そして追い詰められる。
「どこにいやがった雑魚聖女がァッ……聖女の分際でどんだけ寝てんだ普通はもう起きてんだろ修道女見習え雑魚の分際で……!!」
「ごっごごごごごめんなさい……!!わっ私ずっと神聖魔法の勉強の代わりにそういうの免除されていて……」
アクセルのお説教する低い声とメキメキと強められる握力に、私も思わず考えるよりも前に謝り倒す。
アクセルの言う通りで、本当に私は修道女と比べると起きるのが遅い。まさか、まさか人生二週目でそれを怒られることになるなんて!!!
アクセルからのこの怒られ方も久々で、ようやく舌が回る。ギリギリと歯軋りする音を鳴らすアクセルに、教皇様も王子相手だから行き場のない手だけを伸ばして狼狽える。アクセル、私を探してくれてたのかな。アクセルなら追跡魔法もあったのにと思うけどそうだったねアレ血をつけないと駄目だったね?!
アクセルも今度は教皇様を無視せずに横目で一瞥すると、何か魔法を展開し始めた。待って大聖堂で戦闘はまずい!!
止めようと「アクセル!」と呼ぼうとしたら、次の瞬間に口をもぎゅりと覆われた。更には換気の為に開けていた窓から鳩の大群が突入してくる。
「っな!!?これはっ!エルフの魔法か?!お待ちくださいアクセル王子殿下!!」
バササササッ!!と鳩達が一直線に教皇様の視界を奪うように羽ばたきながら集まってくる。
正確にはエルフの魔法というより、エルフお得意の自然魔法だ。神聖魔法が不得意なアクセルにとって、エルフらしい攻撃方法の一つでもある。ただ目隠しするだけで攻撃する様子はない鳩に、教皇様は喚きながら手で振り払い出す。
良かった、アクセルにしてはすごい平和的な迎撃方法を選んでくれたと思うのも束の間だった。口を塞がれたまま反対の腕を正面に回され、がっしりと捕まえられる。私ごと大きく三歩分も後退すればそこでまたアクセルの自然魔法が展開された。アクセルの魔力の動きが肌に伝わる。
「?!聖女!!アクセル王子!!!一体どこにっ……!!誰か!誰か!!今すぐに捜索隊を出せ!!地下聖堂にも確認を!!!」
ほんの少し離れた位置にそのままいる私とアクセルに気付かずに、教皇様が血相を変えて周囲を見回し呼びかけ出した。
アクセルの自然魔法で、私もアクセルも周囲に溶け込ませる目眩まし魔法だ。口を塞がれたままそのまま無言のアクセルにずりずりと引き摺られればもう私にどうしようもない。こんなことしなくてもアクセルが呼んでくれたら行くのに!!
教皇様がうるさかったところだから助かったと思いつつ、アクセルに攫われるまま一緒に教会の外へ移動した。
私が自分で足を動かしたところで、アクセルも引っ張るだけにしてくれる。
どこへ行くのかとかも気になるけれど、まずはなんで!どうして出てきてくれたのか!どうして大聖堂でのんびり歩き回ってたのか!そしてどうして私にわざわざ話しかけて来てくれたのか!!
一緒に旅してくれるっていうならこんな誘拐みたいなことする必要もないよね?!
アクセルが口から手を離してくれたのは、大聖堂を出てから暫く歩いてからだった。
逃げないようにか、まだ魔法を展開しているからか私の肩に腕を回したまま歩くアクセルは、大聖堂の方向にそこで初めて振り返った。アクセルを見上げた途端、また何か言おうとしていた口が止まる。太陽の下にいるアクセルも格好良いなぁとうっかり思う。
月夜が一番似合うけど、やっぱり太陽の光が宵闇色の髪に反射しているのもすっごいきらきらで綺麗だよ!美しいの最上級だよ!!
