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【第三章開始】異世界人間師  作者: 白黒 シろ
2.5章.光の祝祭をあなたと共に
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076.祝祭の終わりに

 ノルンに手を引かれ、喧噪から離れるように教会近くの脇道へ入った。

 人波が途切れると、街の音がぐっと遠くなる。

 露店のざわめきも笛の音も、もう背中のほうに溶けていった。

 代わりに聞こえてくるのは、風が旗や布飾りを揺らす音と、どこかで鳴る小さな鐘の音。


 「……こっちです」

 ノルンは振り返り、少しだけいたずらっぽく笑った。

 路地の奥へと続く細い石畳を抜けると、緩やかな上り坂が現れる。

 夕陽の光が坂の上を淡く照らし、影の中に金色の粉が舞っているように見えた。


 「ここ、昔は修道院の裏庭だったんです。今は普段閉じられているんですが、祝祭の日だけ開くんですよ」

 「なるほどな。確かに、普通は気づかない道だ」

 「ふふっ、静かですよね?」

 坂を登りきると、視界が一気に開けた。

 そこには、街の外れを一望できる小高い丘があった。

 緩やかな風が吹き抜け、花壇を囲む低い柵の向こうには、金糸草と呼ばれる淡い黄色の花々が一面に咲いていた。

 日が傾く光を受けて、花弁がひとつひとつ小さな光を宿す。


 「……すごいな」

 思わず声が漏れる。

 「ここが、私のおすすめの場所です。“光の丘”って呼ばれてるんですよ」

 ノルンは嬉しそうに頷いた。

 「この時間になると、花の根元に埋めた光石が反応して、自然に光り始めるんです。夜になるともっと綺麗なんですよ」

 その言葉のとおり、地面の下から淡い光が滲みはじめていた。

 石畳の隙間から小さな光の粒が浮かび上がり、花々の影を金色に染める。

 風が通るたび、光が波のように流れていった。


 ノルンはベンチのほうへ歩み寄り、隣を軽く叩いた。

 「ここに座りましょう」

 俺も腰を下ろす。

 夕陽が街を包み込み、遠くの鐘楼が赤く染まっていた。

 下の街からはまだ祭りの音が微かに届く。笑い声と笛の音が混じって、まるで夢の中のようだ。

 「……賑やかですね」

 「そうだな。でも、ここは不思議と静かだ」

 「この高さだと、音が風に溶けて届くからでしょうか」

 ノルンは頬をなでる風に目を細め、少しだけ髪を押さえた。


 「こうして見ると、王都全体が光に包まれてるようですね」

 ノルンが穏やかに言う。

 丘の上から見下ろす王都は、金糸のような灯りに縁取られ、まるでひとつの大きな星のように輝いていた。


 「ああ。今日ばかりは、どんな場所でも……みんな笑ってるな」

 「……ミハネ様も、笑ってくれてよかった」

 「え?」

 「さっき、屋台で声をあげて笑ったときの顔……劇を見たときの微笑み……炊き出しであの子に向けた笑顔……どの笑顔も、すごく優しくて」

 ノルンは少しうつむき、胸の前で指を組んだ。

 沈みかけた陽の光がその頬を撫で、まるで祈りのように彼女を照らしている。

 「今日の光の祝祭、私にとっては——“ミハネ様が笑ってくれた日”になると思います」

 その言葉に、胸の奥が少しだけ痛んだ。

 笑うことができたのは確かに事実だった。

 けれど、それはたぶん——誰かの願いを裏切らないために作った笑顔でもあった。


 風が吹き抜け、金糸草の花弁がひらりと舞う。

 俺は一度だけ息を吸い、ノルンに笑顔を向ける。

 「ノルンが嬉しそうでよかったよ……」

 ノルンはその言葉に静かに頷き、そっと視線を空へ向ける。

 「今年は……去年より人が多いような気がしました」

 「去年も来たのか」

 「来ました。でも——今年はちょっとちがいます」

 「どうちがうんだ?」

 尋ねると、ノルンは少しだけ間を置き、ぎゅっと俺の手を握った。

 「いっしょにいる人が、ちがいますから」

 その声はかすかに震えていて、風にさらわれそうなほど小さかった。

 横目でこちらを見たあと、慌てて視線を逸らし、耳まで赤く染まっていく。


 「去年は……炊き出しのお手伝いで忙しくて、祝祭を楽しもうにも何をすればいいのかわからなかったんです」

 ノルンは指先を絡めたまま、小さく息を吐いた。

