094.伝承の探求
三人の意見がまとまったところで、ヴァンが依頼書を指で弾いた。
「さっきの話は置いとくとしてだ」
そう前置きして、別の理由を口にする。
「この依頼元――王都で魔道具を発注して、ナウガウ交易市で受け取る連中はな」
依頼書の隅に記された工房名を指でなぞる。
「ケチらねえし、問題も起こさねえ。
積み荷にさえ無事であれば、時間に縛られねえし、途中で無茶も言わねえ。護衛側の裁量を尊重するタイプだ」
次に、街道の行程へ視線を落とす。
「王都からナウガウまでの街道沿いに出る魔物は、せいぜいが群れからはぐれた獣系か、夜行性の小型魔物だ。
厄介なのは、数が出ることくらいでな。長引かせなきゃ、消耗は少ない」
ヴァンは依頼三――街道巡回に目をやる。
「対して巡回だが、魔物の縄張り移動ってのは、言い換えりゃ“何が出るかわからねえ”って意味だ。
下手すりゃ想定外の個体にぶつかる。倒せても、怪我人が出る。
それで治療や装備の修繕が必要になりゃ、報酬は簡単に吹き飛ぶ」
軽く鼻で笑う。
「割に合わねえ」
最後に、静かな声で続ける。
「冒険者が死ぬときってのはな、大体が”想定外の出来事”と“勝てると思った戦い”だ。
この魔道具搬送は、勝つ必要がねえ、追い払えばいい。距離を取ればいい。逃げても問題にならねえ」
ヴァンは視線を上げ、三人を見渡す。
「生き残れるかどうか、失敗しないかどうか。その二つを天秤にかけたら、俺は迷わず一を選ぶ」
依頼書を指で押さえ、結論を落とす。
「――経験値を積みたいなら、死なねえ仕事からだ」
その言葉に、誰も異を唱えなかった。
こうして選ばれたのは、派手さのない、だが“確実に帰ってこられる”依頼だった。
「それで、いつ出発するかだが……」
ヴァンがそう切り出したところで、ふと頭の奥に引っかかっていたものが浮かび上がる。
「あ――忘れてた……」
「ん? どうした」
「いや、ここまで依頼を選んでおいて悪いんだけどさ」
俺は軽く頭を掻く。
「そういえば、左手を魔道具の義手で作るって話をしててな。
作るまで、しばらくナウガウ交易市に向かうのは待ってもらうことになるかもしれない」
その言葉に、フェルシオンもはっとしたように目を瞬かせた。
「へえ、魔道具で義手か」
ヴァンは口の端を上げる。
「いいじゃねえか。ずっと不便してただろ」
それから、依頼書を軽く指で叩く。
「魔道具を作るとなると、今回の依頼は流れるが――問題ねえ。
選び方を覚えてほしかっただけだ。また別のを探せばいい」
「そう言ってもらえると助かる」
ヴァンは小さく頷き、今度はフェルシオンとムイに視線を向ける。
「それに、二人がどれくらい動けるかは、ちゃんと見ておきたい。
軽い鍛錬期間にするのも悪くねえだろ」
フェルシオンも頷いた。
「それは、私からもお願いしたかったところだ」
「私からも、よろしくお願いいたします」
ムイも静かに頭を下げる。
「で、その義手の話だが」
ヴァンが思い出したように言う。
「前に獲ってきた魔物の肉、どうした? もう腐ってんじゃねえか?」
その一言で、以前のことが脳裏に蘇る。
――魔物の肉を使って、無理やり左手を作ろうとした、あの時のこと。
「いや、一応……腐る前に自分で試したんだけど……」
苦笑しながら答える。
「結果は、ひどい拒絶反応だったよ。今思えば、あれは魔物の“穢れ”の影響だったんだと思う」
俺は、ジトっとした目でヴァンを見る。
「フェルシオンに教えてもらって初めて知ったんだけどさ。
魔物の血や肉って、毒みたいなもんなんだろ?
