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異世界人間師  作者: 白黒 シろ
3章.傷だらけの世界で、歩き出す
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091.積灼

 組合の扉を押し開けると、変わらぬ喧騒が耳に飛び込んできた。

 受付の前に群がる冒険者たち。

 依頼板の前で声を張り上げる新人。

 鉄と革と汗の匂いが混ざった、いつもの冒険者組合の空気。


「お、ミハネじゃねえか」

 受付の一角から聞こえた声に顔を向けると、そこに目的の人物はいた。

 腕を組み、受付台に広げた紙束を眺めているヴァンの姿。

「いたいた。探す手間が省けた」

 そう言って歩み寄ると、ヴァンは指先で数枚の依頼書を弾いた。

「ちょうど良かったところだ」

 ヴァンは振り返り、口の端をわずかに上げる。

「今、ナウガウ交易市行きがてらの護衛依頼を選んでた。

 せっかくだからな、ミハネの“選別眼”も鍛えとこうと思ってたところだ」

「選別眼……か、どんなのがあるんだ?」

 そう言いながら、俺は受付の机に広げられた依頼用紙へ視線を落とす。


 ――《交易隊護衛/ナウガウ交易市行き》

 ――《街道巡回(王都南街道)》

 ――《商人同行・往復七日》


「まあ、ここであーだこーだ言ってても時間がかかるからな」

 そう言って、ヴァンは俺の背後へ視線を投げる。

 フェルシオンの存在を、言葉にせずに察したのだろう。

「ミハネも、話したいことがあるんだろ?」

「ああ、まあな」

「だったら、どこか落ち着いた場所で話そうぜ」

 ヴァンは手際よく依頼用紙をまとめ、ひと束にする。

「ってことで、この依頼書、預かるぞ」

「はい、構いません」

 受付の向こうから、慣れた声が返る。

「ご存じとは思いますが、不要になったものはきちんと破棄するか、こちらへお戻しくださいね」

「おう、分かってる」

 後ろ手に軽く手を振り、ヴァンは踵を返した。

 その背中を追うように、俺とフェルシオンも歩き出す。


 冒険者組合を出たところで、ふいにヴァンの足が止まった。

「さて……落ち着いた場所、とは言ってもな」

 手にした依頼用紙を軽く叩きながら、顎に手をやる。

「紙も広げたいし、飯処はちょっと違うな。リディアのところにでも行くか……?」

 思案するその横から、フェルシオンが一歩進み出た。

「でしたら、ちょうど良い場所があります」

 控えめだが迷いのない声音。

「よろしければ、私が案内しましょうか」

「おっ、それは助かるな」

 ヴァンは即答だった。

 こうして今度はフェルシオンを先頭に、俺たちは再び歩き出す。


 ◆


 そうして辿り着いたのは、フェルシオンの家だった。

 ここ最近、《金色の羽亭》と冒険者組合、そしてこの家を行き来してばかりいるな、と思わず苦笑が漏れる。


 玄関をくぐると、ムイがいつも通りの迷いのない所作で姿を現し、無言のまま奥へと案内してくれた。

 動きに無駄がなく、気配すら抑えられている。

 ほどなくして飲み物が運ばれ、卓にカップが並ぶ。


 一口含み、喉を潤す。

 それだけで、場の空気が自然と話をするためのものへと整っていった。

「ミハネも、いつの間にか交友関係が増えたもんだな」

 ヴァンが家の中を一瞥しながら、感心とも揶揄ともつかない声で呟く。

「ああ。なんやかんやで、事件に巻き込まれることが多くてな」

「なるほどな。で――」

 そう前置きして、ヴァンは俺とフェルシオンの両方に視線を向けた。

「まずはそっちからのほうが早いだろ。話な」

「じゃあ、まずは」

 そう言ってフェルシオンに目配せをする。

「昨日も少しお話しさせていただきましたが、改めて。私はフェルシオン・アークレインと申します」

「ああ、昨日ぶりだな」

 ヴァンは軽く笑い俺を見る。

「受付で、緊張でカチカチになってる貴族がいてな。

 何事かと思って声を掛けたら、冒険者登録するって言い出すもんだから驚いたぜ。

 しかも、ミハネの知り合いだって言うんだから、なおさらだ」

「その節はお世話になりました」

 フェルシオンは一礼し、少しだけ視線を伏せる。

「これまでの立場を捨てて、新しい環境に身を置く。正直、私自身も二の足を踏んでおりました。

 ですが……そこで、“積灼”のエルヴァンさんに手助けしていただけるとは思っておらず」

 その言葉に、思わず口を挟む。

「なんだ、その“積灼”ってのは?」


 俺が首を傾げると、ヴァンは少し頭を掻き、どこか面倒くさそうに答えた。

