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異世界人間師  作者: 白黒 シろ
1章.初まり街、沈む影
16/19

016.金色の羽亭

 双子の聖女と別れた後、まだ朝食には少し早かったので、王都の街を歩いてみることにした。

 この世界に来てから足を運んだのは、宿とリディアさんの喫茶店、冒険者組合、それに魔術組合くらい。

 ――王都のことを知るにはあまりに少なすぎる。

 それに、そろそろ服装も変えたいところだ。

 歩いていると、ときどき好奇の視線を感じる。

 見慣れない服を着た異邦人――そんな風に見えるのだろう。

 だが、絡まれたり咎められたりすることはない。

 冒険者という肩書きが大きいのかもしれない。

 王都には珍妙な装備を身につけた冒険者が少なくない。

 誰も、いちいち他人を気にしている暇はないのだ。


 そうして歩いているうちに、気づけばリディアさんの喫茶店の前まで来ていた。

「……せっかくだし、寄ってみるか」

 まだ開いていなければ、今度はヴァンと一緒に来よう。そう思いながら近づくと、ちょうど開店の看板を出しているリディアさんの姿があった。

「おはようございます、リディアさん」

「おはよう。……あれ? ミハネさんだったよね。こんな朝早くからどうしたの?」

 彼女は布巾を手に持ちながら、にこにこと笑って首を傾げた。

「早く目が覚めたので、この街を少し歩いていたんです。……もしよければ、朝食をいただきながら街のことを教えてもらえませんか?」

「いいよ。今日のお客さん第一号だね」

 リディアさんは看板を立て終えると、布巾で手を軽く拭い、扉を開けて招き入れてくれた。

「仕込みも終わったとこだし、どうぞ。朝食ならパンとスープくらいは出せるよ」

 まだ人影のない店内には、焙煎した豆の香ばしい匂いと、焼き立てのパンの甘い香りが満ちていた。

 木の椅子に腰を下ろすと、不思議と胸の奥まで落ち着く。

「ん……? この香り……コーヒー?」

 懐かしい香りに思わず鼻を鳴らす。

 中世風の街並みだったから、飲み物といえば紅茶か麦酒かと思っていたのだ。

「リディアさん、この香ばしい香りは……?」

「ふふ、これはね――“蠱毒蛙のしぼり汁”。飲んでみる?」

 あまりに物騒な名前に、思わず固まった。

「……じゃ、じゃあお願いします。あとはパンを、適当に見繕ってもらえれば」

「はーい。ちょっと待ってて」

 やがて焼きたてのパンと共に、黒い液体の入ったカップが置かれた。

「お待たせ。熱いから気をつけてね」

 一口、恐る恐る口をつける。

「……うん……おお、コーヒーだ!」

 リディアは驚いたように目を丸くし、それからにっこり笑った。

「珍しいね。これ、頼んでも『苦い!』って顔する人が多いんだよ。美味しいのに」

 名前と見た目と味、三拍子揃って敬遠されても不思議じゃない。

 だが懐かしい苦味に、自然と肩の力が抜けていく。

「それで、街のことを知りたいんだったよね?」

「はい。正直、この街に来たばかりで……宿と組合くらいしか分からなくて」

 打ち明けると、リディアは小さく頷き、指を折っていった。

「じゃあ説明するね。王都は大きく分けて四つの区画があるんだ。

 まず西は商業区。市場やお店がいっぱいで、布屋や靴屋もあるから、日用品を買うなら西に行くといいよ。冒険者もよく通るし、一番にぎやか」

「東は職人区。鍛冶屋さん、革細工師さん、大工や魔道具職人もいて、武器や防具を直すならここ。煙突が並んでて、ちょっと焦げくさいけど活気があるよ」

「南は庶民区。普通の人たちの住まいが広がってる。昼は子どもが駆け回ってるけど、夜は……あんまり行かない方がいいかな。貧民街もあって、ちょっと危ない人がいるから」

「北はお城と貴族区。立派な屋敷が並んでて、道もぴかぴか。普通の人も入れるけど、無駄に行くと揉め事に巻き込まれるかもね」

 彼女はそこで一度息をついて、楽しげに続けた。

「それとね、王都の主要な施設も場所が決まってるんだ。

 冒険者組合は西の商業区寄りにあって、酒場も兼ねてるから昼も夜もにぎやか。

 魔術組合は東の職人区に近い大きな塔。魔道具や研究が多いからね。

 魔法組合は北の貴族区の手前。やっぱり才能ある人は貴族の子弟が多いから、場所もそっち寄りなの。

 そして中央の教会――ここは王都の“心臓”みたいなものだよ」

 指で机をなぞりながら話す姿は、まるで街の地図を描いているみたいだった。

「まとめると、西が市場と冒険者組合、東が職人区と魔術組合、北がお城と貴族区と魔法組合、南が庶民区、中央が大教会。これで王都をぐるっと回れるでしょ」

「……なるほど。頭の中に地図が描けてきました」

「ふふん、役に立ったでしょ」

 リディアは小さな胸を張って、得意げに笑った。

「ありがとうございます。リディアさん。これで道に迷わずに済みそうです」

「どういたしまして。でもね」

 リディアは声をひそめ、少しだけ真剣な顔をした。

「この街は大きい分、いい人も悪い人もたくさんいるんだ。特に裏通りは……本当に気をつけてね」

 その口調の奥には、王都で暮らす者としての実感がにじんでいた。

 

 一通り、城下町の説明を受けたあと、店内に少しだけのんびりとした空気が流れた。

 そこで、前から気になっていたことを口にする。

「そういえば、このお店のメニューって……ちょっと独特な名前が多いですよね。何か理由があるんですか?」

 リディアは一瞬目を瞬かせ、やがてふわりと笑った。

「それはね……多分、憧れてるのかも。お兄ちゃんが昔、冒険で見てきた話をよく聞かせてくれてね。私は強くもなんともないから冒険者にはなれないけど……せめてこの《金色の羽亭》の中だけでも、ちょっと冒険の香りがするようにしたくて」

 そう言って、リディアは壁に掛けられたメニュー板を指先でそっと撫でた。

 文字の一つひとつを大事に扱うその仕草には、彼女の想いが滲んでいた。

 余計なお世話かもしれない。

 けれど――ヴァンの妹であることもあり、なおさらこの店を支えたいと思った。

 リディアの気遣いは優しく、あたたかい。

 何より、この王都で珈琲を出しているのは「金色の羽亭」くらいかもしれない。

 潰れてしまうなんて、絶対に嫌だ。

 そう心に決めながら、俺は目の前の朝食をゆっくりと味わった。

 苦味と香ばしさが舌に広がり、体の奥に沁みていく。

 ――確かに、ここは俺にとっても小さな“冒険の拠点”なのかもしれない。

 

アルシエルの参考イメージ

挿絵(By みてみん)

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