「あちぃ……」
「!そっそうですよね?!なにか冷たいものでも飲みますか?市場がすぐそこで……!」
ぼそりと呟いたアクセルに、慌てて市場を示す。
帝都の市場は朝から活気があるし、色々なものも売っている。お金も教皇様からお小遣い程度はもらっている。
今日は普段より少し涼しいくらいだけど、アクセルはずっと外気温も関係ない結界内にいたから日光にもなかなか慣れないと言っていた。私達と旅をするようになってからも強い日光を浴び続けるのは苦手だった。
もともとエルフだから自然光は好きなくらいだし多分あと百年くらいすれば好きに戻るんじゃないかなとは思う。
襟首をぎゅっと引っ張って舌をべろりと出すアクセルは、迷わず私の示す方向に進んでくれた。
歩きながらもう我慢できないように、ブチブチッと自分の髪を胸の位置から下を引きちぎって放り捨てる。それでも胸まではあるから長いままだからあんまり髪型が変わった感じはしないけど、身体にまとわりつかないだけちょっと楽になったかな。……アクセルの綺麗な髪、捨てちゃうの勿体無いなぁ。
自然魔法を使ったままのお陰で行き交う人達も、私達を気にしない。アクセルの宵闇色の髪が風に流れて足元に散らばる。
市場の中でも氷魔法で冷えた果実茶を売っている店で、アクセルが無言で二杯も飲んじゃった。慌てて代金だけ店主さんの前に置いて、離れた人の少ない木陰に逃げる。
冷たいものを飲んで少し涼んだ様子のアクセルに、見上げながら私は今度こそ本題を投げかける。
「あっあの、アクセル……それで、どうして外に?」
「お前が出ろっつったンだろぉが」
それはそうだけども!!!
面倒そうに私へ金色の眼光を向けるアクセルに、まだ感情が追いつかない。これはその、つまりはそういうことで良いのかな?!
口にしたら途端に違った時が恥ずかしくて安易に言えない。けど、アクセルが外出ることを決めてくれたということはと私は一度口の中を飲みこんだ。
「一緒に、外に出てくれるということですか?」
「もう出てる」
「一緒に!ハルティアまで帰ってくれるということですか?!」
「条件付きだけどな」
わあああああああっっ!!と頭の中で喝采が起こる。
すごい!さらっと言ってくれた!!
顔がもう嬉しくて口角まで上がったまま固まった。自然魔法をかける為に肩を掴んだままのアクセルが、私の顔が変なのか少し眉が上がった。それでも私は表情を隠せない。
外だけじゃない!アクセルが故郷に帰る決心までしてくれた!!
これで間違いなく国も守られるしアクセルの立場も確保できるよ!!!条件なんて何でも良い!アクセルがハルティアに帰って後悔せずに済むのなら私にできることなんでもするよ!!!
今にも飛び跳ねたい気持ちになりながら、踵だけが小さく浮いてしまう。沸き上がる興奮を抑えながらアクセルに「条件というのは?」と尋ねれば
「伝説の聖典」
あれ???????
顔が笑顔で固まったまま、アクセルを見つめ返す。ニヤリと牙を剥き出しににっこり笑うアクセルは、怒ってる笑顔じゃなくて心底のにこにこご機嫌笑顔だとわかった。でも、あれ?今〝伝説の〟聖典って言ったよね?!!
何も飲んでいない筈なのに、急激に背中がひんやり冷えた。瞼が痙攣したように開いたまま閉じなくて、代わりに視界が微弱に揺れた。
わかってる、わかってるし知ってるよ?!アクセルは頭が良くてカマかけとか揺さぶり攻撃も得意だもんね?!だからここで反応した方が負けなのもわかっているし、……アクセルがこれを使う時って大概が確信がある時だってことも知っている。
汗が目にも入りそうなほど溢れ出してきたところで「なぁ?」と掴んでいる肩にゆっくりとした圧が加わった。痛くはないけど、代わりに逃がさないの意思がはっきりわかる。
「持ってんだろぉ伝説の聖典。しかも過去に遡るか未来を垣間見るような、時間を司る聖典」
いつの間にか片方の肩どころか両肩ががっつり握られたことに気付くのも遅くなった。
ニマァァァと牙剥き出しの悪い笑顔のアクセルが、すっごい楽しそうなのを状況も忘れて見蕩れちゃいながらかなりまずいとも思う。伝説の聖典どころか、私も使うまで知らなかった聖典の効果までバレている。
