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現在は逃亡者。


………ごめんなさい。


「?!おいヴィー!!何処に?!」

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいめんなさいごめんなさいめんなさい!!


「聖女!!どこへ行く!!」

「エンヴィー!!!」

ごめんなさいごめんなさいごめんなさっ……、…………あれ。今、何考えてた??

遠いような近いような声を聞きながら、頭が思い切り懐かしい時代に逃避していたことに今我に返って気が付く。

頭だけじゃない、足も必死に走って逃げてる。すごい懐かしいことを逃げながら思い出しちゃってた!!


走ってる。私が、走ってる!自分でもなんで走ってるのかわからないのに走ってる。バクバクバクバクバクバクバクバクと心臓が煩い。

最初もすごく驚いたのに、今はまた違う感覚で心臓が内側から身体を叩く。自分がどんな表情をしてるかもわからない。腕を掴んできたニーロの手も払い立ち塞がる兵士も閉じられた扉も通過魔法で抜けて廊下を走る今も何処に行けば良いかすらわからない!


「待てヴィー!!!おい!!エンヴィー!俺だニーロだ!!おい!!!」

そして!今も!ニーロが!!あのニーロが追いかけてきてる!!!!!うわああああその呼び名久々だね?!どうしようすごい嬉しいありがとう!!!


懐かしい呼び方に振り返っちゃいながら廊下を走り逃げる。

追いつかれちゃいけない気がして、何度も何度も通過魔法と壁を使って逃げて逃げて逃げまくる。逃げるのは旅のお陰で得意だけどニーロの足には魔法無しじゃ絶対勝てない!!

あんなに会いたかった仲間から暗殺者相手くらい必死に逃げ続けて、壁を四枚抜けて階段登って登ってまた抜けた。おかしい、絶対この状況おかしい!!


教皇様を殴って、胸がすっとしたところまでは良かった。

でも、どうしても夢から覚めない。それどころかまるで現実みたいにじんじんと自分の手が痛くて熱いのが続いた。高度の幻術魔法や催眠魔法でもかけられてるのかもと思って解除魔法も使ってみたけれど、ちゃんと展開はしたのに全く効果がなかった。

いきなり神聖魔法を展開したから皇帝陛下もニーロもラウナも皆びっくりさせちゃったし頬を抓っても目が覚めない!!


まさか、と。夢じゃないもう一つの可能性が頭に過った瞬間、息の仕方も全部わけがわからなくなった。


頭が回らないまま逃げたくて堪らなくなって、気付けば転移魔法を使おうとして失敗して、ここが教会でも聖堂でも神殿でもないと思い出して頭の中の血がぐるぐる回って吐き気まで込み上げて、気が付いたら逃げていた。

そして今、通過魔法で壁を抜けるだけ抜けてようやくニーロの声が届かない部屋に辿り着く。


「……はぁ……はぁ……は……」

辿り着いたのは、誰もいない部屋だった。

使用人もいないけど綺麗でピカピカで豪華な部屋は見覚えがある。ニーロの部屋だ。ニーロの最期を報告した後に、皇帝陛下と王妃様が連れてきてくれた部屋と同じだから間違いない。

ニーロは皇子だけどちょっと普通と違って、旅に出る前からお城を出て帝都で住んでたからずっと部屋はがらんとしてて、そのまま変わってないと言ってた。


逃げるならニーロの部屋より城内の聖堂に逃げれば良かった。そうすれば転移魔法で遠くにも逃げれたのに。

鍵を掛けようかと思ったけど、悪いことをしてるようでできない。壁に背中をぴったりくっつけて膝を抱えてできるだけ小さくなる。気配を消すのも音を消すのも隠れるのも慣れている。

部屋がとても静かだからか、ようやく呼吸が落ち着いた。


「……戻っ………」

考えるよりも先に自分の口が思わず呟いたら、また現実味が強まった。………戻ってる。多分、絶対に。

夢じゃないならそれしかない。逃げながら何度も過った可能性に向き合えば、今度は怖いくらい足が震えた。

顔を上げれば部屋の姿見鏡がこちらを反射して、初めて今の姿を知る。

姿も、戻ってる。昨日までの私じゃない、聖典の旅に出る十六歳の頃の私だ。心なしか肌の色まで健康になってる。昨日までの鏡にうつった自分とは大違いだ。


頭の中を、整理する。今、私はどうしてか聖典の旅に出る前に戻ってる。

そのきっかけは、……確か、教皇様が実は嘘をついていて来たる脅威もこなくて、聖典を欲しくて皆を騙してて。……そのあたりから頭が真っ黒で思い出せない。あまりのことに気を失っちゃったのかもしれない。

とにかくここは夢ではなくて現実で、私はどうしてか過去に戻ってる。聖典の旅を任命された、あの時に。

つまりニーロもラウナも本物で、まだ旅に出てないから死んでなくって……!!


