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異世界人間師  作者: 白黒 シろ
3章.傷だらけの世界で、歩き出す
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089.女神を信仰する者にのみ許された魔法

 フェルシオンは一度カップに視線を落とし、気持ちを切り替えるように顔を上げる。

「では、話を戻させてください。

 お二人は、超越魔法の行使後も、根源魔法の行使後も、魔力が尽きて、まったく動けなくなる、という状態ではありませんでした」

 思い返すように、ゆっくりと言葉を重ねる。

「行使の様子を見る限り……もしかしてですが、お二人で、魔力を分け合っているのではありませんか?」

「よく分かったわね」

 アルシエルが、少しだけ得意そうに口角を上げた。

「そうよ。たぶん、私たちどちらか一人だけじゃ、根源魔法は使えないわ」

 ルミエルが、静かに補足する。

「分け合っているとはいえ、使用後にまったく影響がないわけではありません。

 手先の痙攣などは、残ります。ただ……超越魔法であれば、一人でも問題なく行使は可能です」

 

 フェルシオンの目が、わずかに見開かれる。

「……魔法の行使を、二人で分担する。ミハネ以外で、初めてです。

 それは、神聖魔法や根源魔法特有の性質なのですか?」

 アルシエルは、あっさりと首を振った。

「いいえ。そんなことはないわ。やろうと思えば、初級魔法でもできるし」

 一瞬、沈黙。

「なるほど……」

 フェルシオンは、ゆっくりと息を吐いた。

「だとすれば、魔法の種類ではなく、お二人の関係性……あるいは」

 視線が、二人の間を行き来する。

「双子特有のもの、という可能性もありますね」


「そうかもしれないわね」

 アルシエルは少し考えるように視線を宙へ向け、それから隣のルミエルを見る。

「儀式として魔法を使うとき、祈りの動作の一環で二人で手を繋いだでしょう?