まさかモイが変身しちゃったのかとも思ったけれど、ずっと傍にいるモイがそんなことをすれば流石に気付く。それに何よりアクセルは一度もモイに興味を向けていない。今も私の頭の上に呑気に乗っかったモイを捕まえようともせず、アクセルの綺麗な金眼は私に注がれていた。
「そんなことないよ」「どうして?」「なんでそう思ったの」と、頭にいくつか言葉は浮かんだけれど、どれも苦しい言い訳の肯定に聞こえそうで喉の手前で引っかかった。
枯れた音しか溢れない中、もうこの反応を返事として受け取ったようにアクセルは生き生きと私に笑いかける。
「随分と俺のことをよーーーーく知ってるみたいじゃねぇか。単に証言者捕まえて知れるような情報以外にもた~くさん」
………………どれだろう。アクセルが意味深に言ってくれるけれど、アクセルと違って頭が良いわけじゃない私は思い出せない。
いつ、どの時に言ってしまったんだろう。アクセルと話す時って基本夢中で余裕がないからわからない。
アクセルから目が逸れ、左右に泳いでしまう。おかしくもないのに口が笑ったままどう言えば良いか考える。いやでも、私とアクセルって別に聖典の旅中も仲が良かったわけじゃないし、特別なことまで私が知っているわけがない。実際、アクセルが聖典を作っていたことすら過去に戻るまで知らなかったくらいだ。
でも、アクセルの確信めいた言い方は嘘や冗談にも思えないしと、思考を巡らせている間にも更なる追撃が来る。
「じゃあ答えてみろ」と言われて、視線が顔ごと再びアクセルを見上げた。日光を浴びてにっこり凶悪笑顔のアクセルがやっぱり好きだなぁぁあと思う。
「〝神樹〟の話はだれから聞いた?俺のお気に入りだってお前が言った、アレ」
「あ、ああぁアレはその……エルフの人から昔聞いて……昔アクセルがよくいたなぁって……?」
「神樹は王宮内でも聖域に値して、王族でもない限り出入りできねぇ筈なんだよな~~??」
う゛あ、あ゛ああぁぁぁ……ぁぁぁ……。
………アクセル、王子様だもんね……。そっか王妃様もお祈りしてたのだって、人目の触れない場所を選ぶね……。
「あと仲間想いの〝仲間〟っていうのはどいつらの話だ?俺は生まれてこの方どこに所属した覚えもねぇが」
「あ………ああと……アクセルならそうだろうなぁ……て?あの、今までのアクセルの人となりを見て思っただけで、私………聖女なので………?」
苦しい。もの凄い苦しい言い訳しか出てこない。
私を尋問する間、瞬き一つ見逃さないと言わんばかりにニンマリ顔を近づけてくるアクセルがちょっと嬉しいけど今は怖い。「へーー」という声が納得とはほど遠く平たい。
「俺はこの国で弓を使ったことはねぇし、持参もしなかった。なんで使えるの知ってた??」
「え……エルフだから……?エルフの王子様なら使えるんだろうなぁ……すごいなぁと……」
タラタラと汗が滝のように止まらない。
逆にアクセルはもう涼しい顔で、外にでた時と完全にお互いが逆転している。自分でも見え透いた言い訳だとわかっても、真実よりも下手な嘘ばかりが考えるより先にぺらぺらと出てくる。
嘘が下手なくせに言うからどんどん墓穴を掘ってると、舌を回しながら自分でもわかる。
「俺が最後に月を見たのは百年以上前なわけなんだが、………お前今何歳??なぁ人間族」
「………………じゅっ……十六歳……です……」
そんなこと言ったっけ。ああでも月に照らされたアクセルはいつも格好良かったね。
もう、綿で首を絞められているように、気付けば息もできなくなる。顔ごと無理矢理横に向けて目を逸らした。途端に追ってくるようにアクセルもまた私の正面に顔を向けてきて、強制的に目が合う。
魔眼ではなく、金色の眼が太陽の光できらきら光ってる。ニヤァと眼を細めて笑うアクセルに、私も反射的に「はは……」と顔が笑い返したけど、絶対歪な笑顔になっている。
「他にも色々あるが」と低い声で呟きながら、アクセルは抑揚のついた低い声で続けた。
「お前のありがた~いご高説。俺をご理解してくれただけにしちゃあ、偏執的っていうかどうにも変態染みてんだよなぁ」
本当に私、何言っちゃったんだろう。
逃げ場がなくて、哀しくもないのに涙目になってきた。しかもまた変態って言われた。
