17.聖女にとっての相談。
「どうしましょうアクセル……!!」
「その挨拶でしか転移できねぇのかお前」
本日二度目の来訪は、第一声で泣きついた。
なんとか馬車で大聖堂に戻ってすぐ地下にいるアクセルの元に転移した。
鍵を借りる為に教皇様にお願いするのも嫌で聖堂から転移した。馬車の中で教皇様すっごいねちっこくて気持ち悪くて!!
まさか決闘を終えてすぐこんな問題に突き当たることになるなんて思いもしなかった。
私の声に気付いて顔を上げてすぐ呆れたように溜息を吐くアクセルに、それだけで本当に泣きたくなる。やっぱりこの顔のアクセルすっごく落ち着く。いつも通りだから心臓にも悪くないしやっぱり優しいし!!
「実は」と、アクセルのいる魔法陣に早足で歩み寄りながら、事情を話す。
一先ずなんとか運良く決闘に勝てたことで、私も含めて誰も怪我人は出さずに済んだこと。そして一番の大事件は。
『お願いします絶対足は引っ張りません……!!』
「でも、逆効果だったみたいで……」
「逆効果??」
ハァ?と音にして聞き返すアクセルに、私は深く頷く。本当に、私も同じ気持ちだ。
目を覚ましたラウナが、まさかあの町の出身なんて知らなかった。そうであってもなくても町を助けたのは変わらないけれど、結果としてラウナが神聖魔法を見直すきっかけにはなったらしい。
神聖魔法の回復力……というより、神聖魔法でもあれが神域魔法だっただけなのだけれど、ラウナはすごく喜んでくれて家族を助けた私に恩返しみたいなことをしたいと言い出してしまった。…………聖典の旅では「皇帝の命令で仕方なく」って毎日のように言ってた時期もあったのに。
ラウナはずっとこの国で元素魔法を広めて認められる為に研究をしていたのに、皇帝陛下から国一番の魔導師として任命され断れなくての同行だった。本人が言っていたんだから間違いない。
「えっと……。……もう二度と関係をもたない筈の人に、これから一緒にいましょうと言われまして……」
「一夜の過ちか。お前、本当に聖女か??」
教会も墜ちたなと、一言で最後に斬り捨てるアクセルに、思い切り首を横に振る。「違います!」と言いながら、教会が墜ちたのはその通りなんだろうなと頭の隅で思う。
逆行しましたとも言えないし、伝説の聖典のことも言えないアクセルにどこまで説明すれば良いのだろう。ひとまず、言える範囲だけ言葉にしてみる。
「その人は私に興味がなかった筈なんです。でも、私が偶然その人のご家族を助けたことがきっかけで力になりたいと言ってくれて、でも今回の決闘はもともとその人が私に関わらないで済む為の戦いでもあったのに……」
しかも、ラウナに便乗するようにニーロまで「なら俺もいくからな!?」って迫ってきた。
ニーロだって、旅始まった時には「せっかくの華々しい剣闘士人生を~」って言ってた筈なのに、これじゃあ頑張って勝てた意味が半減だ。
「連れて行けばいいじゃねぇか。勝手に手の平返してきたならお前も自分勝手に使ってやれ」
「!駄目です。私はその人をこれ以上巻き込みたくないんです。今はちょっと突然のことで気の迷いというか、でもきっと付いてきたら後悔します……」
そう、後悔する絶対に。自分で言いながら肩が強ばって、指先が震えた。
怪訝な表情をするアクセルから思わず目を逸らす。自分で言いながらそうだと改めて思う。今は家族が助かったことでちょっとラウナも冷静じゃないだけで、これからの長くて実りのない危険な旅に絶対後悔する。
ラウナにとって、本当の本当に嫌々の旅だった。
旅が始まってからも暫く「放っといて」「話しかけないで」ってニーロにも私にも冷たかったしそっけなかった。聖典の旅の始まりは特に機嫌が悪くて顔色だって悪くて無言で、私に顔を向けて話してくれるようになったのも半月は経ってからだった。大事な研究を放り出して、しかも故郷に住んでいる家族を置いて……
「……あれ?」
呟きみたいな声が出た。
違う、あの時にはもうラウナは家族も亡くなっている。聖典の旅に出発したのが三日後だから、本当に亡くなって間もなくの出発だ。
ラウナは自分の事情を話したがらないし、家族が亡くなっていることも私が知れたのは旅を終えて人伝てだった。
ずっとずっと隠してた。
旅を始めるまで僅かな期間で、家族も故郷も失っていたことをラウナはずっと。
私は家族がいたことはないけど、ラウナや大事な人が死んじゃった時の気持ちは覚えているしすごいわかる。私だってずっとずっっと忘れられていない。
そんな中で、知らない人と望まない旅なんて。
……うわ。うわうわうわ!何かがカチリと頭に嵌まった感覚が怖くて、ぞわぞわと鳥肌が立つ。
そうだよ!ラウナがあんなに顔色悪かった理由って家族失ったばかりだったからじゃ?!!
