50.聖女にとっての正答。
「アクセルっアクセル!ごめんなさい私のせいで……!」
覗き込み、腕を伸ばしてなんとかその手を片方掴む。私よりも羨ましいくらい背も高くて身体も大きいアクセルを引き上げるのは、引っ張る前から無理だとわかっていた。
それでも神聖魔法しか取り柄のない私にはこれしかなくて、腕を掴んだまま必死に引っ張り上げようと後ろに体重を掛ける。けれどびくともしない。どうしよう、このままだとアクセルが谷底に落ちてしまう。
大声を上げて塞がった天井を見ながらもう一度、もう一度と繰り返し声を上げ引っ張る。ああなんで、私はずっとこんなんなのだろう。せっかく、せっかくここまできたのに。ようやく
伝説の聖典に、辿り着いたのに。
「アクセル!アクセル大丈夫ですよ!あとちょっと頑張ってください!もう聖典がすぐそこですからね!」
私の所為だった。
失われた都市の地下聖堂。その封印の間まで辿り着いて、ようやく聖典を見つけた。私一人じゃ絶対にこの場所の情報を貰えるどころか、その前に死んでいた。
ニーロが死んで、ラウナが死んで、モイが死んで、……もう役に立たないだけの愚図で雑魚な私にアクセルは最後まで付いてきてくれた。私の命だって狙っていたこともあるのに、何度も何度も助けてくれた。
神殿の試練もアクセルと、……モイが命をかけてくれたお陰でくぐり抜けて、ようやく辿り着いた。
ようやく聖典が見えた途端、私が飛び出して、最後の罠にも気付けなかった。急に地面が落ちて、突き飛ばしてくれたアクセルだけが落ちた。
ようやく、これで終わると思ったのに。
ニーロやラウナやモイみたいに、これ以上罪のない人が犠牲にならないで済むと思ったのに、最後の最後にまた私のせいでアクセルが。
この亡都神殿内は、神聖魔法しか魔法が使えない。その上、半魔のアクセルは亡都神殿の力に影響されて弱体化され身体だってずっと辛そうだった。今だって自分の力で這い上がれないで、断崖に掴まっているだけで苦しそうに息を乱している。
私の神聖魔法じゃ、アクセルを助ける方法なんて見つからない。
ニーロみたいに力があったら良かったのに、ラウナみたいに元素魔法が使えたら良かったのに、私は貧弱で、神聖魔法にはそんな便利な魔法もない。
引っ張って、引っ張ってもアクセルを持ち上げられなくて、どうすれば良いかわからなくなって私の手まで震え出す。泣くなと何度も仲間達に言われたのに、また目が潤み出してよく見えない。
泣いたってどうにもならない、誰も助けてくれないそんなのわかっているのにいつまでも私は泣き虫でどうしようもない。聖典の旅でお荷物でしかなかった私は、助けられるばかりでまだ一度も仲間をまともに助けたこともない。
「っ……。……もう良い。さっさと聖典を取れ。お前の足下も崩れんぞ」
「取りに行くならアクセルも一緒です!聖典が手に入ってもアクセルが死んだら意味がありません!!」
「意味はある」
ハァと、溜息交じりに言うアクセルは、その口調に反して私が引っ張る右手も左手も震えていた。ああどうしよう、アクセルももう限界だ。
掴み直しても引っ張り直しても、なけなしの魔力で神聖魔法を何でも良いから使っても、アクセルは上がってこない。回復魔法も、アクセルの傷は治せてもこの亡都神殿の影響からは守れない。「無駄撃ちするな」と怒られてもなんでも、アクセルが上がってくるまでなんでもする。
泣きながら嗚咽交じりのぐちゃぐちゃな喉で詠唱も唱えれば、何度か失敗した。どうして、どうして私はこんなに役立たずで使えないままここまできちゃったんだろう。
旅なんか、いかなければ良かった。
私なんかが選ばれるべきじゃなかった。もっと最初から優秀な人が選ばれるべきだった。こんな才能もない私が聖女に選んで貰えたこと自体が間違いだった。
アクセルの指が一本、崖から滑り離れていく。掴んでも、指一本掴めても何も変わらない。「ああああ!!」と誰にでもなく私は自分に吠える。これが悪夢だったら良かったのに、今度はもう二度とこんな間違いしないのに。
「聖典を持ち帰れ。世界でもなんでも救えば良い。お前にはまだ故郷も」
「ッ故郷があっても!!!!…………ッ私の仲間はもうっ……アクセルしか残ってませんっ……」
いやだ。もう、もう失いたくない。
もう死なせたくない。世界を守れても私には何も残らない。死なないで置いてかないで消えないで一緒にいて離れないで見捨てないで私のせいなんかで死なないで。
言いながら涙が零れて、アクセルの顔にまで落ちた。
喉まで酷くしゃくり上げて、嗚咽を溢しながらただ喚く。世界よりも国よりも使命よりも、ただ失くしたくないとこの時だけはいつも思う。…………仲間を諦めないといけなくなる時は、いつも。
ニーロは言ってた。「聖典を見つけろ」って。ラウナだって「私達は託された」って言ってくれた。
聖典を見つけて、来たる脅威を払いのけて世界を救っても、その世界で私はどうやって生きれば良いのかもうわからない。仲間もいない使命も終えた何もないまま生きる未来が想像できない。
いっそ来たる脅威もないでこのまま旅だけ続けられたらと、ニーロが死んじゃうまでは何度も呑気に思った。
「アクセルの!!……っっ。アクセルの、望みの魔法が聖典にあるかもしれませんよ……?半魔も、それにハルティアだって戻せちゃうかもっ…………」
馬鹿だ。馬鹿げてる。そんなおとぎ話みたいなことあるわけない。
