16.聖女にとっては尋問で、
「あぁぁラウナ!顔がっ……ごめんなさいごめんなさい……!」
倒れたラウナに駆け寄った私は、急いで回復魔法を展開する。
ニーロと同じように眠ってから受け身も取れなかったらしいラウナは、顔も土で汚れていた。転んだり打っていたことも考えてラウナにも回復魔法をかけ、頬の泥を私の袖で拭う。あああラウナの綺麗な顔を汚しちゃうとか最悪過ぎる。
ニーロは近くにいたからなんとか受け止められたけど、ラウナは間に合わなかった。本当に本当にごめんなさい。
ハンカチで拭いてから、そういえば神聖魔法で綺麗にする方法もあったんだと思い出す。いやでもまずは怪我を治すことが先決で!
皇帝陛下が勝敗を宣言してから、場内に次々と戦技場選任の救護員達が入ってきた。
ニーロとラウナへ二手に分かれる様子を見ながら、そういえば神聖魔法を知らない人には倒れた理由もわからないんだと気付く。神聖魔法を使えるのは一握りだと教皇様も言ってたし、わからない人がいるのも当然だった。天才魔導師のラウナだって、旅の間も神聖魔法には驚くことが多かった。
「失礼します!」とラウナに駆け寄ってくる救護員に、私も慌てて後ろに下がる。
回復魔法も掛けたし、ただ寝ているだけだから大丈夫とわかっていても口に出すより先に逃げてしまう。真剣な顔をした救護員の人達に迫力で押し負けた。
聞こえますか、と。大きな声で救護員が呼びかければ、すぐにラウナもぎゅっと眉を寄せてから目を覚ました。
眠そうに顔を萎めて、救護員達に「気分は」「体調は」「痛むところは」と聞かれても、ラウナは無視をして険しい表情で周囲を見回した。急に寝ちゃったし何があったのかもわからないんだろうなと思うけど、まさか変に頭を打ったんじゃと心配になる。
ラウナが何を話すかと見つめていれば、目が合った。眉間に皺を寄せていたラウナの目が一瞬で大きく見開かれ、それから「えっ!ハァ?!」と大きな声が上がった。
「私っなんで倒れっ……ええっ嘘でしょ?!ちょっと待って待って!私まだやれるわよ?!」
あっち行ってと救護員の人達を手で払おうとするラウナに、すごく申し訳なくなって肩が狭まる。
知ってる、ラウナはすごい負けず嫌いだもんね。いつだって勝つ為に最後まで諦めないラウナを私は知ってるし、だからこんな安眠魔法なんかで負けた判定されるなんて絶対嫌だよね本当にごめんなさい。そして皇帝陛下ありがとうございます。
早々に判定してもらえたから、もうニーロとラウナが何を言っても私の勝ちは変わらない。
ラウナにとっては絶対納得いかない勝ち方だけど、でもこれで今度こそラウナもニーロも巻き込まないで済む!二人とも平和に都会暮らしを楽しめると思えば、今はこの罪悪感も痛くない。今回は本当に神様が味方してくださったとしか思えない。
実際に二人が本当の敵だったら私はラウナに絶対勝てなかったし、ニーロにも即殺されてた。皇帝陛下に続いて、逆行前には何も救ってくれなかった神様に今回は素直に感謝を祈る。
指を組んで短く祈りを捧げてから、一度ニーロの方に振り返る。あっちは目を覚ましてラウナみたいに上体を起こすどころかもう立ち上がっていた。くるくると周囲を見回しているから、ニーロもやっぱり何が起きたのかわかっていないのだろう。
反応が揃っている二人に、やっぱりラウナも変に頭を打ったわけじゃないみたいだとほっと胸を撫で下ろしながら再び目を向けた瞬間。
パチンと、目が合った。
「聖女様……」
ラウナに!!
綺麗に輝く緑の瞳に吸い込まれるように目が合った。ヒッ!と肩が揺れてしまうのとまさかのラウナに呼びかけられるのは殆ど同時だった。救護員達が見えないかのように立ち上がるラウナは一瞬も私から目を離さない。どうしようどうしよう怒ってる?!!
