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7.聖女にとっての正論


「それで聖女よ。申し開きを聞こうではないか」


本日二度目の謁見の間に、私は立つ。

皇帝陛下が玉座に座る中、私の隣に立つ教皇様も回復魔法を受けた後で今は頬も腫れていない。


私が敵前逃亡してから、気付けば一時間以上経っていた。

呼び出されていたニーロもラウナもとっくに解散で一度帰された後だ。私もそっちの方が都合が良い。二人を前にするとあんまり冷静でいられる自信がない。

部屋に帰ってこなかったニーロはいつもどおり城下に降りたのだろう。部屋に帰ってこないでくれて本当に良かった。


警鐘が鳴ってから、魔物退治に向かうまで誰にも気付かれずに済んだ。

転移魔法が回帰する前でも足を踏み入れたことのある聖域であれば可能範囲で本当に良かった。術者本人しか転移できなくても、やっぱりこの魔法は便利だ。あの町は聖女の名前をもらう一、二年くらい前にお祭りの儀式で一回だけ祈りに訪問したことがあるから行けたけれど。


教会に転移したらもうトロールが女の人襲ってるし、一体倒しながらもう訳もわからず知る限り一番広範囲の結界を張って魔物だけは消せた。聖典と同化したモイからの魔力供給のお陰だ。神聖魔法自体は全部覚えてるから、神域魔法(大技)でも上手くいった。

回復魔法の後に討伐隊が来たから急いで教会に逃げて大聖堂まで転移してきたけど、……多分あれで全員治せた後だと良いな。間に合わなかった人に祈る時間も本当は欲しかった。


大聖堂に戻った私は、部屋の外を出たらあっさりと兵士に見つかった。

「皇帝陛下と教皇様が探している」と、そのまま城に連れ戻された。謁見の間まで戻れば、皇帝陛下だけでなく教皇様も待っていたままだった。心配したぞと猫撫で声で言われて腕を伸ばされて、触れられる前に手で弾いた。神聖魔法が物理攻撃も阻めるなら結界でも良かったのに。教皇様が邪悪な魔族に見えて仕方がない。……いっそ魔族だったら簡単だったなぁ。


「皇帝陛下、どうかお手柔らかに願います。このような聖女は私も初めてです」

もーーーーーーーーーーキライ。

色の褪せた老人眉を垂らして私を庇う教皇様に、今まではずっと嬉しかったり申し訳なかったりした筈なのに今は教皇様が「キョウコウサマ」という名前の魔物にしか見えない。

私を大事にしてくれたのも聖女にしたのも庇ってくれたのも全部、ニーロ達を犠牲にする聖典の旅に向かわせる為でしかなかった。

自分でも目が冷ややかになってるのがわかりながら、なるべく視界に入らないように気をつける。今は教皇様を相手にする場合じゃない。あとちょっと、三日後にどうせ旅に出れば一生お別れなんだから。それまでの辛抱だと考えることにする。

皇帝陛下をまっすぐ見つめ、背筋を伸ばし顎を引き息を整える。


「先程は大変失礼致しました。悪しき者の気配を感じ、神聖魔法で対処したつもりでした」

全部が嘘じゃない。教皇様という悪しき者はすぐ傍にいたんだから。そう思いながら、きちんと頭を下げて謝罪する。謝るのは慣れている。

続けてまた教皇様が「申しました通りでしょう」「流石聖女」と話し出したからあんまり聞かないようにする。皇帝陛下にとって私はちゃんと聖女で、旅を任せられるくらい有能じゃないといけない。

もしかすると皇帝陛下はずっと、私が役立たずなのも知らないで〝すごい聖女〟の嘘ばかり教皇様に聞かされていたのかもしれない。皇帝陛下は厳格な人だけど、ニーロと同じくらい優しい人だから。ニーロも旅中は皇帝陛下に似てる時がよくあった。


「……皇帝陛下。聖典の旅につきましても、改めて慎んでお受け致します」

教皇様の話が長過ぎて、遮った私の言葉に皇帝陛下も教皇様も振り返った。

おお!と嬉しそうに目を大きく開く教皇様が気持ち悪くて、思わず目を逸らす。直後に皇帝陛下から「それはまことか」と確認されて、慌ててまた顔も目も向ける。

旅は大変なものだがと、私を労ってくれる話が続くけれどそれはきちんと聞き終えてから話すと決める。皇帝陛下、羨ましいくらい立派で良い人なのに本当に可哀想。教皇様の信託(あんなの)を信じてくれて、私なんかに大事な使命を託してくれたのに。せめて旅前に貰える支援金は大事に使います!と心の中で誓う。

