43.剣闘士にとっての覚悟。
「ッお願いします父上……ッいえ皇帝陛下!!〝聖典の旅〟に俺を同行者として御指名ください……!!」
息を止め、直後に大声で響かせ言い放つ。
父親である皇帝に膝を降り、頭を床に触れるまで下げた。親父からの返事はすぐにはこない。「お前、……何故そのことを」と驚いたように親父が呟くのも当然だった。
まだ、公表もされる前の極秘情報を、とっくの昔に城を出た俺が知ってるなんておかしいに決まっている。
まだ、ヴィーのやつも知らされていない、極秘中の極秘だ。
数ヶ月ぶりに城に訪れた途端、皇室にズカズカと上がり込んで頭を下げる馬鹿息子。皇子の立場も放り捨てて、剣闘士になると言って好き放題生きてきた第四皇子が摘み出されても仕方ねぇことくらいわかってる。
ついさっき闘技場で優勝したぐらいで面会が許されるわけねぇことも、俺が一番わかってる。それでもようやく念願叶った闘技場優勝者になった今、じっとはしてられなかった。これでようやく、正々堂々俺は聖典の旅に同行を望める。
ヴィーを、守ってやるその為に。
今でも忘れない。第四皇子で、年の近い兄貴達が優秀で、……俺だけがいつまで経っても兄弟の中で劣等だと思い込んだ日々を。
魔法もクソ下手、……今でもその才能はない。兄貴達がとっくに魔法を使えた年にも火の一つも出せねぇで、教師すら途方に暮れた。親父と血が繋がってないんじゃないかとまで噂されて、泣いた。いつか本当にそうだと明かされる日がくるのが怖くて仕方がなかった。
『エンヴィー、こちらがニーロ第四皇子殿下だ。私が皇帝陛下とお話している間、殿下にご無礼がないように、仲良くして頂きなさい』
そう教皇が城に来る度に面倒を押し付けられた時も、歳が近いからじゃなくてただただ魔法も何をやらせても駄目だからこんなガキのお守りをさせられたんだとしか思わなかった。
ヴィーは昔からどんくさくて間抜けで、少し目を離すだけで転ぶし物を倒すし壊すし城内でも迷って泣く。それでも親父に任されたことだけでもやらないといけないと、仕方なく面倒を見続けた。
戦闘指導を受けている時も、教皇がヴィーを連れてくれば親父と話している間必ずヴィーは俺のもとに押しつけられる。当時は、教皇も「未来を担う者同士仲睦まじいことは微笑ましい」と、俺とヴィーを一方的に仲良くさせたがっていた。
俺が教師に指導を受ける間はヴィーも神聖魔法の本を読んだり俺が教わっているのを見ててばっかでじっとしてるとわかってから、ヴィーが来たらわざと戦闘技術の指導を受けるようにした。その方がヴィーも不思議なくらい動かないし、俺も時間が無駄にならねぇし気を遣って話さなくて良い。ただでさえ魔法の才能もなく学も劣っていた俺は、せめて剣や護身格闘術は兄達より遅れたくなかった。……それに。
『ニーロすごいニーロすごい!!格好良かった!!」
褒められるのも、悪い気はしなかった。
兄達と比べれば初歩の初歩なのに「羨ましい」「私なんて剣だって振れない」と褒めてくれるヴィーに、少なからず救われた。真面目と研鑽しか取り柄のない要領の悪い俺に、俺だってできるんだと初めて思わせてくれたのは教師でも親でもない名ばかりの聖女だった。そして
『じゃあニーロは──────』
当たり前みたいに言ってくれたあの言葉がなかったら、あんなに頑張れはしなかった。
「……ニーロ、答えよ。一体いつからそれを知っていた?」
親父の低めた声からは、当たり前だけど承認の言葉はなかった。
眉間を狭めて険しい顔を見を向ける親父に、俺も顔を上げる。ガキの頃、回廊で親父が教皇と予言の話をしているのを聞いたと話せば溜息が返ってきた。誰にも話してない、ヴィー本人にもと声を上げ、重ねてもう一度願い出る。