丸い目でじっと瞬き一つせず私に迫ってくるラウナは、救護員の足を一人踏んで、もう一人も踏みかけた。
それでも全く気付いてないかのように早足で近付いてくるラウナに、私は足が動かない。大きく背中を反らしながら、首を引っ込めて息を飲む。
緑色の目を見開いたまま早足のラウナはすっっっごく怒る時の定番だ。私よりもずっと背の高いラウナに眼前で見下ろされたところで、遅れて足が半歩後方に動いた。でもそれ以上はもう動けない。「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」と謝るけど、声が上手く出ないで子猫よりも小さい声になってしまう。
もう涙目になる準備ができていると、鼻の奥が痺れるような感覚でわかった。ああああニーロも怒ると怖いけどラウナはもっっっっと怖いんだよなあ!!
無表情にも見える顔が本当怖い。ごめんなさい卑怯な手でごめんなさい汚れた服も魔法で綺麗にしますから怒らないでと唇が震える分頭の中で唱え目で訴える。
無言のラウナは、私を十秒はじっと睨んでからゆっくりと口を開いた。
「先ほどの大規模な結界、あれについてお教え願えませんでしょうか?」
「っっはい!あ、あああれは神聖魔法のっ……最高位の魔法結界でして魔法も浄化する結界なので使えなかったのかと思いますごめんなさい……」
「魔の浄化……ということは魔物も浄化するということですよね??」
「はいそうです!!ししし神聖魔法は魔物を倒す為の魔法ばっかりで……」
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!
真剣な眼差しのラウナの質問に、押されるまま必死に答える。なんか怒ってる責められてる?!あんな結界使うなんて卑怯とか思う?!旅で覚えた時も結界内で自分の魔法が使えないじゃないって怒ってたもんね?!神聖魔法がまたもっと嫌いになった?!?!
いやでも!いつもより口調が柔らかい気がする!!
いつもはもっと尖っている口調なのに今日は強くはあるけど尖ってない。ラウナの目が至近距離だとちょっと光っても見えて、もしかして新しい魔法だから興味持ってくれたかなとも期待する。神聖魔法好きになった?!好きになってくれる?!!?
急なラウナの接近に、頭が混乱してしまう。ラウナに嫌われるのは仕方ないと思ってたけど悲しいし、ちょっとでも仲良くなってお別れできたらとか欲も抱いてしまう。
私の答えに、ラウナは険しい表情で口元に指関節を当て出した。ああああラウナが考える時の顔だ!!この仕草大人っぽくてすごく好きだった!!
思わず真っ白になった頭でラウナの真剣な考え顔に見惚れていると、そこで救護員の人達が近付いてきた。「そろそろ退場を」と言われて、そういえばもともと兵士が使っていた場所だと思い出す。
取りあえず会場の外に出た方が良いかな?と出口に近いこっちにニーロも近付いてくるかと振り向いたその時
突然の結界に囲まれた。
「……え?」
「盗聴防止結界です。私の研究成果の一つです」
突然の無音に、一瞬耳がおかしくなったのかとも思った。
さっきまで耳を覆うように聞こえていた観衆の声援もざわめきも、救護員の声も聞こえない。ぐるりと首を回せば、すぐ傍にいた救護員の人達も結界の外に押し出されていた。ドンドンと音は聞こえないけれど、怒ったように結界を叩いて何か叫んでる。
静かになった空間に、ラウナの声だけがしんと心地良く響いた。指定の少人数だけが入れる結界で、会話した内容は外に絶対漏れないと説明をしてくれるラウナに、口が中途半端に開いたままになる。うわー、うわーーーと頭の中で繰り返しながら、手足が疼いてラウナが言っていることが途中からうまく入らない。
「突然のことで驚かせてしまい申し訳ありません。戸惑われるのも当然だと思います。ですが決してこの結界にも私にも聖女様へ害意はありませんのでご安心ください。実はどうしてもお聞きしたいことが……」
ラウナの盗聴防止結界!!!!久しぶり!!!!!
うわーーうわーーーーと、少しでも気を抜いたら声に出てしまう。ラウナの魔法!!ラウナだけの魔法!!!
よくこれ使って仲間同士で相談したね!!!?神聖魔法にも無音魔法はあるけどあれは結界無いし範囲の音を消すだけで外部からの音は聞こえちゃうし!ラウナのこういう魔法すっっごい大好きだったよ!!ラウナは羨ましいくらい天才で努力家だからいろんな魔法を作りだしてくれて私達は助けられたよね!!
