19.半魔にとっては最悪の出会い方
「だから聖女!不用意にそいつに近付くなって言ってんだろ!!また襲いかかってきたらどうする?!」
………ここ、は……?
「ごっごめんなさいニーロ……。だ、だけどお腹も空いてるようだし、さっきのお話が本当ならこの人は……!」
「本っ当、人間もエルフもろくな男がいないわね。どっかの剣闘士と言い、嫌になっちゃう」
……………。…………死んで、ねぇのか……。
「!……目が覚めましたか?」
……死んでたら、楽だった。
瞼を開けばまだぼやけた視界がそこにあった。火でも焚いてるのか、足下が薄く温い。結界の外は熱いし寒いし乾くし腹が減る。本当にろくでもねぇ世界だと、何度でも思う。
「金眼だぞ?」「目の色が違うわね」とほざく音が耳を弄る。
焚き火に照らされた顔が、俺を覗く。他でもねぇ殺し損ねたクソ雑魚聖女が俺を至近距離でのぞき込んでいた。首を掻切ってやろうかとすれば、手が動かねぇ。両手を背中に縛られていると、ようやく気が付いた。
木にでも縛り付けられているのか、後ろを振り返れば「暴れても無駄」と女魔導師が冷ややかに俺に言う。特殊な拘束魔法だから絶対に解けないなど宣いやがる。馬鹿で浅はかな凡族によくある傲りだ。
こんな拘束、あの魔法陣の結界と比べれば蔦同然で、そうじゃなくても逃げるだけなら難しくもねぇ。結びつけられている木を破壊すりゃあ抜けられる。あとは今度こそまず女魔導師から殺す。あの槍使いまでウロチョロ鬱陶しかったせいで
「あのっ………こ、これ毒は入っていませんから宜しければっ……」
「………………………………」
なんだコイツは。
女魔導師に殺気を向けている間も、気付いてねぇのかと思うほど脳天気なやつがいる。一番最初に殺す筈だったクソ雑魚聖女が、俺の口にパンを差し出していた。
猛獣でも餌付けているつもりなのか。どういうつもりかもわからず見返せば、それだけで聖女は「ひっ!!」と震えてパンで自分の顔を隠しだした。
戦闘が終わってもこれじゃあ、さっきまでの腑抜けも舐めてたんじゃねぇんだと今理解する。「お腹空いているようだったので……!」と俯いたまま俺にパンを押しつけやがるから、口じゃなくて顎にぶつかった。やっぱりおちょくってやがんのか。
〝英雄〟と。今じゃあ世界中で持て囃される聖女一行を探して、ようやく見つけた。
英雄なんか名ばかりの役立たずの鈍間だとわかっちゃいたが、まさか一番持て囃される聖女がここまで威厳の欠片もねぇとは思わなかった。しかも殺しにかかった時も始終仲間二人に庇われて、聖女自身はまともな攻撃もしてこねぇ。結界で攻撃を防がれるだけで、俺にかすり傷一つの反撃もできちゃいなかった。
ぶるぶる震えて仲間の回復だの補助魔法だの結界だけで、想定以上に聖女が能なしの一行だった。
ただの役立たずだと思えば、優秀な護衛共に全部やらせて功績だけ奪うゴミクズ女だ。何故こんなのに、厄介なほど実力ある魔導師と槍使いが従うのかもわからねぇ。たかが神聖魔法を使えるだけで守る価値もねぇ役立たずだ。
補助だけなら都心の魔導具を買った方が邪魔にもならねぇ。
「あ、ああああのっ……食べっ食べない、ですか?エルフは、私達と食べるものは一緒だとニーロが言って……」
「おいお前エルフ!感謝しろよ!聖女のせいでお前を殺せなかったんだからな?!」
「!ごめっごめんなさいニーロごめんなさいっ……でも、でもだって」
従えているどころか、完全に下っ端か。
槍使いにビクビクと肩を震わせ半泣きになる聖女が、背後に振り返ると同時に今度は俺の鼻面にパンを押しつけた。
いい加減鬱陶しくなって大口で齧り付く。どうせ殺されんなら喰っても喰わなくても一緒だ。
乾いたパンに喉が死ぬと思えば、そこで妙に乾いてねぇと気付く。聖女共を見つけた時は死ぬほど枯れていた。……今はむしろ、顔も頭も濡れて滴っている。誰だこの俺に顔面から水ぶっかけやがった雑魚は。
