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異世界人間師  作者: 白黒 シろ
3章.傷だらけの世界で、歩き出す
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092.仲間として

 そこからは、フェルシオンが冒険者として登録するに至った経緯を話す流れになった。

 魔法組合を離れた理由。家の事情。

 そして、貴族としてではなく、一人の人間として歩く道を選んだこと。


 フェルシオンは飾ることなく、淡々と語った。

 言い訳も、自己弁護もない。

 ただ、自分で選んだという事実だけを、静かに積み上げていくような話し方だった。


 一通り聞き終えたところで、場に短い沈黙が落ちる。

 その重さを押しのけるように、俺は口を開いた。


「そこでだ。フェルシオンも、俺たちと一緒に行動できたらいいと思ってな。

 下水の一件だって、フェルシオンがいなきゃ俺はやられてた。

 魔法に対する知識も判断も申し分ない。

 これから稀人の遺産を巡る旅に同行させたい――それは、どうだ?」

 フェルシオンが、横で喉を鳴らす。

 緊張を隠しきれない様子だった。


 ヴァンはカップを一口含み、間を置かずに言った。

「ああ、いいぞ」

 あまりにもあっさりした返事に、フェルシオンが目を瞬かせる。

「……良いの、ですか?」

「ああ」

 ヴァンは肩をすくめる。

「俺は魔法を何でもかんでも使えるわけじゃねえしな。

 それに、今まで誰とも組まなかったのは、俺の目的が“伝承の探求”だからだ」

 その視線が、フェルシオンを射抜く。

「フェルシオン。お前、話半分で付いてくる気じゃねえよな?」

「もちろんです」

 即答だった。

「私も、魔法と伝承の探求を志しています」

 ヴァンは満足そうに息を吐き、椅子から身を乗り出す。

 そして、フェルシオンへと手を差し出した。

「なら問題ねえ。

 ここからは、一緒に冒険する対等な仲間だ。

 堅苦しい言い方はやめろ。フェルシオンも、俺のことはヴァンでいい」

 一瞬だけ、フェルシオンは言葉を選ぶように唇を引き結ぶ。

 それから、小さく頷いた。

「……これから、よろしく頼む。ヴァン」

 二人の手が重なる。

 短い握手だったが、そこには確かな信頼が生まれた瞬間だった。


 場の空気が、ふっと緩む。

 仲間になる――その事実が、ようやく形になった。

 ……だが。

 その余韻が消えきらないうちに、フェルシオンが小さく咳払いをする。

 視線が一度泳ぎ、言葉を選ぶように口を開いた。

「それと、もう一つ……」

 少し言いづらそうに、間を置く。

「私の他に、もう一人。同行を許可してほしい者がいる」

 その言葉に、ヴァンが眉を上げる。

「ほう?」

 フェルシオンはゆっくりと視線を巡らせ、壁際へと向けた。

 そこには、先ほどから気配を限界まで薄くして控えていたムイがいる。

「彼女だ」


 名を呼ばれずとも察したのか、ムイは一歩前へ出る。

 足音はほとんどしない。背筋を伸ばし、無駄のない所作で一礼した。

「ムイと申します。フェルシオン様の身の回りを預かっております」

 ヴァンはその様子をじっと観察する。

「付いてくる分には構わねえ」

 やがて、低く問いかける。

「だが――目的はなんだ?」

「フェルシオン様です」

 即答だった。間も、迷いもない。

「申し訳ございません」

 ムイは一度だけ頭を下げ、続ける。

「私は、伝承の探求に、皆様ほどの関心はありません」

 静かに、だがはっきりと言う。

「私の行動理由は、ただ一つです。フェルシオン様が、フェルシオン様として生きること」

 一度だけ、言葉を区切る。

「幼いころより、私はフェルシオン様のおそば付きとして仕えてまいりました。

 ですが、それは命令ではありません。私自身が、その道を選び続けてきました」

 視線は伏せない。

「フェルシオン様には、自由にやりたいことをやっていただきたい。

 危険だからと止めるつもりはありません。挑むことを恐れてほしくないのです」

 そこで、わずかに拳を握る。

「ただし――本当に危険なとき。退くべきか、踏みとどまるべきか迷う瞬間が来たなら」

 声は低く、揺れない。

「そのときは、私が前に立ちます。盾になる覚悟はあります。

 死ぬことを望んでいるわけではありませんが、もし命を賭す必要があるなら、先に賭けるのは私です」

 最後に、静かに付け加える。

「それが、私の選んだ在り方です。

 フェルシオン様の自由を守るための――私自身の意思です」


 その言葉には、迷いも飾りもなかった。

 伝承の探求など取るに足らないというほどの、ただ一つに向けられた想い。

 それが、痛いほど伝わってくる。

 だが。


「駄目だ」

 ヴァンの声は、即座だった。

 感情を挟む余地のない、切り落とすような一言。

「……っ」

 ムイの表情が、ほんの一瞬だけ揺れる。

「今の考えのままじゃ、付いてきても足手まといだ」

「それは……」

 ムイは視線を上げる。

「伝承の探求という目的に、合わないからでしょうか?」

「違う」

 ヴァンは、即座に否定した。

「フェルシオンを想うのはいい。それ自体を否定する気はねえ。

