090.魔道具の義手
唖然とする顔をするフェルシオンに、助けを出すためにも少し話題をそらす。
「まあ、俺の場合は魔法が使えるようになる前に、まず左手を早く治したいけどな」
そう言って、机の上に左腕を載せる。手首から先がない、空白。
朝の光に照らされて、その欠落がやけに生々しく見えた。
「……そうだ」
フェルシオンが、ようやく我に返ったように視線を落とす。
「その手は……お二人の根源魔法でも治らなかったが、いったい、どういうことなのだ?」
「ああ」
俺は肩をすくめる。
「フェルシオンとは、これからも長い付き合いになりそうだからな。
話しておいたほうがいいな……」
そう前置きしてから、俺はエドガーとの過去の一件を語った。
あの男との戦い。
左手を失う代わりに剣に“作り替えた”こと。
そして、そのときに左腕は剣の形として固定されてしまったことを。
アルシエルとルミエルの協力で左腕までは元に戻せたが、手だけは、どうしても形になってないことも含めて。
「なるほど……」
フェルシオンは低く息を吐く。
「稀人とは……やはり、想像を超える存在だな」
どこか苦笑いを含んだ声だった。
「まあな、その代わり魔法が使えないけど」
俺も同じように笑う。
「とはいえ、このままじゃ困るのも事実だ。
獅紋と戦った時も再度認識したけど、手数があるのは生存率に直結するし……」
そのとき。
「じゃあ」
アルシエルが、何でもないことのように口を挟んだ。
「ひとまず、義手でも作ったら?」
軽い調子だが、言っていることは現実的だった。
「治療に来る人の中にも、義手や義足の人は一定数いるわ。
手足の欠損まで完全に治そうとすると、超越魔法くらいじゃないと難しいもの。
旅をする上では――あるに越したことはないと思うけど?」
俺は一瞬、言葉を失う。
だが、理屈としては確かに筋が通っていた。
「あ……」
そこで、アルシエルが何かを思いついたように目を輝かせる。
「そうだ! せっかくだから、魔道具で作ればいいじゃない!」
勢いよく身を乗り出し、続けた。
「魔道具ならさ、擬似的にでも、魔法が使えるようになるんじゃない?」
その一言で、場の空気が変わる。
フェルシオンが、ゆっくりと瞬きをした。
そして、数拍遅れて――目の奥に、研究者の光が灯る。
「……なるほど」
低く、だが確信を含んだ声。
「手としての機能だけでなく、魔道具として特有の機能を持たせることができ、手数も増える」
一拍置いて、続ける。
「たとえば《炎刃衝》のような魔法であれば、義手の魔道具から直接、剣へと接続することも可能だろう。
戦闘の幅は、確実に広がるのではないか?」
俺は、思わず自分の左腕を見下ろした。
何もないはずの場所が、急に騒がしく感じられる。
「……魔道具の義手か」
「ちょうど」
フェルシオンが、ふと思い出したように言う。
「かっこうの魔石も、手元にあることだし。悪くない案だと私も思う」
その言葉に、懐の魔石の感触を思いした。
そうこうして四人で左手の構想を話し合っているうちに、外の光はいつの間にか高く昇り、日が頂点へ向かおうとしていた。
朝の柔らかさは薄れ、卓の上にもはっきりとした明るさが落ちている。
「じゃあ、今日はこんなところだな」
俺は背もたれに軽く身を預け、息をつく。
「左手のことは、ヴァンにも意見を聞いてみたいし。なにより……本当に作れるか、だな」
「はい」
ルミエルが静かに頷いた。
「私たちにできることがあれば、何でも相談してください」
「せっかくだから、私たちも一緒に作りたいところだけど」
アルシエルは少し残念そうに肩をすくめる。
「知識も技術も、正直ないわね。工房なら紹介できるけど……」
フェルシオンが顎に手を当てる。
「私も、伝手がないわけではないが、今回話した構想をそのまま形にできるほどの腕前かどうかは……正直、判断がつかない」
俺は小さく頷く。
「頼み先については、一応当てがあるんだけどな……」
そう言いながら、脳裏に一人の姿が浮かぶ。
歯切れのいい物言いと、魔術師としての確かな腕。
――イリス。
