表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/30

8.聖女にとっての再会


「しっっっつこかったぁ……」


はあぁぁぁ……と、溜息を吐きながら私は階段を降りる。モイが横にピィピィと労ってくれた。

教皇様にしたアクセルの解放要求。私が思った以上に、難色を示された。

暫く声も出ずに固まっていた教皇様にそのまま呼吸も止まれば良いと思ったけど、結局体感五分くらいで吹き返した。「何故そのことを……?!」と、質問に質問で返された。

本当のことなんて言えるわけもなく、大聖堂でたまたま教皇様達が地下に降りるのを見掛けて付いていったことにした。私は大聖堂に住んでるから知れる機会はいつでもあった筈だし、教皇様が時々会いに来てたこともアクセル本人から聞いていた。

今思えばあの時からアクセルは教皇様のことを悪く言ってたのに、毎回私は教皇様のことばっかり庇ってしまった。……ううん、そもそもニーロもラウナもろくでもないって話してた。私だけが聞く耳を持たなかっただけだ。本当にごめんなさい。


大聖堂には、公にはされていないけれど地下が存在する。〝地下聖堂〟と呼ばれていて、私も実際に入ったことは一度もなかった。教皇様や神官しか入れない神聖な場所で、私は子どもの頃から絶対に立ち入らないようにと言い聞かされていた。地下聖堂には保管庫もあって、そこに聖典も厳重に保管される。……筈だった。実際は、教皇様が持ち歩いていたみたいだけど。実際に保管庫があったのかも今は怪しい。


『彼はあのハルティアの王子だ。危険な旅に同行など許されん!』

『ニーロも皇子じゃないですか』

アクセルのことを他言するなと口止めされて、その後は何でもかんでもそれらしい理由を付けてアクセルの同行を断られた。

もう、教皇様と会話するのも嫌なのに、馬車が到着してもずっと言い合いし続けた。王子を理由にされてニーロを引き合いに出した時の教皇様の顔は、逆行してから一番スッとした。教皇様を言い負かすなんて初めてだった。


ちゃんと危険なのも説明して本人に許可を貰う。アクセルを連れてエルフの国である〝ハルティア〟にも直接許可を貰う。私も神聖魔法でできることは全部アクセルに惜しまないし、アクセルは王族で魔力も強いから戦力になるのは教皇様もご存じですよねと。もうずっと教皇様に言い返し続けた。

何を言っても別の理由で言い返してきて、教皇様ってあんな嫌な大人だったんだって初めて知った。教皇様が大好きだった時は絶対口答えなんかしなかったから。

私は人と口論だってまともにできたこともなかったし、ずっと国中を欺していた教皇様に勝てるわけもなかった。だからもう最後は……


『ならば皇帝陛下に全てお伝えします』


アクセルが地下聖堂にいることも、アクセルの現状も、ハルティアとの密約も全部と。

アクセルのことは皇帝陛下も知らされていない。教皇様は立場上皇帝陛下と同じくらいの権威を持っているけれど、いつも皇帝陛下を立てている。今思うと、きっと〝来たる脅威〟を信じさせる為に色々信頼されたかったんだと思う。そんな教皇様にとって、私達が聖典の旅に出る前からアクセルの存在を隠していたことを知られるのは困るに決まってる。

