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純粋培養すぎる聖女の逆行~闇堕ちしかけたけど死んだ仲間に会えて幸せなので今度は尊い彼らを最善最優先で…って思ったのになんで追いかけてくるんですか?!~  作者: 天壱
第二章 聖女の仲間

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18.半魔にとっては呪いで、


アクセル・アーロ・コティペルト。

エルフの国、ハルティア王国のコティペルト王家の血を引く彼は生まれた時からその姿は異端だった。

産声を上げたその目はエルフ族にはあり得ない闇色の眼球と深紅の瞳孔。王妃は悲鳴を上げて気を失ったらしい。


その目は、半年以上前に王都と城を襲った魔物達と同じ魔眼の色だった。


感情が昂ぶらなければ金眼でいるものの、成長するにつれエルフにはあり得ない宵闇色の黒ずんだ青髪や鋭い牙もどこまでも魔族を連想させるようになった。

王都魔物襲来で王妃も被害に遭ったから、その際に王妃のお腹にいたアクセルが呪いを受け半魔になったのだと神官が判断した。国を上げて浄化魔法を大勢の神官や魔導師に試みさせたけれど、誰もアクセルの半魔を浄化することは叶わなかった。そして、神聖魔法の最高峰と呼ばれたこのサデュット帝国の大聖堂へ秘密裏に託された。

それが、百年も前の話。


「試しで良い。今ここでやってくれ」

結界越しでもできる筈だと、足下を叩きながら断言に近く言うアクセルはやっぱり私よりも神聖魔法をわかっている。

黄金の瞳が私を映す。ペンを持つ手も止めて真っ直ぐ私に向き直るアクセルは真剣だと、その声色だけでも伝わった。

この時を、これを伝える時を待っていた私は、見返しながら口の中を飲む。結界の間際まで身体を近づけ、それから祈りの指を組んだ。

こんなことをしなくても、アクセルに答えは決まっている。だけど、それを伝える前にやらないといけないことがある。

ただ、口で言うだけじゃきっと信じて貰えない。逆行する前と同じように、きちんと一つ一つ段取りを踏まないといけない。


最初は、浄化魔法。

結界の上から二重でアクセルを覆うように結界が展開される。本当にこれで治れば一番良いと、私の扱う中で最高峰の神聖魔法を詠唱した。それでも、アクセルの身体には変化はない。

何も起きないことに、アクセルも慣れているのか大きな反応はなかった。自分の髪をぶちりと千切っては宵闇色を確かめて、小さく溜息を吐く。


「…………もう良い。やっぱお前じゃあ」

「まだ終わっていません」


私に背中を向けようと姿勢をぐらりと傾けたアクセルに早口で止める。

体勢を変えるくらいは支障もないけれど、ちゃんとまだ話を聞いて欲しい。アクセルにとっても、ハルティアにとっても大事なことだから。


続けて今度は詠唱もいらない魔法を展開する。私の言葉に反応して、ピタリと動きまで止めてくれたアクセルは瞬き一つせず私を凝視し続けた。

浄化魔法は、彼に効果がない。だけど、彼に神聖魔法が効果ないわけではない。再び二重の結界に囲まれたアクセルを見つめれば、しっかりと結界越しの姿だけでなくその魔力の流れも見えた。

その結果はやっぱり、旅の途中で出会ったアクセルと何も変わらない。


手を下ろす。もうそれだけの動作で指先が震えるし、心臓がバクバク煩い。

神聖魔法を展開したまま、口を動かすべく一度息を吸い込んだ。喉が呼吸まで微弱に震えて、足の先を丸めるように力を込める。いつもの何倍も言葉を選びながら、アクセルから一秒だって目を離さない。言うんだ、ちゃんと言うんだと自分に言い聞かせる。

「……貴方の半魔は。私の神聖魔法でも浄化できませんでした」

「ッだろうな。百年以上、ハルティアでもサデュットの神官でも無理だった呪いだ。お前程度の力じゃ」


「貴方の半魔は呪いではなく〝混血〟だと、鑑定魔法(アルヴィオ)で確認しました」


言った。…………言って、しまった。

一秒も目を逸らさなかった筈なのに、気付いた時にはアクセルの表情は驚愕に変わっていた。眼球がこぼれ落ちそうなほど丸く開かれて、僅かに開いた口からは言葉もない。全身が強ばるように硬直して、組んだ膝の上に置いた手も、爪の先までぴたりと不自然な位置で固まった。

まるで息もしてないんじゃないかと思うほど一人だけ時間の止まってしまったアクセルは、…………旅の時に鑑定した時と殆ど同じ反応だった。

この後にどんなことを言うのかも、どんな顔をするかもわかってしまって、記憶に蓋をするようにぎゅっと目を瞑る瞼に力を込めた。

再び開いた時もまだ、アクセルは頭の整理が付かないように固まっていた。


何も言えないアクセルに、私はあの時と同じように一方的に鑑定について話す。

神聖魔法の鑑定は、普通の魔法みたいに病気や怪我とかは診断できない。だけど魔力を宿した物体の機能を解析するに加えて、魔の者の痕跡や魔力の流れ、そして浸食具合を目視することができる魔法だと。

