ゾンビ・ブライト 7
王都への出発前、ルルシアはトクローに暖かいケープを巻きながら、涙ながらに「エリオスを救って」と懇願した。
「神子は神託を告げるだけ。その人が運命を変えるかどうかには関われない。でも、旦那様のあなたならら、運命を変える手助けになれる。お願い、あなたにしか出来ないのよ」
「……分かった。できる限りの事をやるよ」
そう言って旅立ったのだが……
「先程から聞いていれば、随分と品がない。純粋にあなたを想っているルルシアに失礼だとは思わないのですか」
トクローは、憤慨していた。どうしてこんなに腹立たしいのか分からない。だが、先程からこの男が気に食わない。
ルルシアが、ミリアという女性に何をしたのかは知らない。知らないが、この男の言い分はあんまりだった。
「歯向かうか、この私に」
「歯向かうとか歯向かわないとかではなく。申し上げているのです。あなたに誠意はあるのかと」
「誠意、だと」
「元はと言えば、あなたの浮気が原因でしょう。婚約者がいるにも関わらず、他の女性に手を出したあなたが悪いのでは?」
「貴様ッ、」
王子は、壁に飾ってあった刀剣を手に取った。ヒュ、とトクローは息を飲む。部外者が口を出しすぎたか? と後悔するが、間違ったことは言ってないと強く王子を睨んだ。
王子が、刀剣を構える。狙いは、当然トクローである。
「僕をコケにしやがって、殺してやる」
「将来は暴君ですね」
とりあえず、共に来たシスターだけでも逃がさなくては。そう思って、彼女に目配せをした。シスターは、黙って頷く。
そしてあろうことが、トクローの前に立ち塞がった。
「そこまでです。エリオス殿下。エレシュキガル教を国の敵に回すおつもりですか? 神官を癇癪で殺したとあれば、国中の教徒が暴動を起こしかねさませんよ」
「クっ、だが、しかし、……煽ったのはそちらだろう」
「先に我が教会の神子様を侮辱したのはそちらです。それだけでも耐え難いというのに……剣をお納めください。ワタクシも、手が出ますよ」
「手が出るの?」と思ったが、トクローは何も口出し出来なかった。
カシャン、と刀剣が投げ捨てられる。王子は、ひたすらに不服そうな顔をしていた。そりゃそうだろう。あんなにトクローに煽られたのだから。
「ルルシアの予言など信じない。私が死ぬはずはない」
「いえ、何も行動を起こさなければ運命は変わりません。死にます」
「……私はエレシュキガルなど信仰したくないんだ。私が王になった暁には、改宗してやる」
「そのような事は、軽々しく口に出すものではありません。火種になります」
「むぅ、」
シスターは、王子のタラタラとした文句に淡々と答えると、落ちていた刀剣を拾い上げてトクローに渡してきた。壁に戻せということだろうか。
「!」
刀剣をトクローが持った瞬間、何かが彼の頭に駆け抜けた。思わず取り落としてしまう。シスターは、その様子を見て頷くと、自分で壁に刀剣を戻した。
「帰りましょうか。トクロー様」
「今のは、」
「帰りましょう。仕事は終わりました」
トクローを引っ張って退出するシスター。城を後にすると、教会へ戻った。
帰ると、ルルシアが待っていた。
「ルルシア!」
トクローは驚いて駆け寄る。彼女は、得意げな顔をして腕を組んだ。どうやら、心配になって追いかけて来てしまったらしい。
「君が来るのなら、私がひとりで来る意味は無かったんじゃないか?」
「どっちにせよ、私は城には入れないわ。出禁だもの」
「出禁」
「そんなことより、どうだった? エリオス殿下は運命を変えられそう?」
「あー、その。えっと……」
トクローは、深々と頭を下げながら王子と言い争ったことを正直に告白した。ルルシアが侮辱されたことについては伏せているが、彼女は理由を何となく察したようだった。
「そう……」
「本当にすみませんでした」
「良いのよ。確かに下品になったわ。あの女のせいよ」
「その、王子の浮気相手のことなんだけど」
「なによ」
トクローは、ルルシアの顔色を窺うように言葉を続けた。
「君の評判を落としたのって、王子じゃなくて浮気相手の方、だよね?」
「あら、よくご存知で」
「うーん、今日。応接室の飾りを触った時に、何か《《見えた》》んだ」
「ああ……」
話を黙って聞いていたシスターが、「説明してなかったのですか?」と声をあげた。
ルルシアは、少しだけバツの悪い顔をして「忘れてたのよ」言い淀む。シスターは、呆れたように溜息をついた。
「説明します。神子の花婿殿にも、エレシュキガル様は加護をお与えになるのです。それがどのような加護なのかは、人によりますが、貴方のは《手に触れた物体の記憶を読む》という加護でしょう。私たちシスターから見れば分かります」