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<1月書籍発売中!>純粋培養すぎる聖女の逆行~闇堕ちしかけたけど死んだ仲間に会えて幸せなので今度は尊い彼らを最善最優先で…って思ったのになんで追いかけてくるんですか?!~  作者: 天壱
第三章 聖女の知らない世界

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42.聖女にとっての害悪


「一角獣の蹄を寄越せ」

「え……?」


ドガッ!と強い衝撃にエンヴィーは悲鳴も微かにすら出なかった。

涙と鼻水で顔も両手も汚れた女になど触れたくもないと言わんばかりに足蹴にされる。何が起きたかもわからない聖女は、床に倒れたまま身体を丸めてそれを堪えた。ひっ、えっぐ、とまだしゃくり上げた喉のせいで咄嗟に声が出ない。

「汚ぇな!」と一人が笑い混じりに声を荒げれば、すかさずもう一人が「おい声を抑えろ」と囁いた。ここが闘技場である以上、外を歩き回る兵士や関係者に目撃されるのは面倒だった。


「ほら出せさっさと!!ッおい!聞こえんだろ!!もう一人が持ってんのか?」

「ならそいつの居場所だけでも吐けよ?役立たずで死にたくはねぇだろ?」

ハハッと、声こそ抑えたままにもかかわらず、足蹴は容赦なく繰り返される。

二人分の足から踏まれ、蹴られ、エンヴィーは相手の顔を確認するどころか抵抗らしい抵抗もできなかった。ただ痛めつける目的ではない、殺すことを前提として足蹴だと聖女はその痛みで理解する。旅の間も何度も味わった痛みは、程度も覚えている。殺す気だと、そう思ったところで、垂直に踏み降ろされた先にあった腕がパキリッと本当に骨へ亀裂が入った。

「アァッ……!!」と悲鳴が溢れそうになったところで直後に口を男に直接覆い塞がれる。鍛えられてもいない、毎日祈りと神聖魔法の勉強しかしなかった聖女の細腕は男達が想定するよりも遙かにもろかった。

ぜぇはぁと、呼吸を整えながらもエンヴィーは確信する。彼等こそが、回帰する前の世界でマリウス夫婦を殺した犯人だと。


予想は、できていた。彼らがニーロとマリウスの賞品のやり取りもマリウスの家も知っていたのなら、この闘技場にいた可能性も高い。

てっきり大聖堂に帰れば諦めるか、もしくは旅に出てから追って襲ってくるくらいだろうと考えていた聖女だが、彼等も行動は早かった。歴戦の剣闘士ならば寝込みを襲う必要も、人目につかない必要もある。しかしたかが少女一人を相手にそんな必要もない。

簡単に捻り殺せる相手に何の準備も必要ない。標的が一人にさえなってくれれば、あとは奪って殺せば済むだけの話だ。

しかし今エンヴィーが尤も知りたいことは、自分がこんなに早く狙われた理由ではない。むしろ、今自分が優勝賞品を持っている間に狙われたお陰で、ニーロにもマリウスにも確実に被害が及ばないことに心の底から安堵した。そんなエンヴィーが、今一番知りたいことは。


「ど……やって?……見張り……たのに……」

見張りがいた。自分が入る時に立っていた男は去ったが、代わりの男がすぐに扉の前に配備されたのをエンヴィーは確かにこの目で確認した。

そして扉前の廊下を進んだ先にはアクセルもいる。男達二人が入ってきたら心配してきてくれるんじゃないかと思う。何より、古びて分厚い扉が開く音など聞こえなかった。

いくら自分でも、背後に立たれるまで気付かないのはおかしい。身体は十六歳だが、魔法の技術と同じく人の気配には当時より敏感になっている自覚はある。

口の中を切り、血を垂らしながらエンヴィーは擦れた声で問いかける。蹴られた激痛が抜けきれず、腹を抱えたまま背中を丸めて首だけを彼等に向けた。

問いかける聖女に、彼等は答えない。ハッと鼻で笑い、どこに隠してるともう一度彼女の腹を力強く踏みつけてから自分達もしゃがみ出す。ケホッケホッと蹴られた激痛と吐き気に噎せる少女が無抵抗に転がる中、一人が騒がないようにその口を手で塞ぎ押さえつけ、もう一人がその服の中へと手を伸ばした。聖衣を掴みひっぱりめくり上げ、肌まで露わにした聖女からあっさりと一角獣の蹄を見つけその手で奪



