091.積灼
組合の扉を押し開けると、変わらぬ喧騒が耳に飛び込んできた。
受付の前に群がる冒険者たち。
依頼板の前で声を張り上げる新人。
鉄と革と汗の匂いが混ざった、いつもの冒険者組合の空気。
「お、ミハネじゃねえか」
受付の一角から聞こえた声に顔を向けると、そこに目的の人物はいた。
腕を組み、受付台に広げた紙束を眺めているヴァンの姿。
「いたいた。探す手間が省けた」
そう言って歩み寄ると、ヴァンは指先で数枚の依頼書を弾いた。
「ちょうど良かったところだ」
ヴァンは振り返り、口の端をわずかに上げる。
「今、ナウガウ交易市行きがてらの護衛依頼を選んでた。
せっかくだからな、ミハネの“選別眼”も鍛えとこうと思ってたところだ」
「選別眼……か、どんなのがあるんだ?」
そう言いながら、俺は受付の机に広げられた依頼用紙へ視線を落とす。
――《交易隊護衛/ナウガウ交易市行き》
――《街道巡回(王都南街道)》
――《商人同行・往復七日》
「まあ、ここであーだこーだ言ってても時間がかかるからな」
そう言って、ヴァンは俺の背後へ視線を投げる。
フェルシオンの存在を、言葉にせずに察したのだろう。
「ミハネも、話したいことがあるんだろ?」
「ああ、まあな」
「だったら、どこか落ち着いた場所で話そうぜ」
ヴァンは手際よく依頼用紙をまとめ、ひと束にする。
「ってことで、この依頼書、預かるぞ」
「はい、構いません」
受付の向こうから、慣れた声が返る。
「ご存じとは思いますが、不要になったものはきちんと破棄するか、こちらへお戻しくださいね」
「おう、分かってる」
後ろ手に軽く手を振り、ヴァンは踵を返した。
その背中を追うように、俺とフェルシオンも歩き出す。
冒険者組合を出たところで、ふいにヴァンの足が止まった。
「さて……落ち着いた場所、とは言ってもな」
手にした依頼用紙を軽く叩きながら、顎に手をやる。
「紙も広げたいし、飯処はちょっと違うな。リディアのところにでも行くか……?」
思案するその横から、フェルシオンが一歩進み出た。
「でしたら、ちょうど良い場所があります」
控えめだが迷いのない声音。
「よろしければ、私が案内しましょうか」
「おっ、それは助かるな」
ヴァンは即答だった。
こうして今度はフェルシオンを先頭に、俺たちは再び歩き出す。
◆
そうして辿り着いたのは、フェルシオンの家だった。
ここ最近、《金色の羽亭》と冒険者組合、そしてこの家を行き来してばかりいるな、と思わず苦笑が漏れる。
玄関をくぐると、ムイがいつも通りの迷いのない所作で姿を現し、無言のまま奥へと案内してくれた。
動きに無駄がなく、気配すら抑えられている。
ほどなくして飲み物が運ばれ、卓にカップが並ぶ。
一口含み、喉を潤す。
それだけで、場の空気が自然と話をするためのものへと整っていった。
「ミハネも、いつの間にか交友関係が増えたもんだな」
ヴァンが家の中を一瞥しながら、感心とも揶揄ともつかない声で呟く。
「ああ。なんやかんやで、事件に巻き込まれることが多くてな」
「なるほどな。で――」
そう前置きして、ヴァンは俺とフェルシオンの両方に視線を向けた。
「まずはそっちからのほうが早いだろ。話な」
「じゃあ、まずは」
そう言ってフェルシオンに目配せをする。
「昨日も少しお話しさせていただきましたが、改めて。私はフェルシオン・アークレインと申します」
「ああ、昨日ぶりだな」
ヴァンは軽く笑い俺を見る。
「受付で、緊張でカチカチになってる貴族がいてな。
何事かと思って声を掛けたら、冒険者登録するって言い出すもんだから驚いたぜ。
しかも、ミハネの知り合いだって言うんだから、なおさらだ」
「その節はお世話になりました」
フェルシオンは一礼し、少しだけ視線を伏せる。
「これまでの立場を捨てて、新しい環境に身を置く。正直、私自身も二の足を踏んでおりました。
ですが……そこで、“積灼”のエルヴァンさんに手助けしていただけるとは思っておらず」
その言葉に、思わず口を挟む。
「なんだ、その“積灼”ってのは?」
俺が首を傾げると、ヴァンは少し頭を掻き、どこか面倒くさそうに答えた。
「鳳紋くらいになると、周りの冒険者が勝手に異名を付けたがるんだよ。
どんな魔物を倒したとか、どんな無茶をやらかしたとか……」
肩をすくめて続ける。
