ゾンビ・ブライト 5
夜、ルルシアに誘われて枯れ果てた庭園を散歩していた時、彼女はポツリとこう言った。
「殿下に会いたいわ」
「まだ、好きなの?」
「好きよ。どんな酷いことされたって、それは本当の殿下じゃないもの。本当の殿下は、とってもお優しいお方なのよ」
「本当に?」
「私がそう信じたいの。それを否定するのは野暮じゃあなくって」
「そういうものなのか」
花のない薔薇の木を寂しげに見つめるルルシアは、恋をする乙女だった。
風が静かに吹いている。二人は、黙ったまま散歩を続けた。
月明かりが雲に隠れた時、二人はベンチに腰掛けて、見えない夜空を見上げていた。時折雲の切れ間にきらりと星が見えるので、それを待っているのだ。ルルシアが、三度目に星を見つけた時「ああ」と呟いた。
「なんてこと」
「どうしたの?」
「今、お母様からお告げを賜ったわ……村の外の人よ」
「遠い?」
「王都だから、うんと遠いわ。トクロー、お願いできるかしら。明朝、村長に馬車を手配させるから、急いでその人に伝えて着てちょうだい」
「わかったよ。王都の誰?」
「……エリオス・シルヴァーナ。私の元婚約よ」
北へ向かう。馬車に揺られて。
まだまだ先が長い道中、トクローは嫌に緊張していた。ルルシアの想い人は、この国の王子だという。そんな相手に「貴方は死にます」なんて伝えて良いのだろうか。教会に行けば取り次いでくれるとは言うが、どこまで取り次いでくれるのか。
最悪、不敬罪で首を切られないか不安だった。
「ルルシアの、好きだった、……いや、好きな人か」
夫婦になった彼女の想い人に対して、普通なら複雑な思いを抱くのだろうが、トクローとルルシアは政略結婚というか想いあって結婚した訳では無いのでそこは何も無い。
だが、どんな人かどうかは気になる。婚約を破棄して平民の女性と結婚してしまったとは聞いたが、浮気っぽい性格の人物なのだろうか。
トクローは、自分の世界で流行っていた婚約破棄される悪役令嬢の小説をぼんやりと思い出していた。
そうなると、ルルシアが悪役令嬢のようではないか。いや、振る舞いを見てるとだいぶ悪役令嬢である。平民の恋人は妾にしろとか言う正規ヒロインがどこにいる。
だが、トクローはルルシアが案外明るくて気のいい女だということを知っている。そして、健気に元婚約者を想っていることを知っている。
実は、畑で働いている合間、村人から少しだけルルシアのことを聞いた。村に来たばかりの彼女は荒れていたが、手切れ金として親から持たされた金を使って壊れかけていた村の橋を直したり、孤児院の設備を整えたりとしていたらしい。
「私を受け入れてくださらなくて結構よ。でも、私に出来ることはさせてちょうだい」なんて言いながら、村のために彼女が出来ることを精一杯行った。王都から逃げるようにやってきた彼女に対する悪い噂は、今は既に囁くものはない。
村人達から慕われている様子を見て、トクローはルルシアが優しい人物なのだと思っている。けして、悪役令嬢なんかではない。
日が落ちる頃、ようやく王都の教会へ着いた。そこは、街のほぼ中心街だと言うのに墓地が広がっていて、異様な雰囲気である。辺りの暗さも相まって不気味ですらあった。だが、元葬儀屋のトクローから見ても、手入れが行き届いた墓地だった。
赤い花が全ての墓に備えられている。枯れた花は無い。毎日水を変えているのだろうか。こんな広い墓地なのに?
教会の中に入ると、シスターが出迎えてくれた。やけに肌が白い。陶器のような肌艶の彼女は、口元を布で隠していた。そういうデザインのシスター服なのかもしれない。
「話は伺っております」
彼女は、そう言ってトクローを部屋の中に招く。
「エリオス殿下には、明日の朝に謁見出来るよう、話を通させて頂いております。ですが、その。ルルシア様が予言を賜ったと申し上げたところ、少し、難色を示されまして……」
「どういうことですか?」
「…………」
彼女は、言い辛そうに顔を顰めた。そして、溜息を深くつく。
「あの方々は、過去に色々ありましたので……詳しくは、明日直接謁見されたら分かるかと……ワタクシの口からはとても言えませんが、その、頑張ってください」
「え?」
不安になる一言を残して、彼女は部屋を去る。トクローは、ぶわりと嫌な汗をかいてきた。ろくな事にならない気がする。正直行きたくない。
今夜は眠れそうにないな、と思いながらとりあえず横になる。長旅で疲れてはいるのだ。当然、緊張で目がぎんぎんに冴えてしまって寝着けそうにない。
翌日、自分はどうなってしまうのか。
ルルシアとその元婚約者との確執がどれ程のものか、トクローは思い知ることになる。