49.魔導師にとっての対応
「……ちょっ、え?!なにこれなにどういうこと?!」
なに?!と、あまりにも意味不明としか言いようのない状況に、ラウナは目を白黒させて慄いた。
聖女に告げた通り、朝一番から料理店で待とうとしたラウナだが、皇帝の公布を聞く為に大広場へ集まろうと店を一時的に閉めたのは、城下の一角であるその店も例外ではなかった。誰もが皇帝の公表を聞くべく大広場へと集まり、店どころか人影すらがらんと減っていた。
それでも仕方なく店の前で待ち続けたラウナだったが、もともと公布が発表されると聞いてから半分は諦めていた。本来であればその公布の為に自分も聖女の同行者として呼ばれる筈だったのだから。
しかし、聖女に決闘で敗北してから一度も自分のもとに城関連の使者が訪れることはなかった。つまり、自分は聖典の旅の同行者として認められなかったのだと、そう考えながらも残り半分の希望を捨てきれず公布後も夜まで一日待ち続ける覚悟でいた。それが自分なりの納得いくまでのけじめでもある。
それをまさか、聖女に選ばれた筈の同行者であるエルフと、そして自分と同じ聖典の同行者だった剣闘士の皇子が瀕死の聖女を抱えて自分の元に飛び込んでくるなど想像できるわけもない。
どうなってるの?!と声を張る中、全力で走ってきた二人は息を切らせることもなく言葉より先にエンヴィーをラウナに突き出した。
意識はなく、走ってきた二人よりも呼吸を荒げ苦しげに呻く聖女にラウナも目を見張る。答えを待つまでもなく、何らかの魔法干渉を受けていることはひと目で理解した。
まさか聖典の旅に出る彼女に何者かが呪いをと過りながらも、今すぐどこか安全な場所に移すべく周囲を見回す。自分の待っていた店は店主によって施錠されているが、同時に無人である。一瞬躊躇い、眉間に力を込めたラウナだが、聖女の命には代えられない。
「ッ店主には皇子様が後で謝ってよ!?」
知らないから!!と、そう目の前の剣闘士を頼りに魔法を展開する。
店主によりしっかりと閉められていた鍵が、ガチャリと一人でに解錠された。入って!とまるで自分の家のように声を張るラウナに続き、ニーロとエンヴィー、そしてアクセルが入り内側から扉を施錠した。
両手が使えないニーロが足でテーブルや椅子を乱暴に退かし、その床へ丁重にエンヴィーを寝かせた。「なんとかできるか!?」と数秒の間も置かずに尋ねるニーロにラウナも返事をする余裕はない。
元素魔法の第一人者魔導師は、鑑定魔法を行う。聖女の使用する神聖魔法の鑑定とは異なる、魔力そのものではなく〝魔法〟を分析するものだ。
阻害魔法を使うにも、その分析がなければ高い効果は生み出せないと理解しながらも、アクセルは急かすようにラウナの耳へ早口で聖女にかけられた魔法情報を知るだけ告げる。
神聖魔法の中でも禁忌とされた〝継承魔法〟が教皇により使用された。対象物の全てを引き継ぐ魔法であり、知識も魔力も生命力全て術者に引き継がれる。そう説明の途中でニーロも顔色を変え、片手間で話を聞いていたラウナは「ハァ?!」と目を剥き声を張る。
皇族に神聖魔法の使い手が複数存在した時代の古代、急逝した皇帝の死体を奪い合い、権力者同士での内戦を引き起こすきっかけにもなった有名な禁忌魔法である。
最初は皇帝の亡骸から継承魔法を使う者で揉め、そして争う者同士で継承魔法をぶつけ合い相手の命も魔力も、最後の一人になるまで奪い合う蠱毒の歴史を境に国全体で使用を禁じられた。魔導師であるラウナも、そして皇族であるニーロも当然知る暗黒歴史の引き金を、よりによって大聖堂の教皇が、しかも聖女に使用したその全てが信じられない。
しかし実際に聖女は苦しみ、そしてラウナの鑑定魔法でもその魔法効果はアクセルの語る継承魔法に酷似していた。
歯噛みし顔を険しくさせながら、今は疑う暇もなくラウナは急ぎ阻害魔法を展開する。詠唱も無しに高位魔法を発動するその技術と速度は、宮廷魔導師をも上回る。
「ッ何か解除の方法知ってることは?!」
魔法の撤回は術者にもできない。阻害魔法も、あくまでかけられた魔法を一時的に阻み引き留めるだけ。阻害魔法を解けば再び魔力による干渉は身体を蝕み続け、そして術者が対象者に再び接近すれば継承そのものも再開される。
このまま聖女を教皇から遠く離れた場所に移そうともいつかは聖女の身体が力尽きるだけである。もともと死体対象に使用する魔法は、彼女が死のうとも無効化されない。
阻害魔法をかけ続けるラウナに、ニーロからもアクセルからも返事は無い。そもそも惨劇を起こしたことで使用自体が禁じられた魔法である。アクセルの読み込んできた書物にも、その対処策は書かれていなかった。
