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異世界人間師  作者: 白黒 シろ
3章.傷だらけの世界で、歩き出す
102/110

100.お前の力は、私の理想の具現だ

 イリスは指先で机を軽く叩き、思考を順に並べていく。

「……じゃあ、まずは何をするか、ね。

 最重要の核があるとしても、大きな魔法を刻印で再現しようとすれば、それだけ回路は複雑になる。

 触媒の耐久も必要になる――前に話したわよね」

 ルーペの横で、魔石が静かに光を吸っている。

「中級魔法くらいならまだ現実的。

 でも上級、最上級を欲張るなら、触媒もそれ相応の“器”が要る。……まあ、その話はおいおいね」


 そこで、イリスは視線を上げた。

「今日のところは、義手は作らないわ。まずやるのは、左手そのものの解析よ」

「解析、ですか」

「そう。あなたの身体と、魔力の癖」

 イリスは視線を俺の左腕の先へ向ける。

「失った部位、残っている神経反応、魔力の流れ方。

 それを把握しないと、どんなに優れた義手でも――ただの飾りか、爆弾になると思うわ」

 一拍置いて、少しだけ声を和らげた。

「あなたの魔力がどこで滞り、どこで暴れやすいかを見る。義手を作るのは――その癖を全部理解してから」

 イリスは環を机に置き、俺を見る。

「順番を間違えなければ、きっと形になるわ。だから今日は――第一段階」

 にっと笑って、いつもの調子に戻る。

「素材じゃなくて、あなた自身を調べるところから始めましょう」

 

