2. かっぷめん。
「よし、お湯を入れて…あとは3分待つだけっと…」
平日の昼下がり。とある一軒家のリビングルームにて。
世間の人々が忙しなく活動する中、堕落街道まっしぐらの25歳・日間賀ひまわりは呑気にカップ麺を食べようとしています。
彼女のお父さんお母さんが働いたお金で手にした、カップ麺を。
「あれ?あの小皿がない…」
何やらひまわりさんは、食卓の上に置かれている食器入れの中をガチャガチャと探し始めました。
ちなみに、いま彼女がお求めの”小皿”とはカップ麺の蓋を上から押さえるのに丁度いい、ひまわりさん御用達の逸品のことです。
「もーう!お母さんたら、どっかへ仕舞っちゃったのかな。困るよ、アレがないと蓋が止められないじゃん!」
いや、知らんがな。
もし私がひまわりさんのお母さんなら、呆れ顔でそう言うと思います。
昼過ぎにノコノコと起きてきて、ロクに料理もしないでカップ麺だけで食事を済ませようとし、挙げ句の果てにはカップ麺の蓋を押さえる小皿がないとブーブー文句を言う。
本当に終わっていますね、彼女は。
「ないなぁ…おかしいな…」
食器入れのカゴをひっくり返してまで探したひまわりさんでしたが、小皿を発見することはできませんでした。
これでようやく諦めるか、と思いきや。
今度はキッチンに設置されている大きな食器棚の中にまで、捜索の範囲を広げたひまわりさん。
そんなことしている暇があるなら、職探しでもすればいいのに。
「どこだ、どこだ…小皿ぁ。おーい!隠れてないで出ておいでぇ!!」
近所迷惑が心配なくらいの声量で、ひまわりさんは愛しの”小皿”を呼び続けています。当然、向こうから出てきてくれる気配などありませんが。
隠れんぼじゃあるまいし。
「ねぇ!私には君が必要なの。君がいないと、美味しいラーメンが食べられないの。私、そんなの嫌!!」
相変わらずの声量で、必死に呼びかけを続けるひまわりさん。
その相手が”カップ麺の蓋を押さえるのに丁度いい小皿”でなければ、なんともロマンティックな台詞に聞こえたでしょうね。
しかし、何故ひまわりさんはそこまでして特定の小皿にこだわるのでしょう。
蓋を押さえておくだけならば別の皿で代用するとか、何ならテープとかで固定しておけば良いものを。
要領が悪いというか、変なところで頑固というか。ある意味では幸せなひとです。
すると。
しばらく食器棚の中をガチャガチャやっていたひまわりさんの面持ちが、急にパアッと明るいものになりました。
これは、、、
「あ!あった…!」
約15分にも渡って続いていた小皿の大捜索が、いよいよ身を結んだようです。
「やった、やった…やっと君を見つけたよ…小皿くん」
ようやく愛しの“君”を発見し、感極まって今にも泣き出しそうな様子のひまわりさん。体をプルプルと震えさせてるあたり、よほど嬉しいようですね。
たかが、“小皿”を見つけただけなのに。
「ありがとう、ありがとう!これでようやくカップ麺が食べられる♪」
鼻歌ルンルンのひまわりさんは、小皿をまるで我が子のように抱えながらダイニングへと戻っていきます。
が…
「え…嘘。ウソでしょ、どうしてこんな…!」
揚々と食卓についたひまわりさんでしたが、そんな彼女の視界に飛び込んできたのは──ビロンビロンに伸びきったカップ麺でした。
容器の中の汁という汁を吸い尽くした麺は大きく膨張し、もはや中華麺というよりうどんの麺のようです。いかにも不味そう。
ひまわりさんが小皿ごときで騒いでいる間に、まさに見るも無惨な姿に変わり果ててしまったラーメン。
お父さんお母さんのお金で手にしたカップ麺を台無しにした彼女の罪は、非常に大きいです。
「…食べるか。捨てるのは勿体ないし」
当たり前です。
“捨てる”なんてそんなこと、たとえ口が裂け尽くしても言ってはなりません。あなたは。
「いただきます…」
ズズーッ。
カップラーメンの細い麺を啜っているにしては随分と大きな音を鳴らしながら、ひまわりさんはブヨブヨの麺を口へ運んでいきます。
ほとんど汁気を失ったカップ麺は実に食べ辛そうですが、完全な自己責任です。
「う…なにコレぇ…。ま、まじゅい…」
は?知らんがな。自業自得だろ。
もしも私がひまわりさんに食べられているカップ麺だとすれば、確実にそう言ってやります。
インスタント料理を作る際には、“待ち時間”が最も肝要です。
とりわけカップ麺はせっかちで、あの天空の城の大佐並みに気が短いのです。たった3分間しか猶予を与えず、常に滅びの運命と隣り合わせなのですから。
やはり、最も美味しく食べるには”3分“という時間をキッチリ守る必要がありますね。
「ゲフッ…美味しくなかったぁ…。次カップ麺食べるときは、ちゃんと”小皿“を用意してからお湯を注ご…」
はい、そうですか。
小皿探しでもなんでもお好きにしたらいいですよ。それが貴方の幸せなんでしょうからね。
普通ここは、『ひまわりさん!もう小皿なんていいから、そこらへんにある適当なモノで押さえときなよ!せっかくの麺が不味くなるなんて勿体無い!」とでも言うべきなんでしょうけども。
私はもう、そんなお節介は口にしません。
だって、彼女はいっつも無駄なこだわり故に失敗ばかりしてきて、そして直ぐにその失敗を忘れてまた同じ過ちを繰り返すのですから。
喉元過ぎれば熱さを忘れる。なんて言いますが、ひまわりさんの場合はまだ喉元が熱いうちから熱さを忘れるのが常です。
救いようがないですね。