「ッ親父に話して宮廷魔導師呼んでくる!!アンタらはヴィーを頼む!!」
じっとしていられないニーロは、喉が干上がる感覚を誤魔化すように声を上げ、単身で店を飛び出す。
ラウナがいつまで阻害魔法をかけ続けられるかもわからない。しかしエンヴィーの状態が維持されている今ならばと今度こそ屋根を乗り上げ、単身で城へと向かう。聖典の旅を任命される聖女の命がかかっていれば、皇帝も宮廷魔導師達は間違いなく動かされる。そもそも皇族が原因で禁忌とされた魔法であれば、一般書物には記載されていない情報も宮廷魔導師や皇帝が持っている可能性もある。
皇帝が真実を知れば、教皇からエンヴィーを守ることもできる。禁忌魔法を受けて苦しんでいるエンヴィーに、魔法の才能がない自分ができることはそれしかない。全てにおいて、自分が今すぐ城に向かうことが最善と判断した。
ニーロが飛び出してから、注意深く外を確認しアクセルはふたたび扉を閉める。今、この場で自由に動けるのも警戒できるのも自分しかいなくなった。
ラウナは、阻害魔法に魔力を注ぐので一歩も動けなかった。ひたすらに自分の知識からも解除方法を思考し続け、そして振り向くことなくアクセルに声を張る。
「!アンタ半魔よね?!ちょっと血を寄越しなさい!!」
「アァ?!なんで半魔が関係……」
良いから!!!とラウナに怒鳴られ、困惑するままアクセルは手近な位置にあったグラスを掴む。回復魔法も使えるアクセルは、血を出すくらいは躊躇いもない。だが、ラウナが考えている半魔と実情は違うと知っている今、意味はないかもしれないと腕にナイフのような爪を立てながら思う。
一般的に言われる半魔は魔物による闇魔法や呪いなどの影響を受けた状態のこと。そして自分は正確には半魔ではあっても誰に呪いを掛けられたわけでもない〝混血〟だ。
しかし説明もされず切迫した中で、やらないわけにはいかない。グシャッと、爪を引っ掛ければ痛覚が走ると同時に血が溢れ出す。ボトボトと指先へ伝うように左腕から血が滴り、それをグラスへ注ぐ。
「……っ。……らぅ……な……」
唐突に、エンヴィーの声が落とされた。「エンヴィー!」と呼びかけるラウナだけでなく、アクセルも振り返る。翳した手が乱れ、ラウナに渡す前に溜めた血がグラスごとひっくり返った。
せっかくの血が無駄になったことも気付かずに、腕の止血も忘れアクセルは駆け出す。「聖女!」と怒鳴れば、その声を手繰るようにエンヴィーも視線を向ける。
阻害魔法の効果により、一時的に継承魔法の影響から脱しようやく意識を取り戻した。それでも魔力も生命力を絞り出された後の身は呼吸すら苦しく、身体も重い。
目を開いた先に薄ぼんやりと見えたラウナへ辿々しく手を伸ばす。何故ラウナがいるのかも知らないエンヴィーには、今自分が見えているのが夢か幻覚かも触れなければわからない。声も耳の中で反響し、よく聞こえない。自分を心配するように傍を飛び回るモイもただの白いモヤに見えてしまう。
自分に手を翳し魔法干渉を行ってくれていることだけは、旅での経験で理解した。自分がこうやって回復魔法や解呪魔法で仲間に助けてもらったことは数えきれない。更にはアクセルが視界に飛び込み、自分に何かを呼びかけている。意識が定まらなかった間には繰り返しニーロの声まで聞こえたのも覚えている。
聖女、おい、聞こえるか、なんとか言えと怒鳴るアクセルの腕が赤く、視界に引っかかる。震える指先を伸ばし、その赤へと伸ばそうとするエンヴィーに、何をしようとしているのか想像できたアクセルは右手でその震える指ごと彼女の手を掴み止めた、その瞬間。
魔法が、展開した。
ぶわりと掴まれた手を中心に光りが溢れ、掴んでいた己の右手のひらに魔法陣がうっすらと浮かぶのを慌てて手放した瞬間にアクセルは確認した。
てっきり、自分の怪我を見たエンヴィーがまた自分の状況も理解せずに回復魔法をかけようとしたのだと思ったが、その魔法陣はどう見ても回復魔法ではない。更にはそれを証明するように、左腕の流血は今も止まっていない。そして、その魔法はアクセルも知るものだった。
何故、よりによってこれを今自分にと、意味もわからず魔法陣の痕跡が残る自分の手のひらをアクセルが見つめる中、聖女は仄かに笑う。
〝召喚魔の譲渡〟
状況はわからずとも、教皇へ最も譲りたくないそれを最も自分が託したい相手に渡せたことに安堵したエンヴィーは浅い息を一度、吐き切った。
4-2
同じ魔法属性同士でさえあれば
1月25日書籍発売
「純粋培養すぎる聖女の逆行 Ⅰ. 闇堕ち聖女×伝説の聖典」
よろしくお願い致します。