大事な人が亡くなってすぐ旅に出て、どれだけラウナは大変だっただろう。旅支度どころか、大事な人達を弔うことと心の整理で忙しかったし辛かったに決まっている。他の親族はずっと遠くに住んでいて、ラウナに頼る人もいなかったかもしれない。一度に大事な人達全員の死に向き合って、どれだけ辛かっただろう。
それなのに聖典の旅なんかに付き合わされて!!
もっとラウナは自分を大事にして休むべきだった筈なのに野宿なんかさせられて!!毎日毎日長い距離歩かされて!しかも私なんかと!
それでもラウナは一度も弱音も吐かずに、辛かった家族の喪失も全部隠して付いてきてくれた。
そして最期は、私を庇って死んだ。
魔族からの攻撃に、私が気付くのが遅れてラウナが庇ってくれた。
魔力が切れかかっていたラウナの防御魔法じゃ防ぎきれなくて、綺麗な目も片方は抉れるほどの威力だった。
『……本当に、仕方ない子ねっ……』
それが、ラウナの遺せた最期の言葉だった。
最高位の回復魔法を掛けるほど私に魔力も残ってなくて、ちゃんとした最期の言葉を聞く間もなく息を引き取った。
ニーロが死んじゃってからずっと私達の旅を先導してくれたラウナの、最期の最期まで私に足を引っ張られたラウナの、あの言葉は私への恨みだったと思う。
そしてまたラウナは、こんな足手まといの私を心配して旅に……?!
「え……酷すぎる……。やっぱり、やっぱりラウナはここに残るべき……っ」
「ラウナって女か?紛らわしい。つーか一人で盛り上がるな妄想聖女」
自分の顔を覆いながら、身体の震えが抑えきれない。
事実がわかった途端、余計にラウナはここに残らないといけないと確信する。だって死んじゃった家族に会えたんだよ?!あんなに生気が無いくらい顔色悪くて口数少なくなるほどだったラウナが!ちゃんと家族と過ごせる!!
ラウナは美人で優しくて頼れるお姉さんだし絶対家族もラウナのこと大好きに決まってる!
せっかく相思相愛なんだから仲良くずっと一緒にいて欲しい!!!今度こそ家族と一緒に平和に生きて大好きな研究にも打ち込まないと!!どう考えても私と一緒に旅なんて害悪過ぎる!!
お願い気付いてラウナ!!こんなのにその場の感情でついていっちゃ駄目だよ!!?
「アクセル……ど、どうしましょう?聖典の旅にラウナもニーロも巻き込まない方法は……!」
「ハァ!?聖典っ……?!ちょっ、ちょっと待てお前っ……。まず何者なのかもう一度説明しろっ……なんで、どうして俺を連れ出してぇのかそこについてももっと、もっとちゃんと……!〜〜っいい加減頭痛くなってきた……」
「!?ごっごめんなさい!!」
目を丸くしてぎょっとしたアクセルが、珍しく混乱したように額を片手で覆うと床に座った足を崩した。
まるで本当に熱でも出たように背中まで崩れて仰け反らして天井を仰ぐアクセルは、本当にどうしようもない事態に陥った時の姿だ。
魔族に追い詰められた時とか、仲間が助からないとわかった時とか死んじゃった時とか、国一つとか見捨てるしかなくなった時とか。
それくらいの憔悴を今見せるアクセルに、私も目が覚める。つい、私もラウナのことばかりに没頭してアクセルを置いてけぼりにしてしまった。
あああごめんねアクセルそこまで困らせるとは思わなかった!!