 「でも今日は、ミハネ様と一緒だから……こんなにも楽しいんです」

 俺はそれにどう返していいかわからず、ほんの一瞬、視線を落とした。

 「そうか……」

 喉まで出かかった言葉をうまく繋げられず、結局それだけを返す。

 けれどノルンは、まるでそれで充分だと言うように微笑んだ。


 夕陽はほとんど沈みかけ、空が薄い藍色に変わっていく。

 花の間に埋められた光石が一斉に灯り、柔らかな金の粒が風に揺れた。

 丘の上には、祝祭の喧噪とはまるで別世界のような静けさが広がっていた。

 ノルンはその光に照らされながら、ふと空を見上げる。

 「来年も……こうして見られたらいいですね」

 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かが軋む音がした。

 「……ああ」

 短く返すと、ノルンは安心したように笑った。


 沈みきった太陽の代わりに、夜の星々が静かに瞬き始めていた。

 その光が、彼女の髪と指先を優しく縁取っていた。

 

 ◆

 

 祝祭ももう数刻で終わるということで、俺たちは再び中心の広場へ戻ることにした。

 夜風が少し冷たくなり、灯籠の灯がゆらゆらと揺れている。

 教会前の広場は多くの人で賑わっており、その中央——柔らかな光に包まれるようにして、アルシエルとルミエルの姿があった。


 そういえば、今日は王都を巡礼しながら癒しを施すと言っていた。

 その言葉どおり、二人の周囲には自然と人の輪ができていた。

 列の中心では、疲れた顔をした人々が一人ずつ進み出て、膝をつき、聖女の手に触れていた。

 掌から流れ出る光が、静かに彼らの体を包む。


 夜の帳が落ちかけた街で、ただそこだけが昼のように明るかった。

 柔らかな黄金の光が闇を押しのけ、風に舞う花弁がまるで祝福の羽のように見える。

 ——まさに神話の中の女神の使い。

 祈りの声も、泣き声も、すべてその光に溶けていくようだった。


 その後ろにはヴァンが立っていた。

 長い剣を腰に下げ、背筋を伸ばしてまじめに警護をしている。

 だが、俺にはわかる。

 真面目な顔の奥に、時おり見せる仕草——髪を掻く動作——には、確かな“めんどくささ”が滲んでいた。

 思わず口元が緩む。


 ふと、盲目なのにどうやって気づいたのか、ルミエルがこちらに顔を向けた。

 柔らかな微笑み。

 すぐ隣のアルシエルもつられて視線を上げ、俺とノルンの姿を見つける。

 一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐに静かな表情に戻り、再び人々に手を伸ばした。

 その一連の動作が、あまりに優雅で自然だった。

 ルミエルはもう一度だけこちらを見て、微笑むと、目の前の人に手を添えた。

 その光がまたひとつ灯り、人々の歓声が上がる。


「……アルシエル様、ルミエル様……」

 ノルンが小さく呟いた。

 声には敬意と、どこか憧れのようなものが混じっていた。

 そのまま俺の腕を軽く引いて、人の輪の外へ出る。

 「行こうか」

 「はい……」


 ◆

 

 癒しの光景を後にして、残りの時間を使い、俺たちはもう一度祭の通りを歩いた。

 露店の明かりが通りの両脇に並び、最後の客たちを呼び込む声が響いている。

 

 「もう少しだけ……歩いてもいいですか?」

 ノルンがそう言い、俺も頷く。

 「もちろん。せっかくだしな」

 そうして歩くうちに、ふと、屋台の隅に並ぶ土産屋の暖色の明かりが目に留まった。

 木製の看板には「祝祭の記憶」と刻まれていて、棚には色とりどりの小瓶や飾り紐、布細工が整然と並んでいる。

 風鈴のような音が鳴る扉を押して入ると、香草と蜜蝋の混ざった匂いがふわりと広がった。

 

「見てください、これ……」

 ノルンが指先で示したのは、小さなガラス瓶だった。

 外側は淡い金と青の彩色が施され、教会の薔薇窓を思わせる幾何模様が浮かんでいる。

 手吹きで作られた瓶の表面はわずかに波打ち、光を受けるたびに柔らかな揺らぎを返した。

 完全な透明ではなく、光を孕んだ半透明のステンドグラス風。

 中には粉雪のような光粉が詰められている。

 傾けると、粉がゆっくりと流れて淡い虹の帯を描いた。

 まるで小瓶の中に“祈りの空”が閉じ込められているようだった。

 