 だがな――フェルシオンを“理由”にするな」

 その言葉は、厳しいが真っ直ぐだった。

「お前が何かを選ぶたびに、“彼のためだ”って言葉を持ち出すようになったら、それはもう、お前自身の判断じゃなくなる」


 ヴァンは指先で机を軽く叩く。

 その音が、やけに大きく響いた。

「戦場じゃ、そういう考えは危険だ。

 一人が守るために無理をすれば、他の連中はそれを前提に動かざるを得なくなる」

 視線が、ムイだけでなく、俺とフェルシオンにも向けられる。

「結果として、全員の判断が歪む。退くべき場面で退けず、切るべき場面で切れなくなる」

 少しだけ声を落とす。

「最悪の場合だ。

 誰か一人を守るつもりで――全員を殺す選択になる」

 ムイの肩が、わずかに揺れた。


「命を差し出す覚悟と、自分の命で“選ぶ”覚悟は、似てるが別物だ」

 ヴァンは、そこで言葉を切った。

 逃げ場を与えない、真っ直ぐな視線をムイに向ける。

「前者はな――自分の命すら惜しまない。そう見える分、一見、立派に聞こえる」

 低く、静かな声。

「だが実際は、“自己犠牲に見える思考停止”だ。

 誰かのためだと言えば、考えなくて済む。

 自分で選んでいるように見えて、実際は何も選んでいない」

 一拍。

「だが後者は違う。

 守りたい理由も、捨てられないものも、全部抱えたまま決めなきゃならねえ。

 本当に一人で判断しなきゃならねえ瞬間が来たとき、その場にフェルシオンはいないかもしれない。

 俺たちもいないかもしれない。そのとき――誰の名前も盾にできねえ。お前自身の意志だけが残る」

 問いが、静かに落とされる。

「そのとき――お前は、どうする?」


 ムイはすぐには答えなかった。

 視線を伏せ、わずかに唇を結ぶ。

 その沈黙に、フェルシオンが静かに声を上げる。

「ありがとう。ヴァン」

 一度、言葉を切る。

「その言葉は……本当は、私が言わなければならなかった」


 ムイが顔を上げる。

 フェルシオンは、逃げずにその視線を受け止めた。

「ムイ」

 名を呼ぶだけで、空気が変わる。

「君が私を想ってくれていることは、よく知っている。それが嘘でも、義務でもないことも」

 だが、と続ける。

「私は、君に“盾”になってほしいわけじゃない」

 ムイの瞳が、わずかに揺れる。

「私は自由に生きたい。だがそれは、誰かの命を前提にして得る自由じゃない」

 声は穏やかだが、芯があった。

「もし本当に危険な場面が来たなら、私も判断する。

 逃げるか、戦うか、退くか——君に任せきりにはしない」


 席を立ち一歩、ムイのほうへ近づく。

「だから問い直したい」

 問いかけるように、だが押し付けずに。

「ムイ。君は、私のために“死にたい”のか。

 それとも、私と同じ場所で“生きる”覚悟があるのか」


 しばしの沈黙。

 ムイは、ゆっくりと息を吸った。

「……私は」

 言葉を探しながら、しかしはっきりと。

「フェルシオン様の代わりに死にたいのではありません」

 拳を握りしめる。

「フェルシオン様が選ぶ道を、隣で見届けたいのです。

 もし判断が分かれるなら、そのときは私も、自分の意思で選びます」

 視線を上げる。

「盾になることを選ぶなら、それは“命を捨てるため”ではなく、その場で最善だと判断したからです」

 フェルシオンは、ゆっくりと頷いた。

「それでいい」

 そして、ヴァンを見る。


「ヴァン。ムイは私の従者だが、私の代わりに考える存在ではない。

 そして、私も彼女の判断を奪うつもりはない」

 一拍。

「もしそれでも危ういと感じたなら、そのときは私ごと切ってくれて構わない」

 その言葉に、ムイが息を呑む。

 だがフェルシオンは続ける。

「それも含めて、対等な仲間として同行させてほしい」


 ヴァンは、しばらく黙って二人を見つめていた。

 やがて短く息を吐き、口元にわずかな笑みを浮かべる。

「……よし」

 椅子に深く腰を掛け直し、ゆっくりと言葉を続けた。

「そこまで腹を割って向き合ってるなら、文句はねえ」

 視線をムイへ向ける。

「ムイ。判断に迷ったとき、聞く相手はフェルシオンだけじゃない。

 困ったとき、詰まったときは、俺たちもいる。

 それを頼れるのが――仲間ってやつだ」

 次いで、フェルシオンへ。

「そしてフェルシオン。

 今の話を理想論で終わらせるな。魔法使いは得てして、詠唱の隙を狙われる」

 一拍。

「自分の身を自分で守れねえうちは、“守る”だの“任せる”だのは全部、空談だ」

「ああ」

 フェルシオンは迷いなく頷いた。

 ムイは深く頭を下げる。

「……ありがとうございます」

 フェルシオンもまた、小さく息を吐いた。

 張り詰めていた肩の力が、ようやく抜けたのがわかる。


 こうして――

 三人と一人は、役割でも立場でもなく、それぞれの意思を持った仲間として、同じ道に立つことになった。


まだまだ拙い部分も多い作品ですが、

ひとつでも心に残る場面があれば、ブックマークや★評価で応援していただけると励みになります。

いつも読んでくださり、ありがとうございます。

引き続き、どうぞよろしくお願いします。

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