アクセルは嫌なことは私のことなんか気にしないではっきり嫌とか迷惑とか口に出して言ってくれるからつい言い過ぎた。
ラウナのことで頭いっぱいになった途端、私もアクセルに何から何まで話していたかわからなくなって、目が泳ぐ。私がわかんないんだから、事情を全部知らないアクセルはもっとわからないのも当然だ。
良い機会だしここはもう一度最初から説明しようと決める。もともとアクセルにも話そうと思っていたことにもちょうど良い。
結界内の端まで身体を寄せてくれるアクセルに合わせ、私も近付く。膝を折って座りながら頭の中で話すことを整理し、なるべくゆっくり口を開いた。
「わた、私は聖女です。神聖魔法しか使えませんが、昨日皇帝陛下から内密に使命を仰せつかりました。それが、伝説の聖典を捜索する旅です」
大丈夫、大丈夫と一音一音頭の中で一度確認して区切りながら言葉にする。
辿々しくて、本当なら「遅い」とか「結論言え!」と怒鳴っても良いアクセルが、背中を丸めたまま腕を組んで黙したままだった。金色の瞳が真っ直ぐに私に向いてくれて、……これはこれで話すのに緊張する。
こんな真剣な目で聞いてくれたことなんてあったかな。苛々せずに聞いてくれる時は聞いてくれる時で、横目だったり聞いてるか聞いてないかくらいの反応だったのに。視線が強くて、首の辺りが熱く感じた。
伝説の聖典と、……〝来たる脅威〟を語る教皇様。その為に皇帝陛下が私とニーロとラウナを任命したことから、私は二人を巻き込まず一人で旅をしたいこと。だけど、弱い私の一人旅を誰も認めてくれず、決闘になったこと。勝ったけど何故かラウナが……と、順を追って説明したところで一度話を切った。
あまりにもアクセルからの真っ直ぐな視線が恥ずかしくて目を伏せ続けたけれど、そこで上目に覗けばすぐにまた金色と目が合った。
「あ、あああぁの……ここまでで先ず何かご質問は」
「あり過ぎて手がつかねぇ……。……伝説の聖典を手にしたとして、その脅威を払った後はどうするつもりだ?」
「!きょっ、教会で、この大聖堂で保管される予定です……」
それ、旅の時も言ってた!!
確か旅を一緒にしようとお互いに決めたあたりだったかな。私達の聖典を欲しがっているというより警戒してるように見えた。地下にと言われたのは帰ってきてからだったけど、まさか今アクセルがいるこの地下聖堂で、しかもそれは嘘で実際は個人的に所有してるとまでは言えない。
私が当時答えた時も、今みたいに難しい顔をしていたアクセルは重い溜息を吐きながら
『お前が所有するんじゃねぇのか……』
「お前が所有するよりはマシか……」
あれ、ちょっと違う。
途中まで一緒だったのにと思いながら小首を傾げる。でも、確かにそれもそうだよねと思う。
むしろ旅の時のアクセルの言葉の方がびっくりした。私なんかが伝説の聖典なんてすごいもの所持したら大変なことになるから。……今、所有しちゃってるけど。
溜息だけじゃなく頭も重そうに左右に振ったアクセルは、片手で抱え出した。聖典を書いてる時よりも頭を使ってるのが一目でわかる。ぼそぼそと小さい声で「聖女……」「この雑魚が」「聖典……」と聞こえるけれど、意外に〝来たる脅威〟の言葉は聞こえなかった。
旅の時はもう私達がその使命の為に旅をしていることは有名だったから驚かれることもなかったけど、今はアクセルも初めて聞いたはずなのに。
「……ここに出入りする時に使った転移魔法は」
「?私の神聖魔法です。足を運んだことのある聖域間であれば、どこへでも転移できる魔法です。アクセルのいるここは地下聖堂だったので……!あ、でも!ちゃんとここには教皇様から許可を得てますので大丈夫です!」
今度はまさかの転移魔法。来たる脅威とか伝説の聖典じゃなくて良いのかな。
私の答えに「あ゛〜〜〜……」と唸るような一音を溢したアクセルは、背中が丸いまま首を垂らす。そのまま頭から顔を覆い出した。
事情については言えるだけ話したけれど、まだ全部じゃない。
肝心な本題もアクセルを連れて行きたい理由も話さないとと、顔ごと下ろしてアクセルの顔を覗き込む。
「あの、次の話に続けても宜しいでしょうか……?」
「……もう一つ。もう一つだけ聞かせろ」
「?!ごごごごめんなさい!!どうっ、どうぞ!」
疲れた声のアクセルに、慌てて姿勢を正す。まだ質問終わってなかった!!そうだよね?!私の下手な説明じゃ聞きたい質問も足りるわけなかった!!
うっかり私の都合で進めちゃいかけたことに反省しながら、今度は唇を結んで返事を待つ。急かしたりしないように肺を限界まで膨らませ
「俺の半魔を浄化することはできるか?」
来て、しまった。……覚悟していた筈の本題が唐突に。
覆った指の隙間から金色の眼光が、真っ直ぐと私を突き刺した。




