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4.聖女にとっての幸せだった頃で、


「なぁ、聖女。この旅終わったら、お前どうする?」

「えっ…………どうする……って…………?」


旅を始めて、数年経ってからのことだった。

今思えばあの頃はまだ平和だったと思う。野宿に慣れて、私も結界を覚えたから魔物からの奇襲もなくなって、ラウナの結界と重ねれば火の番をする必要もなくなった。

それまで夜は、ニーロが火の番をやってくれていた。夜明けにラウナが早起きしてニーロと交代してくれて、私だけがずっと寝ているのが本当に申し訳なかった。

二人に「聖女には任せられない」っていつも言われちゃって、だけど仕方が無いと思う。私は羨ましいくらい強くてしっかり者の二人とは違って弱いし、判断力もないしすぐに慌てちゃうから大事な火の番を任せたら命にだって関わる。


あの時もニーロは、私じゃなくて焚き火を見つめながら話してた。

私と雑談も殆どしなくなっちゃったニーロだけど、火を眺めている横顔を見るのは好きだった。ニーロも私の方に気付かないから見てても怒られないし、ずっとずっと敵の奇襲も考えずに見てられた。

大きくなったなぁとか、強くなったなぁとか、今日は怪我してないかなぁとか、……何か上手に私から話せないかなとか。そんなことを考えていると、時間はいつもあっという間だった。


「聖典見つけて封印説いて持ち帰って、…………そうしたら大聖堂に戻るのか?」

「うーん……かなぁ………。だって私、他に取り柄とかないし、教皇様も「必ず帰ってくるんだぞ」って仰ってたし……」

もう聞き慣れちゃったニーロの抑揚のない低い声に、私もあの時は普通に返事ができた。肩を竦めて、自分で言いながら情けないことに苦笑いした。

旅を何年も続けても、私は役立たずでできることなんて何もない。聖典の旅も教皇様と皇帝陛下に任されたから出ただけで、それまでは帝都どころか大聖堂の外の生活だって想像できなかった。

羨ましいくらいできることがたくさんある二人と、私は全然違うから。


「だーかーらー!取り柄がないって何?!そりゃあ神聖魔法が至高なんて私は思わないけど!でも聖女は!!…………っ。なんでもない」

「ラウナ!一回言ったなら最後まで言え。気持ち悪いんだよって何回言わせんだ?」

ラウナは会話に混ざってくれても、すぐにやめちゃうことが多かった。

ニーロと二人で話してる時は絶対無いのに、私が会話にいるとすぐに話すのを嫌がっちゃう。その度にニーロが怒って、険悪な空気になって、私のせいで二人がぎくしゃくするのが嫌で、だからちゃんとした話以外は私から安易に話しかけないようにしないとと思った。

ニーロとラウナ二人とも楽しんでくれる話か大事な話を考えて、考えて、それで一日が終わっちゃうのがいつもだった。

ラウナが怒って、ニーロが怒って、私は何を言って良いかもわからなくて小さくなって下を見た。

またラウナを怒らせちゃったなぁってわかったのに、何が怒らせちゃったのかすぐにはわからなかった。


「~~っ……だから。神聖魔法っていうのは才能なの!それを使えるならあんな古くさい考えしか持たない大聖堂以外にも行く場所はいくらでもあるっていってんじゃない!」

「言ってねぇよ!!最初からそう言え!本当女ってのはそういうとこが……」

「女は関係ないでしょ??大体!女はって言えば聖女だって女の子じゃない!!」

「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい………」

「「聖女に言ってない!!」」

ごめんなさいごめんなさいと、二人が合わせた声にまた謝り続けた。

ラウナは神聖魔法も嫌いだし大聖堂が統率する教会全部好きじゃないのに、私が勝手にラウナの嫌な話題出しちゃったせいだった。

私はこんななのに、ニーロとラウナは二人だと仲が良い時も多くて、まるで昔からの姉弟みたいに遠慮なく言い合っているのも羨ましかった。

ニーロは幼なじみの私より口喧嘩も含めてラウナとたくさん話してたし、ラウナは同じ女の子の私よりニーロとの方が遠慮もなかった。そんな二人が羨ましくて、でも喧嘩してない二人も大好きだった。

いつか、私もあの輪に入れたらなと何度も憧れた。


「見ろ!また聖女が小さくなっちまった!言い方がきついんだよ!」

「ハァ?!私のせい?!アンタが突っかかってきたから答えただけでしょ?!」

「お前がそもそも俺達の会話に入ったんだろ!!聖女のこと言うなら先ずお前が言ってみろ!さぞかし崇高な目標でもあるんだろうよ!」

ニーロが私を指してラウナに怒る度、本当に私さえここにいなかったら二人はもっと仲良くなれたのにと思った。

ニーロは、旅が始まってから別人みたいにピリピリするようになって、弱くて足手まといの私に怒ることもたくさんあった。

でも、全部仲間を護る為で、私やラウナのことを按じてくれていたって知ってた。だってニーロは昔からずっと優しい子だったから。


ラウナがむむむっと口を噤ませて細い眉をつり上げたのも私に怒るときとは違う可愛い顔で、その顔をじっと見ていて「見ないでよ!」と怒らせちゃったこともよくあった。

ラウナはいつも美人で綺麗で眩しくて、私の憧れだった。


「わ、私は研究に戻るわよ。そもそもこの旅は世界の為だけじゃなく、元素魔法の評価を見直させる為でもあるんだから。帰る家もないし、……どっかの誰かさんみたいに皇族でもないしね」

