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【第三章開始】異世界人間師  作者: 白黒 シろ
3章.傷だらけの世界で、歩き出す
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085.そば付き侍女

 貴族区を抜け、石畳の色が馴染みのあるものに変わっていく。

 人の気配も、歩く足取りも、どこかせわしなくなる。

 通りの先に見えてきたのは、見慣れた冒険者組合の建物。

 魔法組合の整然とした佇まいとは対照的に、こちらは人の出入りが絶えず、扉の前では鎧の擦れる音や、笑い声、時折荒っぽい言葉が飛び交っている。


 木製の扉を押し開けると、途端に熱気と喧騒が押し寄せてきた。

「次の依頼、何行く?」

「この報酬安すぎだろ!」

「酒! 仕事終わりの酒だ!」

 馴染みのある空気。

 魔法組合とは違う、命の匂いと生活の匂いが入り混じった場所だ。

 俺は視線を巡らせながら、人混みの中へ足を踏み入れた。


 ――フェルシオンは、どこだ。

 そのとき、視界の端に引っかかる影があった。

 掲示板の前。 一人だけ、妙に背筋の伸びた立ち姿。

 黒を基調とした外套。

 装飾は控えめだが、仕立ての良さは隠しきれていない。

 冒険者組合の雑多な空気の中で、どうしても浮いて見える。


 フェルシオンがそこにはいたが、様子がおかしい。

 彼の横には数人の冒険者が寄り添うように立ち、何やら話しかけている。

 絡まれている――と断じるほど荒っぽくはないが、距離が近い。

 フェルシオンの表情も、判断に迷っているような、微妙な困惑を浮かべていた。


 俺は一瞬、昔の自分を思い出す。

 無紋だった頃、ガルドに訓練場で絡まれた場面。

 それを懐かしみながら、体が動いた。

 フェルシオンの前へ踏み出し、軽く割って入る。


「ちょっと待った」

 声を荒げることはしなかった。

 ただ一歩、前に出る。その動きだけで、周囲の視線が俺に集まるのがわかる。

「何新人に絡んでるんだ。見ない顔だからって、やっかむのは感心しないぞ。痛い目を見る」

 言葉を落とすと、冒険者たちの視線が互いに揺れた。

 一瞬、距離が空き、俺はそのまま、フェルシオンを見る。

 ――あとは任せておけ。というように。

「ミハネ……?」

 フェルシオンは、掲示板から俺へ視線を移し、わずかに目を見開いた。

 予想していなかった、という表情。

「いや、絡まれていたわけではなくてな……」

 言葉が途中で止まる。

 説明を探すように、視線が一度、宙を彷徨った。

 その横で、冒険者の一人が気まずそうに頭を掻いた。

「ああ、いや。やっかみってわけじゃないんだ」

「え……?」


 話を聞いてみれば、拍子抜けするほど単純だった。

 無紋で、身なりがいい。

 掲示板の突っ立っていれば、目を引かないはずがない。

 ――新しく登録した、身分の良さそうな人物。

 もし貴族なら、魔法に長けている者も多い。

 なら、今のうちに声をかけて、パーティに引き入れておこう。

 そういう算段だったらしい。

「まあ……仲間内に誘おうとしてただけでな」

 苦笑混じりの声が続く。

「唾をつけてたって言えば、絡んでたように見えたかもしれないが」

 俺は小さく息を吐き、肩の力を抜いた。

「なるほど。俺の早とちりだったな。すまなかった」

 張りつめていた空気が、ようやく緩む。

 フェルシオンも、ほっとしたように、わずかに息を吐いていた。


 そうして誤解は解け、その場は自然と解散する流れになった。

「じゃあな。また気が向いたら、考えておいてくれや」

「気が変わったら、声かけてくれりゃあいい」

 軽い言葉を残し、数人の冒険者は人混みへと戻っていく。

 喧騒に紛れていく背中を見送り、気づけばその場に残ったのは、俺とフェルシオンだけだった。

 

「……助かった」

 フェルシオンが、苦笑い気味に言う。

 さっきまで張っていた気が、少しだけ緩んだような表情だった。

「自分で対処できたかもしれないが、正直、どう切り返すべきか迷っていた」

「まあ、助けになったならよかったよ」

 一度だけ肩をすくめる。

「というか、フェルシオンに会うためにあちこち回ってさ。まさか、ここに来てるとは思わなかった」

「ああ。私もミハネに会おうと思って、ここに来たんだが……居なかったからな」

 少し気まずそうに視線を逸らし、続ける。

「来るまでの間に、先にやりたいことだけ済ませておいた」

 そう言って、フェルシオンは首から下げた冒険者札にそっと手を添えた。

 無紋。

 まだ何者でもない証。

 だが、その仕草には、どこか誇らしさが滲んでいる。

「じゃあ、その話。詳しく聞かせてくれよ」

「……ああ。ぜひ、聞いてほしい」

 