ジュワァアッッ



手が、溶ける。

「ッ?!ぎゃああ!!!!」

「ッ手ッがァッ!!?」

聖女の肌に触れていた腕が、指が、手の平がまるで酸でもかけられたかのように急激に音を立てて溶け出した。

聖女の口を押さえつけていた手の平は溶けて穴が空き、彼女の身体から一角獣の蹄を掴もうとしていた手もその掴む指が根元からなくなる。あまりの激痛に男達は聖女から飛び退き、せっかく手に入れた一角獣の蹄も彼女の上に落とした。

溶け爛れる手を押さえ、何が起きたかもわからずに後退しながら周囲を見回す。最後に扉も振り返ったが、自分達以外には誰もいない。見張りに立っていた男が扉から入ってくることもない。自分達の絶叫も構わずに、扉は開かれようとする気配もなかった。


「〝身体(ケホン)浄化(プフディストゥス)〟……。効くということは、やはり人間ではないのですね」

床に転がったままのエンヴィーは、まだ鈍痛の続く腹を押さえながらも彼らへ呟いた。口の中に堪った血だまりを床に吐き捨て、その間も次々と詠唱の必要ない魔法から展開する。

エンヴィーは、神聖魔法しか使えない。そして神聖魔法は人間に害を与えない。〝身体浄化〟は触れた相手を溶かす高位魔法だが、それも人間には効かない。唯一効くのは不浄とされる闇の化身だけだ。今目の前の彼等に効果がある時点で、その不浄に値する存在だと証明された。


男達は、歯噛みこそするが答えない。相手が聖女だと知った時こそ警戒したものの、こんな少女なら神聖魔法も大したことないと見誤った。

今のも神聖魔法での反撃だとわかれば、自分達の身体が溶けたことも理解する。手を溶かした彼等は、撤退の判断も速かった。武器庫に侵入した時と同じように転移を決め、……発動しない。いくらその場から転移で去ろうとしても、魔法が一つも展開しないことにそこで気が付いた。

神聖魔法により既に武器庫内に結界が張られた後だった。詠唱も必要ないただの小範囲の高位結界は神聖魔法であるが故に闇の化身は通さず、そして彼らの魔力を帯びる魔法は全て封じる。


「ッどうなってる?!!」

魔法を封じられた彼等は、すかさず唯一の出口である扉に走る。

結界が張られた部屋で扉を掴もうにも、その手前で結界に阻まれる。ドン、ドンと意味もなく結界を叩き怒号を上げたが、結界が破れることもなければ外の見張りが人質になる為に入ってくることもない。聖女の無音魔法によって、とっくに外界との音の線は切られている。

自分達の身体に害を及ぼすほどの浄化魔法に続き、閉じ込め外界から遮断する聖女に、彼等は初めて目の前の敵を正しく認識する。ケホケホッと今も咳き込みながら今度は自身に回復魔法をかける聖女は、ひねり潰すことも簡単そうなほど貧弱なのにもう触れられない。触れたら今も再生しない両手と同じ末路を辿るだけだと理解する。

現実を疑いながら、次々と彼等も得意の魔法を試みる。普段は詠唱など不要な魔法までわざわざ口に唱えたが、たったの一つも発動することはなかった。

その間にも回復を終えた聖女はゆっくりと起き上がり、一角獣の蹄を服の中に戻してから聖衣を着直した。空色の眼差しが、淡く闇色を帯びて彼等を捉える。


「魔族」


ビクッッ!!と、聖女のその小さなつぶやきにも彼等は過敏に身体を震わせた。

自分達の正体を見破られただけではない、何故たかが人間が自分達のその名称を知っているのかと耳を疑う。首を回し振り返りながら脂汗を滲ませる。捻って殺すだけだった少女が、今は自分達以上の化け物に見えてくる。

目を大きく見開いたまま聖女は彼等の反応を瞬きせず、凝視する。彼等が動揺するのも当然だと思う。この時代にはまだ〝魔族〟は世界で認知されていない。今、この世界で認知されている闇の化身は何千年も昔からただ唯一〝魔物〟だけだ。

