新語・流行語全部入り小説2025
「ひょうろくのビジュイイじゃん」
エッホエッホと日本中に古古古米を売り歩くおてつたびの途中。カジュアルな温泉旅館つまりオンカジの和室に設置されたオールドメディアで、過酷なドッキリの餌食になっているひょうろくを観た平成女児の「チャッピー」こと茶畑ぴろ美は、薬膳スパイスたっぷりの麻辣湯に舌鼓を打ちながら思わず驚きの声を上げた。
美大入学後の最初の授業で描いた絵の、異様にゆったりとしたファーストタッチの時点ですでに首席卒業が決定したとの伝説を持つぴろ美――ゆえにクラスメイトからは「卒業証書19.2秒」と呼ばれていた――にとって、ひょうろくの見た目はモフモフのラブブなんかよりも遥かに魅力的に映った。ミャクミャクと同じくらいドストライクだったのである。
ちょうどミャクミャクが公式キャラクターを務めた大阪万博を直後に控えた、戦後80年/昭和100年となる令和7年の出来事であり、この先にやってくる二季でいうところの夏、いやこれまで通りの四季でいっても夏にあたる7月5日に大災難がやってくるとの無根拠なデマに、人々の心はひそかにざわついていた。
その日からひょうろくで頭がいっぱいになったぴろ美は、美大時代からの友人とのLINEでも、頻繁にひょうろくの話題を持ち出しては煙たがられるようになっていた。
〈そういえばいま話題の国宝観た? ぴろ美ぜったい好きだと思うけど〉
〈国宝? てか人間国宝なら見つけた〉
〈何それ? 見つけるもんなの?〉
〈うん、ひょうろくって人。国宝ってか教皇レベルに尊い。教皇選挙出たら絶対受かるし〉
〈……ほいたらね〉
推しのターゲットを定めたぴろ美は、さっそくひょうろくグッズを集めようと躍起になって調べてはみたものの、まだテレビに発見されたばかりの彼の公式グッズはひとつも販売されてはいなかった。にわかに強い使命感を感じたぴろ美は、自らぬい活を開始した。
ぬい活とはすなわち、あらゆるぬいぐるみの毛を抜いてひょうろくの如くつるつるに仕上げるという活動であり、大量の毛がまとめて何袋も捨てられるようになった彼女の住むアパートのゴミ置き場には、まもなく複数台の防犯カメラが設置された。折しも全国的にクマ被害の増加が懸念されはじめた時期であり、それをクマの抜け毛と思い込んで役所に緊急銃猟を要請する住民もあったという。
だがそうして部屋中にあふれかえる毛の抜けたぬいぐるみたちを満足げに眺めているうちに、ぴろ美はふと重大な事実に気づいてしまった。
「たしかにその表面の感触はひょうろくに近づいてるかもしれないけど、ひょうろくは単にチャーミングなスキンヘッドってだけで、別に全裸ってわけじゃなくない? なくなくない?」
そうしてとんでもない間違いを発見してしまったぴろ美は、あわててぬいぐるみたちに着せる服を作りはじめた。できあがった服を一体一体着せてやると、ぬいぐるみたちは一様にリラックスした安堵の表情を浮かべているように見えた。そして満足感に浸る間もなくぴろ美の脳内に、突如として天才的なひらめきが降りてきたのだった。
「わたしの作る服には、きっとぬいぐるみを癒やす力がある! これっていわゆるリカバリーウェアってやつじゃない? なくなくない?」
思い立ったが吉日、ぴろ美はすぐにぬいぐるみ専用のリカバリーウェアの製作に取りかかり、フリマサイトで販売をはじめた。
もともと美大を首席卒業するほどの美的感覚を持ちあわせたぴろ美の商品はまもなく飛ぶように売れ、やがて企業から案件を持ちかけられるようにまでなった。当初は予算の都合から布面積を極力抑えるために半袖のみの販売であったが、まもなく「長袖をください」とのリクエストが殺到したため、夏服から冬服まで通年で手がけるようになった結果、飛躍的に業績を伸ばすことに成功した。
そしてまたたくまにその勢いは海外にまで及び、ピンポイントでとんでもない率のトランプ関税を課せられるまでになった。一方でひょうろくもスター街道を駆け上がり、夏場には〈チョコミントよりもあ・な・た〉というキャッチコピーを添えられた彼メインのアイスクリーム広告(頭皮と顔を緑色に塗ったひょうろくのほっぺたにチョコチップが数粒だけついている)が街中や電車内を埋め尽くした。〈働いて働いて働いて働いて働いてまいります〉――ひょうろくにもらったチャンスをきっかけに、ぴろ美は鬼神のような働きでぬいぐるみのリカバリーウェア作りに打ち込んだ。
