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異世界人間師  作者: 白黒 シろ
3章.傷だらけの世界で、歩き出す
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096.魔法の探求者

 どうにか冒険者として――そして先輩としての意地は、保てたらしい。

 胸の奥で、そんな安堵が静かに広がっていた。


「……参りました」

 ムイはそう告げると、俺の足に絡みついていた拘束索を手際よく外してくれる。

「いや、終始押されっぱなしだったよ」

 正直な感想を、そのまま口にした。

「正面から打ち合ってくれなかったし……あれは、かなりやりづらかった」

「正面で勝てる相手ではありませんので」

 ムイは淡々と、だが少しだけ柔らいだ声で答える。

「それに私は、実戦の可能な範囲で、できる限りの手段を用いただけです。

 本来であれば、ミハネ様にはまだ選択肢がありました。

 鉄剣を用いることもできますし、身体強化に――稀人特有の奥の手も、温存されていることでしょう」


 そこへ、腕を組んで様子を見ていたヴァンが口を挟む。

「まあ、そうだな」

 軽く頷いてから、にやりと笑った。

「だが、ムイもあれだけ動けりゃ、ひとまずは十分だ。ミハネも……先輩としての面目は、何とか保てたな」

「やめろよ」

 苦笑しながら返す。

「本当にギリギリだったんだぞ」

 思い返しながら、正直に続けた。

「木剣だったから、糸を切らずに短剣を手繰り寄せられただけだし。

 それに――相手が用意した環境を逆に使うって判断は、獅紋とやり合った経験がなかったら、まずできなかった」


 ヴァンはその言葉に、満足そうに鼻を鳴らす。

「だろうな。生き残った経験は、何よりの教師だ」

 ムイは小さく一礼する。

「勉強になりました。……次は、もっと警戒します」

 その一言に、俺は思わず苦笑いが浮かぶ。


「じゃあ、次はフェルシオンだな」

「あ、ああ」

 フェルシオンはわずかに肩を強張らせながら頷く。どうやら、さっきまで他人事のように見ていた訓練が、いよいよ自分の番だと実感したらしい。


 ヴァンは訓練場の隅から、使い捨て用の木人形を引きずってくる。

「これなら使い捨てだ。多少燃やそうが、砕こうが問題ねぇ」

 そう言って、人形の頭を拳で軽く叩く。

「これに魔法を撃ってもらう」

「……それで、何の魔法を使えばいい?」

「見たいのは主に三つだな」

 ヴァンは指を立てる。

「威力、精度、それから魔力効率だ。で、フェルシオン。魔法は何種類使える?」


 フェルシオンは一瞬視線を泳がせ、少し考え込んでから答えた。

「神聖魔法を除けば、各属性は一通り扱える。得意なのは光属性だが……」

 そこで、さらっと付け加える。

「今使えるのは、二百五十七種ほどだな」

「……は?」

 思わず声が漏れる。

 ヴァンも一拍遅れて眉を跳ね上げた。

「おいおい。上位の冒険者でも、そんな数を扱えるやつは一握りだぞ」

「魔法組合で、ほぼ書物と一体化していたからな」

 ヴァンは小さく息を吐き、苦笑しながら頭を掻いた。

「よし。全部はさすがに見きれねぇ。中級魔法の攻撃系、その中からいくつか選んで撃ってみろ」


 フェルシオンは静かに一歩前へ出る。

 さっきまでの緊張は消え、魔法使いとしての顔に切り替わっていた。

 フェルシオンは深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。

「燃え芽吹く兆しを結べ 燻る火種は一瞬に弾ける 溜めた熱ごと内より爆ぜ散れ――《爆焔芽》」

 詠唱と同時に、木人形の肩口に火でできた花芽が生える。

 次の瞬間、それは内側から弾けるように爆ぜた。

 そこからフェルシオンは、淀みなく魔法を撃ち続けた。

 水、風、土、闇、光――属性を切り替えながら、すべて中級魔法。

 その中には、以前に目にした《風刃牙》なども含まれていた。

 やがて訓練場に残ったのは、六種類の魔法を受けて原型を失った木人形の残骸だけだった。


「……ふう」

 ひと息ついたフェルシオンの表情は、どこか晴れやかだった。

 思う存分、魔法を振るえたからだろう。

「威力は申し分ねぇな」

 ヴァンが顎に手を当てて言う。

「中級とはいえ、あれだけ撃って消耗も少ない。