 そう言われて、俺は一瞬だけ逡巡した。

「……俺は、魔力を制御できます」

 言い訳みたいに聞こえたのが、自分でも分かった。

 イリスは即座に首を振る。

「それは、熟練の冒険者や魔法使いでも“分かってるつもり”になるだけよ。自分の癖って、いちばん自分で見えないものなの」

 俺は、左腕を机の上に差し出した。

「イリス師匠。今まで黙っていて……すみません」

 喉の奥が乾く。

 また裏切られるかもしれない、という恐怖がよぎる。

 それでも――言葉を落とした。

 "祖父の意志を正しく魔道具に落とし込む"と言ったイリスを信じるためにも。

「俺は稀人です。

 魔法が使えない代わりに、魔力を――線みたいに繋いで操れます。

 ……それと、こんなことも」

 左腕の先へ、意識を沈める。

 魔力を細い線のように、骨へ、筋肉へ、腱の一本一本へと這わせていく。

 ただ通すだけじゃない。縫い上げるように、形を変える。

 次の瞬間――

 先のない手首の肉が、裂ける花弁のように開いた。

 ぶち、ぶち、と。

 皮膚と筋が引き千切れる感覚が遅れて押し寄せ、視界が一瞬、白く弾ける。

 汗が滲み、喉の奥に熱いものがこみ上げた。

 それでも、止めない。

 これまで黙っていた代償だ。

 そして――イリスに対する、誠意であり、覚悟だ。

 呼吸を乱しながら、俺は開いた“それ”を元に戻す。

 肉が寄り、縫い合わさるように閉じていく。

 痛みだけが、置き去りに残った。

「……あなたの祖父――先生は、この力を……この異能を持つ俺を、“人間師”と呼びました」

 一瞬、言葉が空気の中で止まる。


「……」

 顔を上げると、イリスは声を失っていた。

 その瞳に浮かんだのは、驚きだけじゃない。

 ほんの少しの――悲しさだった。

「……だからなのね」

 イリスは、息を吐くように呟いた。

「だから、おじい様は……『お前の力は、私の理想の具現だ』って言ったのね」

 視線が、俺の左腕に落ちる。

 失った場所を、いまもそこにあるもののように見つめていた。

「あなたの魔力の体質が少し変わっていることは、私も薄々気づいてた。

 だって……おじい様が、誰か一人にあそこまで目をかけるなんて、そうそうないもの」

 言葉を継ぐ前に、イリスは一度だけ唇を噛んだ。

 研究者の顔と、孫の顔が、その一瞬で入れ替わる。

「おじい様は、きっとそこに夢を見たのよ。

 欠けたものを、なかったことにするんじゃない。

 欠けたままでも生き続けられる形に”作り変える”――そんな理想を」

 けれど、と。

 声が少しだけ低くなる。

「……同時に、焦っていた」

 机の上。そこにある研究資料へ、目線が向かう。

「何に追われていたのか、私はまだ分からない。

 寿命だったのかもしれないし、もっと別の……“時間がない”理由があったのかもしれない」

 指先が、無意識に紙の端をなぞる。

「でも、資料には……焦りが残ってる。

 理屈で積み上げた研究。それが追い立てられるみたいに、ひとつ先へ、もうひとつ先へって……」

 息を吸って、静かに吐く。

「倫理を踏み越えてでも、間に合わせなきゃいけない。

 ――そんな執念が、ここには詰まっていた」


 イリスは背筋を伸ばし、研究者の顔に戻る。

「だからこそ。私は、急がない」

 きっぱりとした口調だった。

「結果が同じでも、辿る道は選べる。おじい様が焦って踏み越えた線を、私は踏まない」

 そう言って、ほんの少しだけ笑う。

「あなたを“答え”にはしない。あなたと一緒に、“答えを作る”」

 一拍、視線を合わせる。

「……手伝ってくれるでしょ?」

「……はい」

 頷くと、イリスは肩の力を抜いた。


「さて。少し話が逸れたけど――稀人のあなた相手だと、魔力の癖は調べにくいし……いっそ、調べなくてもいいかもしれないわね」

 イリスは指先で空に線を引く。

 それは図式でも刻印でもなく、思考の軌跡そのものみたいだった。

「特に、魔力を一本一本通せるほどの精密性があるなら……」

 含みを持たせて、唇の端をわずかに上げる。

「義手側の刻印は最低限にして、接続の要をあなたの力に委ねる。

 特に、感覚の伝達や魔力の導線、暴走時の遮断機構――これらは、あなたが直接制御したほうが効率がいい。

 そうすれば、義手はただの“装置”じゃなくなる」

 一拍、言葉を選ぶように間を置いて。

「……本当の意味で、魔道具があなたの身体の延長になるわ」

 断定ではなく、確信だった。


 そうして、今日は一度区切りになった。

 解析も設計も、腰を据えてやるべき内容だ。

 今この場で急に進めるより、準備を整えてから臨んだほうがいい――イリスはそう判断した。


 ◆


 翌日。

 俺はいつも通り、冒険者組合の訓練場でフェルシオン、ムイと並び、ヴァンにしごかれていた。

 フェルシオンとムイは走りながら、ヴァンから身体強化のコツや呼吸の合わせ方、魔法を撃つタイミングについて指示を受けていた。