お陰で教皇様も口を曲げて押し黙り、今まで禁じていた地下聖堂に立ち入る許可もくれた。……条件と引き換えに。

アクセルを連れていけるかは本人の許可と、そして無理難題の条件を満たさなければいけない。


「むり……ほんとう無理……ぜったい無理…………」

手すりを支えに階段を降りながら、思い出せばまたぶつぶつと溢してしまう。教皇様には「わかりました」と言っちゃったけど、あの条件は本当に酷い。

でも、そう言うしかなかった。教皇様は嫌いだけど、その言い分は尤もで言い返せなかったし、何よりこのままアクセルを置いていくなんて絶対できない。

ニーロもラウナも守れたんだから、アクセルだってこんなところに一人置いてくなんてしたくない。


顔が引き攣るように歪みながら、階段を降り続けただけで蹌踉ける足に歯噛みする。旅をする前は本当に体力なかったんだなぁと思い知る。

今日はニーロから逃げたり地下の長い階段降りたりしてるけど、長旅の距離と比べたら全然運動にもならない筈なのに。


ようやく階段が終わって、一度立ち止まって息を整える。

地上の入り口は毎日兵士が見張りに立っていたけれど、階段から見張りはいなかった。代わりに鍵と施錠魔法がかけられている。

物理的な鍵は教皇様が貸してはくれたけれど、施錠魔法は聞いてなかった。これくらい解除できないとアクセルに会う権利もないということなのか。……面倒になって、通過魔法で直接扉を抜けて通る。

結界ならまだしも、扉の施錠魔法だけなら扉を直接通り抜ければ解除するまでもない。


扉を抜けた先は、がらんとしていた。階段から一本道での空間だったのに、他に部屋も見当たらない。

床も天井も真っ白で、地上の礼拝堂よりも広く見えるほど何もない。だけど不思議と神聖魔法の気配は感じられて、地下なのに明るいのもその影響だろうと思う。

保管されているような宝物も魔道具もなければ、逆行前に教皇様が言っていた保管庫らしきものも見当たらなかった。あるのはただただ広い空間と、真ん中にぽつんとある──



「…………誰」



ひゅっと、その声だけで喉が音を立てて心臓が縮み上がった。肩が大きく上下してしまった中、目を見張る。

何もない空間中央、私の部屋をすっぽり包んでしまう大きさで掘られた魔法陣の中央だ。

すらりとした細い身体を猫背に丸める彼は、敷かれたカーペットをひっくり返して敢えて直接床に足を崩して座っていた。

黒ずんだ青髪は、夜空のようだと何度見ても思う。背中を丸めているだけでべったりと床につくほど長い髪に、この頃から切ってなかったんだなと知る。そのせいで、今はフードもしていないのにエルフ独特の尖った耳も見えない。羨ましいくらい白い肌が、一瞬この空間に溶けて見えた。

ペンを握る手を止めて私に顔を向けてくれるアクセルは、髪の隙間から訝しむ金眼が見えた。ここが広くて他に何もない場所だからか、アクセルの声も反響して聞こえた。

服装以外は本当に変わらない、時間から切り取られたようなアクセルに、暫く何も言えず目も離せなかった。

ああアクセルだ、本当にこんな近くにいたんだと、わかっていたことなのに目が滲んで熱くなった。本当はもっと早く出会えた筈なのに。…………もっと、早く出会いたかったなぁ。聖典の旅よりも、もっと前に。


エルフ。私達のいるサデュット帝国から大きな山を七つ越えた先にある王国、ハルティアに住む異種族だ。

世界一の長命種で、奴隷になるべきはどっちの民族かと人間との争いが絶えなかった。けれど千年以上前に独立国として認められて、ハルティア王国はエルフ族同士の時間の流れで静かに民が生きている。

サデュット帝国も含めて他国とも交流は取るけれど、ハルティア国内に入るのには色々と手続きが難しくて人間が入れることは殆どない。そして逆に、……エルフ族の方がハルティア国外から出ることも殆どない。王族だったら余計に。


「……?おい……」

丸い背中をちょっと伸ばして、私をよく見ようとしてかアクセルが髪を掻き上げる。

黒に近い青髪、夜空みたいな宵闇色。その下で金の瞳が輝く。ちょっと垂れ目気味なのに鋭い目も出会った頃はちょっと怖かったけど、今はすごい安心する。

たまに、本当にたまにその目を細めて笑ってくれる顔が羨ましいくらいに綺麗で好きだった。

最期の時だって、と。そう思った瞬間に鼻がつんとした。


地下聖堂も初めてだから、アクセルのいた場所も今初めてみた。

カーペットを捲り上げているところとか、王族なのにちょっと足を崩しちゃっているところとか、難しそうな分厚い本や紙の束がところ狭しと積み上がっているところとか、けどきちんと整理整頓はされてます感とか、すっごいアクセルっぽいなと思ったらまたこみ上げた。