なんで言ってくれなかったんだよ。最悪、死んでたぞ」
「悪い悪い」
ヴァンはあっさりと肩をすくめる。
「当たり前すぎて、忘れてた」
「……おい」
「それにだ」
悪びれもせず、続ける。
「もしものことがあったら、左手ごとぶった切るつもりだったからな」
「ぶった切るって……」
思わず眉が寄る。
「なんか最近、俺に対して容赦なくなってないか?」
「それだけ、お前が一人前に近づいてきたってことだ」
冗談めかした声の奥に、妙な信頼が混じっているのが分かって、文句を言う気も、少しだけ失せた。
そうして義手に用いる魔道具の話をあれこれと詰めているうちに、窓の外はすっかり茜色に染まっていた。
いつの間にか日が傾いていることに気づき、今日はこのまま食事を取る流れになった。
卓に並んだ料理から、湯気と香ばしい匂いが立ちのぼる。
ムイの手によるものだと聞き、ひと口食べたヴァンが、目を丸くする。
「へえ、こりゃ美味いな」
感心したように頷き、ムイを一瞥してから、冗談めかして続ける。
「これだけ作れるなら。さっきみたいに長々と駄目出ししなくても、料理人として一緒に付いてきてもらうのもアリだったかもな」
「おい」
思わず突っ込む。
「さっきまでの真剣な話はどこ行ったんだよ」
ヴァンは悪びれもせず笑った。
「いやいや、こういうのも大事だろ。
道中で美味いもんが食えるかどうか――それも旅じゃ重要な指標の一つだ。やる気が全然違う」
フェルシオンが小さく肩をすくめる。
「……まあ。ムイと、こうして腹を割って話す機会も、今まではあまりなかった。
私としては、悪くない時間だった」
ムイは控えめに微笑み、静かに頭を下げた。
「少しでも、皆さまのお役に立てているのであれば、何よりです」
そうして、他愛のない話を交えながら食事は続いた。
これからは行動を共にすることもあり、ムイも同じ卓につき、皆と一緒に食事を取っている。
その流れの中で、俺が稀人であることも、ムイにはきちんと明かした。
「……ミ、ミハネ様は、稀人というのは……本当なのでしょうか?」
珍しく、ムイの声音が揺れている。
「ん? ああ、そうだけど」
あっさり答えると、ムイは一瞬言葉を失ったように目を瞬かせた。
「も、もしよろしければ……元いた世界の料理について、教えていただけないでしょうか」
少し身を乗り出し、続ける。
「稀人がこの世にもたらした料理は、人々の生活に深く染み付いております。
それこそ、“稀人が教えた”と知る者がほとんどいないほどに、一般化しているものも多く……」
指を立てる。
「例えば、パン一つにしてもそうです。
かつては硬く、保存のための食べ物だったものが、今ではふんわりとした甘いパンが当たり前になっています」
「へぇ……そうだったのか」
「ですので、その一端でも教えていただけたらと。それと……」
ムイは一瞬だけ言葉を選ぶように間を置いた。
「今日、お出しした料理はいかがでしょうか。
このようなことを伺うのは不躾とは存じますが……元いた世界の基準で、率直な評価をいただければと」
その真剣な眼差しに、少しだけ考えてから答える。
「……正直に言うなら、だ」
ムイがごくりと喉を鳴らす。
「俺たちや、特にフェルシオンのために考えて、丁寧に作ってくれた料理だ。本音を言えば百点って言いたい」
そこで一度、言葉を切る。
「でも、多分ムイが本当に欲しいのは、そういう評価じゃないだろ」
「……はい」
「だから言うと――六十点くらいだな」
「……六十点」
小さく、だが確かに受け止めるように繰り返す。
「誤解しないでくれ。これは“低い”って意味じゃない。俺のいた国は、特に食が異常なほど発展してたんだ。
美味いものに一切妥協しないし、場合によっては――」
少し笑って続ける。
「一滴で死ぬような猛毒を持つ魚ですら、正確な処理と調理法を見つけて、高級料理にまで昇華させる。そんな国だったからな」
「……猛毒を、食す……?」
ムイが思わず目を見開く。
「本当に食べられるのか?ってものまで、平然と食べる国だったよ」
少し笑って続ける。
「その結果、調理技術も異様な発展をして、調味料も数え切れないほど生まれた。
食べるためだけに育てられる生き物だって、珍しくなかったくらいだ」
ムイのほうを見る。
「だからさ、ムイの調理方法自体に問題があるわけじゃない。
下処理も丁寧だし、食べる人のことを考えた、かなり繊細な味付けだと思う。
違いがあるとすれば――調味料の種類、食材そのものの質、あとは調理手段の多様さ……そのあたりかな」
「……そう言っていただけると……ありがとうございます」
ムイは、ほっとしたように小さく頭を下げた。
ヴァンが、ふと思い出したように声を上げた。
「そういえば、調味料の話で言うと――ナウガウ交易市でミハネが欲しがってたのも、食材だったよな」
「そうなのですか?」
「ああ。焦香の実っていうんだけどな。それがあれば、元いた世界じゃ有名だった菓子を再現できそうでさ」
「……もしよろしければ」
ムイが、少しだけ控えめに身を乗り出す。
「そのお菓子……私にも、教えていただけませんか?」
「もちろん。いいよ」
そう答えると、フェルシオンが小さく笑った。
「ムイはムイで……どうやら、私たちとは違う方向の探求をしていきそうだな」
ムイはその言葉に、わずかに視線を落とし、何かを考え込むような表情を見せた。
「それにしても……猛毒を食べる、ですか……」
ぽつりと呟く。
「ミハネ様のいた世界に魔物が存在していたのであれば……やはり、それも食べられるようになったのでしょうか?」
「さすがに、それはないのではないか?」
フェルシオンが苦笑交じりに首を振る。
「魔物を食べるなど、こちらの世界では聞いたこともないぞ」
「いや、実際にいたらしいぞ」
ヴァンが、何でもないことのように言った。
「魔物を食ってたって稀人」
その一言で、ムイは完全に言葉を失った。
「……ただし」
ヴァンは続けて肩をすくめる。
「どうやって食ったのかとか、体に不調が出たのか、その後どうなったのか――そこまでは知らねえ」
そして、口元をわずかに歪めて、にやりと笑った。
「だからこそ、だ。それを掘り下げるのが、俺たちのやる“伝承の探求”ってやつだろ」
未知への好奇心と、わずかな危うさ。
その両方を胸に抱えながら、食事はゆっくりと続いていった。
まだまだ拙い部分も多い作品ですが、
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