「魔力は放出するんじゃねぇ。内側の流れを意識しろ」

 叱声が飛ぶたび、二人の動きがわずかに修正されていく。

 息は荒い。脚も重い。

 それでも、二人は必死に食らいつき、昨日よりも確実に形になっていた。

 積み重ねた分だけ、身体が応えているのが分かる。

 鍛錬が終わるころには、全員が汗だくだった。

 呼吸を整え、身支度を済ませる。

 それから、俺たちは揃って魔術組合へと向かった。

 今日、イリスのもとを訪れるのは――俺一人じゃない。


「で……ムイも付いてくるんだな」

 歩きながら、フェルシオンに声をかける。

「はい」

 即答だった。

「フェルシオン様の侍女ですので」

 その口調は淡々としているが、半歩後ろを保つ立ち位置に迷いはない。

 フェルシオンは苦笑して肩をすくめた。


 ◆


 魔術組合に辿り着くと、フェルシオンはどこか落ち着かない様子で周囲を見回していた。

 高い天井、積み上げられた書棚、空気に混じる薬草と魔力の匂い。

 冒険者組合とは、やっぱり別の世界だ。


「どうしたんだ?」

 声をかけると、フェルシオンは少し気まずそうに視線を逸らす。

「いや……冒険者組合でもそうだったが、魔術組合に来るのも初めてでな。

 少し、浮足立っているだけだ」

「顔に出てるぞ」

「放っておけ」

 そんなやり取りをしている間に、受付の前まで来た。


 いつものように木札を受付へと差し出すと、奥からロワが姿を現した。

 その視線が、俺――ではなく、半歩後ろに立つムイに向いた瞬間。

「……っ」

 ほんの一瞬。ロワの肩が、わずかに揺れた。

 動きは止まり、呼吸も一拍遅れる。

 それでも表情は崩さない。

 いつも通りの無表情――ただし、視線だけが、ほんの少しだけ定まらない。

「……久しぶり、ムイ」

 職務用の挨拶にしては、柔らかくて、どこか距離が近い。

 ロワにしては、珍しいほどフランクな響きだ。

 ムイは一瞬だけ視線を伏せ――それから、静かに応じた。

「……はい。お久しぶりです、ロワ」

 そこで一度、間を置く。

「ただ、私よりも先にご挨拶する方がいらっしゃいます」

 そう言って、フェルシオンのほうへ視線を向けた。

 沈黙が一拍、落ちる。

 ロワは、はっとしたように息を整え、軽く咳払いをする。

 そして、きちんと背筋を伸ばし――執事の顔に戻った。

「……失礼いたしました。

 フェルシオン・アークレイン様ですね。

 私はロワと申します。イリス様のもとへ、ご案内いたします」

 丁寧な対応。けれど、ムイから視線を外すまで、ほんの一瞬だけ、時間がかかっていた。


 そうして、ロワは歩き出す。

 所作は静かで、迷いはない。

 ほんの少し前まで見えた揺れが、なかったかのように消えていた。

 促され、フェルシオンが一歩踏み出す。

 ムイはその半歩後ろにつき、いつもの位置を崩さない。

 俺はフェルシオンの横に並び、声を落として耳打ちした。

「なあ……ロワとムイって、知り合いなのか?」

 フェルシオンは少し考える素振りを見せてから、曖昧に首を振る。

「私にも分からない。ただ、ムイは幼いころから一緒だからな。

 生まれた場所が同じ、とか……近かった、とか。そのような感じではないか?」

「気にならないのか?」

「気にならないかと言われれば……」

 フェルシオンが言葉を探しかけた、その時だった。

「私とロワは、いわゆる幼馴染というものです」

 後ろから、ムイの淡々とした声が差し込む。

 振り返ると、表情はいつもと変わらない。

「同じく貴族に仕える家系同士で、交流がありました。

 その場で出会い……アークレイン家で働き始める前までは、顔を合わせる機会もありました」

「……なるほどな」

 それ以上、踏み込もうとはしなかった。

 主としての距離感を、無意識に保っているのだろう。

 その様子を、ムイは一瞬だけ見つめ――すぐに視線を正面へ戻した。

「いえ」

 静かだが、はっきりとした声だった。

「どうか、何でもお聞きください。フェルシオン様に隠すことは、何もございませんから」

 形式ばった言い回し。

 けれど、その直後――前で揃えられたムイの指先に、ほんのわずか力が籠もっているのが見えた。


 やがて、ロワは立ち止まる。

「こちらです」

 短く告げ、ノックをする。

 中から、聞き慣れた声が返ってきた。

「どうぞ」

 扉が開く。

 ――そうして再び、イリスの研究室だ。


まだまだ拙い部分も多い作品ですが、

ひとつでも心に残る場面があれば、ブックマークや★評価で応援していただけると励みになります。

いつも読んでくださり、ありがとうございます。

引き続き、どうぞよろしくお願いします。

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