半魔にとっては奇妙。
「変な意味じゃないですよ!」
私も私でアクセルに誤解されないようにテーブルへ前のめる。うっかりスープを器ごと倒しかけた。
「だってアクセルの手は大きいし指もスラッとしてて綺麗で何より握力もすっごく強いしそれに爪まで格好良いじゃないですか!聖典の旅で出会ったアクセルはもっと爪長いんですよ。爪長いと便利だけど本読む時とか不便なんですよね??でも強度もあって武器になるから便利だって伸ばしたままにしてて!手入れもちゃんとしてたんですけどとにかく格好良くて!!アクセルは手も指も長いからこと爪も尖っているのがすごく格好良いなぁって私ずっと思ってて、だけどアクセルの今の爪の長さも似合うのでどっちも私はとっても大賛成で」
「お前、逆行する前もそんな感じだったのか」
水を被せるような冷ややかな声で我に返る。
つい早口でまくしたててしまった。「いえそんな」と首を振って、前のめりの体勢から座り直す。自分で否定しながら、……次第に顔が引き攣っていくのがわかった。こんな風になんて、言えるわけがない。
「皆には、……きちんとしてましたよ。発言自体少なかったと思いますし、余計なことは言わないように自分でもなるべく口を閉じて迷惑にならないようにしていました」
「は?なんで。ちょっ、待て。お前……その〝自称〟仲間共に実際はどういう扱いされてやがった??」
まん丸にしたアクセルの目が、……途端に赤と黒の魔眼に変わっていった。
どうしよう、またなんか怒らすようなこと言ったかな?テーブルを越えるほど首を伸ばしてくるアクセルからじわじわ怖い気配まで感じてきて、思わず背筋が伸びる。あああでもアクセルの顔が近いのはちょっと嬉しい!!ごめんねアクセル本気で怒ってるのに喜んだら失礼だよね?!
「まさか過保護どころか下僕にでもされてたんじゃねぇだろうなあ??だからその変態趣味が?拗らせたか??ンな連中さっさと始末した方が早……」
「?!ちっ違います!ニーロもラウナも優しかったですし、怒ったり苛々させちゃうことは多かったですけどそれは全部私が悪いだけで……!」
「そう思い込んでるだけじゃねぇのか?」
「本当です!私は旅の間、本当に役に立たなかったんです!迷惑ばかりかけて、怒らせて、いつも苛つかせてしまって……それでも皆、私を最後まで見捨てないでいてくれたんです。だから、せめて皆に気分を悪くさせないように、あまり発言とか気を付けないとと……。……思ったら、何を言えば良いかわからなくなって……」
「で、だんまりが増えたと」
はい……、と。言いながら頭ごと視線が沈んだ。
本当に、旅の間は皆にこれ以上迷惑をかけないようにすることばかり考えていた。それでもやっぱり迷惑かけて、……そして、最終的に一番最後まで迷惑をかけられたのはアクセルなんだよなぁと思い出す。
仲間を二人も失って本当に何も考えられなくなって、アクセルのお陰で生かされたような期間もあった。
「それに、思わず褒めても、皆「そんなんじゃない」とか「そういうこと言うな」って……結局的外れだったり怒らせちゃうようなことしか言えませんでした」
「………………。お前、それ具体的にどう言った?」
「? ……あ……「すごい」とか………」
「あとは??」
頬杖を突き直すアクセルから、目の色がまだ黄金に戻っていた。代わりに呆れたような眼差しで、ああこうして話を聞いてくれたこともあったなぁと思い出す。
仕方ない顔をしながらしっかり聞いてくれるアクセルはいつもより優しい気がしてちょっとどきどきしたし大好きだった。
当時どんな褒め言葉を言ったか、すぐには思い出せない。心の中ではたくさん叫んだけど、口にできたのは怒らせないように選んだ言葉の方が多いから。
「えっと普通に「格好良い」とか……「流石だね」とか「羨ましいくらい」とか「私なんかと違っ」
「そ、れ、だ、ろッ……!!」
ガッ!!と、大きな手で頭を鷲掴まれる。
さっきまで落ち着いていたアクセルからギリギリと歯を食い縛る音がはっきり聞こえた。目は金色のままなのに、ギランと鋭く眼光を飛ばして見えて、怒られる時だということは理解した。メキメキと薬指の力が特に強くなって圧迫される。……アクセル、本当に優しいね。本気出したら私の頭なんてグシャンだから加減いつも大変だよね。
「こンッッの雑魚聖女がぁア……!紛らわしいことばっか言いやがって……!」
なんだかすっごく怒ってるねアクセル?!本当にごめんなさい!