 それが、最初のきっかけだった気がするわ」

 ルミエルは静かに頷いた。

「何度か繰り返すうちに……気づいたときには、いつもより疲れていないと言いますか、魔力を分け合っているような感覚になりました」

「それがあったから、根源魔法も覚えることができたのよ」

 さらりと言われたその一言に、フェルシオンが小さく息を詰める。

 好奇心と戸惑いが、同時に顔を出していた。

「あ、あの……」

 言葉を選ぶように前置きしてから、慎重に続ける。

「根源魔法とは、いったい……」

「魔法組合の文献にも、名称や効果の断片はあっても、そもそも神聖魔法とは何か、通常の魔法と何が違うのか。正直に言えば、私には測りかねています」

 アルシエルは即座に首を振った。

「だーめ」

 人差し指を口元に当て、片目を閉じる。

「根源魔法は、教会の中でも最重要機密なんだから」

 軽い仕草とは裏腹に、言葉はきっぱりとしていた。

「はい」

 ルミエルも小さく苦笑する。

「詠唱の一節でさえ、本来は知ることを許されないものです」

「だよなあ……」

 俺は天井を仰ぐ。

「そりゃあ、あんなのを人前で使ってたら高位神官に怒られるよな……」

 フェルシオンは一瞬だけ目を伏せ、そして静かに息を吐いた。


「……理解しました。ならば、踏み込みすぎることはしません」

 一拍。 だが、そのまま引き下がる人間ではない。

「ですが、神聖魔法とは何か、それだけは教えていただけないでしょうか」

 声は静かで、押しつけがましさはない。

 ただ、長年魔法を学んできた者の、純粋な問いだった。

「女神の加護による奇跡。

 教会に属し、女神を信仰する者にのみ許された魔法。

 それが、この世界でだれもが知る“神聖魔法”です」

 フェルシオンは言葉を選ぶように、続ける。

「ですが……本当に、そうなのでしょうか? 光の女神ルーメリア様とは、一体どういう存在なのか……

 “信仰”とは、“契約”なのでしょうか? それとも……」

 そこまで言って、口を閉じた。

 答えを強要するつもりはない。

 だが、問いそのものは、深く、鋭い。


 アルシエルはすぐには答えなかった。

 指先でカップの縁をなぞり、少しだけ視線を落とす。

 カップに残った珈琲を一口含み、ゆっくりと飲み下す。


「……契約、ね」

 小さく笑う。

「少なくとも、私たちはそうは思ってないわ」

 ルミエルが、静かに言葉を継ぐ。

「契約であれば、条件があります。代価、義務、違反した際の罰。

 ですが、私たちが受け取っているのは……そういった形ではありません」

「では、何なのですか」

 アルシエルは肩をすくめた。

 問いかけに、アルシエルは肩をすくめた。

「……わからないわ」

「……え?」

「はい」

 ルミエルは否定せず、穏やかに頷いた。

「私たちも、日々祈り、その答えを探しています。少しでも、ルーメリア様を感じ取れるように」

 フェルシオンは、わずかに身を乗り出す。

「ですが……お二人の《世界を繕う御手》はまるで、女神の手そのものが降りてきたように見えました。

 女神の手に包まれているような……そんな感覚がありました」

 

 アルシエルは、そこでふと話題を切り替える。

「ねえ、フェルシオン」

「あなたは、魔法ってどうやって使っている?」

「……現象を思い浮かべて、詠唱でそれを固め、魔力を放出して、具現化します」

「それと、何も変わらないわよ」

 アルシエルは、あっさりと言った。

「神聖魔法も同じ。女神を想い、詠唱を行う。《世界を繕う御手》も、結局は私たちの“想像”」

 少し間を置いて、言葉を選ぶ。

「こうであってほしい、って願い。ルーメリア様なら、きっとこうやって包んで癒してくれる、って信じること」

「違いがあるとすれば……」

 ルミエルが、静かに引き取る。

「主を想い、この身を捧げるという気持ち。相手を、心から癒したいと願う気持ち。その“向き”の違いだと思います」

 そして、はっきりと言う。

「神聖魔法は、強さの証ではありません。在り方そのものを問われる力だと思います。

 神聖魔法に、害を与える魔法はありませんから」

 アルシエルが続ける。

「だからこそ、私たちは学び続ける。より良い光を、与えられるように努める」

 ルミエルは、少しだけ視線を伏せてから続けた。

「ですが、それは特別なことではありません。他の修道女や神官と、何も変わらないのです。

 教会に属する方ほど、どこかで“救われたい”という気持ちを抱いています。

 女神のおかげ、運命だった……そう語る方もいます」

 柔らかく、しかし否定せずに。

「それも、正しい祈りの一つです。心を預ける対象がなければ、人は壊れてしまうこともありますから」

 だが、と。

「それが、すべてだとは思いません」

 アルシエルとルミエルがまっすぐにフェルシオンを見る。

「私たちが、何を選び、どう祈り、どう生きるのか」

「女神に見られて、恥ずかしくないように」

「もしお声をかけていただいたときに、後ろめたくないように」

「――あなたの御力で、大切なものを守ることができましたと」

「少しでも、女神に誇れる自分であるために」

 一拍。

「「それが、私たちの信仰の形」」

 

 フェルシオンは、しばらく言葉を失っていた。

 魔法組合で学んできた理論とも、教会で語られてきた教義とも違う答え。

 朝の光が、卓の中央に落ちる。

 フェルシオンは深く息を吐き、ゆっくりと頭を下げた。

 「……ありがとうございます。今日の話だけでも、魔法組合の蔵書数十年分に値します」

 その声には、誇張も皮肉もなく、純粋な敬意だけが込められていた。


 話がひと段落し、俺は一息つくようにカップを持ち上げた。

 喉を潤している間に、アルシエルはもう話は終わったと判断したのだろう、遠慮なく菓子に手を伸ばしている。

 先ほどまでの少し張り詰めた姿とは打って変わって、お菓子を頬張るその様子が、どこか微笑ましかった。

 

