6.国にとってはよくある悲劇
─ この世界で、最も醜く最も非生産的で有害な闇の化身が〝魔物〟だ。
「トロールだああああ!!全員家から出て逃げろ!!!喰われるぞ!!」
逃げ惑う町人が周囲の家々に呼びかける。魔物が珍しくもない彼らは、その襲来にも慣れている。
ゴブリン程度であれば村の男達で戦えば退治もできる。しかし、今回は発生数と相手が悪すぎた。巨大な身体を持つトロールは簡単には倒せない。それが五体も現れれば、町一つで対処できるものではない。正式な討伐隊が組まれてようやく退治できるものだ。
建物に隠れても意味はない。家の壁も軽々とこん棒で破り、屋根も踏み潰す。物陰に隠れても匂いで気付かれる以上、対抗策は〝戦う〟か〝逃げる〟かの二択だった。
子どもの手を引いで逃げる者から足が遅くなり、追いつかれる。一振りで子どもを抱きしめた親ごと地面の染みになるまで潰された。
魔物によって逃げ方も戦い方も違うが、トロール相手には〝荷物〟を持たず逃げることが尤も生き延びる方法だった。しかし、五体もいるトロールがひたすらに被害を広げる中、家が倒れ壁が崩れ、地鳴りが続き、食事の為に起こした火が潰れた家を燃やし隣の家まで燃え移る中で、全て避けて正しい逃走経路を選べるのはひと握りである。
走ることすらままならない老人は、警告も聞かずに物陰で震えそのまま上から踏み潰された。
─ 魔物は唐突に現れては、私達を意味も無くただ襲い喰う。
「おい嘘だろ結界が!先に逃げた奴らやりやがった!!まだ殆ど逃げれてねぇんだぞ!!」
ガンガンガン!!と町から森を抜けた人々が硝子のような無色の壁を叩いて叫ぶ。
バリケードとなる簡易的な結界を発生させる魔道具が、先に逃げた町人によって誤って始動されてしまった。本来は被害を広げない為の安全装置で、住民全員避難してから使用する為の物だったが、今は八割以上の住民をトロールごと結界内に閉じ込めた。
結界の魔道具を解除するのは外側の人間にしかできない。始動した避難民は全員帝都へと助けを求めに走り去った後だ。
開けてくれ、助けてくれと住民が叫べば叫ぶほど声も音も匂いも強くなり、鈍足のトロールが引き寄せられる。しかし、逃げる道が結界の向こうにしかない以上、彼らには喚き助けを求める以外の手段が浮かばなかった。
─ 魔物には、魔力を宿した攻撃しか通じない。だから世界中で魔法や魔道具の研究生産が活発になった。
「クソ!効かねぇ!!高かったんだぞこれ!!」
「皮膚が分厚いんだ!!攻撃魔法使えるやつ協力してくれ!!」
「魔道具屋まで戻れるか?!」
結界に縋るのを諦め、彼らを護る為にトロールへ足止めしようとする男達も爪を立てる。
並の魔力では生活魔法がせいぜいで、トロールへの攻撃になどならない。魔物を退治できる魔道具はどこにでも出回っているが、値も張る。魔物の発生は極めて〝希有〟の為、家に一つ二つ緊急用程度に備えているのが一般的だった。
この町ではもし魔物が現れても森を抜けた先にある帝都まで走れば免れるという意識も強かった。今まで一度も魔物が生じたことがない町では誰もが流れ星が落ちてくるか程度の感覚で、後悔する時にはもう遅い。
魔道具の火魔法で一度はふらつくトロールだが、それよりも照準を間違えた炎が森にまで燃え移った。消費物である魔道具は、使い慣れていない人間も多い。
─ それでも魔物が発生すれば一部の都心を除き、襲われた民家の壊滅的被害は免れない。
「このポンコツ!!!おい店主どこいった?!」
「店置いて逃げたんだろ!クソッ!なんで効果がねぇんだよ!ゴブリンは一撃だったぞ!」
魔道具店に飛びこみ、商品を使用してトロールを倒そうとする果敢な住民が歯噛みする。トロールは確かにふらつくが、致命傷には至らない。