普通の呪いは、どれだけ浸食が広がっていても必ず〝核〟か〝媒体〟が存在する。でもアクセルにはそれがない。そもそも呪いの痕跡自体存在せず、魔族の魔力がエルフの体内で巡回しているだけだった。

エルフとしての魔力も含まれているけれど、魔族の魔力の方が濃い。そのせいで、身体の端々にも魔の影響が滲み出てしまっている。

アクセルの身体は決して〝異常〟じゃない。むしろ混血児としてこの上ない〝正常〟だ。だから、どれだけ腕利きの神官でも魔導師でもアクセルの半魔を浄化することはできなかった。


説明する間に表情が変わらないまま、アクセルの肩が震えだした。

酸素を必死に身体に巡らそうとするように、浅い呼吸音が聞こえた。エルフ独特の白い肌が、今は蒼白と言えるほど血色が消えていた。

結界も鑑定も解いて、アクセルを閉じ込める結界の表面だけを手でなぞる。この結界がアクセルの半魔を浄化できないのも、アクセルの半分が魔で構成されているからだ。エルフの白と魔族の黒が分離せずに綺麗に溶け合って、根本からアクセルを構成してる。……つまり



アクセルは、国王と血が繋がっていない。



「百年以上前のハルティア王都魔物襲来は、文献で知りました。アクセルが生まれる前ですよね。王妃様は魔……魔物に、襲われたところを命からがら救出されて〝大事には至らなかった〟とされていますが……」

「ッやめろ……!!言うな……ッッ言うな……!!!」

アクセルが、動いた。

まるで釣られた糸から崩れるように背中を丸め前髪ごと掻き上げ顔を両手で覆う。食い縛った牙が剥き出しだった。怒鳴ってもいないのに、見開かれた眼光は金から赤と黒に変わっている。

身体が蹌踉めくように揺れ、浅かった呼吸が急激に荒くなる。ハァッハッ……と苦しげなまま胸を押さえることができないのも歯痒そうに表情筋に力を込め、苦しげに呻いた。綺麗な顔が歪められ、目尻をうっすらと滲ませたのが至近距離のせいでわかってしまう。

背中を丸めすぎたアクセルは前のめりに重心を落とし、結界に鈍い音を立ててぶつかった。この結界で、半魔のアクセルが生きていられるのは半分がエルフだからだ。そして……出られないのは。


文献で知ったのは、嘘。本当は、アクセルと出会ったことをきっかけに、そういう事件があったとニーロが聖典の旅の中で教えてくれた。

だけど、本当はきっと公的にできない〝何か〟が王妃様にあった。魔族もエルフも、そして人間も、それぞれ繁殖に必要な期間は違う。魔物の繁殖なんて事例は殆どなかった。魔物はともかく〝魔族〟の存在が世界的に認知されたのも私達が聖典の旅を初めた後のことで、認識されていない。

百年前なんて、闇の化身とされる魔族との混血という考え自体がなかった。


出会ったアクセルにこの鑑定結果を話した時「母上は襲われた時に気を失っていた」「王妃を襲った魔物は兵士が駆けつけたところで逃げた」と、話してくれた。呪いの正体を探る為に当時のこともアクセルは調べていた。口にはしないけれど、頭の良いアクセルは間違いなく今も結論に辿りついている。


フーッフーッとアクセルの呼吸が獣のような息遣いに変わった。

食い縛った歯の隙間から荒い息が溢れては身体を酷く震わせる。俯ききった顔はもうその表情も私からは見えない。酷い量の汗が額は首から滲み伝い、床に落ちた。


「……アクセル、一緒に国に帰りましょう。アクセルが王妃様と血が繋がっていることは変わりませんし……ちゃんと、事情を話してそれで……」

「ッ話して、どうする……?!純血ですらねぇ!古来からエルフが忌み嫌う闇の化身の混血だと知って!!そんな王子を誰が認める?!誰が受け入れる?!!」

血の底に響く低い声が、急激に熱を帯びて荒く響かされる。途中からはまるで血を吐くかのようだった。

見開かれた魔眼が鋭く向けられ、鈍く光った。ギリギリと牙を食い縛る音が漏れ、片手が傍にあった本の山を掴んで崩した。バラバラと崩れ落ちる本が魔法陣の外まで転がってくる。

アクセルが今日まで毎日読み込んで研究し続けた本が触れられない場所に転がっても、彼は目もくれない。「アアアアアアアッ!!」と雄叫びのような声を上げ、また別の山を崩す。


私の返事なんか、最初から求めてない。

あの国で生きていたアクセルが誰よりもわかってる。自然と共に生き、魔物に何度も民を殺され土地を追われた歴史を持つエルフにとって、魔物の子どもとして見られることがどれだけ致命的か。……だけど、それでも。