こんな風に親父に頭を下げるのも、頼むのも今回が最初で最後だ。城を出た時も剣闘士になった時も王位継承権なんか要らねぇと断った日も、頭をこんなに下げることなんかなかった。
あの日からずっと、この頼みの為だけに全部を捨てた。
『聖女の、神聖魔法の調子はどうだ。教皇よ』
『ええ、順調です。神に愛されしあの子なら〝来たる脅威〟が来るまでに聖典を見つけ出してくれることでしょう。……たとえそこに幾度の苦難があろうとも』
聞いた、見た、知った。
ぞっと、血の気が引いて冷たくなったのも、汗が酷く溢れ出たのあれが初めてだ。教皇が来ているのに遠目の馬車で気が付いて、ならヴィーも一緒だと思って迎えに行ったその日は親父と教皇二人だけだった。信じられねぇ会話に身を固くして、呼吸も止めて聞き入った。
信託とか来たる脅威とか、聖典なんてまだガキだった俺にはわからなかった。
ただ理解したことは、それがヴィーの〝聖女〟としての使命で、成人の十六になったら嫌でも任命される。教皇と皇帝二人の最大権力者に命じられる。
間抜けで弱くてよく転ぶヴィーに、国中を……下手すれば世界中を歩き回って生きてやり遂げられるわけがない。神聖魔法を確かに勉強しているけど何やっても失敗するようなあいつに、そんな大任背負えるわけがない。
一人で旅に出ても、聖典を見つけるどころか山で行き倒れて死ぬ。できるわけがない、生き残れるわけがない。……それは、こうして十六歳の誕生日が近付いている今のあいつを見ても思う。
ガキの頃から変わらない、神聖魔法だってまだ未熟で失敗することも多いし間抜けで転ぶし話し下手で泣き虫のあいつは兄上達みたいな特別でもない
『ニーロ!ニーロすごい!!』
純粋なだけの、普通の人間だ。
優秀な護衛を付けると、親父は教皇に約束していた。常に聖典の旅に相応しい実力者達には常に目をつけている。そう聞いて、もう迷いはなかった。
その為に、剣闘士を目指した。戦術の指南も教師から死ぬほど受けて、それでも足りなくて満足できなくて城を出た。……兄達が、それぞれ才能に頭角を現した本当の理由をそこで知った。俺に足りなかったのは目標まで満足しない意思だったんだと、城を出た時に思った。
教師よりも卑怯で実践的な戦闘がある闘技場で、ヴィーが旅に出る前に一番になると決めた。
闘技場で一番にさえなれば、皇帝も教皇も認めざるを得なくなる。馬鹿で魔法の才能もない腕自慢なだけの第四皇子より、ずっと聖典の旅に相応しい。どうせ生きるか死ぬかわかんねぇ旅に出るんなら王位継承権だって必要ないと、正式に破棄した。王位継承争いなんかより、剣闘士として頂点に立つことを選んだ。
「お願いします……!!もうこの国に俺以上に強い剣闘士はいません!!皇族としてではなくただの剣闘士として!ヴィーの盾役として同行させてください!!命に代えてでも道中護り続けると誓います!!」
吐くだけ吐いて、肺に酸素が無くなる限界まで張り上げた。
ガン、と頭を下げすぎて大理石の床にぶつかった。剣闘士で頂点を取るまでまともに帰ることも減っていた城でいきなりこんな大役を任せろなんて、無茶を言っているとわかった。
親父から暫くは沈黙だけだった。顔を上げることも許されなければ、退室を命じられるわけでもない。もしもう候補がいるならそいつと決闘でもなんでもする、機会をくださいと言葉を続けてもそれは同じだった。
五分、いや体感じゃ一時間床を睨み続け、唐突に聞こえたのは短い息の音だった。
「……良かろう」
ガバッと勢いつけて顔を上げた。瞼のなくなった目で親父を見上げれば、玉座に掛けたままの親父は厳しい眼のままだ。それでも、今の言葉を撤回される前に「ありがとうございます!」と感謝を響かせる。親父にどう思われても今更なんでも良い。そんなことよりもヴィーだ。