さっきまでラウナの様子がちょっとおかしいから大丈夫かなとか思ったけど、やっぱりラウナはラウナだ!この魔法はラウナが開発した魔法でラウナしか知らない魔法だから間違いない!!
嬉しくてまた踵が跳ねかけた。ここでは初めて見るんだからこんな反応しちゃ駄目だ。ッいやでもすごい魔法なのは変わらないしはしゃいでも良いよね?!
初めてこの魔法見た時も暫く見惚れてしまって結界をぐるぐる見回してたらニーロに話聞けって怒られた。神聖魔法しか使えない私には、ラウナの魔法一つ一つが宝石のようで。
「あの、聖女様?……聞いてますか?」
「ッはいごめんなさい!!なっななななんでしたっけ……?ごごごごめんなさいすごい魔法に夢中でつい……」
ッッッ最悪!!!!また、また思い出したところでまたやっちゃってた!!
一気にさっきまでの興奮がどっかに行って冷や汗が溢れた。背中を反るほど伸ばして、両足を揃えて立つ。血が冷えていく感覚に、今すぐこの場から逃げ出したくなる。本当に本当に私昔からこういう駄目なところ変わってないと視界が滲んだ。
ラウナも明らかに不審そうに私を見て、唇を結んで眉の間を狭めた。せっかくラウナが盗聴防止結界見せてくれたのに!!
首を一人で捻ったラウナは一度自分の結界を見回すと、そこでもう一度仕方がなさそうに言い直してくれる。
「……ヴァーグを、ご存じですか?」
「ヴァーグ……。……えっ?それってあの、あっちの……?」
ヴァーグ、その名前はよく覚えている。
突然ラウナからその名が出たことにわけもわからず、私は大まかな方向を指差した。同じ名前の別のものかなとも思ったけど、ラウナは指した方向にすぐ頷いてくれた。
「それです」と言うラウナに、なんで突然と思うと同時に……心臓が波立った。え、だってヴァーグって昨日の
「その町で、昨日魔物が出現したのもご存じです……よね?」
ヴァーーーーーーグ!!!!
探るように腰を低めて私に目線を近づけてくるラウナに、心の中で叫ぶ。
トロール出現したその町の名前は、さすがに私だって覚えてる。昨日だって魔物の出現から騒ぎで町の名前も聞けたから、転移魔法で駆けつけられた。
今度こそすぐに返さないといけないと、考えるよりも先に頷いた。でもあんなに騒ぎになったんだし、知っていない方がおかしいことを何故聞くんだろう。しかもラウナがと考えれば、……また心臓の鼓動が大きく鳴った。
あの町は小さくて、だけど帝都に近くて、それで時間が遡る前の未来だと
ラウナの故郷は〝今はもうない町〟で。
「……あッ?!え!!?」
「憶えがあるんですよね?!現場にいましたもんね?!」
思わず声に出てしまった私に、ラウナが肩を両手で掴み揺さぶった。おでこがぶつかりそうな程顔を近づけられ、きらりと輝いたラウナのエメラルドの瞳に吸い込まれる。
なんで知ってるの、よりも聖典の旅を終えてから知ったラウナの事情が頭に巡る。
ラウナは、家族を旅の前に亡くしてた。しかも故郷は〝今はない町〟!魔物や魔族に全滅させられた町の総称!!!
そういえば、未来ではヴァーグって滅んでた……?旅に出た時には経由しなかったし、正直全然そこまで考えていなかった。
今回も倒した時何匹いるかもわからず一気に浄化したからどんな状況だったかも知らなかったけど、未来だと討伐隊が間に合わなかった!?!
治療して回った後には駆けつけてたし、まさか滅んでるまでは考えていなかった。いやでも、結構帝都に近い町だしすぐに避難できる筈だ。トロールは確かに普通の魔法で倒すには頑丈だけど、足が遅いから逃げ切るのは常人でも難しくない。
そんなことを考えている間にも、ラウナに「そうなんですね?!」と言われて、ついまた頷いた。ラウナにこんな風に迫られてとっさに嘘とか無理!!!だってすっごいきらきらした目してるから!!!!!
「やっぱり!!ミリル達からっ家族から、聞いたんです!私の家族がその町に住んでいて……!!」
ほらやっぱりそうだった!!!!