「ルーメリア様に見られているなら、お菓子の食べすぎには注意しないとな」

 揶揄うようにそう言うと、ルミエルが一瞬きょとんとしてから、くすっと小さく笑う。

「ふふっ……そうかもしれないですね」

 だが次の瞬間、アルシエルは何でもない顔で、もう一つ菓子を摘まんだ。

「それはそれ、これはこれよ」

 口の端に、ほんの少し食べかすを付けたまま、アルシエルは悪びれない笑みを浮かべる。

「私たちの想像のルーメリア様も、お菓子ならいくら食べてもいいって言ってるわ」

「……アルシエル様。それは、少し都合の良い解釈ではありませんか」

 苦笑交じりに、フェルシオンが呟いた。

「人が人のことをすべて理解できないように、ルーメリア様が何をお考えかは、誰にも分かりません。

 もしかしたら、お菓子がお好きかもしれませんし、そうでないかもしれない」

 そう前置きしてから、穏やかな声音で続ける。

「ですが――人が好きなものを、頭ごなしに否定されるお方ではない。私は、そう思っていますよ」

 ちらりと、アルシエルのほうへ視線を向ける。

「ただ……私たちは人前に立つ機会も多い身ですから。あまり、だらしなく見えてしまうのは、少しだけ避けたいですね。アルシエル」

「うっ……」

 その一言が刺さったのだろう。

 アルシエルはルミエルを見ると、無意識に自分のお腹に手を当て、それから俺のほうをちらりと窺った。

「……私って、そんなに太ってる?」

 さっきまでの余裕はどこへやら。

 少し不安そうなその表情が、先ほどの無邪気な顔とあまりにも違っていて、思わず笑ってしまう。

「ははは。大丈夫だよ」

 そう言って、アルシエルの口元についた食べかすを指先で拭い取り、正直に告げる。

「二人ともよく動いてるし、それくらいなら全然問題ないだろ。

 それに……美味しそうに食べてるアルシエルを見るの、俺は好きだからさ。そのままでいいと思う」

 その言葉に、アルシエルは一瞬きょとんと目を瞬かせ、次いで、ゆっくりと頬を染めて視線を逸らした。

「……もう」

 小さく零す声は、呆れたようでいて、どこか嬉しさを隠しきれていない。

「でも、私に比べるとルミエルはずるいわよね。何を食べても、全然変わらないんだもの」

 そう言われ、ルミエルはアルシエルをじっと見つめる。

 少し考えるような間のあと、控えめに口を開いた。

「でも……ミハネさんにそう言ってもらえるアルシエルも、ずるいです……」

「じゃあ、おあいこね」

 アルシエルはそう言って、ルミエルに小さくウインクを返す。


 そのやりとりに、張り詰めていた空気が、ふっと緩んだ。

 さっきまで卓を覆っていた重さが、朝の光に溶けるように、ゆっくりと薄れていくのを感じる。

 

 ――と。

 アルシエルが、ふと何かを思いついたような顔をする。

「ねえ、フェルシオン」

 アルシエルが、何でもないことのように切り出す。

「教会に所属しない?」

「「……は?」」

 思わず、フェルシオンと俺の声が重なった。

「もし神聖魔法が使えるようになれば、ミハネの旅も安泰だもの」

 悪びれもせず、続ける。

「それに、ミハネも魔法、使えるようになってほしいわよね。どうにかできないかしら?」

「いや待て待て」

 俺は即座に割って入った。

「話が一気に飛びすぎだろ」

 フェルシオンも、さすがに困ったように咳払いをする。

「……アルシエル様。教会への所属というのは、そう軽々しく決めるものではありません。信仰とは、生き方そのものです」

「だから聞いてるのよ」

 アルシエルは肩をすくめる。

「自分で体験してみるのも一つだと思うわ」

 フェルシオンは、言葉に詰まる。

 否定しきれない、というより――

 その可能性を、今初めて真正面から突きつけられた顔だった。


まだまだ拙い部分も多い作品ですが、

ひとつでも心に残る場面があれば、ブックマークや★評価で応援していただけると励みになります。

いつも読んでくださり、ありがとうございます。

引き続き、どうぞよろしくお願いします。

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