逃げ腰になりながら、上手い言い訳を考えようとすればするほど足が震えた。モイも助けてくれようとするのか、頭の上からパタパタと羽ばたきながらアクセルの顔でぶつかっては訴えてくれるけれど、アクセルは瞬き一つしないで私を凝視する。
自然魔法を使っているから誰も私達に気付かないし、変に騒いでアクセルが誘拐犯扱いされても困る。
「お前は俺をよーーーーく知っている。知りすぎている。何故かと考えりゃあ答えは百年以上前の過去かもしくは未来をお前がを見たか、その時代から遡ってきたからだ。過去に戻る聖典なんて発想飛ばした時から妙に質問が具体的だったもんなあ?」
アクセルは頭良いね……。そんなもう、単純な感想しか出てこない。
アクセルはいつでも頭が回って頼れて冷静な人だから、今までの私が挙動不審だった全部が綺麗に繋がったのだろう。
もう、ここまで詰められたら逃げようがない。アクセルにがっしり掴まれた両肩が狭まりながら、私はどう言えば良いかわからずただ小さく頷いた。まだモイのことまではバレてないけれど、それでも聖典のことは認めるしかない。
私の首肯に、アクセルは一瞬だけ大きく目を見張った。それからすぐにまた満面の笑顔で「やっぱな」と勝ち誇る。ああその笑い方、邪悪だけどちょっと可愛いよ。
「寄越せ。聖典の所有者が所有したまま死んだら聖典も力を無くす。お前が死ぬ前に俺に聖典を使わせろ」
「でっでもアクセル……過去をものすごい改変しちゃいますよね……?」
びくっびくくっ!!と身体が痙攣みたいに震えながらも、なんとか言葉にする。
私だってアクセルの力になれるならなんでもしたいけど、昨日話していたアクセルの夢を聞いちゃうと流石に今すぐは渡しにくい。人間族にはニーロもラウナもいるんだから!
アレ全部が本心じゃないのもこんなこと言ってアクセル侵略行為反対の平和主義ですっっごく優しいのも知ってるけど!!
本当は良い人だもんね??と願うように返事を待てば、アクセルから返されたのはニンマリと悪い笑みだけだった。牙を見せた笑みのまま、黒みがかった青髪の隙間で金色が光る。
「当たり前だろ?俺は凡族なんかどうでも良いエルフ至上主義のハルティア第一王子だ。聖典が手に入ったら人間族全員奴隷にしてやる。さぁほら聖典寄越せ」
嘘だよね知ってるよ??アクセル奴隷嫌いだもんね??なんかいつもよりわざと悪い口言ってるよ?あっ!私が逆行してるか本当か試してるのかな?引っ掛け??アクセル頭良いもんね!
「あっアクセルの身体をなんとかする為なら勿論協力しますっ……協力、したいですけど!わたっ私そもそも使い方すら……」
「なら寄越すまで纏わり付き続けるしかねぇなあ?」
震えながら訴える私の言い分を上塗るように、アクセルが声を低めた。
至近距離から更に顔を近づけ額をごつんとくっつける。汗一つ掻いていないアクセルが、額がくっつけば冷たくもなく、寧ろ私よりちょっと熱い。
お前に死なれたら都合が悪い。他の連中に譲渡されても困る。聖典を寄越すまで離れないし逃がさない。……そう脅すように続けるアクセルに、頭が真っ白になって上手く回らない。
顔が引き攣ったまま強張り、自分では制御できなくなる。
ニヤァァとまるで糸を引くような笑みで、アクセルが牙を剥く。エルフの黄金の瞳が魔眼よりもずっと妖艶に映って見えた。
低い声が脅迫しているように地の底からのようで、今も逃がさないと言わんばかりに私の両肩を強く握って緩めない。どくんどくんっとアクセルの手まで振動させちゃうんじゃないかと思うくらい、心臓がうるさい。どうしようアクセルやっぱり格好良い!!
アクセルのこの声も言い方も、脅しじゃないって知っている。アクセルは冗談も嘘もひっかけも言うけど本当にどれだけ酷いことでもやることの方が圧倒的に多いし、羨ましいくらいなんでも躊躇いがなくて。だから、つまり!これも!!!
「…………故郷まで、ではなくて?」
「地獄まで♪」
間髪入れない。サーーーッッとすごい速さで完全に身体から体温が引いていく。
にっこり楽しげなアクセルの笑顔が見れることを嬉しいと思う反面、問題がまた一つ解決したようで新たな問題が発生したことに気付いた。