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【第三章開始】異世界人間師  作者: 白黒 シろ
3章.傷だらけの世界で、歩き出す
80/86

079.祭事が終わったら、また三人で

お待たせしました。

本編の更新を再開します。


第3章では、これまでの出来事を経て、ミハネが王都を離れ、旅へと踏み出していきます。

出会う人が増え、景色が変わり、物語の空気も少しずつ動いていく章になる予定です。


現在、投稿しながら第3章を書き進めていますが、

想定していたよりも描きたい場面が増え、これまでの章より少し長めの構成になりそうです。


更新ペースは 2日に1話 を目安に進めていきます。

無理のない形で、物語を最後まで書き切ることを大切にしていきたいと思っています。


引き続き、楽しんでいただけたら嬉しいです。

 朝の光は、まだ街を完全には起こしていなかった。

 昨夜の祝祭の名残が、通りのあちこちに転がっている。

 紙の焦げた匂いと香草の残り香が混じり、空気に淡い甘さがあった。


 宿の窓を開けると、涼しい風が頬を撫でた。

 昨日の喧噪が嘘みたいに静かで、鳥の鳴き声すら控えめに聞こえる。


 ——そのとき、肩に淡く光る蝶が止まった。

 羽は半透明で、朝日を受けてかすかに脈打っている。

 次の瞬間、蝶から小さな声が漏れた。

「おはようございます。朝早くに申し訳ございません」

 優しい響き。ルミエルの声だ。

 続いて、もうひとつ。

「約束……忘れてないわよね」

 アルシエルの声だった。

 少し含み笑いを含んだ、軽やかな調子。

 風の中で揺れる羽と一緒に、彼女たちの声が耳の奥に残った。

 蝶はふっと光を散らし、風に溶けて消える。


 ——約束。

 そういえば、祝祭の前日にそんな話をしていた。

 まさか本当に翌朝に現れるとは思わなかったが。

 俺は小さく息を吐き、身だしなみを整えて、軽い足取りで階段を降り、外へ出た。

 

 宿の向かいの建物の影には、見慣れた二つの影が並んでいた。

 白いローブの上に外套を羽織っているが、金の髪が朝の光を透かして輝いている。

 空気が少し冷たい。

 その中で、二人の姿だけがほんのり暖かく見えた。


「……おはようございます、ミハネさん」

「おはよう、ミハネ」

 ルミエルが柔らかく微笑み、アルシエルは頬にかかる髪を払ってこちらを見る。

 その瞳は少しだけ眠たげで、それでも嬉しそうに光っていた。

「朝早くからすみません。昨日の祝祭のことをお話したくて」

 ルミエルの声は相変わらず穏やかだ。

「“祭事が終わったら、また三人でゆっくり話しましょ”って約束、ちゃんと覚えてた?」

 アルシエルが口元に笑みを浮かべ、少しだけ覗き込むように言う。

 俺は苦笑して肩をすくめた。

「もちろん覚えてるさ。ただ……まさか昨日の今日だとは思わなかっただけだ」

「約束は約束よ。ね、ルミエル」

 アルシエルが軽く肘でルミエルをつつく。

 ルミエルは少し困ったように笑い、目を伏せた。

「はい、本当はもう少し日を置いた方が良かったかもしれませんけど……今日は私たち、祭事の後のお休みなんです」

「なるほどな」

 俺は頷く。

「アルシエルも、いつもの場所じゃなくてここまで呼びに来たってことは、少し急だと思ったんじゃないか?」

「ま、まあ……思わなくもないけど」

 アルシエルが視線を逸らし、外套の裾をつまんで誤魔化す。

「でも早い方がいいでしょ。昨日の事、忘れないうちに」

「まあ、それもそうだな」

 

 俺は昨日の祝祭で買った小さな包みの感触を確かめながら、二人と並んで歩き出した。

 朝の光が石畳を照らし、三人の影が静かに重なる。

 遠くでパン屋の煙突が煙を上げ、香ばしい匂いが風に乗って流れていく。

 まだ冷たい朝の空気に、その温かい匂いがゆっくりと混じっていく。

 石畳を照らす光は柔らかい。

 ——穏やかな一日が始まったんだな、と自然に思えた。

 

