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【第三章開始】異世界人間師  作者: 白黒 シろ
3章.傷だらけの世界で、歩き出す
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084.託されたもの

 バイザードの視線が、まっすぐに俺を射抜いた。

 問い詰めるでも、試すでもない。

 ただ、確かめるような眼差し。


 だが、次の瞬間——その鋭さは、ふっと和らいだ。

「もし、フェルシオンが望むなら……私も貴族としての立場を使い、かばい立てすることはできた」

 静かに、しかし迷いのない声だった。

「だが、あやつはそれを良しとしなかった。

 自分の責を、誰かの庇護で薄めることを選ばなかったのだ」

 バイザードは一度、言葉を切る。

 それから、ほんのわずかに目を伏せた。

「それほどまでに……此度の件は、フェルシオンにとって大きな経験だったのだろう」


 次の瞬間。

 彼は、椅子に座ったまま、俺に向かってほんの少しだけ頭を下げた。

「フェルシオンの師として——いや、一人の人間として。君には、感謝している」

 その仕草は形式的なものではなかった。

 長い年月を生きてきた魔法使いが、心から口にした言葉だった。

「そして……もし、可能であればだ」

 バイザードは顔を上げ、穏やかながらも真剣な目で俺を見る。

「フェルシオンの力になってやってほしい。あやつはいずれ、冒険者組合の扉を叩くだろう。そのとき、君がそばにいて、導いてやってくれ」

「……そこまで、フェルシオンのことを」


 思わず漏れた言葉に、バイザードは小さく笑った。

「当然だ」

 迷いのない声音。

「私にとって、あやつは初めての弟子でね。

 そして——私以上に魔法の才を持ち、貴族としての責務も背負っていた」

 遠い過去を見るように、視線がわずかに宙を漂う。

「本来なら、ここに留まり、いずれは私の後を継ぐ存在だった。

 副組合長として、魔法組合の中枢に立つ未来もあっただろう」

 それでも、と。

 言葉にしない部分が、空気に滲む。

「だが、あやつは別の道を選んだ。それを否定するほど、私は狭量ではないつもりだよ」

 バイザードは、ゆっくりと息を吐いた。

「君が隣にいるなら……フェルシオンは、きっと自分の選んだ道を後悔しないだろう」

 その言葉は、託すようであり、同時に見送るようでもあった。


 俺は小さく息を吸い、正面から応える。

「俺は、まだまだ駆け出しの狼紋です。正直、導くなんて立派なことはできないかもしれません」

 一度、言葉を区切る。

「でも……フェルシオンと繋いだこの絆は、俺にとってもかけがえのないものです。だから、任せてください」

 そう言って、少しだけ肩の力を抜いて笑った。

「バイザード様のところにもたまには顔を出せ、って。ちゃんと伝えておきますよ」


 その言葉に、バイザードは一瞬目を細め、やがて穏やかに口元を緩めた。

「……そうか。君らしい返答だ」

 机に置いていた手を組み直し、深く頷く。

「成長したフェルシオンを見るのが、今から楽しみだね」

 その声音には、期待と、わずかな寂しさが混じっていた。

 だが、それ以上は何も言わない。

 師として、組合の副組合長としてではなく——

 ただ、一人の大人が、若者の未来を静かに見送る表情だった。


 部屋に、短い沈黙が落ちる。

 それは重たいものではなく、言葉が尽きたあとの、穏やかな間だった。


「……さて」

 バイザードは椅子から立ち上がり、自然な所作で話題を切り替えた。

「今日の用件は、これで十分だろう。フェルシオンの行き先については……ここへ向かうといい」

 そう言って、執務机の上に広げた羊皮紙に、迷いのない筆で文字を書き入れる。

 短いが、具体的な場所と目印が記されていた。

 それを丁寧に折り、俺の前へ差し出す。

「恐らく、今はそこに身を寄せている。君なら、余計な詮索をせずに会えるだろう」

「……ありがとうございます」

 俺は羊皮紙を受け取り、胸元へとしまった。


 するとバイザードは、ふと思い出したように執務机の引き出しへ手を伸ばした。

 木製の引き出しが静かに開き、取り出されたのは——手のひらに包めるほどの魔石だった。

 だが、これまで見てきたどの魔石とも違う。

 内部に一切の濁りがなく、澄み切った空色をしている。

 光を受けてきらめくのではなく、内側から淡く息づくように輝いていた。

 ただの素材ではない。

 長い時間をかけて精製され、慎重に扱われ、ここに保管されてきたものだと、ひと目でわかる。

「これを、君へ贈ろう」

 思わず言葉を失いかけた俺に、バイザードは静かな声で続ける。

「これからフェルシオンと共に歩むのなら、決して無駄にはならん。

 この魔石は、一般に流通しているものとは違う。使用者本人の魔力のみを、歪みなく溜め込む器として使える」

 魔石を指先で軽く示しながら、さらに言葉を重ねる。

「あるいは……魔道具の核として用いてもいい。

 余計な属性を持たず、使い手の性質をそのまま映す。扱う者次第で、形も役割も変わるだろう」

 その声は淡々としていた。

 だが、そこに込められているものは明確だった。

 ——弟子を託す者が、共に歩む相手へ渡す覚悟の証。

 

