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異世界人間師  作者: 白黒 シろ
1章.初まり街、沈む影
18/23

018.魔道具作成

 イリスは板を取り上げ、刻まれた模様を指先でなぞった。

「この水筒には《水源》の刻印が彫られているわ。魔力を流すと、一定量を超えるまで止まらずに“水を生む”命令が働く。細かい制御を入れる刻印が省略されているから、ただひたすら水を吐き出すだけ」

 板のほうを掲げて見せる。

「こっちは《火種》の刻印。魔力を注げば“熱を与える”命令が走る。制御刻印が雑だから、熱量は最大出力しか出せない。結果――水は一瞬で煮え立つわけ」

 彼女は肩をすくめ、羽根ペンを手に取った。

「つまり、設計次第で役立つどころか危険物にもなるの。だから――」

 イリスは机の上に金属筒と板を並べ、ぱちんと指を鳴らした。

「よし、今日は実際に“まともな魔道具”を作ってみましょう」

 イリスは羽根ペンを走らせ、簡素な紋様を描いてみせた。

「さっき見せたのは《水源》と《火種》の刻印。単純に“水を生む”“熱を与える”っていう命令を固定しただけのものよ。だから、あんなふうに制御が効かなくなる」

 ペン先がさらりと板をなぞる。

「例えば《火種》ひとつとっても、本来は直接“火”を生むんじゃなく、物体を介して“温める”命令にする必要がある。そうしないと火花や炎が噴き出して、部屋ごと燃やしかねないわ」

 描きかけの紋様に、三角形と小さな円を重ねながら説明が続く。

「さらに――“ちょうど良い温度で止める”ための刻印も要る。熱を生むだけでは温度が上がり続けて、さっきみたいに水が煮え立ってしまうからね。どこで止めるか、どうやって一定に保つか――それを刻印で指定しなきゃならない」

 イリスは軽く息を吐き、板を机に置いた。

「制御刻印が特に難しいのは、魔石による自動供給よ。魔力を込めた時点で、使用者が触っていなくても命令に従って動き続ける。……だからこそ街灯や水路に使える一方、失敗すれば暴走して止まらなくなる。大惨事を招く危険もある」

 俺はごくりと唾を飲み込んだ。

「そんなに細かく指定しないといけないんですか」

「そうよ。命令は一つひとつが絶対。抜けや曖昧さは許されない。だから魔道具作りは学問であると同時に、熟練した職人技でもあるの」

 そこでイリスは、じっと俺を見据えた。

「……でも、あなたの場合は少し事情が違うかもしれない」

「え?」

「通常は“制御刻印”を組み込まなければ危険で使い物にならない。けれど、あなたは放出ではなく“接続”で魔力を繋ぐんでしょう? だったら命令を刻印に委ねなくても、自分の感覚で温度や水量を抑え込めるかもしれないのよ」

 彼女は小さく肩をすくめ、微笑む。

「もっとも――今日は授業だから、魔力での制御はなしよ。まずは基本の流れを理解することが大事だからね。それに、自分で制御できるとしても、水が溜まるまで、お湯になるまで……ずっと繋ぎっぱなしじゃないと不便だからね」