俺が喰ったからか途中でパンから手放した聖女はそこで一歩離れ、……またすぐ近付いた。俺が噛みきり落としたパンを拾い、また口に突きつけてくる。本当になにがしてぇんだこの雑魚聖女。
今度こそパンをかじり、最後まで噛み砕き飲み込んだ。「お口に合いましたか……?」と言われ、無視をする。味なんか知るか、そんなもん結界から出てから感じたこともねぇ。
「……俺を、どうするつもりだ?」
「ごっ、誤解がまだ解けていなかったので……。ハルティアのことは、心よりお悔やみ申し上げます。私達が無力だったことも事実で、お詫びのしようもありません……。けれど私達は見捨てたわけではなくて、魔物の大量発生も、起きた後に知りました。もし事前に知れていれば、必ず駆けつけましたとそれだけは誓って言えます。それに私達は〝英雄〟なんて名乗ったことは一度もなくて、そもそもの使命は伝説の聖典を探す為に……」
あ~~~~~~~~~~~~~~~~うっっっっぜぇ。
目を彷徨わせたと思えば意識的に俺と合わせ、細い喉を鳴らし、ぺこぺこと意味もなく頭を下げる。顔の中心に表情筋を寄せながら、真剣に言ってますというツラをする。………良いんだよそういうの。
最初から、そんなことわかってる。
ハルティアが、魔物大量発生に国ごと飲まれた。そう知って、喉を掻き毟って意味も無く叫んで喚いて気付けば結界が壊れるほど闇魔法が暴走した。
教会のクソ人間共の話を信じれず故郷に帰れば、もう俺の記憶にあるもんなんか殆どが国の歴史ごと魔物のクソになっていた。
魔物の発生は不定期不順規模も含めて推測予測不可能。そんなことわかっても、結局魔物全てぶち殺すまで暴れ続けた。どうやって殺したのかすら今じゃもう思い出せねぇ。
ただひたずら魔物を殺して叫んで喚いて殺して潰して、…………最後の一匹になっても俺は死ねなかった。
俺が聖典作りなんか考えねぇで帰っていれば、王家だけは逃がせたかもしれない。俺が王になんかならなくても血は途絶えさせずに済んだ。魔物全部ぶち殺せても生き残った俺自身に、その事実を思い知らされた。
「地下聖堂の結界や封印についても、本当に私何も知らなくて……!や、約束します……!必ずこの聖典の旅を終えたら教会に……教皇様にも事実を問い質します。教皇様ならきっと調査にも協力してくださると思います」
だ~~からその教皇なんだと、さっきも言った筈なのに全く信じねぇ。本当に馬鹿な雑魚聖女は俺が思ったよりずっと無能だ。
結界だって、それが問題だったんじゃねぇ。閉じ込められたこと自体はどうでも良かった。ハルティアから金を絞り取り続けていやがること以外、なんにも。
たまに様子を見に来る連中に要求した本も必要道具もいくらでも提供された。飢えも乾きも何も感じねぇ、誰の目にも晒されねぇ世界はいっそ都合も良かった。
半魔を解けなけりゃあどうせ出れても意味がねぇと、俺自身が思っていた。
封じられていてもすぐに解放されていても、どうせ国に帰らなかった。こんな姿で戻れねぇと。…………そうやって、国を死なせたのは俺だ。
それでも認めたくなかった。噂の英雄と呼ばれる一行が、創造神の再来と呼ばれた聖女が、行き交う集落や国を次々と救った聖女が、魔族を一瞬で浄化したと呼ばれる名高き聖女が
何故俺の国は救ってくれなかったのかと、ただ憎んだ。
苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて。吐き出す矛先が、報復する何かが欲しかった。
「………。そんな安い綺麗ごとを信じられると思うか?」
「!あっ……そ、そうですね……でも。貴方も、本当は心のどこかでこんな復讐間違っているって思っておられるのではありませんか……?」
「ハッ。随分と都合の良い解釈だな。偽物聖女に相応しい」
だから偽物じゃねぇと、槍使いがぎゃあすか喚く。わかってるそんなこと最初から。……わかってる。
見当違いの逆恨みなのは、誰が聞いてもわかることだ。聖女だからわかったわけじゃねぇ、馬鹿でもわかる透けた事実だ。