「本来なら、特別な魔道具や……私たちのような立場の者が使う杖の核に用いられる品だが」

 そう前置きしてから、バイザードはわずかに口元を緩めた。

「だが、フェルシオンが選んだ相手なら、話は別だ」

 俺は両手で、その魔石を受け取った。

 小ぶりなはずなのに、ずしりとした重みが掌に伝わる。

 腕へ、胸へと、その感触が静かに染み込んでいく。

「……大切に使います」

「うむ。それでいい」

 それだけで、十分だった。

 これ以上、言葉を重ねる必要はない。

 バイザードは一歩だけ身を引き、扉の方へと視線を向ける。

「行きなさい。君たちの物語は、もうこの部屋の中にはない」

 その背中に、俺は深く一礼した。

 託されたものの重さを胸に刻みながら、俺は静かに部屋を後にする。

 魔石の感触を確かめるように、そっと拳を握りしめた。


 ◆


 魔法組合を出て、バイザードから渡された羊皮紙の地図を広げる。

 記されている場所は、貴族区の外れだった。


 足を運ぶにつれ、通りの空気が少しずつ変わっていく。

 整然とした石畳はそのままだが、屋敷の規模が目に見えて小さくなり、装飾も控えめになる。

 庭木は剪定されているものの、見せるためというより、住むための手入れといった印象だった。

 やがて、地図の印と一致する場所に辿り着く。


 そこにあったのは、周囲の貴族の屋敷と比べれば、明らかに慎ましやかな家だった。

 二階建てではあるが外壁に派手な紋章はなく、門も簡素。

 庭木は過不足なく手入れされ、石畳にも無駄な欠けはない。

 必要なものだけを、必要なだけ揃えた——そんな実直さが滲む佇まいだった。

「……ここ、か」

 表札には、小さく——《アークレイン》の名。

 貴族の家であることを誇示するでもなく、隠すでもない。

 その在り方は、どこかフェルシオン本人を思わせた。


 俺は一度だけ深呼吸をしてから、門へと歩み寄った。

 軋む音も立てずに門は開き、敷地へ足を踏み入れる。

 玄関前に立ち、呼び鈴へと手を伸ばした。

 軽く指先で触れると、澄んだ音が鳴る。

 どうやらただの鈴ではなく、魔道具の類らしい。

 家の奥へと、来客を知らせる音が静かに行き渡っていくのがわかった。

 小ぶりとはいえ、さすがは貴族区といったところだ。


 少し待つと、扉の内側で気配が動いた。

 足音は控えめで、迷いがない。

 やがて扉が開き、中から一人の女性が姿を現す。

 整えられた侍女服。

 黒を基調にした落ち着いた色合いで、装飾は最低限。

 年の頃は若すぎず、かといって年配でもない。

 淡い銀色の髪を低くまとめ、前髪は目にかからない長さ。

 光を受けると、わずかに青味を帯びて見える。

 視線は静かで、感情を必要以上に映さない。

 だが、こちらを見た一瞬で、

 来客である俺の立場と様子を把握したのがわかった。

 

「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか」

 柔らかくも礼を失しない声音だった。

 俺は一礼してから用件を告げる。

「フェルシオンはいらっしゃいますか?」

 その名を聞いた瞬間、彼女はわずかに表情を動かしたが、すぐに首を横に振った。

「申し訳ございません。フェルシオン様は現在、外出されております」

「そうですか。ちなみに、行き先や戻る時間などはわかりますか」

 問いかけると、彼女は少しだけ考える素振りを見せてから答えた。

「はい。今朝方、冒険者組合へ向かうと申しておりました。戻りは……遅くなるだろうと」

 その言葉に、胸の奥で何かが腑に落ちる。

「なるほど……」

 やはり、バイザードの言葉通りだ。

 フェルシオンはもう、次の場所へ足を向けている。

「わかりました。ありがとうございます」

 そう告げて一歩下がると、メイドは丁寧に一礼を返してくれた。

「もしお急ぎであれば、言伝をお預かりいたしますが」

 その申し出に、俺は一瞬だけ迷う。だが、首を横に振った。

「いえ。直接会って伝えたいことなので」

「承知いたしました」

 そう答え、軽く頭を下げる。

 

 敷地の外までの距離はわずかだったが、丁寧に見送りを受け、門を出たところで立ち止まった。

 ふと空を見上げ、小さく息を吐く。

「……冒険者組合、か」

 フェルシオンの姿を思い浮かべながら、俺は踵を返した。

 再び人の流れへと溶け込むように、王都の通りを歩き出す。

 次に向かう先は、もう決まっていた。


まだまだ拙い部分も多い作品ですが、

ひとつでも心に残る場面があれば、ブックマークや★評価で応援していただけると励みになります。

いつも読んでくださり、ありがとうございます。

引き続き、どうぞよろしくお願いします。

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