088.橋渡し
翌日の朝、いつものようにアルシエルとルミエルと待ち合わせ、《金色の羽亭》へ向かった。
朝日が差し込み始めたばかりの王都の広場は、まだ人の声もまばらで、空気が澄んでいる。
その一角にの喫茶店に腰を落ち着け、甘い朝食をつまみながら、他愛のない会話を交わしていた。
「そろそろかな」
昇りきらない日の位置を確かめながら、俺は小さく呟く。
「何が?」
アルシエルが、首を傾げて聞き返した。
「昨日、お願いしてたことだよ」
ルミエルが静かに頷く。
「会ってほしい方がいる、と仰っていましたね」
「そうそう、実は、これから一緒に動くことになるかもしれない人で」
俺は苦笑し、カップを置く。
「一応、二人とも少しは会ったことがある相手なんだけど――」
そのとき。
《金色の羽亭》の扉が開き、ちりん、と鈴の音が響いた。
事前に話を通していた通り、リディアが来客を連れて席へと向かってきた。
「来たな」
俺は椅子から立ちその男を迎える。
「フェルシオン」
呼ばれた男は、こちらに気づいて足を止めた。
「……待たせたか」
「いや。ちょうどいいくらいだ」
短いやり取りのあと、フェルシオンが首を傾げる。
「それで、ここまで来てくれと言われて来たわけだが……」
そう言いかけたところで、俺の背後に気配があることに気づいたのだろう。
フェルシオンの視線が、ゆっくりとそちらへ移る。
――その瞬間。
彼の身体が、わずかに強張った。
「あ……アルシエル様に、ルミエル様……」
声が、ほんの少しだけ上ずる。
「この前、話をしてみたいって言ってただろ」
俺は肩をすくめて揶揄うように続ける。
「最近いろいろあったからな。そのねぎらいも含めてだ。
……その顔が見れて、秘密にしていた甲斐があったな」
フェルシオンは小さく息を整え、二人の姿をきちんと認める。
言葉を探すように、一瞬だけ間が空いた。
その沈黙を破ったのは、アルシエルだった。
「おはよう」
にこやかに笑い、軽く手を振る。
ルミエルも静かに会釈する。
「おはようございます。初めまして」
フェルシオンは一瞬だけ目を見開き、すぐに背筋を正して、整った所作で一礼した。
「……おはようございます」
その声音は丁寧だが、どこか普段よりも低い。
貴族としてではなく、一人の人間として、この場に立っているからだろう。
俺は二人に向きなおり、改めて言葉を継ぐ。
「じゃあ、改めて紹介する。
フェルシオン・アークレインだ。アークレイン家の三男で、下水の一件では俺と一緒に解決に尽力してくれた一人だ。
正直フェルシオンがいなければ下水の一件は解決できていなかった。
二人が《世界を繕う御手》を使ったとき、真横にいたんだ……けど」
そう言って、アルシエルとルミエルへ視線を向ける。
「申し訳ございません……」
ルミエルが小さく頭を下げる。
アルシエルは一瞬だけこちらを見てから、気まずそうに目を逸らした。
「まあ、仕方ないよな。あの状況じゃ」
俺は肩をすくめる。
「ともかく、フェルシオンは魔法が好きで、あちこち探求してるんだ。
二人と色々話をしてみたいってことで、俺が橋渡しをした、ってわけだ」
そこでフェルシオンが一歩前に出る。
背筋を伸ばし、貴族としてではなく、一人の研究者のような面持ちで口を開いた。
「お声がけするのは、これが初めてになります。
フェルシオン・アークレインと申します。どうぞ、お好きなようにお呼びください」
一拍置き、真剣な眼差しで二人を見る。
「お二人が先日行使された根源魔法《世界を繕う御手》。
そして、光の祝祭にて行使された超越魔法《光冠の祈雨》。
私も魔法使いの端くれとして、もし差し支えなければ、その折に感じたこと、見えたものを、少しでもお聞かせいただければ幸いです」
言葉を終えると、深くはないが丁寧な一礼。
その場に、短い沈黙が落ちた。
最初に動いたのは、アルシエルだった。