「ッ聖典も無駄だった!!基盤の術式が違う!!!この聖典じゃ意味がねぇ!!」

ドサァッバササッ!!と次々とアクセルが積み重ねてた本の山が横殴りに崩される。

アクセルの作っていた聖典の構造を、私は知らない。アクセルの身体のことまで術式で組み込まれていたからか、それとも魔の浄化という効果の問題かもわからない。

だけど、羨ましいくらい頭の良いアクセルが判断したということは、……そうなんだと思う。


「っ……でも、聖典なら、肉体の再構成とかであれば可能性もっ……」

「ああそうだな?!その為に初めから研究し直せば!!城にいた時から俺が調べ続けた知識全て無駄だった!!肉体?!再構成?!!そんなの微塵も知らねぇクッソこの俺の専門外だ!!!」

バンッッ!!!と本が床に叩きつけられる。……書きかけだった、聖典だ。

今日まで毎日アクセルが書き続けた結晶が、躊躇いなく何度も何度も踏みつけられる。

聖典は、たった一つの専門の魔導具だと。アクセルの話してくれた説明で、そこまでは私もわかった。たくさん積み重なっていた本も、全部がアクセルの知識だ。アクセルは浄化ばかり学んできたから、また新たな知識を基礎から学ばないといけないということだろうか。

私がラウナの元素魔法を学び直さないといけないのときっと同じだ。……ううん、それどころかニーロの戦闘技術を学ばないといけないくらいの違いかもしれない。

まだ書きかけの聖典すら何十年もかかったのに、ここから本を集めて学んで、理解して、その集大成の最高峰の魔導具である聖典をいちから作るのは、長命種のエルフにとっても途方もないんだ。


今わかった。事実を知ったアクセルが何故、私達の旅で一度も聖典を書こうとしなかったのか。


「失敗だっ失敗だこんなもん……!!ああああぁああ゛あ゛ッ!失敗っ………全部全部無駄だった!!失敗、失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗ッ」

ビリィビリビリッという音が、アクセルの心そのもののようだった。

途中から〝失敗〟を唱えるアクセルが、聖典のページを一枚一枚自分の手で破いては投げ捨てる。アクセルが書き続けてきた結晶が散り散りにされては空を舞う。


アクセル、と呼んでも返事がない。正面に回り込んでも「失敗」とぶつぶつ繰り返すアクセルは、黒と赤に染まった魔眼が瞬き一つしない。たったの一枚も躊躇うことなく千切って捨てていく。……聖典の旅で鑑定した時も、こうだった。

いくら信じられなくても、今までの頑張りを否定されても、頭が良いアクセルはすぐにそれが正しいと理解する。今までの自分の努力が無駄だったと嘆いて咆吼したアクセルに、ニーロもラウナも………そして私も何もできなかった。

ビリビリビリビリビリと繰り返して一枚一枚自分の手で否定するように散りばめるアクセルに、もう一度息を吸い上げる。


「アクセルっ………一緒にここから出ましょう?結界も効果がない今、アクセルがこんな場所に留まる理由なんて」

「出てどうする???どこに行けば良い?!呪われた身どころか、国を襲い同胞を喰った魔物の子であるこの俺を誰が受け入れる?!誰が王位継承して欲しいと思う?!」

民から支持を貰えるわけがない。こんな王子が今さら帰ってきても家族に迷惑をかけるだけだと喉が裂けそうな声で叫ぶアクセルは、その眼光だけでも人を殺せそうだった。

ページを千切る手が止まったと思えば、行き場のない右手の指関節が強ばり震え出す。硬く拳を握り直したと思えば、直後に床へ叩きつけた。魔族の肉体を注ぐアクセルの拳は床を壊す破壊力だけど、魔法陣の効果で今は亀裂一つ作れない。剥き出しの牙が下唇を噛んで血を溢した。

確かに、私だってそれくらいはわかる。真実を知ったら、アクセルの王位継承に疑問を抱く人はきっと現れる。アクセルには兄弟姉妹がいた筈だから、もうとっくに他の後継者が期待されているかもしれない。

長命のエルフにとって百年はあっという間でも、月日が経過したことは変わらない。きっとアクセルの兄弟だから他のエルフだって立派な人で、国民からの人気や信頼だってある。

アクセルが今日までずっと半魔を浄化しようとしていたのも、結界が効果がないとわかってもここから出なかったのも、今の自分じゃ国の人達に認めてもらえる自信がなかったからだ。もし純粋なエルフの姿で戻って来れたら、きっと呪いに打ち勝った王子を皆喜んで迎えてくれると思ってた。

けど、たとえ誰の血を引き継いでいようとも、ハルティアがっ……

「ッアクセルの!こっ、故郷であることは変わりありません……!」


「ハッ!……故郷捨てるつもり のやつが言ってくれる」


……鼻で笑ったアクセルに、息が止まった。

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