しかし聖女は知っている。もう一つの種族が、とうの昔から自分達の生活に蔓延っていたことを。


「〝魔族〟ですよね?人間に擬態して意思疎通までできるのは、上位個体である貴方達だけですから」

明らかに異形の姿で、暴れるだけの魔物と違う。

魔物を統率することも生み出すこともできる、極めて知能も魔力も高いと推察される個体が〝魔族〟とそうこの世界で大々的に名乗りを上げるのはエンヴィーの知るもう少し先の未来だ。

魔族にとっても大きな意味を持つその公表は、狭い武器庫の密室で、たった一人の少女に向けて行うようなものでは決してない。

人間の姿に化けることができる魔族を、それまで一度も世界は知ることができなかった。できるわけがない、魔物よりも遙かに強く、そして高度な魔法も器用に扱い、そして何食わぬ顔で人に紛れられる存在を討伐はおろか正体を見破ることさえ困難だった。


「……魔族相手じゃ、マリウスも勝てないわけですね……」

ハァ、と。立ち上がったエンヴィーから重い息が溢される。夫婦ともども殺された理由も、まだ魔族の存在を公表する前だったから目撃者ごと消したのだとなれば納得できた。

ただの強盗だったとしても、ニーロと優勝を争った立場である剣闘士が簡単に殺されるとは考えられない。そして魔物であっても、魔力が伴う武器さえ持っていれば人間でも勝てる見込みは充分ある。

しかし魔族は全く違う。力も、魔力も、魔法技術も全てが魔物よりも人間よりも遙かに優れ、寿命も存在しない。たとえ歴戦の剣闘士が魔道具の武器を携えていても勝つことは難しい。ニーロでさえも今所持する武器で勝つことは酷く難しい、苦戦する存在だ。


自分達に向き直る聖女に、魔族達も狼狽するだけでは終わらない。

武器庫内であったことが幸いと言わんばかりに、保管された武器の中から手近な斧を掴み放り投げた。一般的魔物よりも遙かに力が勝る魔族の腕は、聖女の身体よりも重い斧を音の速さで放つ。一つではない、魔族二人で手当たり次第の武器を手に取ってはその用途も関係なく、エンヴィーから距離を保ったままに次々と投げ、最後には武器の並べられた棚ごとに投げつけた。まるでアクセルの矢の雨のように無数の凶器が無抵抗な彼女を


通過する。


彼女の身体を通り抜け、直後にはその背後に張られた結界に衝突し、けたたましい衝撃音を響かせ床へ落ちて転がった。

その落ちた武器や棚すらも聖女を通り抜け、まるで幽霊のように彼女は変わらずその場に佇み続けた。自分一人に限定された通過魔法は、彼女が壁を抜けることができるように無機物からの衝突も受け付けない。


幻覚か、魔法かと信じられず魔族が喚く中、手近な投げるものを全て投げ尽くした魔族は今度こそ大声で喚き散らすことしかできなくなった。自分達から触れられず、武器は全て通り抜け、魔法も使えない。そんな相手に叶うわけがない。

一体お前はなんだ、何者だ、何故俺達を知っていると、唾が飛ぶほどに喚き散らす中、エンヴィーは一歩一歩距離を詰め出した。結界に捕らえられた彼等が逃げられるわけもないと知った上で、ゆっくりと。

この時代から帝都にまで蔓延っていた魔族に、思うことは山ほどある。

何故一角獣の蹄を欲しかったのか、いつから帝都に、いつから闘技場に、そして今後どういう目的で、計画で、仲間がどれだけいるのか。魔族は拷問しても口を割ることは難しいと理解した上で尋ねたいことがある。しかしそのどれよりも今、彼女のを満たすのは。



─ こんなののせいでニーロが。



「許さない」

明確な憎悪、だけだった。

魔族が関わっていたのならマリウスが殺されたのも仕方ない、勝てるわけがなかった。だがそもそも魔族が関わらなければ、マリウスは死なないで済んだ。未来であんなにニーロが責任を負うことも泣くこともなかった。


たかが魔法鉱石一つと、穢らわしい魔族のせいでニーロもニーロの友人も苦しめられたことが許せない。こんな存在が、ニーロの大事な闘技場を歩いていたことも同じ空気を吸っていたすらも許しがたい。

