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【第三章開始】異世界人間師  作者: 白黒 シろ
3章.傷だらけの世界で、歩き出す
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081.羽

 アルシエルの冗談めかした声と、ルミエルの伺うような視線を受けて、俺は肩をすくめた。

「それには、まずお互いにちゃんとした休暇が必要だな」

「はい……そうですね」

 ルミエルは素直に頷く。

「私たち、休みって……取れるのかしら?」

 アルシエルが首を傾げると、ルミエルは少し考えてから答えた。

「祭事の後ですから、短期間なら調整はできると思います。教皇様も、無理はしなくていいとおっしゃっていましたし」

「それでも、別の国に行くには全然足りないわよね……」

「巡礼の一環や、見聞を広める名目であれば、足を運ぶことは可能かもしれませんが……」


 そんな二人のやり取りを聞きながら、俺はカップをテーブルに置いた。

「とはいっても、俺のほうも近いうちに少し王都を離れる予定があってな」

「えっ……そうなんですか?」

 ルミエルの声が、わずかに揺れる。

 「ああ。ナウガウ交易市ってところに行く話が出てる」

 「交易市へ……?」

 「ああ。ちょっと買いたいものがあるのと、冒険者としてこの先遠出することも増えそうだから、その練習も兼ねてな」

 迷宮のことは伏せ、できるだけ軽い調子で続けた。

 「危険な場所ってわけじゃない。護衛依頼を受けながら向かうつもりだし、様子を見てすぐ戻るよ」

 ルミエルは少し息を吐き、胸の前で手を重ねた。

「……そうですか。それなら、よかったです」

 「ミハネは本当に無茶ばっかりするんだから」

 アルシエルが呆れたように言い、けれど視線はどこか心配そうだった。

 「私たちがそばにいないと、大きな怪我をしたとき癒せないの、忘れないでよね」

 その言葉に、今まで何度も助けられてきたことが胸に浮かぶ。

 「ああ。本当にいつもありがとう」

 そして、言葉を選ぶように続けた。

 「冒険者だから何があるかわからない。でも……必ず無事に帰ってくる」


 その一言に、二人は顔を見合わせた。

 小さく頷き合ってから、アルシエルが外套の内側に手を入れる。

 「これ。無茶するミハネに」

 「もしよろしければ、受け取ってください」

 差し出されたのは、羽の形をした小さなペンダントだった。

 淡い光を帯びた金属で、羽脈の一本一本まで丁寧に刻まれている。

 「これは……?」

 「祭事で王都を回っているとき、たまたま見かけたのよ」

 アルシエルは少し照れたように肩をすくめる。

 「ほら、ミハネって名前に羽が入ってるでしょ。ちょうどいいかなって」

 ルミエルが、ふふっと小さく笑った。

 「それだけではありません」

 彼女は指先でそっとペンダントを示す。

 「私たち、アルシエルとルミエルという名前には“光の女神の翼”という意味が込められています。

 両親が、二人で一対の翼として支え合い、女神の名の下で人々に光をもたらす存在になれますようにと、そう願って名付けてくれました」

 言葉を区切り、静かに続ける。

 「だからこの羽は、ただの飾りではありません。

 立ち止まったときに、独りではないと思い出すための印。

 進むことに迷ったとき、誰かがそばで支えていると感じるための印。

 そして……私たちが、同じ羽としてあなたの歩みに寄り添うという祈りの代わりです」

 アルシエルが腕を組み、少しだけ気恥ずかしそうに言った。

 「私たちはいつも一緒にいられるわけじゃない。でも、これを身につけてる限り、あんたは一人じゃないってこと」

 

 俺は、手のひらに収まる羽を見つめた。

 軽いはずなのに、胸の奥には確かな重みが残っている。

 それは祈りの重さであり、託された願いの温度だった。

「……ありがとう。大切にするよ」

 そう言ってから、俺は懐に手を入れた。

 先ほどの祝祭で買い求めた、小さな包みを取り出す。

「それに……先に出されちゃったな」

 包みを解くと、女神の羽を模した二つのペンダントが姿を現した。

 ひとつは右の羽、ひとつは左の羽。

 金の縁取りに守られ、片方には深紅の宝石が、もう片方には澄んだ蒼の光石が嵌め込まれている。

 二つを並べると、静かに、一対の翼が形を成す。

「これは……?」

 アルシエルがそっと息を呑む。

「二人は祭事の側だったからな。祝祭として楽しむ時間は、ほとんどなかっただろ。

 だから、これは俺からの礼だ。今まで助けてもらった分と……感謝を込めて。

 女神の羽を模した二つの赤と青の首飾りを贈らせてくれ」

 