 イリスは机の上に細身の筆を取り出し、俺に差し出した。

「これは《刻印筆》。筆に土魔法の《掘削》が組み込まれていて、金属や石にも線を刻めるわ。……普通の筆みたいに思ってると痛い目を見るから、丁寧に扱って」

 受け取ると、筆先はわずかに震えているように見えた。まるで生きているかのように、触れるだけで掌に細かい魔力の反応が伝わってくる。

「じゃあ、まずは入口の“受容刻印”。魔力を取り込む最初の印よ。小さな円を基点にして、そこから三角形を重ねなさい」

「わ、わかった」

 金属筒の表面に筆先を当てる。

 カリ……と鋭い感触とともに、白い線が刻まれていった。だが少し力を入れすぎただけで線が太くなり、隣の図形とつながりそうになる。

「精緻さがすべてよ。太さは均一、角度は正確に」

 イリスの声に冷や汗が流れる。

 深呼吸してから、慎重に筆を動かす。

 円、三角、さらに小さな点――一つひとつが意味を持つ“命令”だ。

 ようやく入口の受容刻印を描き終え、次に導線となる細い線を刻む。筒の外周を伝い、内側に刻む発現刻印へと繋がっていく。

 イリスは《水脈》の刻印を指先でなぞりながら言った。

「――発現刻印は《水脈》。水の流れを呼ぶ魔法を再現する術式よ。ただし、“出す量”を指定しないと、魔石に込めた魔力を使いつくすまで水は止まらない」

「出す量……」

「そう。刻印は大きく分けて三つ。『受容』『変換』『発現』。この流れを回路として閉じなきゃならない。どこかが欠ければ、暴発か沈黙よ」

 言われた通り、俺は蛇行する水脈の線を刻んでいく。

 筆先は鋭く金属を削り、ほんのわずかな震えで線が太くなりかける。呼吸を殺し、震える手を押さえ込んで刻み進めた。

 最後に描いたのは、円形の保持刻印。魔力を循環させ、水を流し続けるための命令だ。

「……できた」

 イリスは頷き、小瓶から青白く光る液体を取り出した。

「これは“魔力液”。砕いた魔石を溶かしたものよ。刻印の溝に染み込ませて、魔力の通りを滑らかにする」

 液体を垂らすと、線が淡く青く光を帯びる。刻んだ模様がただの図形から“回路”へと変わる瞬間だった。

「じゃあ――試してみて」

 促され、俺は掌を筒に当てた。胸の奥で魔力を繋げ、線を血管の延長だと意識する。

 筒の口から――ちょろちょろと水が垂れた。

「……え?」

 桶に雨だれのように落ちるばかりで、水は一向に溜まっていかない。

「やっぱり欠陥が出たわね」

 イリスは腕を組み、刻印を見つめて言った。

「今回刻んだのは“最終的にどれくらい水を出すか”だけ。でも、“どの速度で出すか”という命令が抜けている。だから流量は制御されず、細い糸のようにしか出ないの」

 必死に魔力を引き戻すと、水の流れは細くなり、やがて止まった。

 イリスは深く息を吐き、静かに言葉を継ぐ。

「――だから、水を溜める魔道具はまだ実現できないとされているの。普通に魔術として使うなら、魔力量に応じた水が出るだけ。でも魔道具に落とし込むと“最終的にどれだけ出すか”や“水圧をどうするか”の調整が必須になる。そこが壁なのよ」