椅子の背から身を起こし、フェルシオンをまっすぐに見る。
「……そんなに真面目に聞かれると、ちょっと困るんだけど」
そう言いながらも、口元に、ほんのわずかに困った笑みが浮かぶ。
「でも、ミハネの知り合いなら、少しくらいなら、話してもいい、かな」
ルミエルも静かに頷いた。
「私も、同じです。すべてを言葉にできるかは分かりませんが……それでもよろしければ」
フェルシオンの表情が、目に見えて和らぐ。
「ありがとうございます」
その声は、抑えきれない熱を帯びていた。
フェルシオンが腰を下ろすと、椅子が小さく音を立てた。
背筋は伸びたまま。
だが、さっきまでの硬さは、ほんの少しだけ抜けている。
「まず、私の話からになりますが」
静かに前置きしてから、言葉を続ける。
「私は、超越魔法まで行使できます。
ただし条件があります。魔力を一切使用していない状態でなければ発動できません。
また、使用後は……一切、動けなくなります」
淡々とした口調で続ける。
「最初に放ったときは、目から血が滲み、そのまま、気絶するほどでした」
俺の脳裏に、下水道での光景が蘇る。
「確かに、《黎明の終末》だったか。あれほどの魔法なら……それくらいにはなるか」
そう呟いてから、首を傾げる。
「でも、あの後。普通に俺を支えて動けてなかったか?」
「あれは、ミハネのおかげだ」
フェルシオンは即座に答えた。
「ミハネ自身は気づいていないかもしれないが、君の魔力量は、相当なものだ」
俺は思わず眉を寄せる。
「それに、推測だが、魔力を外に放出できない分、内側に溜まり続けている。
その魔力量があったからこそ、《炎刃衝》も発動できたというところだ」
「……そうなのか」
正直、実感はない。
「自分じゃ、全然気づかなかったな」
肩をすくめる。
「まあ、魔法が使えない身じゃ、どうしようもないか」
「ちょっと……」
その声に、はっとする。
アルシエルだった。
フェルシオンと下水の一件を思い返しながら話していたところに、水を差すような、しかし真剣な声音。
「そんな、超越魔法が使われたくらい危険だったって、聞いてなかったんだけど……」
「あっ……」
しまった、と思ったときには遅かった。
ある程度ぼかして話していたことが、今になって一気に表へ出る。
「はい……」
今度は、ルミエルが静かに口を開いた。
「傷の具合から、相当な危険があったのだろうとは思っていましたが……」
机の上に置かれた彼女の手が、ぎゅっと握られる。
白い指先に、力がこもるのがはっきりと分かった。
「あー……ごめんな」
俺は頭の後ろを掻き、苦笑する。
「二人のおかげで、こうして元気なんだ。結果だけ見れば、問題なしってことでさ」
アルシエルは納得していない顔で、じっと俺を見る。
ルミエルも視線を伏せたまま、黙り込んでいる。
ほんの少しの沈黙。
それを破ったのは、アルシエルだった。
「……フェルシオン」
彼女は向き直り、はっきりと言う。
「ありがとう。ミハネを助けてくれて」
続いて、ルミエルも小さく頷く。
「私からも、ありがとうございます。
大切な人を、知らないところで、手の届かない場所で失うのは……悔やんでも、悔やみきれませんから」
フェルシオンは一瞬だけ言葉に詰まり、すぐに首を横に振った。
「いえ……私のほうこそです。ミハネには、何度も助けられています。
それに、ミハネのおかげで、こうしてお二人と話す機会も得られた。
良いことしかありません」
その言葉で、場の空気がふっと緩んだ。
まだまだ拙い部分も多い作品ですが、
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いつも読んでくださり、ありがとうございます。
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