ギリギリ軋ませる歯の隙間からにじみ出すように聞こえてくるけど、私には謝るしかできない。途端に「わかってねぇのに謝るんじゃねぇ」と怒られて、……なんか懐かしいなぁと思ってしまう。同じようなこと言われては、反省しなきゃいけないのにもう自分が悪いということしかわからなかった。でもこれで私が仲間を怒らせたり苛つかせちゃう人間なんだと早くもわかったかなと、悲しくも自分で思う。
「聖典の旅も、よく同じようなやり取りで皆を怒らせてました……」
「だろうな???」
ハァ、と。頭を離されると同時に大きな溜息が返された。
突き飛ばすようにして頭から手が離される。腕を組んだアクセルは、気怠そうに背もたれへ身体を預けて天井を仰ぐ。どう謝れば良いのかなと、アクセルを怒らせた理由を考えながら見つめていると、私の視線が気になったのかちらりとこっちを見た。
無言のまま顎の動きで私のスープを示したと思えば「食え」と低い声で言われる。そういえば話に夢中でずっと置いたままだった。
スープが冷めない内に今度こそ食べなきゃと、私からも話を区切る。やっぱり会話って続けるのも切るのも難しい。
「すみません、冷める前に食べないと駄目ですよね。つい食事前に話しかけてしまって……」
「……。段々お前の言うことが確信めいてきたような、妄想染みてきたような……」
ハァァァァァ……と重そうな手でスプーンを持つアクセルは、そこで髪を掻き上げ左右に分け出した。旅中はもっと長くても気にせずだったアクセルが、今は食事に自分の長い髪が鬱陶しそうに顔を顰め出す。結界に入る前からその髪の長さの筈だけど、久々の食事には邪魔に感じるのかもしれない。
髪をまた千切ろうとしたのか掴んだ直後、食事の場所だと思い出したように店内に目を向けて手を離す。アクセル相変わらずそういうマナーは偉いね!お食事するところで髪を散らかしたり落としたくないんだね!
「あ、あのアクセル……髪ちょこっと束でくれますか?」
「束にちょこっとはねぇだろ何に使うつもりだ変態聖女」
食事の席だぞ、とアクセルらしいお叱りも懐かしい。だけど用途を説明すれば、アクセルも納得したようにすぐにぶちりと細い束分だけまとめて髪を千切ってくれた。そのまま床に落とさないように私に渡してくれる。束で渡してくれたアクセルの髪に、神聖魔法を使う。指を組んだ途端、一瞬でアクセルの髪が縄のように束ねられて形を変えた。神聖魔法の中でも初期魔法の縄魔法だ。
蔦とか髪とかから縄を編むだけの魔法だけど、上手くやれば自分の髪も編み込めるし覚えた頃はよく使った魔法だ。
「どうぞ!髪結えますよ」
「……この初期魔法使うやつ、子ども以外で久々に見たな」
多分それ百年ぶりだね。
差し出した髪製の紐を、アクセルも受け取りながら眉を顰めた。「忘れてた」と溢したからアクセルもこれくらい使えたかもと今更思う。
神聖魔法苦手だけど使えないわけでもないし、これ初期魔法だもんね?!ごめんねやる前に先に言えば良かったね!
「よくこんなお遊び魔法まで覚えてたなお前」
「ごごご、ごめんなさい……アクセル自分でやりたかったですよね……」
「ハァ?なんでそうなる」
食事から身体を離すように少し椅子ごとテーブルから下がるアクセルは、鏡も見ないでその場で髪を結び出した。
もともと千切って胸の位置までの長さになった髪を、尖った耳から上の邪魔な部分だけぐしゃりと束ねて括った。今は爪も短いからやりやすそう。ああああアクセルやっぱり格好良い!!!
首筋も見えて色っぽいよ色気の権化だよ!!何よりアクセルの綺麗な目がすっっごく見えやすくなって嬉しい!!こんな髪型旅の間も見れなかったからすごい得した気分だよ!!アクセルどんな髪型も似合うね格好良いね王子様だね!!!!