いくら攻撃しても背中を向けるトロールに、自分達の妻や娘が手足を千切られ男達は怒声を張り上げた。魔力攻撃しか効かないと理解していても、魔道具を直接投げぶつけ、つかみかかる。しかし人間の三倍以上の体格を誇るトロールには、小猫のようなものだった。
──人は殺され、喰われ、町も村も街も全てが新たな魔物の巣に成り代わる。
「ユーリ!ユーリ!!こっちに来なさい!!」
混乱の中で見失った子どもを追いかけた母親が、ようやく我が子を両腕で捕まえる。
抱きしめたのも束の間に、地鳴りのような足音が近付いてくることに無我夢中で子どもを抱いて走り出す。逃げようとした先で、既に潰れた死体を見つけ咄嗟に進路を変えた。帝都への逃げ道を直結経路ではなく、回り込むような道を選んでしまう。
身体の大きいトロールは遠目でもどこにいるかがわかることと、足が遅いことだけは幸いだった。まだ、身体も小さく重さもない子どもを抱え走る母親だが、背後を気にするあまりそこでドシンともう一体のトロールに遭遇した。
─ だからこそ国同士の戦争はとっくの昔に終わった。手を取り合って、魔物への対抗策を見つけることを私達は選んだ。
「神様っ神様神様神様神様神様神様神様神様神様っ………!!」
もう走り過ぎて息も切れ体力もない今、トロールがまだ自分達の方に気付いていないことに縋る思いで女性は教会に逃げ込んだ。
音がしないように扉を急ぎ閉め、奥へ奥へと隠れる場所を探す。どうかこのままトロールをやり過ごせるようにと理屈抜きで祈るしかなかった。年老いた神父も逃げた後の教会は、親子二人以外誰もいなかった。建物が無駄であることは全員知っている。
お願いしますお願いしますと頭の中で唱えるように繰り返し、子どもの口を覆い塞いだまま教会の奥へと逃げ惑ったところでガシャァン!!とその希望ごと砕かれた。
振り返ればトロールがこん棒を横ぶりした後だった。のっしりとした足取りで大股に迫ってくるトロールに、女性は悲鳴を上げて泣き叫ぶ。小さく狭い教会では、出口は一つしかない。
来ないで、来ないで、神様、神様、と繰り返しながらできる限りトロールから距離を取るが、それも行き止まりはすぐだった。壁にドンと背中をつけ、子どもを抱きしめる中トロールに今度は縦にこん棒を振り落とされる。ぐしゃりと、無情な音と共に
トロールが弾けた。
「〝水底より聲を聞け〟」
目を瞑っていた女性は、恐る恐る涙の溢れた目を開ける。
自分達の眼前に立ちはだかっていたトロールの頭が異常な陥没を起こし、右目片耳まで失っていた。まるで大砲で射貫かれたような頭部に、女性の悲鳴が今度は音にならなかった。
─ 魔物を殺す。
「〝されば我 汝に問う汝の選びしは地の穢れに満ちたる現実か天の光に輝く理想か〟」
真正面に崩れ出す死体に今度は押し潰されかけたが、それよりもトロールの身体全体がどろりと泥のように溶け出す方が先だった。
陥没した箇所を中心に身体が液状化し、女性は子どもを護りながらその丸めた背中に浴びる。酷い匂いと吐き気を覚えたが、それ以外の外傷は何もない。
「〝汝 限界を超えんと欲する者よ まず己が霊に誓いを立てよ然らば汝は定めの境を越えて光と闇との間をも進むことを得ん〟」
震えながら視線を上げれば、トロールのいた場所に一人の少女が立っていた。
─ その為だけに神聖魔法は存在する。
「〝潔き言は剣のごとくして魂の深き穢れをも穿ち迷いし者を義の途に還らしむ〟ッ」
詠唱を続けながらもトロールの死亡を目で確認した聖女は、女性の安否を確認するより前に指を汲む。
パシンッ!と手の平同士がぶつかり、互いに絡み合う。祈りの構えをする少女の右手だけが、女性にかかった液と同じ色で濡れ、滴っていた。
「神域結界」
祈りの瞬間、光が波状に走る。女性の身体を抜け教会の壁を抜け森を抜け、魔道具の結界の先をも先抜ける。
