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異世界人間師  作者: 白黒 シろ
1章.初まり街、沈む影
17/20

017.お風呂を求めて

 「金色の羽亭」で朝食を終え、外に出ると街はすっかり賑わっていた。

 露店の呼び声、行き交う馬車の音、焼きたてのパンの香り――王都は完全に目を覚ましている。

 リディアから聞いた話のおかげで、頭の中にはだいたいの地図ができていた。

 次に向かうのは、西の商業区だ。

 商業区はリディアの店がある一帯でもあり、石畳の通りを抜けていくと、やがて賑やかな喧噪に包まれる。

 果物を山盛りに並べる露店、色鮮やかな布を張り出す商人、子どもを肩に抱えた母親……そのすべてがひとつの音楽のように街を満たしていた。

「……おお、思ってた以上に活気があるな」

 目に入ったのは仕立て屋の看板。木枠に吊るされた布地は赤、青、緑、どれも鮮やかで目を引く。

 扉を押すと、鈴の音が鳴り、奥から小柄な老職人が顔を出す。

「いらっしゃい。冒険者さんかい?」

「ええ。服を新調したくて」

 この世界では珍しいであろう服装に目を走らせた職人は、うんうんと頷き、奥から数着の服を持ってきた。

「動きやすさならこっち。ちょっと見栄えを気にするならこっちだな」

 差し出されたのは、深緑のチュニックと焦げ茶のズボン、それに丈夫そうな革のベルト。シンプルだが整っていて、冒険者らしい雰囲気もある。

 試しに袖を通してみる。布は柔らかく、思っていたより軽い。

「……いいな。これなら街中でも浮かないな」

 代金を銀貨で払い、店を出る。

 布屋の前の鏡板に映った自分の姿は、昨日までの“異邦人”という印象から、少しは馴染んだ冒険者らしい姿に変わっていた。

 服を整えたあとは、宿のことを考える。

 今いる宿は安いが、ベッドは硬く、食事も味気ない。

 今日もも明け方に目を覚ましてしまった。

「……そろそろ、ちゃんと休める場所に移ってもいいか」

 できれば湯舟に浸かって、一日の疲れをゆっくりと癒やしたい――。

 けれど、この世界の宿にそんな気の利いたものがあるのか?

 せいぜい木桶に水を張って、ちまちまと体を拭くくらいのような気がする。

 あったとしても、この世界で湯舟付きの宿なんて、きっととんでもなく高いはずだ。

 ……こういうこと、リディアさんに聞いておけばよかった。

 「魔法が使えれば、水を出したりお湯を沸かしたりできるんだろうな……」

 そう考えて、ふとひらめく。

 ――魔術道具だ。

 もし「水を出す魔道具」と「加熱の魔道具」があれば……大きめの桶や木の槽に張って、簡易の風呂くらいは作れるんじゃないか?

 想像した瞬間、胸がわくわくと高鳴る。

 だが、すぐに苦笑が漏れた。

 「いや……そんな都合よく、大きな桶なんて置いてないよな」

 ――仮にあったとしても。

 魔術で水を満たしたあと、そのお湯をどう処理する?

 床にぶちまければ宿が水没するし、外に流せば通りまで洪水になる。

 「……ああ、絶対怒られるやつだ」

 脳裏に浮かんだのは、水浸しの部屋を見た宿の主人に、首根っこを掴まれて放り出される自分の姿。

 贅沢な風呂生活――そんなものは夢のまた夢。

 「……やっぱり現実は桶で我慢か」

 ため息をつきつつも、心の奥でひとつの野望が芽生えていた。

 ――いつか、自分だけの「魔道具風呂」を作ってみたい、と。

 いや、でもなぁ……。

 思えば、この世界に来てから何だかんだで女性と接する機会は多い。

 リディア、セリナ、イリスにたまたま出会った双子聖女。

 ――もしあのとき、ルミエルに治療してもらっている最中に、

「……においますね」

 なんて言われていたら……立ち直れないどころか、心にはあの時の傷よりも深い爪痕が刻まれていただろう。

「……だめだ。やっぱり風呂は必須だ」

 思わず拳を握る。

 これからは毎日、鍛錬で汗だくになる。

 衛生を保つためにも、風呂はただの贅沢じゃない。

 必要経費だ。

 ――そう、必要経費!