 一拍置いて、続ける。

「それに、俺の名前にも……二人と同じような意味があるんだ」

 二人の視線が、自然と俺に向いた。

「“羽”って言葉には、飛び立つとか、飛躍するとか、そういう意味がある。でも、それだけじゃないって……母親に言われたんだ」

 言葉を選びながら、ゆっくりと思い出す。

「妹が生まれて、母親が亡くなる前にさ。『二人には、同じ“羽”という言葉が入っているでしょう』って」

 ペンダントに視線を落としたまま、静かに続けた。

「『ただ飛ぶための羽じゃないのよ。二人で支え合うための羽なの。辛いときも、悲しいときも、二人なら大丈夫』」

 喉の奥が、少しだけ詰まる。

「『弥羽は、お兄ちゃんとして澄羽を守ってあげて。澄羽は、弥羽の心の拠り所になってあげて。

 どんな形でもいい――二人は、二人で一つの羽よ。支え合って、同じ空を飛べるように。幸せでいてくれることを、お母さんは祈ってる』……って」

 言い終えて、ようやく顔を上げる。

「だから、この羽は……俺にとって“ひとりじゃない”っていう証なんだ」

 そう言って、耳元の羽飾りへ指先を添えた。

 そこに重なるように、澄羽の笑顔が胸の奥に浮かんだ。

「……そして、二人にも、そうであってほしいと思った」

 それだけ告げると、俺は静かに手を下ろす。

 胸元にかけて揺れる、二人から贈られた羽のペンダントにそっと触れ、次いで、今度は自分が差し出す二つの羽へと視線を移した。

「二人が、俺と同じ思いで、同じ意味を込めてこの羽を渡してくれたことも……そして俺も、同じ気持ちでこの羽を渡せることも」

 一度、息を整えてから続ける。

「……本当に、嬉しいよ」

 言葉は多くなかったが、それ以上に、胸の奥にあるものは確かだった。

 

 その言葉を受け取って、しばしの沈黙が落ちた。

 最初に動いたのは、ルミエルだった。

 彼女はそっと両手でペンダントを包み込み、胸元へ引き寄せる。

 羽に触れる指先は少し震えていたが、その表情は驚くほど穏やかだった。

「……ありがとうございます、ミハネさん」

 静かな声。

「この羽が“支え合う証”だとしたら……私にとっては、これ以上ないほど大切な贈り物です」

 続いて、アルシエルが小さく鼻を鳴らした。

「もう……そういう大事な話、急にするんだから」

 そう言いながらも、彼女はしっかりとペンダントを受け取る。

 深紅の宝石が、朝の光を受けてきらりと瞬いた。

「……でも、嬉しいわ」

 一瞬だけ視線を伏せてから、いつもの調子で続ける。

「ミハネにとって大事な想いまで、一緒にくれるっていうんでしょ。そんなの……喜ばないほうが嘘よ」

 アルシエルは、ルミエルの方をちらりと見た。

 ルミエルもまた、わずかに微笑んで頷く。

 二人の間に流れる空気は、言葉がなくても確かに通じ合っていた。

 


 深紅と蒼の羽が、それぞれの胸元で静かに揺れる。

 右と左。形も、色も違うのに、並ぶと不思議と欠けたところがない。

 二つの影が、朝の光の中でひとつに重なる。

 それを見て、俺は思った。

 この世界で、俺が触れてはいけないはずだった“関係”は確かにある。

 けれど——支え合う羽として寄り添うことまで、否定する必要はないのかもしれない。

 

 少なくとも今は。

 この静かな朝の中では。

 

まだまだ拙い部分も多い作品ですが、

ひとつでも心に残る場面があれば、ブックマークや★評価で応援していただけると励みになります。

いつも読んでくださり、ありがとうございます。

引き続き、どうぞよろしくお願いします。

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