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異世界人間師  作者: 白黒 シろ
3章.傷だらけの世界で、歩き出す
104/111

102.焔鎖万華

 それからの日々は、ほとんど同じ流れの繰り返しだった。

 朝は《金色の羽亭》で朝食を取り、アルシエルとルミエルと他愛ない会話を交わす。

 昼からは冒険者組合で鍛錬。身体を追い込み、呼吸を整え、感覚を研ぎ澄ませる。

 そして午後からは魔術組合へ向かい、魔道具の作成に没頭した。


 最初に取りかかったのは、右手の型取りだった。

 骨格、関節の可動域、指の角度。

 細部まで測っては修正し、納得がいくまで何度もやり直す。

 ちょうど居合わせていた、という理由でフェルシオンが巻き込まれることもあった。

 フェルシオンの土魔法で型を固め、そのまま右手の形を取られ――

「このような機会、中々ないな」

 そう言って、フェルシオンは楽しげな表情を浮かべていた。

 貴族としてではなく、魔法使いとして、彼は魔道具作成の工程に、素直な興味を示しながら付き合ってくれた。


 次に悩んだのは、触媒だった。

 金属か、魔物の素材か。

 イリスに言われるまま魔物の素材を採取し、試しては却下を繰り返す。

 魔力の通りは良くても、耐久が足りない。

 ひとまず耐久力重視で一般的な金属で作ってみた左手は、持ち上げた瞬間に結論が出た。

 鉄の塊のように重く、義手というより鈍器に近い。

「……これを付けて生きろって言われたら、私は怒るわ」

 その、イリスの一言で即座に没になった。

 最終的に採用されたのは、イリスがどこからともなく持ち出してきたヌル鉱という鉱石だった。

 熱や衝撃を溜め込まず、受けたものをそのまま逃がしてしまう性質を持つ。

 そのため耐久性は高いが――同時に、魔力すら留めない。

 魔力は通る。だが、定着しない。

 刻印は刻めるが、魔術は霧散する。

 一般的な魔道具にとっては、扱いづらいどころか欠陥素材と呼ばれる類の鉱石だ。

「普通なら、使い道はないわ」

 そう前置きしてから、イリスは俺を見た。

「でも……あなたなら、もしかして、ね」

 加工には癖があり、何度も失敗を重ねたが、最終的に形は整った。

 左手の甲、その中心に魔石を据える。

 ――こうして、左手の形をした魔道具が、ひとまず完成した。


 次に、土台となる刻印――感覚伝達、魔力導線、遮断機構から始まった。

 一つ刻むたびに、俺が魔力を繋ぎ、挙動を確かめる。

 線は途切れないか。魔道具は、右手と同じ“感覚”を返してくるか。

 不思議と、引っかかりはなかった。

 魔力が弾かれる感触も、滞る違和感もない。

 むしろ――するりと、通る。

 ヌル鉱は魔力を留めない。

 だからこそ、俺の魔力は溜め込まれず、歪まず、抵抗もなく、魔石を軸に流れていく。

 線を引けば、そのまま線になる。繋げば、迷いなく繋がる。

「……やっぱりね」

 イリスが、半ば呆れたように、半ば納得したように呟いた。

 それでも検証は怠らない。

 一度つないで終わり、なんてありえない。

 確認し、調整し、必要があれば刻み直す。

 問題が出たら、戻る。それを繰り返す。

 今後の旅で不具合が出たとき、頼れるのは自分だけだ。

 そう言われ、刻印の技術だけでなく、魔術そのものも並行して叩き込まれた。

 理論、応用、そして失敗例まで。

 困ったときに“使える手段”は、多いほうがいい。

 そうして日々は流れ、左手は少しずつ――

 ただの“形”から、確かな“道具”へと変わっていった。


 ◆


「じゃあ、刻む魔法は三つね。

 中級、上級、最上級をひとつずつ。攻撃にも補助にも転用できるものから刻印していきましょう」

 刻印筆を指で転がしながら、イリスが言う。

「ええと……上級魔法は《焔鎖万華》ってのを刻みたいって言ってたわよね。

 それ、どういう魔法なの?」

 視線が、フェルシオンへ向く。

「ああ」

 フェルシオンは軽く頷き、前へ出た。

「この場でも使える魔法だ。ただし……少し、熱いぞ」

 そう前置きして、杖を掲げる。


「煉れし焔よ連なりて鎖となれ

 輪はほどけて姿を移し万華のごとく彩を変える

