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世界にとってのハッピーエンド


─ こうして世界の平和は守られました。


「!教皇様を呼べ!!」

「聖女様のご帰還だ!」

「聖女様、聖女様、聞こえますか?!ただちに神官を……!」

「宮廷魔導師も呼べ!!今すぐにだ!」

「?!おいこれはっまさかっ……!」


「伝説の〝聖典〟を……?!」


転移魔法で故郷の大聖堂へと帰還した聖女は、聖典を抱き抱えたままそこで糸が切れたかのように崩れ倒れた。

故郷の人々の懸命な治療と回復魔法により目を覚ましたのは翌日の朝だった。


─ 聖女は故郷へと帰り


「おい並べ集まれ!!聖女様の馬車だ!!」

「道を開けろ!!!花を撒け!!」

「我らが救世主のご帰還だ!!」

任務成功を祝すパレードが始まっても、馬車の中で聖女は口角一つ動かす気にもなれなかった。

本当は外にも出たくなかったが、民の期待に応えたい気持ちが僅かに勝った。帰還した時には埃まみれで黒ずみ絡まっていたウェーブがかった髪も今は丁寧に解かれ、焦茶と黄茶の折混じった虎目石色のような髪が、カーテンの隙間から溢れる日差しに反射する。カサついた唇も髪にも香油が塗られ、血色のない肌も化粧で彩られ、一見しても聖女の不調に気付くようなものはない。

ただ空色の瞳は曇り、視線は何もない宙を映したままだ。


「……ごめんなさい……」

擦れたその声を呟いた先が、この場に居ない誰かに対してなのか、それとも歓声を向けてくれているにもかかわらず手を振るすら応えることができない民に対してなのかも、自分でわからない。

少女だった聖女は、長旅の末今はもう成熟しきった女性の声で懺悔を奏でた。今自分がこうしていることにすら罪悪感で身体を震わせる。


隣に座る教皇は、そっと彼女を肩から抱き寄せた。

父親のような存在である教皇にそうされるだけで泣きそうになった聖女は下唇を噛む。小さな子どものように教皇の裾をぎゅっと掴めば、今度は頭を撫でられその温もりにとうとう薄く涙を滲ませる。

幼い頃、教会に捨てられた聖女にとって教皇は父親に近い、最も安心できる温もりだ。何も取り柄のなかったはずの自分に神聖魔法の才能を見つけ、聖女として育ててくれたのも教皇だ。

神聖魔法を使える神官こそいても、幼くして神聖魔法の才能を開花させた彼女はまさに聖女の名に相応しかった。


─ 故郷に帰った聖女は大好きな教皇様に迎えられ


「良いんだ、エンジェラ。お前が誰より辛い想いをしたのは皆がわかっている。こうして馬車に乗ってくれただけでも、本当に感謝している」

ひっく……うぐ……っ、と嗚咽を漏らし始める聖女の背をさすりながら、教皇はカーテンに閉ざされた窓へ視線を置いた。

伝説の〝聖典〟を探す旅。世界を飲み込む〝来たる脅威〟を払いのける為、聖典の捜索を命じられた時まだ聖女は十六歳だった。任命した皇帝も、聖女たった一人に使命を命じたわけではない。

聖典の封印を解けるのは神聖魔法の使い手のみという記録があった為、神聖魔法の最高位である大聖堂で、聖女の名を冠する彼女が選ばれた。そして聖女を護る為、国が誇る有能な二名が同行者として同じ使命と聖女の護衛を任じられた。旅の途中でも更に一名同行者が増えたことも教皇は聖女からの手紙で知っていた。


しかし、帰還したのは聖女たった一人だけ。


聖典の旅はかけた年月だけでなく、旅そのものが過酷だった。敵は盗賊や疫病だけではなく魔物や途中からは魔族も関わり、熾烈な戦いの果てでようやく聖典に辿り付いた。

大いなる使命の為に立ち上がった者達も一人また一人と途絶えていた。聖典の封印を解ける聖女に全てを託し、そして聖女もまた犠牲の上で最後まで進み続けた。

聖女の旅に同行し、犠牲となった者達。自身の召喚魔も含めた全ての死を彼女はその小さな身体に背負っていた。


─ 聖女は、皇帝より心からの感謝と祝福を受けました。


「聖女よ、よくぞ我らが世界を救ってくれた。愚息のことは、気に負う必要もない」

皇帝は世界の危機を救う聖典を持ち帰った聖女を大いに労った。教皇と同じ最高権力を持つ人物。実の息子である第四皇子を失った皇帝までもが許した聖女を、他の皇族の誰が言及できるわけもない。

聖女帰還と聖典獲得に国を挙げた祭りが一か月。聖女と英雄達の銅像と記念碑が国中に建てられ冒険譚が脚色を加えながら書物にされ広められたところで、聖女は様々な思い出の地にも一人赴いた。仲間の血縁遠縁、旅で出会い知り合った友人知人可能な限りの全てを巡り、そして。


─ 国中の人々も聖女を温かく迎えます。


「ありがとうございます聖女様」

「わざわざこんなところにまでラウナのことを教えにきてくださって」

誰もが揃って彼女を讃え、感謝した。涙を見せることはあろうとも、嘆くことはあろうとも責めはしない。

世界を滅ぼすとされた来たる脅威と、その脅威を唯一退けられる伝説の聖典を探す旅。それを成し遂げた聖女と、そして聖女を護り抜いた英雄達の犠牲のもとに自分達は救われた。


「聖女様を守り抜けたんですから。アクセルもきっと本望だと思います」


羨ましいくらい心の広い人々に聖女は感謝の言葉を返し、そして己が心は救われなかった。

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