「“光の祝福瓶”……だってさ。願いをひとつ閉じ込める、か」

 「綺麗ですよね。……でも、ちょっと高いですね」

 ノルンは値札を見て、少しだけためらうように苦笑した。

 指先が瓶の縁を名残惜しそうに撫で、それから静かに手を引いた。

 そのとき、店主が奥から顔を出した。

 「それはね、普段は貴族様や高位神官くらいしか手に入らないんだ。

 色ガラスを焼き合わせるのが難しいらしくてね、祝祭のときにしか市場に出ないんだよ」

 「……そうなんですか」

 ノルンは感嘆したように息を漏らす。

 

 その横顔を見て、俺は店主に声をかけた。

 「これ、お願いします」

 「えっ……! だ、だめです。そんな、私なんかが……」

 ノルンは慌てて首を振った。

 「今日一日、案内してもらったお礼だよ」

 俺は軽く笑って言った。

 「こういうのは、渡す方が嬉しいんだ」

 ノルンは一瞬、言葉を失い、それから小さく俯いた。

 「……ありがとうございます。大切にしますね」

 その声は小さく、けれど確かに震えていた。

 光の下で、彼女はガラス瓶を胸の前でそっと抱きしめる。

 ステンド模様の色がその胸元に映り、淡い金と青の光が彼女の肌を照らした。

 

 俺は他の棚へと視線を移した。

 「あと——この二つもください」

 取り上げたのは、女神の羽を模した二つのペンダントだった。

 ひとつは右の羽、もうひとつは左の羽。

 それぞれに金の縁取りが施され、片方は深紅の宝石を中心に、もう片方は蒼い光石を宿している。

 光の下で傾けると、赤と青の色彩が溶け合い、まるで陽と月が同じ空を渡っているように見えた。

 ふたつを並べると、一対の翼が静かに形を成す。

 羽の中には小さな空洞があり、花弁や光粉など、想いを閉じ込められるような作りになっていた。


 「アルシエル様とルミエル様に、ですか?」

 ノルンが伺うように尋ねる。

 「ああ。二人とも今日は教会としての祭事側だったからな。祝祭として楽しむというより、人々のために動いていたはずだから、少しでも思い出として形のあるものを渡したくてな」


 金と青、そして金と赤。

 指先で羽の縁をなぞると、それぞれの光が微かに瞬いた。

 その輝きに、どうしても双子の姿が重なる。

 ——そして、胸の奥では、双子の笑顔に重なるように“妹”の記憶が呼び起こされていた。

 無意識に、耳元に手が伸びる。

 そこに触れたのは、小さな羽の耳飾り。

 光を受けて微かにきらめき、まるで呼応するように二つのペンダントの金縁が柔らかく光を返した。


 「……ミハネ様は本当にお優しいですね」

 ノルンがぽつりと呟く。

 その声には、少しだけ羨ましさのような響きが混じっていた。

 「いや、日頃の感謝だよ。俺なんて、あの二人に何度助けられたかわからないからな」

 そう言いながら、店主から受け取った包みを見つめる。

 薄い紙の向こうで、赤と青の羽が金の縁で寄り添うように並んでいた。

 それぞれの色に、静かな意味が宿っているような気がした。

 「……きっと喜ばれますね」

 ノルンが柔らかく言う。

 彼女の瞳にも、淡い光が映っていた。


 会計を終えて外に出ると、夜風が心地よかった。

 広場の方では、まだ光風船が空へ昇り続けている。

 遠くの鐘が、次の刻を静かに告げていた。

 「もうすぐ終わっちゃいますね」

 「そうだな。……でも、いい一日だった」


 ノルンは胸元の瓶を両手で包み込み、微笑んだ。

 瓶の中の光粉が、彼女の手の隙間からこぼれ、

 まるで本当に——“祈り”が宿っているように見えた。

まだまだ拙い部分も多い作品ですが、

ひとつでも心に残る場面があれば、ブックマークや★評価で応援してもらえると嬉しいです。

そのひと押しが巡り巡って、この物語を必要としてくれる誰かの目に届くかもしれません。

いつも読んでくださり、ありがとうございます。

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