津波のような光に一度は瞼を絞った住民達も、次の瞬間には別のものに目を見張った。燃える住居を蹴り崩していたトロールが、老人を踏み潰すところだったトロールが、人の身体を引き千切っていたトロールが、結界に阻まれる住民を追いこみ潰すところだったトロールが、一斉にどろりと全身を泥のように輪郭を失い、溶け出した。
べしゃん!びちゃん!!とトロールの一部がかかった住民達も悲鳴を上げるが、しかし武器をごろりと落とす汚泥になった物体に、その後は声も出なかった。
助かった、と思えば喜びたくもなったが、あまりにも突然のことに状況が飲み込めない。ぽかんと口が開いたまま、何が起きたのかを誰かが説明してくれるのを待ってしまう。
トロールが死んだのはわかったが、液状化する生き物なのかとそれすらも彼らは知らない。分厚い皮膚で傷を作ることもできなかった相手が、突如スライムのように原型を失い断末魔を上げる暇もなく死んだのだから。
怪我人の呻き声をきっかけに救急へ動くが、それでも何が起きたのかはわからない。
周囲をきょろきょろと見回す中、そこで町の一角にある教会の扉が開かれた。
「み、みなさん聞いてくだっください!まっ魔物は全て浄化しました!ので、消火活動をしてください!!」
教会の扉を開くことすら両手でなんとかだった少女の声に、誰もが振り返る。
低い身長と町には馴染みのない顔も住民は注目したが、尤も衝撃を受けたのは彼女が纏う聖衣だった。ハリボテと思うには煌びやかで上等、そして神々しさの溢れる衣装に袖を通せるのは国ではたった一人の〝聖女〟しか認められていない。
しかし、以前に町へ祈りに来てくれたのも一年以上前で馬車や薄い布越しに祈るのを崇めただけの彼らは、今目の前の聖女が本物かどうか判断もつかない。
指示の下手さと威厳の皆無も気にならないほどの彼女の佇まいに、誰もが息を止めて凝視する。彼女の周囲をくるくると旋回して鳴く子梟もまた威厳の欠片もない。
彼らの注目など無意味とばかりに聖女は両手を交互に振って必死に呼びかける。消火活動を、速く、もう安全ですと彼女がか細い声で訴える中、聞こえた者から恐る恐る消火をしようと井戸へと動き出すが、それもまばらだった。
まだトロール全ての死亡を確認できていない住民にとって、いつまたここで生き残りが現れるかと思うと安心もできない。
聖典の旅でも住民への誘導は仲間に任せることの多かった聖女は、声を張り手振りで示す。自分の声が小さいせいで聞こえないのかと考えた聖女は、もう一度大きく声を出すが今度は叫びすぎて咳き込んだ。ごほごほっと、苦しそうに背中を丸める聖女に人々が戸惑う中、開けっぱなしの教会から子どもを抱いた女性がふらふらと出てきた。
聖女と同じ細身の女性でありながら、聖女の倍以上は響く声で町中へと呼びかける。
「聖女様です!!聖女様が!!助けてくださりました!この御方は聖女様です!!!」
ひぇっ!?と、突然の自分を主張する声に聖女の方が肩を上下しひっくり返りかけた。しかし女性の叫びは、聖女の呼びかけ以上の効果を見せる。
聖女?!聖女様?!助かったのか!!と、救世主の登場に誰もが目を輝かせ、自分達の状況をようやく正しく受け止めた。
聖女様!聖女様!!聖女様!と誰もが歓喜に満ちた声で呼ぶ中、聖女は大きく肺を膨らます。
「消火活動を!」と今度こそ、叫んだその指示に誰もが俊敏な動きで行動に移し始めた。聖女様、聖女様ありがとうございますと、子どもを抱いた女性が泣きながら感謝を示す中、聖女は目を泳がせながら逃げるように井戸へと急ぐ。
「ごごごごごめんなさいわた、わたし火、火を消すの手伝います……」
感謝を言われているにもかかわらず、目を回し泣きそうになる聖女は住民達が集まる井戸へと自分も急いだ。普通の魔法は使えなくてもせめて水汲みくらいは手伝わないと申し訳が立たない。