ただ、俺がそれを認められねぇまま死にたかっただけで。
「だって」と聖女は呟く。
苦しげに俯いて、こんなエルフ族の成れの果てに同情して哀れんで、それで心地良くなるんだろう。人間族の聖女なんか大概の逸話も伝承も似たようなもんだった。神聖魔法が使える、人間族側に都合が良いお綺麗な女であればそれで
「私を殺そうとした貴方は、憎悪とかではなくて……ただずっと苦しそうで哀しそうでした」
……泣きそうな顔で、眉を垂らして水晶のような言葉を落とす。
戦闘中ただ怯えて震えて結界の中に閉じこもった聖女の分際で、何を見ていやがったんだ。……なにが、見えたんだ。
俺は殺す筈だった。殺したかったんだ聖女共を。殺して殺して、全員殺して、今度こそ納得したかった。報復できたと思いたかった。
ああクソもう良い、もう良いからそんな目で俺を見るな。
哀れみでも嘲りでも同情でもねぇ、透き通った空色に俺なんかを映すな吐き気がする。鏡のようで、俺の方が見てられなくなる。
グシャついた己の髪の隙間に光る瞳に映される。
「私の命を狙いたいなら止めません。私の無力のせいで救えなかった人々の十字架は一生背負っていくと決めています。……だけど、その前にもう少し貴方のお話を聞かせていただけませんか?私にも何かできることがあれば──」
いっそ、穢れててくれりゃあ良かったのに。
……
…
「……アクセル?」
また、だ。……目が覚めて天井を眺めながら、頭だけがぼんやりぐるぐる回った。
また、またアクセルになってたと、今の自分の両手を掲げて眺めながら確かめる。
次に周囲を見回せば昨夜と同じ部屋だ。モイもまだ眠ってる。……やっぱり聖典の影響なんだろうな。
だけど、どういう理由でアクセルの夢を見ちゃうんだろう。
しかも今回は過去ですらない。あれは、間違いなく逆行する前の未来だった。
最初に見たあの夢もそうだったのか、それとも今回こそ私の妄想の夢だったのか。アクセルを封印してた魔法陣の影響かもわからない。
アクセルの中にいた時の感覚が、なんだか惜しくてまだ起き上がれない。あんなに近かったのに、今はもう離れちゃった。
「アクセル……あの後逃げちゃったんだよね。……懐かしいなぁ」
何か力になれればと思って話を聞きたかったんだけど、途中から黙りこくっちゃったアクセルは結局何も話してくれなかった。
焚き火を消して私達の視界を奪った直後にラウナの拘束魔法も千切って逃げちゃった。あの夢が本当なら、やっぱり最初から逃げる算段をつけていた。
ラウナは「信じられない!なんなの?!」って怒ったし、ニーロも「また命狙ってきたら!!」って怒ってて、その夜ずっと私は謝り続けた。あの時も、そしていつも私は足を引っ張っちゃってばかりだ。でも、アクセルだけは本当に殺さなくて良かったなぁ……。
やっぱり、アクセルはずっと苦しんでいた。
悲しくて、行き場がなくて、……ハルティアを守れなかったことを悔やんでた。
だけど、今日は昨日みたいな胸の痛みは感じない。むしろ、………………?
…………むしろ温かい、ような……?
「?……どうして?……」
モイみたいに首を傾けても、誰も教えてはくれない。
ぎゅっとするけど詰まるような感覚じゃない。心地良く締め付けられるような胸の感覚は、ただ温かいだけだった。
最初はずっと重くて水の底にいるように苦しい感覚だったからか、最後の最後の温もりが凄く強く今も残ってる。てっきりあの時はアクセルを怒らせちゃったんだと思ったのに。
夢の中のアクセルは、最後まで一度も怒っていなかった。……少しイライラはしてたけれど。あの後も命狙いにきてたもんね。
そして昨日も、また恨まれたかもしれない。
「……けど、今度はちゃんと間に合うからね」
たとえアクセルが一緒に旅をしてくれなくても、それだけは関係ない。今ここにいないアクセルに約束して、胸を押さえる。
これから地下聖堂に向かうのがちょっと怖く思いながら、私はベッドから身を起こした。