長い長い聖典の旅の間、幾度も数え切れないほど自分達を苦しめた魔族という存在が、エンヴィーにとっては教皇と並ぶほど悍ましい。後悔も反省もそんなことをするわけもない、相容れない不浄の存在を決して許さない。


狭い武器庫内で、とうとう魔族に手が届くまで接近した聖女は躊躇うことなくその手を伸ばす。

持ち前の身体能力で避けられたが、すかさず拘束魔法を展開した。神聖魔法によって不浄なものに限りその動きが奪われる。聖なる輪によりガチリ、とまるで全身が縛られ固まった魔族は二人別の方向へ逃げようと構えたままバランスを崩し床へと倒れた。飛行魔法も浮遊魔法も使えない結界の中で、為す術もなく無様に床と一体になる。


カタン、カタン、と歩み寄ってくるエンヴィーに、今度こそ腕一本すら動かせない。

自分がそうしたように彼女の靴先がその腹へとぶつけられた瞬間、堪えきれずに悲鳴をあげた。聖女の弱々しい脚力では魔族を転がすこともできず軽い音を立てるだけだったが、その靴先が当てられた途端浄化の力がその腹を新たに溶かす。

溶ける腹を抱えることもできない魔族を目下に、今度はその腹を垂直に踏みつけた。彼女の小さな足を中心にジュワジュワと音を立てて魔族の中心が爛れ、溶けていく。


「ギャッア!アッ!アアアアアアアアアアアアアッ!!!」

濁り汚れた悲鳴を何度も何度も息を詰まらせ繰り返しながらも、順調に溶け進み、身体が二分割されてもまだ続き、身体を保てなくなった魔族はそのまま苦痛だけを残し、時間の経過と共に消えるだけの存在になった。

二分した頭方向から断末魔が続く中、この程度で死ぬのなら魔族でも低級なのだろうと見当付ける。自分達が戦ってきた魔族の中には、身体が半分に裂けたところで平然と生きていた魔族もいた。


くるりと踵を返し、残されたもう一人へと向き直る。

エンヴィーの淀んだ眼差しに、魔族は仲間の死よりも遙かに恐怖で喉を引き攣られた。報復してやる、他の魔族が黙っちゃいないぞと喚いても彼女は歩みを止めない。眼前で止まり、そこで膝を付いて魔族の血走った目を見下ろす。


「貴方達がいなければ、アクセルとニーロが痛い思いもせずに済んだのに」

「は……?!ッぶ?!!」

意味がわからない、なんのことだ、どういう意味だと、全てがこもる一音の直後、魔族がそれを続けることは叶わなかった。

その前に自分の口が聖女の手に覆い塞がれ、声と共に口そのものを浄化で溶かされ奪われる。断末魔すら、塞がれまともに放つこともできなかった。

アアアアアアアアッッ!!と聖女の小さな手の下で叫び、くぐもり、無にされる。口から顔がそして首も鼻も溶けていく激痛に目を剥いても、エンヴィーは至近距離で眺めながらもその手は離さない。

笑顔もなければ、同情もない見開かれた憎悪の眼差しが一瞬の暇もなく魔族を捉え続けた。

魔物すらも浄化する神域結界を使えば、一瞬だった。時間など掛けずとも一つの町全てを包み込んだ結界を張れば、たかが低レベルの魔族など一度に排除ができた。それを一人一人、その手で聖女は浄化する。その理由はただ一つ。



「ちゃんと苦しんで」



復讐以外に、他はない。

何年も聖典の旅を続けた中、誰よりも多く魔族と魔物の醜さを脳に焼き付けてきた彼女の視界が狭く、暗く夜の色になる。

魔族の口も鼻も両手で覆い続ける聖女は、魔物が消える瞬間までその手を下ろさない。溶け、砂塵となり全身が消滅し気付けば残されたのは自分一人だけ。


乱れ崩壊した武器の山と、そして振り返った先にいた魔族も絶命し跡形もなかった。


フーーッ……フーーッ……と肩を上下し呼吸を繰り返す聖女は、座り込んだまま床に手をつき、暫くは放心し続けた。


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【1月25日書籍発売!!】

書籍化決定


《コミカライズも決定!!》

皆さんのお陰です本当にありがとうございます!!

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