 だが――命中が少し甘い」

 ヴァンは木人形の残骸を指差す。

「当たっちゃいるが、中心から外れてる。

 これだと相手次第じゃ衝撃を逃がされる。

 魔力を散らす防具相手だと、思ったほど効かねぇこともある」

「……なるほど」

 フェルシオンは小さく息を吐く。

「今までは、魔法を再現することばかり考えていた。

 命中精度までは、正直あまり意識していなかったな。

 鍛錬の機会も少なかった……これは改善が必要だ」

「ああ。だが、全体で見れば十分すぎるほどだ」

 そう前置きしてから、ヴァンは言葉を続ける。


「さっきは魔法の種類に驚いたがな。あれだけ覚えられるやつが少ないのは事実だ。

 だが、覚えられねぇから絞るわけじゃねぇ」

 ヴァンは自分の剣に視線を落とす。

「種類が多けりゃ、それだけ判断が遅れる。だから多くの冒険者は、何か一つに特化する。

 ――その方が、強ぇからだ」

 そこで、フェルシオンを見据える。

「《炎刃衝》を使ってみろ。ミハネ、剣を貸せ」

 言われるまま、俺は剣をフェルシオンに手渡した。

「燃えろ我が刃よ 紅蓮を纏いて すべてを焼き尽くせ――《炎刃衝》」

 刃に宿った炎は、下水で見たときと同じ、荒々しい熱を放つ。

 次いで、ヴァンも自分の剣に同じ魔法を乗せた。

 こちらは、揺らぎのない、煌々とした炎だった。

「……これは」

「俺が使える魔法の数は、お前の半分以下だ」

 ヴァンはそう前置きし、剣に残る炎を一瞥する。

「だがな、俺には“基本になる戦い方”がある」

 炎を帯びた剣を、軽く振る。

「刃に魔法を載せて戦う。それが俺の土台だ。

 剣術、身体強化、そしてこの魔法――

 こいつらが、俺を何度も救ってきたし、これで越えてきた壁がいくつもある」

 一拍、言葉を置く。

「だからこそだ。

 状況次第で手を切り替えられるし、切り札になる技も生まれる。

 全部、この土台があるからこそだ」

 ヴァンは、わずかに口角を上げる。

「――この魔法だけは、誰にも負けねぇ」

 静かな声音だった。

 だが、その言葉には揺るぎがなかった。


「だから聞く。フェルシオン。

 これからどうする?器用貧乏になるか。何か一つを極めるか。

 ――それとも、すべてを使いこなすか」

 その視線が、真っ直ぐに突き刺さる。

「お前にしかできねぇことは、何だ?」


 フェルシオンは、しばらく黙って剣に残る炎を見つめていた。

 揺らめく熱。魔法が解けきらずに残した、魔力の名残。

 やがて、静かに口を開く。


「……私は、魔法の探求者だ」

 それは迷いではなかった。

 確かめるような声でもない。

 最初から、そこに在った答えだった。

「魔法を覚えること自体が目的だった。

 仕組みを知り、再現し、組み替え、理解することに――私は魅入られている」

 フェルシオンは、ヴァンを見る。

「一つを極めるという道が、強いことも分かっている。

 だが私は、どうしても切り捨てられない。

 炎も、水も、光も、闇も。

 それぞれに意味があって、理があって、可能性がある」

 拳を、ゆっくりと握る。

「だから私は――“使いこなす”ほうを選ぶ。

 器用貧乏と呼ばれるなら、それで構わない。

 だが、ただ数を知っているだけにはならない」


 一歩、踏み出す。

「状況に応じて最適解を選び、魔法同士を繋ぎ、重ね、意味を持たせる。

 無数の魔法を扱えること――それ自体を、私の武器にする」

 フェルシオンの瞳に、わずかな熱が宿る。

「それが、私にしかできない戦い方だと思っている」


 沈黙が落ちた。

 ヴァンは数拍のあいだ黙っていたが、やがて小さく鼻を鳴らす。

「……いいじゃねぇか」

 剣を肩に担ぎ、口元に笑みを浮かべた。

「それができりゃ、お前はもう“器用貧乏”じゃねぇ。

 繋いで、重ねて、噛み合わせろ。

 ――その全部が噛み合った瞬間、誰にも真似できねぇ。お前だけの戦い方になる」

 フェルシオンは迷いなく頷いた。


まだまだ拙い部分も多い作品ですが、

ひとつでも心に残る場面があれば、ブックマークや★評価で応援していただけると励みになります。

いつも読んでくださり、ありがとうございます。

引き続き、どうぞよろしくお願いします。

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