顔がよく見えるようになったアクセルは、そこで改めて椅子を引いてスプーンを手に取った。そしてアクセル、やっぱり食べ始めれば凄いお行儀良い。
さっきまで丸かった背筋も伸ばしてる。旅で立ち寄ったような庶民向けの店だし、食べ物もコース料理じゃなくてスープ料理一杯だけどアクセルが食べると本当に何から何まで気品高い。育ちの良さが見えるアクセルの食事姿は旅中も見るのが好きだった。……だから同じ王族なのに食事スタイルが男らしいニーロとは食事でも喧嘩したよね。
私も貴族とかの食事会で食器のマナーやパンとかボロボロ溢してはアクセルに怒られた。
一口食べ始めたアクセルは、声こそ出さないものの一瞬だけ金色の目がきらりと光って見えた。ああああ良かったねアクセル!!美味しそうで嬉しいよ!!!
やっぱり私達の料理よりお店の味の方がアクセルには嬉しいよね!!
音もなく最後の一口までスプーンで綺麗に食べきるアクセルは、落ち着いた動作に反して食べるのに夢中になって見えた。……そして私は、アクセルが食べているのを見るのに夢中になりすぎてまた食べるのが遅れた。
アクセルが食べ終えてもまだ私は半分以上残った。のろのろと食べ進めながら、……旅もこんな感じでいつも食べるの遅くなって皆に迷惑かけたなと思い出す。
全部がアクセルに見蕩れていたわけじゃないけれど、ニーロやラウナが話してたらその間むしゃむしゃ食べるのは失礼かなとか考えたり、そうでなくても食べるのが遅い私はいつも待たせる側だった。
テントで寝る前の夕食でさえ、料理が焼ける前まで待てずうたた寝でせっかくニーロやラウナが作ってくれた料理を温かいうちに食べれなかったことも何度もある。……起こして貰えなかったのも、食事中私が寝てる方が気が楽だったんだろうなぁ。当然だよね、食事が遅いだけじゃなく雰囲気まで悪くしちゃう私だもん。
「……聞きたいことは、まだある」
食べながらで良いから聞けと。考えていたせいでまた食べるのが遅くなっていた私にアクセルが抑えた声で口を開いた。
食べながらで良いって優しいなと思いながら、今度はきちんと目はアクセルに向けた。
食べ終えたアクセルは、食器を端に寄せてまた頬杖を突いていた。中身もスープ一滴も残らず食べきられていて、モイが一度食器に乗ったものの何もなくて残念そうにすぐ私の肩に戻ってきた。
じっと私を黄金色の眼差しに映すアクセルは、眉がちょっと寄っている。
「お前は聖典をどう所持することになって、何をして、今度どうするつもりなのか。何年先の未来まで知っているのか。俺を〝英雄〟にするという意味と、つまりは俺の国に何が起こるのか。あとあのジジイも言ってた〝ニーロ〟と〝ラウナ〟だったか?お前が連れて行きたくねぇ本当の理由と、本来の関係性。…………取りあえずそこからだ」
……聖典を寄越せっていう話は良いのかな。
アクセルの質問を一個一個自分の中でかみ砕きながら、新しい疑問がこっそり浮かぶ。だってアクセルは〝過去に戻る聖典が欲しい〟から私をつけ回すという話なのに。てっきり「どうすれば聖典をよこす」とか「聖典はどこだ」とかもっとアクセルにとってお得なことを聞くのかと思った。
魚の切り身をスープと一緒にスプーンで掬いながら考える。もう熱々じゃないお陰で食べやすくなった。
聖典については、私もわからないことが多いからむしろアクセルに意見聞いた方が良いかもしれない。もう未来から戻ってきたなんて信じられない話も信じてくれるならハルティアで起きることも話して良いかな。……こんな街の一箇所にあるスープ料理のお店で、エルフの滅亡を。
ニーロとラウナについても、仲間って言って良いかな。アクセルと同じで片思いなんだけど。
『俺らの同行さえ認めれば全部丸く収まんだから』
『私の命をかけてでも、貴方を守り抜いてみせます……!!』
『なら寄越すまで纏わり付き続けるしかねぇなあ?』
……なんで、本当になんでだろう。
ふと、口を動かす前に我に返る。おかしい、絶対おかしい。
私は仲間を誰一人巻き込まない為に行動してきた筈で、そのつもりなのに。ニーロも、ラウナも、……アクセルも。
「説明しろ」
離れるどころか、同行の意思が強固になっているのは。
何が駄目だったのか、今後どうすればいいかもわからない。ただぐるぐるとした頭で、私はアクセルへと口を開いた。