城の聖堂から町の教会までは転移魔法で一瞬だった聖女だが、隠れていたニーロの部屋から聖堂までの移動に時間がかかってしまったことに肩を狭めた。もっと速く聖堂に着けばもっと被害は少なかったのにと町の惨状にそれだけで涙目になった。
住民は火事の消火活動こそ急ぐが、生き残りも多いお陰で連携が取れていた。
魔物の出現と比べれば火事など数年の間にも起こる分対処も怖くない。家二軒よりも森に燃え移った木々をはやく消そう、周りの木を切り倒せと、今度こそ役立つ筈の魔道具や魔法で水を出し消火に動く。
バケツリレーをと、自分の背後に立つ相手にバケツを渡せば、それが聖女だったことに気付いた男は思わず声を漏らした。
「聖女様?!」と町を救ってくれた聖女になんてものを持たせたかと焦る。細腕でバケツを持つ聖女は「大丈夫です」の声もでなかった。渾身の力を入れてバケツを持ったままふらふらと足下がふらつき、背後で待つ相手に渡す前にバケツごと転んだ。ビシャァアアッ!と水を被った聖女に悲鳴が上がる。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!わたっ私貴重なお水を!!」
「お前馬鹿野郎!聖女様になにやらせてんだ!!」
「聖女様申し訳ありません!!!!」
膝から下をべっしゃり濡らしたまま転ぶ聖女に手を貸す男の方が周りに責められる。その間もごめんなさいと連発する聖女に周囲も戸惑い、結果としてバケツリレーの進行が遅れていく。
「ここは聖女様のお手を煩わせることでは」と列から外されれば、聖女の顔は青くなり肩を落とした。ただただ自分が戦力外通告されたと、誰の邪魔にならないように離れていく。
聖女様!聖女様!と呼ばれる声は、もう長い聖典の旅でも帰還後でも慣れてしまった。それが自分を褒めてくれているのはわかる聖女だが、全く心は震えない。
町を救えはしたが、ここに旅の仲間達が揃っていればもっと早く被害は収束していたと思う。
「聖女様!聖女様っ!!どうかお力を貸してください!!」
「?!ふぇっ!?はい!!」
聖女様の声援の中に紛れた呼びかけに、聖女は身体ごと跳ねながら振り返った。
見れば、教会で出会ったとは違う女性達がぐったりと血の海に沈んでいた。手足が千切れている女性も多く、その惨状に今気が付いた聖女は思わず悲鳴をあげる。大怪我も死人も見慣れているが、今の今まで気が付けなかった自分に血の気が引いた。
消火活動よりも自分にできることがあることを完全に失念していた。聖典の旅では誰かが指示をくれ、何より役割分担もはっきりしていた分動きやすかった。
「ごごごごっごめんなさい!!」と今まで放置していたことを謝りながら、聖女は駆け寄り指を組む。重傷者の中心で神聖魔法を展開し、可能な限り近付くべく両膝をついた。
一人は手遅れだったが、残りの三人はまだ辛うじて呼吸はしていた。そこから聖女を中心に光の波紋が広がれば、痙攣も血も止まり傷が塞がる。神聖魔法の中でも回復魔法は基本の一つである分、詠唱不要の魔法でも効果は高い。
「!まっまだ動かさないでください!も、ちょっとすみません!」
命が助かった女性達に、思わず抱き着こうとする周囲を聖女は慌てて止める。一人ずつではなく一度に周囲全員へまとめて回復を施している為、動かされると効果も薄まってしまう。
今度はただ詠唱も行う聖女に誰もが聞き入り、光の波紋を待つ。そして最後は
目を、疑った。
……
「どういうことだ……?」
緊急警報である鐘が鳴らされてから、帝都の討伐隊が駆け付けたのは一時間後のことだった。
逃げ延びてきた町人からトロールの出現を聞き、装備を急ぎ揃えてから出動したことも馬で時間がかかった理由だった。
