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ゾンビ・ブライト 4

とある晩、珍しくルルシアから晩酌のお誘いがあった。一緒に過ごし始めて二ヶ月ほど経った頃だった。ルルシアの部屋に行くと、彼女は薄紅色の部屋着を着て優雅に窓の淵へ座っている。


「落ちない?」と声をかけると、彼女は不機嫌そうな顔で「落ちないわよ」と鼻を鳴らした。窓際に置かれた椅子へ腰掛けると、上等なワインを手酌する。滴る血のように真っ赤なワインを一口飲むと芳醇な香りが広がった。ルルシアもクイっとグラスを傾ける。乾杯なんて二人はしない。思い思いのペースで、特に会話もなく呑み続けた。


 ほんのりと酔いが回り、トクローの頬が赤くなってきた頃、ルルシアが自分の目の位置を戻しながら、口を開いた。


「貴方、好きな人はいて?」

「今は、特に……」


 突然の恋バナに困惑しつつ答える。彼女はふっと笑って、


「そこは、私と答えるのが旦那様の勤めではなくって?」


 なんて冗談を言った。今日は機嫌がいいらしい。だが、「まあ、貴方なんかに好かれたくはないけれど」とワインを傾けた。相変わらずの辛辣さに苦笑いをする。


「君は、結ばれたい相手が他にいるって言ってたけど……」

「そうね。でももう叶わぬ夢よ」

「それは、君がゾンビだから?」

「いいえ。それ以前の問題よ」


 酔いが回ってきたトクローの、少し失礼な質問も、ルルシアはさほど気にせずにいてくれた。そのまま話を続ける。


「この国のね、王子様だったの。その人と幼い頃から婚約していたのだけれど。殿下は私以外を……平民の娘とご結婚なさったのよ」

「それは……」

「私、言ったのよ。婚約は家の取り決めなのだから、取り消すことはできない。このまま私と結婚して、その娘は愛人として囲えばいいって」

「えっと、寛大、なんだね」

「そんなものよ。父にだって娼婦だった女を愛人として囲ってるもの。あまり良い気はしないけどね……でも、そんな進言を彼は気に食わなかった。『本物の愛』は、こちらなのだと私との婚約は破棄。そうするために、なりふり構わず私の評判を落としてまで。その上、花嫁の侍女としてならともにいてあげるとお言いになったわ」

「それで、どうしたの」

「我慢ならなくなって、彼の腰を後ろから抱きしめて思いっきりのけぞってやったわ」

「ジャーマンスープレックス?」

「あの時の殿下の顔ったら!あはは!」

「君、案外愉快な人なんだね……」


 この細腕でジャーマンスープレックスとは。恐ろしい女だった。だが、そんなことをしたので当然罪に問われた。謹慎と称して辺境の田舎町にある別荘に移され、そこで使用人もなく一人で過ごすことになった。


「それで馬鹿馬鹿しくなって、毒杯を煽ったの」

「…………」

「あら、笑うところよ。惨めな女だって」

「笑えないよ」


 ルルシアは目を細めた。その拍子にボロりと片目が抜け落ちて、筋繊維でかろうじてぶら下がる。月明かりがその不気味な姿を照らしている。ふんわりと風に乗ってフレグランスの香りと共に腐敗臭がほんのり漂った。


「こんな姿になるなんて、馬鹿な女だって笑ってくださって結構よ」

「笑わないよ」

「ふーん」


 つまらなそうにしているのを、トクローは真剣に見つめた。


「私は誰かの死を笑うようなことは絶対にしない。これでも葬儀屋だったからね。どんな死であれ、笑うことはないよ」

「真面目ね。つまらないわ」


 ワインが揺れるグラスを見つめるその顔は、どこか嬉しそうな気がした。トクローは、一気にワインを空にして席を立とうとする。それを見て、ルルシアは「あら」と声を上げた。


「もう付き合ってくださらないの」

「だいぶ酔いが回ってきたから、お暇するよ。また誘ってくれると嬉しいな。今日はありがとうルルシア」

「……そう。じゃあ、また明日。おやすみなさい、トクロー」

「おやすみ」


 この晩から、ツンケンしたルルシアの態度は軟化した。朝、彼女を墓に埋めるときもうっすらと微笑んで「おやすみ」というようになったし、帰ってくると前は無言だったのが笑顔で挨拶しにくるようになった。


トクローは不思議に思いながらも円滑になった関係性に喜んだ。同居人にずっと素っ気のない態度を取られているのは、寂しいものだから。

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