「ただし」とその言葉は、直後に続けられた。皇帝の「ただし」に続けられる言葉は条件だと、知ってる俺は心臓が鈍く鳴った。
親だったこともない親父は、皇帝の威厳のまま見下ろし眉間にを狭め俺を指で差し示す。
「その任に就いた暁には、弁えよ。親しくするなとは言わんが、弛んだ言動は改めよ。彼女はお前の妹でも、友人でも、そしてもうただの少女でもない、この世界を救う大いなる使命を負う〝聖女〟だ。誰よりも同行者であるお前がそれを尊しなければならぬ。お前が軽んじればそれだけで、周囲からも聖女は軽んじられる」
今までも、何度も言われたことだ。
教皇から苦情が入っている。大聖堂に上がり込むな、人前で聖女を〝ヴィー〟と呼ぶな、馴れ馴れしくするな。……俺が城を出た途端、教皇は手のひらを返してヴィーから俺を遠ざけた。王位継承権も捨てて闘技場に堕ちた野蛮な皇族崩れの剣闘士と教会が庇護に置く聖女は相応しくないと、何度も城と親父を通して苦言が繰り返された。
式典の時に呼ばれたら顔を出す程度の、皇族から離れた俺と聖女が関わっても教会にも教皇にも〝得〟がないと判断されたと理解した。
もう城にも皇族にも戻る気がない俺には教皇の都合も城への苦情も関係ない。ヴィーはもう妹みたいなもんで、あいつを守る為にいつか一緒に旅についていってやる為に剣闘士を目指した俺に、外野からこの仲をぎゃあぎゃあ言っても無駄だった。
『ニーロ!今日大きな大会なんだよね!頑張ってね!』
それに、ヴィー本人が距離を取るのを望んでいないのは、聞かなくてもわかった。
教会関係者で教皇にも止められていた筈なのに、姿を隠してまで何度も応援に来てくれた。大聖堂まで会いに行ってみればいつだって喜んで駆けこんでくる。
まだ使命すら知らされてないヴィーがそう望んでくれてるなら、俺も教皇や親父の言うことなんざ気にしなかった。
俺が剣闘士になった本当の理由なんて、あいつは今も知らない。知らなくて良い。優し過ぎて純粋しぎるヴィーは知ったらきっと、自分を責める。俺があいつを守りたいだけで、あいつに俺の人生の責任まで負って欲しいわけじゃない。
「闘技場のようにお前一人の命で済まぬ、大いなる使命。その為の同行者の役割は友ではなくあくまで〝護衛〟だ。聖女達に危険がないように張り詰め、常に油断なく務め、常に先見の目を持ち、そしてまだこの世の不浄を知らぬ聖女の為にも厳しく導け。お前の判断に聖女の命と世界の命運がかかることを忘れるな。…………それを、この場にて誓えるか?」
すぐには答えられなかった俺に、親父は低めた声を響かせる。
思わず下を向き、歯噛みする。じわじわと肌に熱が帯びるのがわかった。これは恥だ。……たかが、こんなことで数秒でも躊躇った俺への、恥だ。
今日まで何の為に努力した?何の為に闘技場に飛び込んで死にかけた?それをたかが、こんな安い条件で躊躇ったんじゃ、覚悟もたかが知れている。
「誓いますッ……!」
決まっている。
あいつを守ると決めた。その為に全部を捨てて、俺にできる全部を選んだ。他の誰にも任せず、俺が唯一信じれる俺の手で、間違いなく守り抜くと決めた。
神聖視も、虚像も見ない。ガキの頃から変わらない、ヴィーを生かして故郷に帰せれば。
それ以外はもう、捨てて良い。
………
…
「……ニーロ」
ぽつんと、自分の唇が気付けば動いていた。
今月25日発売の第一巻の特典が公開されました。
https://x.com/ovl_infof/status/2011755245752250420?s=46&t=mp-htZMi0-G7n-_gRu0PRQ
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