本当のことを言えないのは心苦しいけれど、私にはこれが精一杯だった。どうか!どうか!!自力で一刻も早く教皇様の鍍金に気付いてください!と祈るしかない。


「先ほども告げたが安心しろ聖女よ。其方には先程紹介した護衛を同行者としてつける。其方のことを必ずや守り抜いてくれるだろう」

来た。話している途中で上塗っちゃいそうなのを息を止めて我慢した。

最後まできちんと聞ききってから、私は息を吸い上げる。下ろした手で拳を強く作れば肩も上がった。モイが耳の傍でパタパタする中、けどここは私一人で戦わないといけない。これくらいできないと、誰にも頼れない旅なんかきっとできない!


「御配慮、心より感謝致します皇帝陛下。大変恐縮ではありますが、私に同行者は必要ありません。旅も、聖典の捜索も私一人で充分です」

最初はちょっと震えた。だけど最後まで背中を丸めず言い切る。これさえ叶えば、もうあんな犠牲も未来も起こらずに済むと思えば頑張れる。

断言した私に、皇帝陛下は目を大きく見開いた。口を固く結んだまま息を飲むのがわかるほど肩が強張っているのがわかった。隣で「一人じゃ危ない」とか「危険だ」とかごちゃごちゃごっっっちゃごちゃうるさい人もいたけれど、そちらは居ないと思って私は決めていた言葉を続ける。


今回の使命はあくまで〝聖典を探す旅〟であって、討伐や戦争が目的じゃない。

私は神聖魔法しかないけれど、それでも充分自分だけなら身を守ることもできる。戦うことが目的じゃない以上、私の神聖魔法だけでも旅は可能ですと話す。

私じゃなくてアクセルならもっと上手く説得できたけど、もう私しかいないんだからと身体中熱くなるのを感じながらも言葉を続ける。


「私の神聖魔法は未熟ですから、効果範囲や人数も私一人の方が魔力の負担も少なく済みます。仲間まで守れる保証はなく、逆に足手纏いになります」

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいみんな!!本当は私の方が圧倒的に足手纏いでした!!!

心の中で仲間の皆に平伏しながら口の中を痛いくらい噛む。仕方がないとはいえこんなこと口にするのもすごく胸が痛む。「どうかご理解ください」と頭をもう一度下げたところで、顔の中心にも思い切り力が入る。本当にラウナ達がここにいなくて良かった!!!


今度は全部、もう全部が嘘だ。

私の魔力は今はモイのお陰で底なしで、神聖魔法も聖典の旅中に学んだ全てがこの身にある。旅中だって仲間全員に神聖魔法を施すことはできた。だけど、ここで同行者を断る為にはこれが一番説得力がある。実際、旅を始めた頃の私は本当に未熟だった。そんな足手まといの私を旅の始まりからずっと守って代わりに戦ってくれたのがあの二人だった。

だから今度は、絶対巻き込まない!二人は旅に出ないで、他の人達と同じように平和な日を過ごしてくれれば良い。ニーロは国一番の剣闘士で闘技場でも人気者だし、ラウナは元素魔法の第一人者で研究者で、私なんかと違って二人ともちゃんと居場所も求めてくれる人もいる。


「しかし聖女、あの二人は既に了承している。お前を守ることはあっても、お前の足手まといになるような者達ではないぞ」

「皇帝陛下のお気持ちは嬉しく思います。ですが、私の言うことは事実です。無駄な犠牲を生まない為にも、一刻も早く聖典を見つける為にもどうか私の最後の我が儘をお許しください」

お願いしますと、誠心誠意頭を下げる。

皇帝陛下にこんな我が儘を言うのはこの世界では初めてだ。以前の世界では旅から帰った後、一度だけ我が儘を許してもらったのが最初で最後だった。

皇帝陛下が何を仰っても、教皇様が何を言っても下げ続けた頭は無駄じゃなかった。最終的には「わかった」と苦々しくだけれど、皇帝陛下は明日改めて聖女任命を行うと約束してくれた。

隣でがやがや一人うるさかったけれど、寛大な皇帝陛下に心からお礼をする。明日私一人に改めて聖典の旅を命じてくれる為だ!流石はニーロのお父さん!!