 そう答えたフェルシオンは、周囲を一度見回し、少しだけ頬を掻いた。

 この場所で話すには、視線が多すぎる。

「落ち着いて話せる場所に、移らないか」

「だな」

 そうして俺たちは連れ立って歩き出し、冒険者組合を後にした。


 ◆


 再び足を踏み入れたのは、貴族区の外れ。フェルシオンの家だった。

 派手さはないが、手入れの行き届いた佇まい。

 玄関をくぐると、先ほど応対してくれたメイドがすぐに姿を現した。

 背筋を正し、迷いのない所作で一礼する。


「お帰りなさいませ、フェルシオン様」

 メイドは一礼してから静かに視線を上げ、その動きに迷いはなく、俺の姿を確認すると、ほんの一瞬だけほんのわずかに目を見開いた。

「ただいま戻った。

 ムイ、この者は私の友人で、ミハネという。

 ミハネ、こちらは私のそば付きの侍女のムイだ。何かあったら、遠慮なく頼ってくれ」

 フェルシオンは落ち着いた声でそう告げる。

「ご紹介にあずかりました」

 そう言って、彼女――ムイはあらためて俺へ向き直った。

「フェルシオン様のおそば付き侍女を務めております、ムイと申します。どうぞお見知りおきください」

 無駄のない、洗練された挨拶だった。

 長くフェルシオンに仕えてきたのだと、一目でわかる。

「はい。ミハネって言います。よろしくお願いします」

「ミハネ様」

 ムイは柔らかく微笑みながら続ける。

「ミハネ様は、フェルシオン様とご懇意にされているご様子ですので、もしよろしければ、私への敬語はおやめください」

「あー……分かりま……」

 一度言いかけて、言い直す。

「わかった」

 ムイは小さく頷き、わずかに口元を緩めた。


 ムイは一歩だけ身を引き、控えめに身を翻した。

 先に立つが、決して急がない。

 こちらの歩調を自然と測っている歩き方だった。

「こちらへどうぞ」

 短くそう告げ、廊下を進む。

 足音は静かで、家そのものと同じく、余計な主張がない。


 案内されたのは、居間だった。

 広すぎず、しかし窮屈でもない。

 壁際には書棚と小さな飾り棚、中央には低めの机と椅子。

 人が腰を落ち着け、言葉を交わすための部屋だった。

「すぐにお茶をお持ちします」

 ムイはそう言って一礼し、部屋を出ていく。


 俺は椅子に腰を下ろし、室内を見回した。

「派手じゃないけど、落ち着くいい家だな」

「急ごしらえの家ではあるがな」

 フェルシオンは苦笑し、向かいの椅子に腰を下ろす。

「元々は、アークレイン家の屋敷に住んでいた。だが、そこを出てな」

 一度言葉を切り、視線を室内へ巡らせる。

「ここは、私が選んだというより……ムイが整えてくれた家だ」

 その名を口にしたとき、声音がわずかに柔らいだ。

「へぇ、そうなのか」

「彼女には、随分と世話になっている。子供のころからそば付きでな。

 家を出ると決めたときも、一人でいいと言った私に、ついて来てくれた」

 申し訳なさと、確かな感謝。

 その両方が、表情の奥に滲んでいた。


 そのとき、扉が静かに開き、ムイが盆を手に戻ってきた。

 湯気の立つ茶器を机に並べ、二人分のカップを置く。

 動きは簡潔で、音を残さない。

 すべてを終えると、一歩下がった。

「ムイ。少し、話をする」

「承知いたしました」

 即答だった。

 ムイは壁際に控え、静かに視線を伏せる。

 聞くべきときと、口を挟まぬときを完全に心得た立ち姿。

 そこには迷いも誇示もなく、ただ役割を果たす覚悟だけがあった。

 本物のメイドとは、こういう人間を言うのだと——

 思わず、そんな感慨すら覚える。

 

「では、改めて話をしようか」

「ああ。色々、聞きたいことがあった」

 湯気の向こうで、フェルシオンの目は揺れていない。

 この家で、この距離で語られる言葉は、きっと軽くない。

 俺はカップに手を伸ばし、小さく頷いた。

「聞かせてくれ」


 冒険者組合の喧騒とは切り離された、静かな場所で。

 フェルシオンが選んだ道の話は、ゆっくりと始まろうとしていた。


まだまだ拙い部分も多い作品ですが、

ひとつでも心に残る場面があれば、ブックマークや★評価で応援していただけると励みになります。

いつも読んでくださり、ありがとうございます。

引き続き、どうぞよろしくお願いします。


ムイの参考イメージ

挿絵(By みてみん)

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