「ただ、少し距離を置いてた相手でさ」
苦笑しながら続ける。
「まあ、ちょうどいい機会かもしれない。一度、ちゃんと話をしてみるか……」
そう締めたところで、席を立とうとした瞬間だった。
フェルシオンが、ふと思い出したように口を開く。
「……すみません」
背筋を正し、二人に向けて言葉を選ぶ。
「お二人に、もう一点だけお伝えしなければなりません。
今回の下水の件ですが……手柄は、アークレイン家のものとして処理されています」
一瞬、空気が張る。
「ミハネを軽んじる意図は、一切ありません。
冒険者組合からの報酬もしっかりと出てます。ただ……結果として公には、そういう形になって――」
だが、その先をアルシエルが遮った。
「そんなの、全然気にしてないわよ」
あっけらかんと言い切る。
「解決した人は“アリュシオン・アークレイン”だって聞いてるし、今日こうして話してみた感じだと……」
少し首を傾げる。
「手柄、家族に横取りされたってところかしら?」
そう言って、アルシエルは肩をすくめた。
「まあ、そんなことどうでもいいわ」
俺のほうをちらりと見て、少しだけ甘い表情になる。
「何より、ミハネが頑張ってくれたことは私たちが一番よく知ってるもの。ね、ルミエル」
ルミエルは迷いなく頷いた。
「その点に関して、私たちからは何も言うことはありません。
私の気持ちに応えて、ミハネさんが動いてくれた、それだけがすべてですから」
フェルシオンは、しばらく言葉を失っていた。
理屈でも、立場でもなく、ただまっすぐな信頼を受け取った沈黙。
やがて、ぽつりと呟く。
「……つくづく、ミハネは」
その先は、言葉にならなかった。
「じゃあね、フェルシオン」
アルシエルが立ち上がり、軽く手を振る。
「くれぐれも、ミハネのことよろしくね。すぐに、危ないことしようとするんだから」
その言葉に、フェルシオンは苦笑する。
「はい、しっかりと、見張っておきます」
「フェルシオンも、人のこと言えないだろ。何かあったら、俺もムイに言うからな」
そう返すと、ルミエルがふふっと小さく笑い、静かに会釈をする。
そうして二人と別れ、そのまま《金色の羽亭》を後にした。
◆
昼へ向かう王都の通りを歩きながら、フェルシオンと並んで冒険者組合へ向かう。
人の数は朝よりも増え、露店の呼び声や足音が混ざり合っている。
「さて……今日はヴァン、いるかな」
何気なく口にすると、フェルシオンが少し不思議そうに眉を上げた。
「待ち合わせなどはしていないのか? 共に動いている仲間なのだろう?」
「あー……いや、そういうことはしてないな」
苦笑して肩をすくめる。
「正直、前から不便だとは思ってたんだよ」
歩きながら、少しだけ昔を思い返す。
「元の世界だとさ、誰もが、遠くと連絡できる手段を持ってたんだ。
長距離でも声や文字を飛ばせて、待ち合わせも、簡単な連絡も、離れてても問題なかった」
フェルシオンが、思わず足を止める。
「……それは」
低く息を吸い、真顔で言った。
「恐ろしいな」
「だろ?」
「魔法や魔道具で再現するとしても、どれほど魔力を食うか想像もつかない。
それが常態化すれば……戦争の概念すら変わる」
さすがに、見るところが違う。
俺は小さく笑った。
「便利なものってのは、大体そんなもんだよ、平和にもなるし、簡単に壊れもする」
そんな話をしているうちに、見慣れた冒険者組合の建物が視界に入る。
扉の向こうから漏れてくる喧騒。酒と汗と、命の匂い。
「さて」
俺は一度だけ足を止め、扉を見上げた。
「ヴァンがいるかどうかは、運次第だな」
フェルシオンは、小さく笑って頷く。
「ならば、今日も冒険者らしい始まりだ」
そう言って、フェルシオンは少しワクワクした顔で扉を押し開けた。
まだまだ拙い部分も多い作品ですが、
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いつも読んでくださり、ありがとうございます。
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