「聖典の封印は神聖魔法でしか解けないと伝承には残されている。あの二人では力不足と言うならば、世界の救世主たる其方の望みを私は優先しよう」

ありがとうございます!ありがとうございます!と繰り返しまた頭を下げながら、今から飛び上がりたいくらいに嬉しい。口の中を噛んでも顔が緩んでしまう。

これで二人はもう昨日までと同じ日々を過ごせる!!モイは駄目だったけど二人のことはちゃんと守れた!!


ニーロは子どもの頃は私の面倒を押しつけられていたし、私が旅に出ればずっと自由気ままに過ごせる!剣闘士のお仕事大好きだったし辞めたくなかった惜しかったって旅中何度も言ってたもんね!


これからも毎日とっかえひっかえ女の子とデートできるよ!それに毎晩飲み会もし放題だよ!!

ラウナは魔力研究に集中できるよ!!こんな汚い野宿なんてして良い人間じゃないってよく言ってたもんね!!私が髪とか服とか汚いといつも怒りながら直してくれた綺麗好きさんだもんね!帝都で綺麗な恰好しておしゃれもいっぱい楽しんでね!

なんかすごい発見とかしていっぱいいっぱい大勢の人達に褒められてくれると嬉しいな!その時まで宝物殿一個か二個は掘り返してたくさんお祝いのお金贈れるように準備しておくね!!ラウナの嫌いな神聖魔法はラウナの視界に入らないところで使うよ!!


心の中で二人に呼びかけながら、踵が勝手に浮いてしまう。

最初はもう訳わかんなくて混乱しちゃったけど、もうこれだけでも聖典にお礼が言いたい。あとはモイの身体から出ていってくれれば文句無しなんだけど。

皇帝陛下から退室の許可を得て、一礼の後に今度は堂々と謁見の間を後にした。うっかり目に入れないようにしたあまり教皇様に挨拶も忘れちゃったと気付いたのは、大聖堂へ帰る馬車に足をかけてからだった。


「待て聖女よ!!待ちなさい!!!」

うるさい人が聖衣を振り乱して駆けてきたから急いで馬車に乗り込んだ。出してくださいと御者さんにお願いしたけれど、教皇様の怒声が優先されて動かしてもらえなかった。

ゼェハァと息を乱しながら、教皇様が馬車の扉を掴んで乗り込んできた。息が整う前から隣に座ってきて、教皇様の体温がかかるのが嫌で向かいの席に座り直した。いつも私が隣に座りたがっていたからか、それだけで信じられないものを見る目を私に向ける教皇様は「どうしたんだ」と荒い息混じりに投げかけてきた。

教皇様が乗り込んだことで扉が閉じられ、馬車がゆるやかに大聖堂へ帰るべく動き出す。そういえば、この馬車はもともと私と教皇様が乗ってきた馬車だったかもしれない。もう私にとっては何年も前のことだから思い出せない。


「何故一人で旅に出るなど申したのだ?!皇帝陛下からの御配慮を無碍にするなどお前らしくもない!」

「旅での最適な形を望んだまでです。皇帝陛下は私の望みを優先してくださると仰いました。教皇様には関係ありません」

視界に入れたくなくて、窓の外をじっと眺めながら口だけを動かす。

ラウナも私から目を逸らしてたのはこういう気分だったんだなぁと思う。こんな嫌な気分で旅を毎日させてたなんて、何度謝っても謝りきれない。

でも今度こそ大丈夫だよ。もうなるべくラウナの視界には入らないようにするから。この帝都にも必要以上訪れないように気を付けるね。今度こそラウナは毎日にこにこ笑って魔法の研究してて良いんだからね。


「私はお前のことを心配しているのだ。神聖魔法がまだ未熟なお前に何かあっては」

「ならば旅自体お断りします」

私のことが心配と言いながら、旅に出すことは一度も反対しないで寧ろ誉れ高いと背中を押し続けた。今思うと当然だよね。教皇様にとって、私は聖典を手に入れる為の手段でしかなかったんだから。

大事なのは言うことをきく神聖魔法の使い手で、もっと大事なのはその先にある聖典で、……ラウナ達のことはちっとも大事じゃなかった。

言い返した途端、やっぱり教皇様は押し黙った。嘘でもそこで「それが良い」なんて言ってくれない。だって、旅には出て欲しいんだから。

どれだけ危険でも、過酷でも、何年無駄にしても、大事な人が死んじゃっても。教皇様は帝都で一番立派な大聖堂でお茶を飲んでお歌や説教していれば済むのだから。


ふと気になって真正面に座る教皇様に目を向ければ、顔の筋肉を全部中心に寄らせながら口をぎゅっと結んでいた。

そういえば、教皇様は時間が戻る前ともあんまり変わっていないなと思う。皺とかは今の方が少ないし若いけど、でも肌とかもピカピカで艶もあって……ラウナは、お化粧も水浴びもできない生活を何年も続けて肌が荒れちゃったって何度も溜息吐いてたのに。