きっとみんな認めてくれるよラウナの元素魔法を見ればわかるよたくさんたくさん人の役に立ってるよそれを使えるラウナはもっとすごい人だよ私もラウナみたいに、って。……言いたくて、その度に飲み込んだ。


椅子の代わりにした倒木に座り直すラウナは、足を組みながら顔を逸らした。

ラウナは昔から故郷や家の話は嫌がって、私もニーロも最後まで教えてもらえなかった。でも家のことを話す時の、寂しそうな目はいつも胸がぎゅっと締まった。

研究、って話をラウナから聞く度に羨ましいなぁって思った。私はもともとある神聖魔法を勉強することで精一杯で、新しいものを作るなんて考えたこともない。

終わりが見えている神聖魔法と違って、ラウナはどこまでも新しい魔法を作ることができるのが眩しかった。旅の間もすごく研究熱心で、ノートにびっしり魔法事例を記録したり、つなぎ合わせたり私やニーロにわからないことをたくさん考えて答えを見つけるラウナは羨ましいくらい格好良かった。

旅の間だって、ラウナのお陰で救われた人は大勢いるし、私もニーロもラウナに助けてもらった数はたくさんある。私達の自慢の天才魔導師だった。


「あのなぁ、俺だってとっくに城からは出てんだよ。何度も言ったろ。皇子なんて血筋だけで、この旅も剣闘士としてだって」

そうだよねニーロは子どもの頃から真面目で努力家で、強くてすごいんだよ。闘技場でいろんな大会で何度も優勝した、国中の剣闘士の憧れなんだよって、言いたくて。…………言い損ねたのも、百二百じゃない。


困ったように顔を顰めて組んだ足に手を置いてラウナに首を伸ばすニーロは、旅に出る前のニーロのままの仕草で見る度に嬉しくなった。

ニーロはお兄さん達や教師に剣で勝つようになったのをきっかけに城を出て、剣闘士として生きていた。国一番の剣闘士のニーロは幼なじみだった私の自慢で、ニーロが旅に同行してくれる護衛になるって聞いた時も嬉しかった。最初はラウナのことも怖かったけど、ニーロと一緒なら頑張れると思った。


「覚えてる。それで?剣闘士として自由気まま勝手に生きたツケを世界救って精算しろって皇帝パパに命じられたんだっけ?旅始めた時は、そう言い張ってたよねぇ?」

「だッ!!そッれは!~~っいや違う!世界!世界の平和の為だ!第四皇子ッいや国一番の剣闘士として、世界を救う!そうすりゃあ闘技場帰っても華々しく復帰できるからな!」

「へぇ~~?今度はそういうことにしてんだぁ?」

ニヤニヤとラウナが悪戯っぽく笑うのも可愛くて、足先でニーロの足を突く仕草も色っぽくて、腕を組みながら顔を真っ赤にするニーロも可愛くてニーロらしくて大好きだった。


ニーロは剣闘士として最高に名声を浴びている時に私の旅に同行を命じられちゃった。

だから旅を始めた頃は「本当は今頃闘技場で」「酒場で」「モテモテだったのに」ってよく溢してた。最初の頃は私だけじゃなくてラウナもまだ旅に不安そうで元気なかったから、その為の軽口もあったんだと思う。

本当にニーロが今まで頑張った努力も夢も叶ったところで私のせいで邪魔が入っちゃって、でも私はニーロと一緒なのを単純に喜んじゃって、罪悪感がちくちくした。

皇帝陛下に命じられたとか、借金の肩代わりにとか、どうせなら自分より強い生き物いるか確かめたいとか、ニーロは旅を出たきっかけは時々違うことを言うのも結局どれが本当かわからなかったけど、聞く度にニーロらしくて好きだった。


「ッラウナお前いい加減にしろよ……昔のことチクチクチクチクと……!」

ギリギリと歯を鳴らしながら睨むニーロはちょっと子どもっぽかったね。ニーロがそういう肩の力を抜いた表情をさせてあげられるのは私じゃなかったから、見れる度に羨ましかった。

旅を進める間はずっとニーロは真剣で顔も怖くて、まるで魔物の討伐隊や城の兵隊さんくらいに真剣で、天気の話すら私は緊張して、使い魔のモイが膝に乗ってくれる時だけが癒やしだった。


「ま、どっちにしろ聖女のこと言えないわね。アンタも結局もとの場所に戻るだけなんだから」

「別に悪いとは言ってねぇよ。ただ、神聖魔法……もまだよくわかんねぇけど、あるんだろ?教会とか聖域を拠点に瞬間移動できるようになるって、転移魔法。高位魔法の中でも特に難しいって言ってたけど、それ習得すればいつでも故郷に帰れるんだし、今回の村も聖女かなり気に入ってただろ」