 欲する形へと化け手の意に応えよ

 絡めて縛り引きて崩し穿ちて灼け――《焔鎖万華》」


 詠唱が終わると同時に、赤金に灼けた鎖が空中に顕現した。

 炎が噴き上がるわけではない。だが、熱は確かにそこにある。

 鎖は一つではなかった。

 連なり、ほどけ、再び結ばれ、形を変えるたびに――

 万華鏡の欠片のような火花が散り、金属が擦れ合う乾いた音が、室内に響く。

 盾。槍。絡み合う網。

 フェルシオンの意に従い、鎖は絶えず姿を変え続ける。

 近くに立つだけで、皮膚がじり、と締め付けられるような熱が走った。

 一通りの挙動を見せ終えると、鎖は音もなく霧散する。


「このような魔法だ」

 杖を下ろし、淡々と説明する。

「燃える熱を宿した鎖を顕現し、輪の結び方を変えることで、形状と役割を連続的に変化させる。

 “編む”ことで、盾にも槍にも、拘束にもなる。

 戦場そのものを作り替える魔法だ。

 一手で、複数の選択肢を生む――それが、この魔法の本質だ」


「……なるほど」

 イリスは顎に指を当て、先ほどまで鎖が舞っていた空間をなぞるように視線を動かす。

「それなら、刻印の構成要素はこう分解できるわね」

 筆を取り、羊皮紙に迷いなく線を引く。

「まず――《焔生成》。炎そのものじゃなくて、“高密度の熱を帯びた魔力”を作る部分」

 次に、その線から枝分かれするように刻む。

「次が《形状保持》。鎖として連なり続けるための骨組み。ここが甘いと、ただの火の塊で終わる」

 さらに細かな刻印を書き足す。

「それから《結合変換》。輪をほどいて、繋ぎ直して、形を変える命令。盾にも槍にもなるのは、ここが中核ね」

 最後に、全体を囲うように円を描いた。

「で、これが《意図追従》。使用者の“こうしたい”を拾って、即座に反映する部分」

 筆を止め、こちらを見る。

「要するに――焔を生む。形を保つ。結びを変える。意図に従う」

 紙の上には、魔法という現象が回路図に近い刻印として姿を変えていた。

「魔法として使うなら、詠唱と感覚で一気にやるけど……魔道具に落とすなら、こうやって一つずつ“命令”に分解されるわ」


 その線の密度を見つめながら、俺は率直に口にした。

「……上級魔法でこれだけ積むとなると、左手に刻印していったら、余白がほとんどなくなりませんか?」

 イリスは、分かりきっていた答えを突きつけられたように、ぐっと頭を抱えて俯いた。

「やっぱり、そこよね……」

 小さく息を吐き、ぼやくように続ける。

「いくら魔石や触媒が優秀でも、刻印の数と構成次第で、魔道具の大きさは簡単に破綻する。

 これでもミハネの力があるから、かなり簡略化してるほうなのよ?」

 指先で紙をなぞる。

「それに、作っていくうちに必ず出てくるの。“あれも欲しい”“これも必要”って。そうなると刻印は、想像以上に増えるわ」

 一瞬、視線を上げて苦笑する。

「解決策の一つは、極細の線で刻むこと。でもそれは、刻む難易度が跳ね上がるし、線が細いぶん耐久も落ちる」

 はっきりと、欠点を告げた。

「だからそういう構成は、大抵“何度も使う魔道具”じゃなくて、触媒器に刻んで一度きりで使う――魔術としての運用になるの」

 最後に、少しだけ肩をすくめる。

「魔術なら、制御刻印を省けるから刻印数も抑えられる。その代わり、安定性も再利用性も捨てることになるけどね」


「そうですね……。ただでさえ左手の代わりに使うんです。

 極細の線で刻んで、どこかで刻印が途切れたりしたら……それこそ、ただの重りになります」

 そう言って、紙の上に広がる刻印図を見下ろす。

 どれも必要で、どれも削りにくい。

 沈黙の中で、フェルシオンが口を開いた。

「まずは、刻みたい魔法を全部書き出してみないか。

 そこから“いるもの”と“いらないもの”を切り分ける。刻印の量を見ながら、だ」

「そうね。まずは可視化しましょう」

 イリスが頷き、紙を広げる。

 俺は中級と上級、最上級でそれぞれ候補に挙げていた魔法を順に伝え、フェルシオンがその構造や用途を説明し、イリスがそれを刻印として書き起こしていく。


「……多いわね」

「多いですね……」

「多いな……」

 三人の声が、ほぼ同時に重なった。

 しばらくして――