聖典の旅で、女性は私とラウナだけだった。私はこんなだし、ニーロは皇子だけど剣闘士だし男の子だったから気にしなかった。アクセルも──……


「………………」

アクセルの名前が頭に浮かんだ途端、今ようやく大事なことを思い出す。

今彼が〝ここ〟にいることをぽっかり忘れていた。だって出会ったのは全く別の場所だったから。


「女魔導師の方はまだわかる。だがニーロ皇子までどうして拒むのだ。幼なじみで兄妹のように育った仲ではないか。……!まさかニーロ皇子と疚しいことでもあったのか?!」

以前の世界でもアクセルのことを教皇様に聞こうとして、……それどころじゃなくなって。

何故か教皇様が私の肩を掴んで顔を前のめりに近づけてくるから、腕で振り払う。それでもしつこく肩を掴みなおしては「どうなんだ!」と唾を飛ばして言ってくる。力じゃ男性の教皇様には勝てないし、ああ神聖魔法で邪悪な人間からも身を守る結界とかあれば良かったのに。


「明日、私からも陛下に口添えしよう。ニーロ皇子とあの女魔導師の同行を望んでくれ。頼むエンジェラ、お前が心配なんだ」

その名で呼ばないで。

眉を垂らして心を痛めているような表情でおじさまの猫撫で声を出す教皇様に、きっと今私は人生で一番酷い表情を向けている。過疎化したクラン村の汚水路を見た時だってこんな顔に力が入ったりしなかった。教皇様のしおらしくした顔が一瞬で大きく伸びた。

「エンヴィーです」と一言断って、もう一度乱暴にでも腕を回して振り払う。今この馬車で同じ空気を吸っているのも穢らわしい。神聖魔法で空気浄化を試みる前に、私は今思いついたことを教皇様に突きつけるべく口を動かす。


「一人。……同行させたい人がいます。ニーロやラウナ様に劣らない実力者です」

「おぉ!なんだそういうことか。教会の者か?言ってみなさい。今日にでも同行に指名するように私からも陛下に進言しておこう」

にっこりと、機嫌を直した教皇様の口調がまた穏やかになる。安堵の息を吐いて胸を撫で下ろす姿を視界の端から無理矢理自分の意思で真っ直ぐ全部見る。

教会の人、ある意味間違いじゃない。彼はずっと教会の最高機関である大聖堂にいた。

教えろすぐに手配しようと。私一人の脆弱さをよく知っている教皇様は、私を生き延びさせる護衛ならきっと誰でも良い。なるべく強くて頑丈な人で、その人の未来なんかどうでも良い。…………だから。


「アクセル・アーロ・コティペルト」


その名前を告げた瞬間、教皇様の顔色はとてもわかりやすく変わった。

さっきまでにこにこ緩んでいた顔が全部張り詰めて血色まで引いていく。息を飲む音が、私の耳に届いた。聞き違いかと思いたいのか「今、なんと?」と聞き返してくる教皇様に、私は同じ名前もきちんと繰り返した。

アクセル。ニーロ達と旅をしていた道中で出会った人で、旅の間もたくさん助けてくれ、協力もしてくれた。聖典の旅を終えた後はきちんと〝英雄〟の一人として記録もされた。

ニーロ達と同じで、彼がいなかったら私は聖典まで生きて辿り付くことはできなかった。


アクセルはニーロとは喧嘩も多かったし、ラウナも毛嫌いしてる期間が長かったけれど、間違いなく私達の大事な仲間だった。彼にもっと良い未来を見せてあげることは、きっとまだできる。

この帝都で平穏な暮らしをするべきニーロやラウナと、アクセルは反対だ。この旅で同行者を理由に連れ出せるなら今すぐ連れ出したい。

この名前を持つ人は、きっと世界中探しても彼しかいない。そして、私の家でもある大聖堂にずっと長い間いるのだと、私が知っている筈のない人だった。




「大聖堂地下に幽閉したエルフ。ハルティアの第一王子をただちに解放してください」




彼を連れて行きます。そう宣言した私に、教皇様は暫く声も出なかった。


20時にも更新致します

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