 決意を新たに、風呂付きの宿を探してみることにした。

 この街の宿屋は、店先に看板を出していて、料金や食事の有無がひと目で分かるようになっている。

 通りを歩きながら宿を眺めていくと……一軒、外観からして高級感のある宿が目に入った。

 看板にはしっかりと【客室風呂あり】の文字。

 だが、その横に並ぶ料金に目が止まる。

 ――銀貨三枚。

 今の宿が銅貨三十枚。つまり、実質十倍。

 数字を見た瞬間、思わず足が止まった。

「……たっ、高い……!」

 財布の中身を思い浮かべ、顔がひきつる。

 確かにラムネ瓶を売った金はまだまだ残っている。だが、それを湯に消すのはどう考えても分不相応だ。

 ――あれ?

 よく見ると、金額が書かれているのは「お湯張り」の部分だけだ。

「……ってことは、桶そのものはあるってことか?」

 目から鱗が落ちた気分だった。

 つまり、お湯さえ自分でどうにかできれば――高い料金を払わずに済む。

「水と加熱の魔道具さえあれば……いけるか?」

 胸が高鳴ると同時に、不安もよぎる。

  暴走して水が止まらなくなったり、熱しすぎて煮え湯になったり――そんな最悪の未来図が頭をよぎる。

 それでも、風呂の誘惑には抗えなかった。

「……イリス師匠なら、何か知ってるかもしれない。先生にこんなことを相談するのは、さすがに気が引けるしな……」

 エドガーの鋭い視線が脳裏をよぎる。

 昨日、イリスから魔術の基礎を学んだばかりだ。ちょうど実践の名目で、魔道具作りを試すには良い機会でもある。

 俺は迷いを振り切り、東の職人区へ足を向けた。


 ◆

 

 石畳の通りには煙突の立ち並ぶ工房が続き、熱せられた鉄の匂いと槌音が響いている。

 その先に、ひときわ高くそびえる灰色の塔――魔術組合が姿を現した。

 受付でエドガーの紹介札を見せイリスに会いにきたことを告げると、奥の扉へ通される。

 螺旋階段を上り、重厚な扉を叩くと、すぐに中から元気な声が返ってきた。

「はーい、開いてるわよ!」

 扉を押し開けると、机に散らばった図面と薬瓶の山の中、イリスが頬杖をつきながら羽根ペンを走らせていた。

「あら、ミハネ。今日は思ったより早く来たのね」

「おはようございます、師匠。ちょっと相談があって」

 イリスはペンを置き、ぱちりと瞬きをする。

「相談?」

「はい。……あの、宿で風呂に入りたいんですけど」

「………………は?」

 イリスの手が止まり、目が点になる。

 思わず両手を振った。

「いや、違うんです! 真面目に! この街の宿だと湯付きの宿は高くて……中のお湯だけでも魔術道具でどうにかできないかなと思って」

「あー……なるほどね」

 イリスは呆れたように笑みを浮かべたが、すぐに興味深そうに指先を顎に当てた。

「実はね、前に研究した人がいるのよ。水を出す術式と加熱の術式を組み合わせた魔道具――まあ簡易浴槽ってやつね」

「やっぱりあるんですか?」


「あるにはあるわ。――ただし、欠点も多いの」

 そう言ってイリスは引き出しを漁り、魔石をはめ込んだ金属の筒を取り出した。

 そして机の端に置かれた木桶を指差す。

「まずは、水の魔道具ね」

 次の瞬間、筒の先から轟々と水が噴き出した。

 みるみる桶が満杯になり、あふれた水が床へ滝のように流れ落ちていく。

「ちょ、ちょっと! 止まらないんですか!?」

「そう、止まらないのよ」

 イリスは腕を組み、楽しげに頷いた。

 続いて彼女は、魔石を取り付けた金属板を取り出し、桶へ放り込む。

 途端に水面が一瞬でぐらぐらと煮え立ち、白い蒸気が部屋いっぱいに広がった。

「うわっ!? あっつ!」

 慌てて飛び退く俺を横目に、イリスは肩をすくめる。

「ね? ぬるま湯か煮え湯の二択」

「……致命的すぎる」

「ちなみにこの魔道具、どういう刻印がされているんですか?」

 俺の問いに、イリスは板を取り上げ、刻まれた模様を指先でなぞった。

 「よし、今日は実際に魔道具を作ってみましょう」



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