お得でしょう?」
「水代だけ…それ本当ですか?そんな上手い話…」
「あるんですよ!…とはいっても、完全にタダという話ではないです。あくまでもウォーターサーバーの機器を無料でお貸出しさせていただくということです」
「なるほど…。ちゃんとお水は買わなきゃいけない…と」
「ええ、それは勿論。さすがにウチも慈善事業ではないですからね。そこはなにとぞご容赦くださいませ」
タブレット端末を使って、『うるおいウロン』の料金システムを説明していく宇佐木。タブレットの画面には、ウォーターサーバー本体の使用料が無料であることを強調した画像が表示されている。
ウォーターサーバーそのものは無料で貸し出し、そこへ装填する水はもちろん有料。この料金システムは多くの企業が採用していますし、それ自体に法的な問題はまったくありません。
だからこそ、今回の相手は厄介なのです。
株式会社ウサンのセールスマン・宇佐木はとても弁が立つ。きっと今までだって、その巧みなセールストークでさして高品質とも低価格ともいえない、明らかにコスパの悪いウォーターサーバーを行く先行く先で契約させてきたはずです。
しかも今回の相手は、温室育ちの生き遅れ終わニートのひまわりさん。生まれてこのかた社会に出た事がないわけですから、こうした商法に対する免疫などゼロに等しい。
鴨がネギ背負ってきたどころか、鴨がネギもろとも自ら鍋にダイブしてきたようなものです。
宇佐木はタブレット端末を脇に携え、最後のダメ押しともいわんばかりにひまわりさんへと迫ります。
「お客様、いかがでしょうか?冷たくて美味しい、かつ安心・安全なミネラルウォーター。それがいつでも好きなだけ楽しめる生活。すぐ、目の前にございますよ…」
「契約、します!!」
あーあ、、、。
とうとう出ちゃいました、禁断の一言。ジ・エンドです。
「ありがとうございます。ではさっそく、こちらとこちらにお名前とご住所、電話番号をご記入いただいて…」
その後。
ひまわりさんは、宇佐木に促されるがままに契約手続きを進めていきました。
見るからに怪しげな書面にいとも簡単に個人情報を記し、印鑑を押せと言われれば何の躊躇いもなく捺印し、終いにはお父さんの書斎にあったクレジットカードを勝手に持ち出す始末。
娘が知らぬ間に”ぼったくりウォーターサーバー”を契約していたと知ったら、ひまわりさんのお父様はどんな反応をなさるのでしょう。それが怒りであれ、嘆きであれ、落胆であれ。私はとても見ていられません。
あゝ、なんと不憫なお父様よ。
「──以上でご契約は完了となります!ウォーターサーバーのお届けまでは少しお時間をいただきます。今しばらくお待ちくださいませ」
「はい!!絶品の天然水がウチで飲めるの、楽しみにしてます!」
「ええ。ぜひ今後ともご贔屓に…」
”失礼致します”
そう言って深々と頭を下げると、宇佐木は静かに去っていきました。その足取りは相当弾んでいるように見えました。
「ミネラルウォーター♪ミネラルウォーター♪はやくっ来ないっかなぁ♪」
こちらはこちらで、非常に上機嫌な様子で廊下をスキップしていくひまわりさん。
恐ろしいことに、たったいま自分がしたことの重みを分かっておられないようです。世にも胡散臭い、悪魔の契約書にサインしてしまったというのに。
すると、
ピンポーン、ピンポーン。
またしても玄関のチャイムが鳴り響きました。
まさか、あの詐欺師まがいのセールスマン・宇佐木が戻ってきたのでしょうか。か弱き鴨からさらに搾り取ろうというのでしょうか。
ピンポーン、ピンポーン。
「あ、お母さんとお父さんだ。一緒に帰ってくるなんて珍しい」
違いました。”お母さんとお父さん”でした。
玄関用モニターを覗き込んだひまわりさんに、パッと笑顔が浮かびました。”うるおいウロン”のことを早く伝えたくてうずうずしているみたいです。
「はーい、いま開けまーす♪」
件の契約書を小脇に抱え、ひまわりさんは玄関口に向かって明るくスキップしていきます。その表情は齢25とは思えぬほど無垢です。
ピンポーン、ピンポーン──
ガチャッ。
「おかえりなさい、二人とも!今日はね、とっておきのお知らせがあります!!」
…ごめんなさい。
ここから先を直視する勇気は、私にはありません。あしからず。