外側から誤って作動された魔導具の結界は消えておらず、そこに住民の姿はなかった。トロールに全員が食われた後かと考えた討伐隊だが、魔導具を停止して進めば妙な光景が引っかかった。
結界の内側に散布した液体は赤ではなく、魔物の色で地面をぬかるませていた。更に、火事の跡がところどころにあった森だが、雨が降ったわけでもないのに全て消火された後だった。わざと木々を倒し燃え広がりを塞いだ後もあり、魔物ではなく人的意図が残されていた。しかし、そこにも死体は一つもない。
進んでいけば森の中に今度は人間の血の跡はあったが、残骸も死体も残っていない。
さらに進めば、ようやく町に辿り着いた。住宅は壊され、燃え落ちたものも多い。森からも回収したのであろう亡骸が、複数体教会の前に並べられていた。
討伐隊に気付いた者から目を輝かせ、声を上げ歓迎するが、誰もトロールの脅威に怯えた様子はなかった。
情報ではトロールが五体出現したと聞いたのに、どこを見回してもトロールの気配はない。
「聖女様が!聖女様が助けてくださったのです!」
住民達が口を揃えて言う〝聖女〟に、討伐隊兵士は顔を怪訝に見合わせた。
聖女は今、皇帝に呼ばれて城に訪れていると帝都の討伐隊達は知っている。自分達でさえ鐘を聞いてから装備の時間は除いても馬を走らせて来たことは変わらないというのに、か細い少女が帝都から離れた町に着けるわけがない。
更には、聖女は今まで人前に姿を現せること自体少なく、魔物退治に駆り出されたことなど一度もない。
本当だと口を合わせる住人が指差したのは、ついさっき聖女が飛び込んでいったという小さな教会だった。
しかし、扉を開いても誰もいない。
「本当です!聖女様があっという間にトロール達を退治してくださりました!あんなことができるのは聖女様しかあり得ません!」
いや、聖女でもあり得ないと。その言葉を討伐隊長は飲み込んだ。
聖女の情報は秘匿の為口外できないが、隊長は聖女の能力をある程度は大聖堂での護衛任務を通して知っていた。
まだ、神聖魔法の才能しかない状態だ。ついひと月前も中級魔法は難無く使えるが、高位魔法で精一杯だった。あの年でそれだけできれば充分天才だが、住民の語るような力はない。
住民達の話を聞けばトロールはほとんど同時に溶けた。おそらくは神聖魔法の結界だろうと隊長は推測できた。広範囲に神聖魔法の結界を張れば、その内側にいる魔物は形を保てず一度に複数体を退治できる。しかしその結界は、神聖魔法の中でも最高位以上の魔法だ。とても今の聖女のできる技ではない。
「聖女様は死者を除き、重傷者全員に回復魔法を施してくださりました!手足が千切られた者までこの通りです!こんなこと聖女様でもなければ不可能です!!」
トロールに襲われて住民全員が正気を失ったのではないかとも、隊員達は疑った。
神聖魔法は確かに、他の魔法と比べても回復魔法の効果は高い。しかし、住人達が示した被害者達は全員が五体満足だった。
欠損した手足を無から再生するなど、熟年の宮廷魔導師でも難しい。神聖魔法でもやはり最高位の魔法だ。しかもそれを自分達が駆けつけるまでの間に被害者全員に施し回復まで終えたとなれば、人の所業かも怪しい。
一先ず住民達を落ち着かせる為にも調書と被害確認を行う討伐隊は、そこでさらなる事実を知る。
当時、トロールの数は合計五体。そして村の端から反対端、町の外の森から結界の間近まで拡散していた。つまり、結界は町も森も全てを覆う規模で展開されないと説明できない。
一度に町一つをゆうに覆う結界など、エルフですら難しい。それをたった一人の人間の少女が行ったかもしれないことに、討伐隊はわずかに怖気を覚えた。
最後に、その少女の外見情報がまさに自分達の知る聖女であることに、困惑を露わにした。
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