「鳳紋くらいになると、周りの冒険者が勝手に異名を付けたがるんだよ。

 どんな魔物を倒したとか、どんな無茶をやらかしたとか……」

 肩をすくめて続ける。

「名前だけだと被ることも多いからな。まあ、通称みたいなもんだ。

 俺自身は、あんまり気にしちゃいねえけど」


「エルヴァンさんのことは、王都でも有名ですよ」

 フェルシオンが、補足するように口を開いた。

「曰く、燃え盛る山を単独で踏破し、鳳凰を討った。

 曰く、溶岩地帯で仲間を庇いながら三日三晩戦い続け、それでも生きて戻った。

 曰く、剣を振るうたびに灼けた光が走り、その軌跡だけで魔物が焼き切れる。

 そして――鳳凰の炎を、その身に宿しているのだとか」

 一拍置き、噂の核心に触れるように言葉を継ぐ。

「さらに、灼光を纏った剣は夜を昼に変える、とも。

 “積灼”の名は、幾重にも重なる光の剣を振るい、戦場そのものを焼き切る――その剣、あるいはその姿を指す言葉だ、と」


 そこまで語って、フェルシオンは言葉を切った。

 噂の続きを並べるよりも、本人の反応を確かめるように。

 その視線を受けて、ヴァンは小さく苦笑し、肩をすくめる。

「尾ひれ背びれが付くのは、いつものことだな。……まあ、間違いじゃねえ話も混じってはいるがな」

 軽く鼻で笑い、続けた。

「剣で夜を昼に変えたってのも、周囲一帯を闇で覆う厄介な魔物がいてよ。そいつを斬った。それだけだ」

「……それを“だけ”で済ませるのが、もう十分凄まじいと思いますが」

 フェルシオンが、苦笑交じりに返す。


「勝手に盛られて、勝手に広まる」

 ヴァンは肩をすくめ、どこか達観した声で言った。

「冒険者の噂なんて、そんなもんだ」

 そう言ってから、ちらりと俺を見る。

「だからだ。噂より中身を見ろ。……っと、話が逸れたな。で?」

 ヴァンが顎で先を促す。

「ああ。フェルシオンとはな――」

 俺はそう切り出し、出会いから下水での一件、そして獅紋との戦いまでを話した。


 話を聞き終えたヴァンは、低く息を吐く。

「へぇ……祝祭の裏で、そんなことがあったのか」

 少しだけ目を細め、フェルシオンを見る。

「それで二人で獅紋を相手取った、と。……大したもんだ。相当きつかっただろ」

「ああ。死にかけたしな……」

「獅紋にもなると、装備も経験も段違いのやつが出てくる。中には、王国騎士の一隊を相手取れるようなのもいる」

「上級魔法が直撃しても、決定打にはならず……」

 フェルシオンが静かに続ける。

「最終的には、最上級魔法でどうにか、という形でした」

 俺は思い出すように言う。

「そうだ、あの時のフェルシオンの放つ炎や光、普通なら直撃した時点で終わってる。

 獅紋はどうやって耐えてたんだ?」

 エドガーとの戦いが脳裏をよぎる。

 初級や中級魔法ですら、剣で受け流すのが精一杯で直撃すれば、致命傷になっていた。


「俺は直接見たわけじゃねえから断定はできねえがな」

 ヴァンはそう前置きし、指を一本立てる。

「まず一つ。冒険者の中には、痛覚を薬で鈍らせるやつがいる」

「薬で……?」

「命懸けの現場じゃ珍しくねえ。俺は好まないがな。次に――」

 もう一本、指が立つ。

「魔法耐性を持つ魔物の素材で作った防具だ。魔力を受け流すから、上級魔法程度なら直撃しても即死は免れる。

 まあ……値段は相応だ。命を買うと思えば、安い部類だがな」

「なるほど……そういう装備があるのか」

「前にも言っただろ」

 ヴァンは腕を組む。

「上に行くには、剣一本じゃ限界がある。

 武器、防具、魔法――全部が自分を押し上げる“手段”だ」

 そして、俺を見る。

「俺と獅紋の大きな違いは、必殺を持っているかどうかだ」

「必殺……」

「複数の武器を扱うのは悪くねえ。だが、それだけじゃ足りない。

 “戦いを終わらせる一撃”を持っているかどうか。それがあったら、ミハネもやられてたな」

 その言葉が、胸に沈む。

「……必殺の一撃、か」

「フェルシオンの超越魔法は、その一つだな」

 ヴァンはちらりとフェルシオンを見る。

「ただし、一人で使うにはリスクがでかすぎる」

「はい」

「だから今は、ミハネの補助があって、ようやくってところだな」

 それが、ヴァンが冒険者として下した結論だった。


まだまだ拙い部分も多い作品ですが、

ひとつでも心に残る場面があれば、ブックマークや★評価で応援していただけると励みになります。

いつも読んでくださり、ありがとうございます。

引き続き、どうぞよろしくお願いします。

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