 ◆


 金色の羽亭に着くと、看板が朝の光を柔らかく反射していた。

 扉を押すと、ちりん、と軽やかな鈴の音が鳴り、奥から赤い髪を揺らしたリディアが顔を出した。


「いらっしゃいま――せ」

 いつも通りのにこやかな挨拶。

 けれど、俺の横に立つアルシエルとルミエルを視界に入れた瞬間、言葉尻が途切れた。


「おはよう、リディアさん」

「おはよう」

「おはようございます」

 三人分の挨拶が返ると、リディアは一拍遅れて我に返り、慌てたように動き出した。

「あの……まさかとは思ってたんだけど……やっぱり、二人って聖女様なんだよね……?」

 俺は、ふと浮かんだ疑問をそのまま口にする。

「前に“特別な人”だって分かってたみたいだったし、もう少し察してるかと思ってたんだけど」

「いやいやいや!」

 リディアはぶんぶんと首を振った。

「双子聖女様って言ったら、王都の中でも特別な方でしょ!? そんな方たちが、前みたいに何度も普通にお店に来てたなんて思わないよ……!」


 アルシエルとルミエルは顔を見合わせ、苦笑混じりに肯定する。

「まあ、昨日の今日じゃ仕方ないわよね」

「今回の祭事は、これまでよりも大きな、人目につくお役目でしたから」

 そう言ってから、ルミエルはリディアの方へ向き直り、胸の前でそっと手を合わせた。

「リディアさん。もしよろしければ……私たちのことは、どうかご内密にお願いいたします。

 ここで過ごすひとときは、私たちにとっても、かけがえのない時間なんです」


 その言葉に、リディアは勢いよく頷いた。

「も、もちろん! 絶対に内緒にするから!」

 今までより少し硬くなったその様子を見て、アルシエルが肩をすくめる。

「そんなに構えなくていいわよ。ここにいる間は、聖女じゃなくてただの客として扱ってくれたら嬉しいわ。

 一緒にプリンも食べたし、そんな反応されると、ちょっと寂しいわ」

「そうですね。どうか、今までと同じように接してください」

 二人にそう言われて、ようやく緊張が解けたのだろう。

 リディアの表情が、いつもの明るいものに戻った。

「……そっか。そうだよね。じゃあ、今まで通りでいかせてもらおうかな」

 そう言って、リディアはいつものように店内へと手を差し出す。

 窓際の、少し奥まった落ち着いたテーブル席。

 俺たちは変わらぬ案内に従い、朝の静かな店内へと足を踏み入れた。


 テーブルに飲み物と甘味が並び、ひと息ついたところで、俺は二人に声をかけた。

「まずは、二人とも昨日の祭事お疲れさま。開会式と閉会式くらいしか姿は見られなかったけど……本当に大役だったな。

 王都全体を包む儀式だ。無事に終わったのは、正直ほっとしてるよ」

 そう言うと、ルミエルはカップに手を添え、静かに微笑んだ。

「ありがとうございます。正直、終わるまではずっと気が張っていましたから」

 その隣で、アルシエルは少しだけ胸を張る。

「ふふん。そうでしょ。ちゃんと見直した?」

「確かに、あの時のアルシエルはまさに“聖女様”だったな。今と違って綺麗だったよ」

 俺がそう返すと、彼女は満足げに頷きかけ——

「……って、今と違って、ってどういう意味よ」

 すぐに眉を寄せて睨んできた。

「はは、冗談だよ。元々いろいろ助けてもらってただろ、魔法を使う二人の姿は、いつ見ても綺麗だと思ってたよ」

「うっ……」

 一瞬言葉に詰まり、アルシエルは視線を逸らす。

「……まあ、綺麗って言われるのは悪くないけど」

 そうぼそりと呟いて、大きく口を開け、ケーキを頬張った。

 その頬にほんのり朱が差し、祭壇の上に立っていたときの姿とはまるで別人だった。


 俺はその様子を眺めながら、カップを口に運ぶ。

 珈琲の苦みと温かさが喉を落ちていき、ようやく——祭事が終わった朝なのだと実感が湧いた。

「……こうして座ってると、昨日のことが夢みたいだな」

 俺がそう言うと、ルミエルが小さく頷く。

「はい。 昨日、祭事が無事に終わったことも、こうして“普通の時間”を過ごせていることも……」

 そう言って、ルミエルはそっとカップの縁をなぞった。

「ミハネさんのおかげだと、私は思っています」

 その言葉に、俺は少しだけ苦笑いを浮かべた。

「そんな大げさなものじゃないよ。前にも言ったけど、小さな異変を見逃さなかったのはルミエルだ。

 俺はただ、ルミエルに何の憂いもなく過ごしてほしかったから手を貸しただけだよ。

 結果として祭事が何事もなく終わって、王都のみんなが笑顔でいられたのは……二人がちゃんと役目を果たしたからだ」

 そう言うと、アルシエルがわざとらしく手を叩いた。

「はーい、そこまで。誰のおかげとか、そういうのは今はいいでしょ。みんな頑張ったし、祭事はちゃんとうまくいった。それで十分よ」

 

 そう言ってから、アルシエルはちらりとこちらを見る。

「それよりも、私たちが聞きたかったのは別のこと。ね、ルミエル」

 話を受け取るように、ルミエルも穏やかに微笑んだ。

「そうですね。何よりも大切なのは……ミハネさんが、楽しかったかどうかです」

 二人の視線が、揃ってこちらに向く。

「ああ、楽しかったよ」

 昨日の光景が自然と脳裏に浮かび、俺はそのまま言葉を続けた。

「開会式の荘厳な魔法は、まるで女神の光が降り注いでいるかのようだったし、屋台では美味しいものも食べられた。

 はしゃいでいる子どもたちの声や、街に満ちる嬉しい気持ちや楽しい気持ちが、ちゃんと伝わってきた。

 貧民街で、人が救われていく姿も見られた。

 一日を通して、間違いなく“光の祝祭”だったよ」

 取り繕うことのない本音だった。

 するとアルシエルが顎に手を当て、じっとこちらを見つめてくる。

「ふぅん……それってさ」

 少しだけ声の調子を落とし、探るように続ける。

「ノルンと一緒だったから、余計に楽しかったってわけ?」

 

 その口調の奥には、ほんのかすかに——

 確かめたいという色が滲んでいた。


まだまだ拙い部分も多い作品ですが、

ひとつでも心に残る場面があれば、ブックマークや★評価で応援していただけると励みになります。

いつも読んでくださり、ありがとうございます。

引き続き、どうぞよろしくお願いします。

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