「転移魔法は全種の魔法において高難易度!!〝高位〟とはいっても純粋な知識量と理解力を必要とされるの!魔力量じゃなく難易度だけで言えば神域にも値すると呼ばれる魔法なのに、まだ結界張るだけでせいぜいの聖女が覚えられるかわからないでしょ!」

転移魔法は高位魔法で、ラウナも高位魔法は色々条件と魔力に余裕がないと使えない。

結局私が覚えたのはニーロが死んじゃった後だった。……「覚えたよ」って見せたかったなぁ。


やっぱり私の存在が入ると二人は喧嘩しちゃう。

ニーロは魔法使えないから、魔法の専門家のラウナとはそういうところでも言い合いが多かった。でも、ちゃんと二人は仲良かったって私は知ってるよ。

この時もラウナに怒鳴られた途端、子どもみたいに口を尖らせてた。


「今は無理でもいつかできるようになるかもしれねぇだろ。どうせ教皇に押しつけられた神聖魔法魔導書全部聖女は習得するつもりなんだし、………そうすりゃあ将来ももっと……」

「そんなに聖女の将来が心配ならアンタが娶ってやれば?皇子でも剣闘士でも、世界を救う聖女様との結婚ならお似合いでしょ」

「ハァ?!勝手なこと言うな気持ちわりぃ!ッお前も結局あの教皇と一緒だな!?」

ハァァァ?!?!と、直後にはラウナの怒鳴り声が響いて。……ああ、あの時もニーロに申し訳なかったなぁ。

本当、私なんかと結婚とか気持ち悪かったよねごめんね。子どもの頃から年が近いっていう理由で私の面倒みる役やらされて、厄介な妹くらいの感覚だったんだよね。今思えば友達のつもりなのは私だけだった。


でもニーロはいつも優しくて、手合わせとか剣術の練習見せてくれたりどんくさい私の面倒をみてくれた。

だから、旅の間に何度もニーロを怒らせちゃったり怖い顔をさせちゃった私は、本当に本当に駄目で迷惑な人間で足手まといなんだってわかった。


「じゃあお前こそ研究なんかどこでもできるだろ!!聖女と一緒に田舎に引っ込め!神聖魔法の研究もできて好都合だろこの魔法マニア!!」

「アンタは頭空っぽでしょうから何度でも言うけど私の専門は元素魔法!!才能でしか使用できない神聖魔法とは違うの!それに私一人でも生活ギリッギリだったのに聖女にあんな生活させれるわけないでしょ!!」

「聖典持ち返った暁には親父からガッポリ褒賞金払わせてやらぁ!!一生一緒に遊んで暮らせどうだこれで文句ねぇんだな?!」

「なんの為に土地代バッカ高い帝都に移ったと思ってんの!!魔道研究に必要な器具も本も魔法施設も帝都じゃないとないから……!」


最後は私の押し付け合いで、本当に本当にごめんなさいの気持ちで消えたくなった。やっぱり迷惑なんだなぁって、本当は足手まといで一緒にいるのも嫌なんだなぁって思い知った。

とうとうその場で立ち上がって至近距離で怒鳴り合う二人に、私は仲裁もできなくてただごめんなさいと謝るしかできなかった。「聖女に言ってない!」ってまた怒鳴られて、でも謝る以外結局いつも私は正しい返事もどうすれば良いかもわからなかった。

もっとニーロみたいに人と仲良くできる人で、ラウナみたいに自分の意見をまっすぐ言葉にできるようになれたならって、羨ましいって何度も思った。二人は私とは違って羨ましいくらいしっかり者で、……ああそうだこの時も。



「ッ誰だ!!」

「ッッ誰!!」



一人隅で小さくなっている私とは違って、二人は同時に気付いて声を張り上げた。

夜も更けた森の中で、結界の外でガサガサとざわめきが聞こえても私は風か獣としか気付かなかった。

二人が振り返る方向に顔を向けるだけの間にも、ラウナが私を邪魔にならないように引き寄せて、ニーロが前に立って身構えた。

焚き火しか光のない夜の中で、大きな影が突然木々の隙間から現した。私が張った結界だけじゃなく、ラウナの張った結界も一撃で破って飛びこんできた。信じられないくらいの速度で、ニーロを蹴り飛ばそうと足で先制した。

槍で堪えたニーロも珍しく蹌踉めいて、ギリギリと大きな影の足と、ニーロの槍が拮抗した。


焚き火の傍に来ても影は、夜そのものみたいで顔も最初は見えなかった。

ラウナが攻撃魔法を展開する中、ギラリと鋭い眼光は唯一何もできていない私に間違いなく向けられた。鋭い眼光を間近に、身体中の血が凍ったのを今も覚えている。鋭い牙を食い縛り、吐かれた息も刃のようだった。



「何が英雄だッ……!!」



……闇色の眼球と深紅の瞳孔が、苦痛と嘆きに燃えていた。


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