 後ろで静かに控えていたムイが、控えめに口を開く。


「……多いと言えば。これ、同じ刻印が何度も出てきていませんか? この部分は、省略することはできないのでしょうか」

「同じ……?」

 イリスが紙を引き寄せ、刻印の並びを追う。

「ああ、これはね。《魔力保持》を司る刻印よ。魔法を“出したまま維持する”ための基礎刻印。

 これがないと、どんな魔法も撃って終わりになるわ」

 指先で該当箇所を示しながら、続ける。

「一発撃つだけなら不要だけど、《焔鎖万華》みたいに形を変えながら使い続ける魔法には、どれも必須なの」

「……なるほど」

 ムイは一度だけ頷き、すぐに頭を下げた。

「複数の魔法で同じ刻印が繰り返されていたので……

 そこを減らせないかと思ったのですが。失礼いたしました」


 イリスは気にするな、というように手を軽く振る。

 そのやり取りを横で聞きながら――

 俺の中で、ばらばらだった考えが一つに繋がった。

「――ああ。そうか」

 思わず、声が漏れる。

「本来なら、魔法ごとに同じ命令を全部刻む必要がある。でも……それを、魔法ごとに分けて考える必要はない」

 三人の視線が、一斉にこちらを向いた。

「共通している刻印は、一つにまとめればいい。魔法ごとに違うのは――その先だけだ」

 紙の上をなぞるように、指を走らせる。

「《魔力保持》みたいなものは共通部分として、一か所だけ刻む。

 そこを“起点”にして、魔法を使うときに、俺が魔力を線として流し、どの分岐を辿るかを選ぶ」

 刻印同士が干渉しないように、制御は刻印ではなく、魔力の流れそのもので行う。

「そうすれば、同じ命令を何度も刻む必要はなくなる。刻むのは――

 その魔法にしかない、特有の部分だけでいい」


 一拍の沈黙。

 イリスの唇が、わずかに持ち上がった。

「……やっぱり、普通の魔道具の発想じゃないわね。考えたこともなかった」

 だが、その声音には否定よりも、確かな手応えが混じっていた。

 紙の上の刻印図を見下ろし、指先で軽く叩く。

「……普通なら、絶対にやらない構成よ。

 刻印同士を“回路”として共有させたら、魔力の流れがぶつかる。

 分岐の選択を一歩でも誤れば、刻印同士が干渉して――確実に暴発する」

 言い切ってから、視線だけを上げる。

 その目は――研究者の光を帯びていた。

「魔術師は、刻印を“完全に固定された命令”として扱うからよ。

 一度流した魔力は、基本戻せない。だから刻印は独立させるしかないの」

 そこで、イリスの視線が俺に移った。

「……でも、あなたは違う」

 一拍置いて、静かに続ける。

「魔力を線として扱える。流すだけじゃない。通し、選び、引き戻せる」

 刻印図の分岐部分に指を置く。

「あなたが制御するなら、刻印は命令じゃなくて“道標”になる。

 どこを通るか、どこで止めるか――決めるのは刻印じゃない。あなた自身」

 そして、ヌル鉱で作られた義手へと視線を移した。

「加えて、この素材……ヌル鉱。熱も衝撃も、魔力すらも逃がしてしまう」

 苦笑が、ほんの少しだけ混じる。

「普通の魔術師が使えば、魔力を流した瞬間に事故が起きる。暴れ始めたら、止めようがないもの」

 でも、と。

 イリスは指先で空に緩やかな流れを描いた。

「あなたなら違う。魔力を流したあとでも、引き戻せる。危険を感じた瞬間に、戻せる」

 声が、確信を帯びる。

「もし制御を誤っても、魔術が“起こりかけた”段階の余剰魔力や現象は、ヌル鉱が外へ逃がす。

 完全な暴発に至る前に、熱も、歪みも、外へ散らす」

 イリスは深く息を吸い――ゆっくり吐いた。

「刻印を道標に、素材を逃げ道に、最後の判断をあなたに委ねる構成……」

 そして、はっきりと頷く。

「……最高ね。これは、あなたにしか使えない――唯一無二の魔道具になるわ!」

 その笑みには、俺の知っている、天真爛漫な師匠の色が戻っていた。


まだまだ拙い部分も多い作品ですが、

ひとつでも心に残る場面があれば、ブックマークや★評価で応援していただけると励みになります。

いつも読んでくださり、ありがとうございます。

引き続き、どうぞよろしくお願いします。

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