自分で言いながら歯が震えた。聖典は、来たる脅威を払いのける伝説の書。たくさん、奇跡みたいな魔法もあるかもしれない。そんなたくさんの可能性がある聖典を読みたくてアクセルも付いてきてくれたし、私もアクセルが望む内容があれば良いと思った。だけど、…………もう知ってる。神様はそんなに私には優しくない。
ニーロを奪った、ラウナを奪った、モイを奪った、罪のない人達を魔物の餌にして国を魔族の玩具にした。最後の最後に辿り着いた聖典の前で、またこんな状況を作り出す。全部失えって耳元で囁いているのが今も聞こえる。
あんなに大事で支えだった神様を信じれないくらい、もう私は穢れちゃってる。
「馬鹿」と、アクセルが吐き捨てた。私の過ったことと同じことを言葉にしたアクセルに、絶望ばかりが深くなる。
ここまで連れて来てくれたのも聖典まで辿り着いたのもアクセルのお陰なのに、私はアクセルに希望も望みもなにも叶えてあげることが
「要らねぇよ」
ぱしり、と。唐突に手が叩かれた。
引っ張り上げようと掴み続けていた手を、アクセル本人に弾かれた。崖にひっかけられていたアクセルの指がずるりと滑り落ちる。心臓が一瞬、動きを止めた。
「俺らが望んだのは」
一瞬で底の見えない先に落ちていく姿が、怖いくらいゆっくりに見えて、でも手を伸ばそうとしても無駄だった。アクセルの口が動いて、そして黄金の瞳が私を映して笑っていた。何かを言っていたのに。
「────────────────」
聞こえ、ない。
ああああ゛ああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あッ!!!と喉の限りに底へと吠えて、吠えて、死んでもいいくら泣き叫んで、自分の声で大事な声をかき消した。
耳に届いた筈なのに自分の声に潰れ、また失うことに頭がおかしくなって思い出すこともできなくなる。
アクセル、アクセルと叫んでも返事はない。底の見えない先は、ぐしゃりとその音が聞こえてしまうのもずっと後だった。危ないのに、崩れる前にここから離れろと頭の中でアクセルやニーロが怒る。本人達はもういないのに。
皆、私のせいで死んだのに私に生きる道しか教えてくれない。
いっそこのまま底に呼ばれたいと、心から思いながら蹲る。
自分の汚い声だけが反響し、いつまで経ってもアクセルから返事もなければ、足場が崩れてもくれなかった。
泣いて。泣いて。声も、涙も涸れて、最後に冷たい地面を這いずりながら、前に進んだ。
もうこれ以上、失いたくなかった。私なんかのせいで、世界の為の犠牲を無駄にしたくなかった。
大好きな人達の死を、報いるものにしたかった。
世界も国もどうでも良いくらい、ただ仲間達がしてきてくれたことを無駄にしたくないそれだけを支えに這いずった。
聖典を前に、心の底から聖典を恨みながら封印を解く為だけに神様をこの舌で称え、詠唱をした。
…………
……
「ッ良いから!!!」
……嗚呼、この声も好きだったなぁ……。
怒られるのは怖いし怒らせたくなかったけど、ラウナはいつだって私達を助けてくれて格好良い魔導師だった。
ラウナの言われた通りにして、後悔したことは一度もない。
ぼやけて見えるその人が、ラウナだと良いなと思って呼んだ。
途端に、またラウナの声がして、アクセルの声まで聞こえてきた。薄く開いた視界でモイがぱたぱた羽ばたく。ああ良かったモイはまだ奪われてない。
なんだかニーロに呼ばれた気がするのに、今は聞こえない。……寂しいな。
夢を、みてたみたい。今度は誰かのじゃなくて、私だけの記憶だった。なんで最後の最期にあんな夢見ちゃうんだろう。でも、……このままだとこの記憶も思い出も全部、教皇様に奪われちゃうのかな。
〝継承魔法〟……私が、時間を戻る前に教皇様が言っていた秘術。全部、全部を奪う魔法。
「おい聖女!!聞こえるか?!おい雑魚!!」
アクセル。ごめんね、ごめんなさい。旅の間も旅の終わりも、……それに今、私自身の終わりでも私が鈍臭いせいでこうなった。
だけどね、代わりに良いことがあったよ。あの時、……奈落に消える前にアクセルが言ってた言葉、夢の中で聞こえたよ。
『馬鹿。……いらねぇよ』
ごめんね、ごめんねアクセル。だけど大丈夫、今度の今度こそ無駄にしないから。
ニーロの、ラウナの、モイの、アクセルの、私の大事な人達の犠牲を、皆の優しさを利用したあんな人には死んでも渡さない。……ねぇ、アクセル。
今度こそ、要らないなんて言わないよね?
「聖女!おい!聞こえるか?!」
鈍い視界に、アクセルの目と同じ色を頼りに手を伸ばす。ぱしりと掴んでくれて、ほっとする。今の私じゃ触れるために手を動かすだけで精一杯だった。
神聖魔法を展開し、奪われる前に〝譲渡〟する。継承魔法で奪われる前に、聖典であるモイの所有者をこの手を掴んでくれてる人へと移す。
大丈夫、アクセルならモイのことも聖典も私よりずっと正しく使ってくれる。
ちゃんと知ってるよ。アクセルが頭が良いのも本当は優しいのも、……人間のこと、本当は嫌いになれないことも。
『俺らが望んだのは』
だから今度は私があげる。私から、……同じことを願わせて。
あの奈落に吸い込まれる前に、アクセルが私に願ってくれたように。
『お前の為の人生だ』
アクセルの為の人生が、叶いますように。
1月25日書籍発売
「純粋培養すぎる聖女の逆行 Ⅰ. 闇堕ち聖女×伝説の聖典」
よろしくお願い致します。