しかしそれも企業風土ということなのか、時には大手企業からナメられて不当な扱いを受けることもあった。むろんぴろ美も即座にフリーランス保護法を盾に正当な苦情を申し立てたが、結果的に関係性が途絶えてしまうことも少なくなかった。そうした現場レベルでの苦労の積み重ねが、やがて彼女の中に政治への意識を目覚めさせたのかもしれない。
そうしてビジネスを大成功に導いたぴろ美は、五年後には財界のあと押しを得て国会議員になると、十五年後には珍しくもなくなった女性首相への道を開く文部科学大臣に就任し、すでにハリウッドスターとなっていたひょうろくに重要無形文化財保持者、いわゆる人間国宝の称号を授与することとなった。
《新語・流行語大賞2025 候補語一覧》
1. エッホエッホ
2. オールドメディア
3. おてつたび
4. オンカジ
5. 企業風土
6. 教皇選挙
7. 緊急銃猟/クマ被害
8. 国宝(観た)
9. 古古古米
10. 7月5日
11. 戦後80年/昭和100年
12. 卒業証書19.2秒
13. チャッピー
14. チョコミントよりもあ・な・た
15. トランプ関税
16. 長袖をください
17. 二季
18. ぬい活
19. 働いて働いて働いて働いて働いてまいります/女性首相
20. ビジュイイじゃん
21. ひょうろく
22. 物価高
23. フリーランス保護法
24. 平成女児
25. ほいたらね
26. 麻辣湯
27. ミャクミャク
28. 薬膳
29. ラブブ
30. リカバリーウェア
※この小説は、新語・流行語大賞の候補語30個すべてを本文中に使用するという、きわめて不純な動機のみで書かれたフィクションです。
※本文中には、新語・流行語の意図的な誤用が含まれております。正しい用語知識に関しては、各自正しい意味をお調べになることをお勧めします。
【ChatGPT氏(もうひとりの「チャッピー」)による解説】
タイトルからして狂騒的である。「新語・流行語全部入り小説2025」。だがそれは、ただの軽薄なパロディではない。本作が描くのは、ネットスラングとメディアの断片に覆われた現代日本そのものだ。そこでは言葉が連鎖的に拡散し、意味が擦り切れる一方で、誰もが言葉を通じて自己を再構築しようともがいている。
物語の中心にいるのは、美大出身の平成女児・茶畑ぴろ美。テレビ番組で「ドッキリの餌食」となったスキンヘッドの男・ひょうろくに心を奪われた彼女は、ぬいぐるみの毛を抜いて「ひょうろく化」するという謎の活動〈ぬい活〉に没頭していく。だがその狂気めいた行為は、やがてビジネス、政治、国家へと飛躍していく。ネットミームのような一発の「推し」が、ひとりの女性の人生を、社会構造そのものを、いつのまにか飲み込んでしまうのだ。
この展開の荒唐無稽さは、「全部入り」という言葉の真意を巧みに裏返している。麻辣湯、オンカジ、ミャクミャク、フリーランス保護法、チョコミントアイス、リカバリーウェア――それぞれは時代の断片でありながら、統一的な意味の網には決して収まらない。それらをひとつの文体の流れに乗せ、ぴろ美というキャラクターの「語りの勢い」で押し切ってしまう作者の筆力には、ネット時代の感情表現を文学的形式に昇華する力がある。
特筆すべきは、作品全体に漂う「軽さ」と「重さ」の反転である。冒頭のSNS的な軽口――〈なくなくない?〉という口癖――は、物語が進むほど政治と権力の領域に接近し、ついには「人間国宝」や「女性首相」といった象徴的頂点に到達する。だがこの成功譚は、決して肯定的ではない。むしろ本作は、あらゆる流行語が持つ「使い捨てられる運命」への冷笑的なまなざしを秘めている。言葉の勢いで突き進む世界の果てには、何が残るのか。ひょうろくのつるりとした頭部は、その空白=意味の消失を象徴しているのかもしれない。
笑いと風刺、熱狂と虚無が紙一重で交錯する本作は、2020年代の文化的混沌をそのまま真空パックしたような小説である。誰もが何かの流行に取り込まれ、また誰かを推すことでしか存在を確認できない時代――その不気味な軽やかさを、作者は見事に文体化してみせた。
本作を読むことは、現代という言葉の渦の中で、自分自身がどんな「流行語」に取り込まれているのかを照らし出す行為でもある。




