表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/20

10.聖女にとっての悩み


「結局無視された……」


ハァ~、と溜息を吐きながらベッドに飛びこむ。

外に出よう故郷に帰ろうと、アクセルに言葉をたくさん選んでみたけれど駄目だった。

アクセルはもう教会も大聖堂もその関係者の私のことも信じていなくて、聖典を自分で作るのが最善だと思っている。最終的には無視して聖典に没頭してた。

アクセルに無視されるのは慣れてるから大丈夫だけど、……説得なんてどうすれば良いかわからない。そういうのはずっとニーロか、もしくはアクセルの方が上手だった。


「それにしてももうこんな時間なんて……もっといたかったなぁ……」

時計を見れば、もう深夜だ。アクセルのところに訪問した時には午後だった筈なのに、アクセルを説得するのに夢中になって気が付いたら真夜中だった。

アクセルのいる地下聖堂は窓も時計もないし始終明るいから全然経過もわかりにくくって、見張りの兵士が呼びに来るまで本当に気付かなかった。…………ううん、普通にただアクセルに会えたのがうれしくて時間を忘れてた。

だって、アクセルは一番最後まで旅をして、聖典まで私を辿り付かせてくれた人だから。ニーロも死んじゃってラウナも死んじゃって、アクセルがいてくれなかったら絶対駄目になってた。


アクセルがまさかあんな状態だったのはすごく胸が痛いけれど、でもまだアクセルにできることはある。

今度はもうアクセルが地下にいることも知ってたし、絶対にアクセルにもニーロとラウナと同じように平和に生きてもらう!


「明日も朝一番に……じゃ駄目だった。皇帝陛下のもとに行かないと……。また今日のこと聞かれないと良いなぁ……」

兵士に呼ばれて地上に上がったら、深夜にも関わらず結構な騒ぎになってた。その騒ぎのお陰でずっと放っておいてもらえたようなものだけど、地上に上がった途端教皇様にも詰め寄られた。


「魔物警報が出た町に行ってはいないな?」と。


……行きました。ええ行きました。けど、そんなこと教皇様に言えるわけもなく、知らない振りを通しました。

聖典の旅に出るまで外出すら頻繁にはできなかった。帝都の外は危険だから勝手に出歩くなと教皇様は煩いのに、ここで正直に話して怒られたくもない。倒したと言っても教皇様は絶対信じない。この頃はまだ神聖魔法も高位魔法がやっとくらいだった。

そんな実力しかないのに聖女として育てられた私に、修道女の人達も遠巻きにしてた。私が聖女に相応しくないと、皆この時からわかってた。


魔法はどの系統でも「初期魔法」「中級魔法」「高位魔法」「最高位魔法」「神域魔法」に分類される。

初級魔法は子どもでもできる簡単さで、中級は技術が必要なくらい。高位魔法になると正しい知識も必要で魔力も結構使う。神聖魔法で言えば神官になれるくらい。一般人が使えたらすごいし、難易度も高いものが多い。

最高位魔法になると詠唱や魔導書への理解力がもっっと必要になるから神官とか宮廷魔導師でも使えるものは限られて、魔力もすっっっごく使う。神域はそれ以上……。と私は理解したけど、細かい区分はラウナじゃないからわからない。

私も長い旅で魔導書を習得したけど、魔力足りなくて最高位は倒れたし神域は数秒でも死にそうになった。


町に向かった転移魔法は教会や神殿、聖堂といった聖域から聖域に直接足を踏み入れたことがあるのを条件に術者だけが転移できる神聖魔法で、高位魔法。

それに、トロールに使った結界と町の人達に使った回復魔法は神域魔法だった。今の私が使えたら絶対いろいろ面倒なことになる。

まさか時間が戻って未来から聖典を持って来たなんて誰も信じてくれるわけがない。天才魔導師のラウナだって物知りのアクセルだって過去に戻る魔法なんて知らなかった。


「つ、ま、り……アクセルも信じてくれない……」

ごろんっとベッドに寝返りを打ちながら今度は天井を見る。

モイが羽ばたきながら私を心配そうに見下ろしてくれている。手を伸ばしてみれば、すぐに指先に着地してくれてすごい可愛い。首の付け根を撫でてあげながら、明日からのアクセルを考える。


アクセル・アーロ・コティペルト。エルフの独立国であるハルティア王国の第一王子だけど、事情があって生まれた頃からの半魔。

エルフは古来から闇の化身である魔を忌み嫌っているから、アクセルの半魔もずっと秘匿されていた。大昔、アクセルが生まれるより前に城が魔物に攻め込まれたことがあって、その時に王妃様……アクセルのお母さんが魔物に呪いを受けたと言っていた。