 俺はしばし考え込み、口を開いた。

「……流量を直接操作するんじゃなくて、“条件”を刻むのはどうでしょうか」

「条件?」

「はい。例えば――『一定の重さになったら止まる』とか、『温度が上がりすぎたら停止する』とか。出す量や速度をいじるんじゃなくて、外の状態を見て切り替える方法です」

 イリスの瞳がわずかに見開かれる。

「……なるほど。結果を基準にして止める、か。今までの魔術師は“流量を抑える”ことばかり考えてきた。でも、“外的条件を挟む”発想なら確かに可能性はある」

 彼女は石板に新しい図を描き、声を弾ませる。

「例えば、重量を感知する刻印を加えれば、水を入れた容器が満杯になった瞬間に回路を閉じられる。これなら――『水を溜める魔道具』が成立するわ」

「それなら、今までできなかった理由も……」

「ええ。“流量を直接制御できない”という常識に縛られていたからよ。条件制御という発想は、これまで誰も試してこなかった」

 イリスは石板を叩き、ぱっと顔を上げた。

「面白いわ。あなた、なかなか柔軟な考え方をするのね」

 その瞳が一瞬、楽しげにきらめき、俺は思わず肩をすくめた。

 イリスは新しい金属筒を取り出し、刻印筆を構えた。

「――じゃあ、水を溜める魔道具をきちんと作り直しましょう。問題は二つ。“出る速度”と“止める条件”。」

 彼女は筆先を慎重に滑らせ、入口の受容刻印を描く。

「まず、速度。実はこれは“導線の幅”で決まるの。細い線なら水はちょろちょろ、太い線なら一気に流れる。だから今回は――中くらいの幅で刻む」

 実際に刻み分けながら、細い導線と太い導線を比較して見せる。

「流量を直接“操作”するのは今でも難しいけど、最初から設計で決めることはできるのよ」

 次に、彼女は発現刻印の横に小さな符号を重ねた。

「これが重量感知の刻印。土魔法の≪重圧≫を再現する術式で重さを計り線が閉じる仕組みよ。つまり――水の重さが規定値に達した時点で、回路が自動で切れる」

 筆で示したのは、円に小さな矢羽のような模様が連なる記号。

「重みを魔力の流れに変換する。……条件を満たした時、保持刻印を閉じることで出水が止まるの」

 最後に保持の円を描き、魔力液を垂らすと、溝が青白く光った。

「これで“水を溜める魔道具”の試作完成よ」

 俺が掌を添えると、水は一定の速さで勢いよく流れ、やがて桶がいっぱいになる直前――ふっと流れが途切れた。

「……止まった!」

「ええ。速度は導線の幅で決め、止める条件は重量感知。これで“暴走”もしないわ」

 イリスは満足げにうなずいた。

 続いて、火の魔道具。

「次は温度制御ね」

 彼女は金属板を取り出し、刻印筆で三角形と円を組み合わせた火種の印を刻む。

「火を直接生むと危険だから、今回は“加熱”に変換する。対象をじわじわ温める命令にして……その横に条件を加える」

 描かれたのは、円の中に波線が重なる記号。

「これは温度感知の刻印。実際には金属の膨張や液体の揮発――そういう“変化”を媒介にして温度を測るの。一定の熱を感じ取ったら保持回路を閉じる仕組みよ」

「つまり、熱が伝わった時点で自動的に止まるってことですね」

「そう。だから、煮え湯になる前に回路が切れる。……もちろん、刻印の設定次第で“熱い湯”にも“ぬるま湯”にもできるわ」

 魔力液を塗り込むと、刻まれた線が赤く光り、まるで血管が脈打つように揺らめいた。

 試しに桶へ沈めると、冷たい水がじわじわと温まり、やがて手を入れてちょうどいい温度になったところで――熱はそれ以上上がらなかった。

「……止まった!」

「ええ、温度感知の条件が働いたのよ」

 イリスはにっこりと笑い、指先で器具を軽く叩いた。

「これで“お湯を溜める魔道具”が完成。……ほら、もう風呂ができるじゃない」

 胸の奥が熱くなる。

 中世風の街並みに暮らしながら、こんな仕組みが当たり前になれば、人々の生活は一変するに違いない。

 そんなことを考えていると、イリスがじっと魔道具を見つめながら首を傾げた。

「よくできたわね。普通は学んだばかりの人がここまで考え付くことはないわ。……もしかしてミハネって、貴族で優秀な先生でもついていたの?」

「いえ、そんなことは……。ただ、普段の生活で“こうなれば便利だな”って思っただけなんです」

 稀人であることは口にできない。

 曖昧に濁すしかなかった。

「ふうん……まあ、いいわ」

 イリスは深追いせず、軽やかに椅子から立ち上がる。棚の引き出しを探り、一つの金属筒を取り出すと、俺の前に差し出してきた。

 見た目はさきほど作った試作品よりも、ひとまわり大きいくらいだ。

「今回の授業でよく頑張ったから、ご褒美よ」

「これは……?」

 問い返すと、イリスは唇の端を吊り上げ、にやりと笑った。

「お湯を出す魔道具」

「……え?」

 あまりにあっさりと言われ、言葉を失う。

 イリスは肩をすくめて続けた。

「お風呂なんて、人が暮らす上で大事なものよ? 研究していないはずがないじゃない。今回はね、ミハネの勉強と実践になるかなと思って、わざと欠陥のあるやり方を見せただけ」

「な、なるほど……」

 自分の発見だと思い込んでいた分、肩から力が抜けた。

「それに――北区には大衆浴場があるの。 そこでは既にこの“お湯の魔道具”が使われているわ。ただ、素材や職人の手間を考えると、まだ市民全員が手軽に持てるほどの値段にはならない。だからこそ改良が必要なの」

 イリスは金属筒を軽く叩き、真剣な眼差しをこちらへ向ける。

「だから無駄じゃないのよ。あなたの発想は、必ず役に立つ。今日の気づきは、学問としても価値があるわ」

 イリスは最後に軽く伸びをして、机の上に広がった図面や刻印用の筆を片づけ始めた。

「――さて、今日はここまでにしましょう。初めてにしては十分すぎる成果よ」

「はい。ありがとうございました」

 深く頭を下げると、イリスは笑って手を振る。

「気にしないで。授業をした私にとっても楽しかったから」

 軽やかにスカートを揺らしながら扉の方へ歩くイリス。

 「また来てね。次はもっと応用的な刻印を試しましょう。……そうね、攻撃魔道具の基礎とか」

 「はい。ぜひお願いします」

 そのとき、影のように佇んでいたロワが一歩前に出て、恭しく一礼した。

「お見送りいたします」

 重い扉が軋んで閉じる音が背後に響く。

 知識を得た高揚と、彼女とのやり取りの余韻がまだ体に残っている。

「……また、来よう」

 そう呟きながら、太陽がすでに中点を過ぎた、昼下がりの街の中へ歩き出した。

 

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