「……!アクセル……。モイ……!」

ハッと気がついたことに、思わず声が大きめに漏れて慌てて両手で塞ぐ。

一度口の中を飲み込んでから、三回深呼吸する。なにか、こういう時使える魔法あった筈なのに頭がぐるぐるで思い出せない。肩が大きく動くくらい吸って、吐いて、落ち着かない胸を少しだけ収めてから召喚魔法を使う。まずは、モイだ。


魔法の中には、高位魔法だけど使い魔生成できる召喚魔法がある。神聖魔法にもそれがある。

初めて召喚したのはこの日よりもちょっと前。十六歳誕生日に教皇様に「エンジェラ」に改名されて、これから聖女らしくなる為にと頑張って高位魔法を成功させた。

手のひら大の魔法陣が浮かび、ぽしゅんっと小さな破裂音を立てて可愛い小鳥が姿を現した。

雪のように真っ白な羽と、召喚者である私とお揃いの空色の瞳。手のひらにすとんと着地した白い小梟。間違いようがない、私の魔力から召喚された召喚魔のモイだ。


「モイ〜〜!!」

声を抑えたけれど、掠れた声で堪らず叫んでしまう。うわああ本当に召喚できた!!モイだ!モイ!!

召喚魔は召喚者の魔法から実際は「召喚」というより「生み出される」と言った方が正しい。魔物みたいに異界から訪れるとかではなく、術者本人の魔力から生成される。

同じ魔法属性同士でさえあれば譲渡も可能で、簡単な召喚魔譲渡の魔法で済むから召喚魔を売るお店もあるぐらい人気だ。私の場合は神聖魔法しか使えないから、市場自体になかなか神聖魔法属性の召喚魔は出回ってなくて自分で生み出したのがモイだ。

魔力から生まれる召喚魔は私の相性や魔力の量の他にも魔法技術経験値知識に魔力そのものの性質も関わるから、今の私だと他の召喚魔がでちゃう可能性があった。召喚した後で本当に良かったちゃんとモイだ!!

教皇様に「そんな弱い召喚魔では聖女の威信に関わるから聖堂内ではしまっておきなさい」と言われたけど、もうそんなの良い!モイと一緒にいれるだけずっといたい!!


出会ってすぐに両手で包むと、モイが「ピィッ!」と喉を鳴らしながら羽をパタパタさせだした。私の頬を羽根で擽る動作もモイがよく私にしてくれた動作だ。……というか、あれ?


「!モイ……もしかして覚えてる?!」

ピィピィと鳴きながらぱたぱたと私の頬をよしよししてくれるモイは初対面の態度じゃない。

初めて召喚した時は私の肩に止まるか周囲で飛んでるくらいでこんなに触らせてくれなかったし、抱っこもすごい嫌がった。何より私の頬を羽根でパタパタする甘え方も、私が旅中泣いてばかりだから濡れた顔を拭いてくれたのが始まりだった。それをまだ泣いてないのにやってくれてるのは絶対おかしい。

今も私の問いに「ピィ!」と答えるモイの返事は間違いなく肯定だった。


召喚主と魔力を共有してるから?それともモイに召喚主の記憶を読む能力があった??可能性はいくつも考えながら、モイのきゅるんとした空色の瞳にまた込み上げる。

私以外にも覚えてる子がいてくれて良かった!しかもモイが私のこと覚えてくれているのが何より嬉しい!!

「モイ」とまた叫びかけ、これ以上騒いだらまずいと奥歯を食い縛る。代わりにするすると頬擦りを五分近く続けた。

モイを撫でて撫でられて、亡都神殿でモイが死んじゃった時のことのお礼をして謝って、またモイに慰められてようやく気持ちが落ち着いた。


モイが死んじゃった時のことを思い出したせいで気付けば顔が目からも鼻からもぐちゃぐちゃで、モイの翼もべっしょりのまま私は状況整理を再開する。

記憶を持ってるのは現状、私とモイだけ。教皇様の来たる脅威は嘘で、そして私は任命中に皇帝陛下とニーロ、初対面のラウナの前で教皇様を叩いて神聖魔法を使って逃げた。


「解除と通過魔法が使えたということは、私の魔法も退化してない……?」

ピィ!とモイが同意してくれた中、私も自分で言った言葉に頷く。

通過魔法も旅に出てから習得した技だし、うっかりで使った大規模解除魔法に至っては旅に出る前の私じゃ絶対に扱えない高位魔法だ。身体は昔に戻ったのに、むしろそれ以外は全部時を遡る前のままだ。旅の間に覚えた神聖魔法の知識も理解も全部覚えたまま頭にある。

聖典の在処も罠も試練も全部知ってるし、もしかしたら一人でも聖典を取りに行けちゃうんじゃ……と思ったところで首をブンブン振る。聖典はもう絶対要らない!


「そうだ、モイ!モイも私のこと覚えてるなら魔法も……?」

潜ませた私の問いかけに、モイはちょっとだけ自慢げにピィと声を鳴らした。

モイは可愛くて飛べるだけじゃない。最初の頃は本当にそれくらいで意思疎通と索敵行動くらいだったけど、姿は変わらなくても旅の中で成長して自然魔法は羨ましいくらいの腕前だった。私は神聖魔法しか使えないからモイに助けられた回数は数えきれない。

ピィピィと鳴きながら一度私の手から飛び上がるモイは、ここで証明しようとばかりに魔法の予備動作を始めた。うっすらと身体全体を光らせる。……っって!!


「ちょっと待ってモイ!ここはニーロの……!」

はっと気付いた時には遅かった。慌てて止めようと手を伸ばすより、モイの魔法展開の方が羨ましいくらい速い。白梟モイの得意技は風魔法。モイの実力は生前には魔物を吹っ飛ばすほどの竜巻を作る実力だった。次の瞬間、私は息を止めモイの姿が突如ぶれ出しそして




〝聖典〟が、出現した。


本日20時にも投稿します

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