一般的に呼ばれる〝半魔〟を解く方法は呪いをかけた魔物を殺すか、もしくは魔法の浄化しかない。一番優れた浄化魔法が神聖魔法だ。

エルフは人間よりも神聖魔法を使える人口割合が多い種族だけど、それでもアクセルは治らなかった。だから神聖魔法の権威である浄化の国サデュット帝国にアクセルが任された。

でも、治らなかった。教皇様にも浄化しろとか言われたけど、アクセルだけは無理。神聖魔法だけは極めた状態の私でも、アクセルの半魔を浄化するのだけは絶対無理。

当時アクセルと知り合ってから私とラウナも旅中に調べたけど、結局方法は一つも見つからなかった。天才魔導師ラウナが無理って言ったらもう無理。


「でも、事実言ったらアクセル絶対悲しむよね……」

ピィ、と。モイが返事をくれる。

そうだ絶対アクセルを傷付ける。治らないこともそうだけど、その原因が一番。

聖典の旅で私が伝えた時も、アクセルはすごい取り乱していた。もうあんな悲しいアクセル見たくない。

今だって百年もあんなところに閉じ込められて自分でもあんなに努力した後なのに、治らないなんて私が言ってもきっと怒るし信じてもらえない可能性の方がずっと高い。

結局アクセルも半魔を浄化するのは諦めて、私達の旅に付き合ってくれることになったんだし、事実もわざわざ言う必要はないと思う。隠したまま、半魔を浄化する方法はないからこんなところからは早く出ようくらいで納得させたい。でも、半魔も治らないのにそれでも故郷に戻ろうと思ってもらえる方法なんて残すは




一年後のハルティア滅亡を話すしか。




「信じてくれないよね……」

ハァ、とまた溜息が漏れる。

アクセルの故郷であるハルティアが滅びる。生き残ったエルフは、人知れず私達の地下聖堂に幽閉されていたアクセルだけだった。

急激な魔物大発生で一夜で滅んでしまった。それを聞いたアクセルはショックを受け、結果的には自分で結界を破いて大聖堂を飛び出した。

アクセルは凄まじい魔力を持っているから、今回もきっとあの魔法陣を自力で解くのも不可能じゃない。実際今も、アクセルは閉じ込められているというよりも自分の意思で出ないだけが大きい。

だから、一年後にハルティアが魔物に滅ぼされるとわかったらすぐに帰ってくれる。王子のアクセルが言えば王様も信じてくれるかもしれない。

今から魔物大群襲撃の対策を始めれば滅亡は阻止できるし、アクセルだっていれば絶対勝てる。今度は私も絶対最初から最後まで力になる。


一年、一年……と、そればかりを呟いてしまう。

もう一年しかないとも、まだ一年あるとも言える。でも、絶対対策をするなら早いほうが良い。

最悪の場合、私一人なら転移魔法でアクセルの故郷まで最短距離で行ける。ハルティア王国の教会には一回も行ったことがないまま滅亡しちゃったから直接は無理だけど、それでも近くの国までは一瞬だ。相手が本当に魔物だけなら多分なんとかなる。でも……



『国が滅んだ日に何もできねぇで何が王子だ!!!!』 


「アクセルも、いて欲しいなぁ……」

アクセルは故郷のことも家族のことも大事だから、何も出来なかったことにすごく自分を責めていた。今度こそやり直せるんならアクセルも王子として動けるようにしたい。

だけど、国が滅ぶなんてそれこそ私が言ったら脅しと誤解されそうだ。いっそ教皇様みたいに神託……、……やだ絶対あの人と同じ方法は使いたくない。私まで穢れてしまう気がする。

神託以外で、どうにかアクセルが国に帰るつもりになってくれる方法があれば……。


ごろん、ごろんとベッドを転がりながら何往復もして、目が回ってようやくやめる。いつの間にかモイはランプの上に移動していた。

本当、旅でみんなに迷惑をかけてきた報いがこんなところで来るなんて。

頭が良いラウナなら、良い作戦を思いついた。ニーロなら、もっとすぐアクセルに信用してもらえた。皆の足を引っ張っていた私だけが、神聖魔法を習得した今も昔も落ちこぼれのままだ。


アクセルが、後悔しないようにしたい。

神聖魔法しか取り柄のない私でも、なんとか力になりたい。でも、…………どうすれば…………。

ぼんやりと開いた目で、小梟のモイを見つめる。ランプの金具に寛ぐモイの可愛い仕草を眺めていれば、それだけで癒やされた。だけど、良い方法は何も思いつかない。

今日は一日といって良いのかわからないくらい色々ありすぎたせいか、頭が上手く回らなくなってきた。次第にぼんやりと頭の中も霧がかかってきて、うつらうつらと視界が狭くなる。

モイが首を振ったり毛繕いするのを眺めながら段々気が遠くなる。最後に、ぷつりと意識が途切れる直前。



ぐるりっと首を回すモイが、()()()()()()()()見えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