「名前だけだと被ることも多いからな。まあ、通称みたいなもんだ。
俺自身は、あんまり気にしちゃいねえけど」
「エルヴァンさんのことは、王都でも有名ですよ」
フェルシオンが、補足するように口を開いた。
「曰く、燃え盛る山を単独で踏破し、鳳凰を討った。
曰く、溶岩地帯で仲間を庇いながら三日三晩戦い続け、それでも生きて戻った。
曰く、剣を振るうたびに灼けた光が走り、その軌跡だけで魔物が焼き切れる。
そして――鳳凰の炎を、その身に宿しているのだとか」
一拍置き、噂の核心に触れるように言葉を継ぐ。
「さらに、灼光を纏った剣は夜を昼に変える、とも。
“積灼”の名は、幾重にも重なる光の剣を振るい、戦場そのものを焼き切る――その剣、あるいはその姿を指す言葉だ、と」
そこまで語って、フェルシオンは言葉を切った。
噂の続きを並べるよりも、本人の反応を確かめるように。
その視線を受けて、ヴァンは小さく苦笑し、肩をすくめる。
「尾ひれ背びれが付くのは、いつものことだな。……まあ、間違いじゃねえ話も混じってはいるがな」
軽く鼻で笑い、続けた。
「剣で夜を昼に変えたってのも、周囲一帯を闇で覆う厄介な魔物がいてよ。そいつを斬った。それだけだ」
「……それを“だけ”で済ませるのが、もう十分凄まじいと思いますが」
フェルシオンが、苦笑交じりに返す。
「勝手に盛られて、勝手に広まる」
ヴァンは肩をすくめ、どこか達観した声で言った。
「冒険者の噂なんて、そんなもんだ」
そう言ってから、ちらりと俺を見る。
「だからだ。噂より中身を見ろ。……っと、話が逸れたな。で?」
ヴァンが顎で先を促す。
「ああ。フェルシオンとはな――」
俺はそう切り出し、出会いから下水での一件、そして獅紋との戦いまでを話した。
話を聞き終えたヴァンは、低く息を吐く。
「へぇ……祝祭の裏で、そんなことがあったのか」
少しだけ目を細め、フェルシオンを見る。
「それで二人で獅紋を相手取った、と。……大したもんだ。相当きつかっただろ」
「ああ。死にかけたしな……」
「獅紋にもなると、装備も経験も段違いのやつが出てくる。中には、王国騎士の一隊を相手取れるようなのもいる」
「上級魔法が直撃しても、決定打にはならず……」
フェルシオンが静かに続ける。
「最終的には、最上級魔法でどうにか、という形でした」
俺は思い出すように言う。
「そうだ、あの時のフェルシオンの放つ炎や光、普通なら直撃した時点で終わってる。
獅紋はどうやって耐えてたんだ?」
エドガーとの戦いが脳裏をよぎる。
初級や中級魔法ですら、剣で受け流すのが精一杯で直撃すれば、致命傷になっていた。
「俺は直接見たわけじゃねえから断定はできねえがな」
ヴァンはそう前置きし、指を一本立てる。
「まず一つ。冒険者の中には、痛覚を薬で鈍らせるやつがいる」
「薬で……?」
「命懸けの現場じゃ珍しくねえ。俺は好まないがな。次に――」
もう一本、指が立つ。
「魔法耐性を持つ魔物の素材で作った防具だ。魔力を受け流すから、上級魔法程度なら直撃しても即死は免れる。
まあ……値段は相応だ。命を買うと思えば、安い部類だがな」
「なるほど……そういう装備があるのか」
「前にも言っただろ」
ヴァンは腕を組む。
「上に行くには、剣一本じゃ限界がある。
武器、防具、魔法――全部が自分を押し上げる“手段”だ」
そして、俺を見る。
「俺と獅紋の大きな違いは、必殺を持っているかどうかだ」
「必殺……」
「複数の武器を扱うのは悪くねえ。だが、それだけじゃ足りない。
“戦いを終わらせる一撃”を持っているかどうか。それがあったら、ミハネもやられてたな」
その言葉が、胸に沈む。
「……必殺の一撃、か」
「フェルシオンの超越魔法は、その一つだな」
ヴァンはちらりとフェルシオンを見る。
「ただし、一人で使うにはリスクがでかすぎる」
「はい」
「だから今は、ミハネの補助があって、ようやくってところだな」
それが、ヴァンが冒険者として下した結論だった。
まだまだ拙い部分も多い作品ですが、
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いつも読んでくださり、ありがとうございます。
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