いきなり現れたのに泣いちゃ変だよねと何度も口の中を飲み込んで堪えるけれど、それでも視界はうっすら滲んで戻せない。


『今は浄化処置中だ』

馬車での教皇様の言葉が頭に蘇る。あの時は言い返せなかったけれど、浄化処置なんかじゃない。エルフの国王に相談を持ちかけられた当時の教会が〝そう〟だと偽った。

エルフの国の第一王子を、地下聖堂で神聖魔法を駆使して救ってみせると言い張って、百年もこの魔法陣の結界に封じ込めた。ハルティア王国はずっと教会に多額の謝礼金という名の治療費を払い続けている。

そして、神聖魔法を極めた私だから断言できる。この魔法陣は治療になんかなっていない。ただ、アクセルを閉じ込めているだけだ。

こんな誰もこない、寂しい場所に百年も閉じ込めていたなんて。アクセルから聞いた時は信じられなかった。逆行前も教皇様に事実を聞こうと思って、……そこでもっと酷い聖典の事実を聞いてしまった。


『彼は危険だ』

そんなことない。教皇様なんかには言われたくない。誰より私が一番よく知っている。アクセルは本当は優しいし博識で頭の良い解決方法だって教えてくれた。

ニーロがどんなに喧嘩を売っても怒鳴っても本気では滅多に怒ったりしなかった。

ニーロもラウナも死んじゃって一人になった私を聖典まで辿り付かせてくれた。今だって教会のことは嫌いだと思うし聖女の私のことも嫌だろうけど、今度は絶対に



「誰、っっつってんだんだろォが!!!無料で見てんじゃねぇブッ殺すぞ凡族がァ!!!」



ブォンッ!!と、投げられた本が結界を抜け、顔のすぐ横を突き抜けた。

風圧が頬にかかって、振り返った時には聖書くらい分厚い本がひっくり返ったまま床に転がっていた。もう一度正面を向けば、アクセルが肩で息をしながら鋭い目でこっちを睨んでる。足を崩していた状態から片膝を立てた、本気の投本だった。

食い縛る口からエルフのものじゃない鋭い牙が見えた。更にはアクセルの苛立ちを示すように彼の目の色も()()()に染まっていた。

闇色の眼球と深紅の瞳孔。エルフにはあり得ない、魔物のような眼と牙に、ナイフみたいな爪。そして王族にはあり得ない過激で野蛮で無礼な悪い言葉遣いに、私は両手で口を覆い身震いが止まらない。

眉の間に力が入ってじわじわと涙が零れてしまえば、舌打ちまで鳴らされた。途端にもう喉が釣るくらいに嗚咽が零れた私に、アクセルは魔法陣の描かれた床へ垂直に本を叩きつける。バンッ!って耳に痛い音が反響する中、もう私は、私は私は私は




─ アクセルだぁ……!




嬉しくて、堪らない。感涙が我慢できない中、踵がぴょこぴょこ浮いた。

ちゃんと生きてるなぁ。アクセルは一番最後まで生きててくれた人だけど、だからこそ死んじゃった時のことが一番鮮明に頭から離れない。今も最後に触れた手の感覚がはっきり残ってる。最後に言ってくれた言葉、聞き逃してごめんね。


良かったぁ、ずっと口数少ないし悪い口がないから体調とか悪いのかなと思った。

魔法陣に封印されてる間はお腹も空かないし喉も乾かないし身体も成長も劣化もない筈だから、体調悪いまま封印だとずっと完治も悪化もしないで辛いままになる。でも大きな声だし悪い口も健在でやっぱり性格も変わらない。

視線一つで人一人殺せそうな眼光とか恰好良すぎて罪過ぎるよアクセル!宵闇色の髪も牙も色気いっぱいで魅力止まらないよアクセル!!怒鳴り声も低い声も冷たい言い方も全部全部大好きだよアクセル!!!

殺気も出会った頃に向けられた時よりは柔らかいけど懐かしいし、興奮時の魔眼も魔族由来の牙も爪も全部が全部また見れて嬉しい!アクセルは全部嫌いで憎くて仕方ないって言ってたけれど私は



〝半魔〟のアクセルが大好きだったよ!!!!



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