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ポンコツ伯爵令嬢と彼女のお守り役の義弟の話

作者: 蔵前

アマリツゥア王国の国境となる北西部、デュラッハン領は魔の森と接しているため、国内への魔物の侵入を防ぐべく小戦闘が常に起きている。そして戦闘が起きているならば負傷者も出る訳で、回復魔法に特化した治療師が国から何人も現地に派遣されている。有無を言わさず。


そう、回復魔法持ちと判明すれば、幼年老年問わず国に召し上げられて回復魔法技術を無理矢理に磨かれて、老年ならばそのまま、幼年者ならば十五になる年にデュラッハン領に送られるのだ。有無を言わさずに。


ここで貴族ならば免除されると思うだろう。

残念だが、貴族こそ国に奉仕する義務が重く、率先して赴かねばならない。

騎士職の家ならば、息子達を戦地に送り出しているからと娘を差し出さなくとも面目は立つ。が、文官技官の娘達は、無駄に魔力があるからこそ回復士に仕立て上げられて戦地に送られてしまうのだ。


だがしかし、金と権力のある貴族がそれを良しとするだろうか。


回復魔法発現者は男2割に女が8割だ。つまり、大体の貴族にとって家から差し出さねばならないのが大事な令嬢だ。大事な、これから政略結婚に差し出すための大事な駒を、むざむざ台無しにして良いと考えるだろうかって話だ。


つまり貴族達は談合し、彼らは国境で戦う兵士達の為という名目で前線からほど遠い場所に治療院を作った。後方でしかないそこに娘達を従事させれば、娘達は安全であり、国に奉仕したという実績にもなる。


だがしかし大事な回復士が後方に行ってしまったら、前線の兵士達を誰が回復してくれるというのか。

そこは問題ない。平民の娘達が必死に戦場を駆け回っているのだから。


俺はこの世界の不条理にうんざりした溜息を吐き、その不条理をさらに混沌化させようとしている少女、へと視線を向ける。

自分と同じアッシュブロンドは自分と違ってふんわりとした巻き毛で、瞳は青だけの俺と違って紫がかっている、という美少女だ。そしてその少女はこれから前線に行くというのに、まるで遠足に行く様子で荷造りをしているのだ。


剣の稽古用の少年みたいな恰好をし、室内なのに丸っこい帽子を深くかぶるその姿は、お忍びで町に出る時のいつもの姿でもある。


わかってんのかな?


「ツィー。俺は君がピクニックに行くようにしか見えないんだけど?」


ツィーと俺が呼びかけた、ツェツィーリア・バルシュミーデ伯爵令嬢は、俺に尋ねられた事こそ嬉しいと蕩ける笑顔で俺に微笑む。全く、どうして第二王子に婚約破棄されたのかわからない程の可愛らしい笑みだ。


あの糞野郎アロイス殿下は目が悪いのか?

単に猿並な感覚しか無いのか?


そうだよな、奴が真実の恋と言い張ったお相手のコリンナ・クラルヴァイン伯爵令嬢は、ツィーと比べ物にならない大きな胸を持っている。

年を喰ったら腰まで垂れてしまいそうな、脂肪の塊でしかない胸をな!!


ツィーだって胸はある。小柄で華奢な妖精には、小さな手の平でも覆い切ってしまう程度の大きさで充分なんだよ!!どうしてそんなことを知っているかって? 夜会用ドレスは体の線を強調する。だからか夜会に出席するたびに、ツィーは他の令嬢と自分の胸を比べる素振りをするのだ。彼女をエスコートする俺が、そんな可愛いけしからん姿を何度見ていると思っているんだ。

もう、あー、と察してしまうだろ。


「全く君は考え無しだ」


「だって、これで私は会いに行けるのよ。私達のギルに」


「私達ではないだろ。君の、だ」


俺は吐き捨てていた。むかむかする。何が私達、だ。ギルベルト・ガーブリエールはツィーが生まれた時からツィーのそばにいる従者だ。十二歳でギルと出会った俺なんか彼のアウトオブ眼中で、彼は彼の五歳年下のツィーしか見ていない、彼女だけの騎士なのだ。ツィーは彼女の乳兄妹である年上の彼が、騎士として高潔な気持ちで前線に向かってしまったと思っている。俺から言わせれば、ツィーと殿下の婚約が成立したことで失意に陥った奴の自殺行為でしかない。


大体本当に「私達の」というならば、俺への忠誠心はどうした?

次代の伯爵である俺、イーヴォ・バルシュミーデの騎士にはなりたくないのか?

そうなのか? という話になるでは無いか。


奴の為にバルシュミーデの紋章を刻んだ最高の鎧を作り、俺が奴に餞別として手渡した時も、我が君よ、という感じでは無かった。ギルは鎧に感動してくれていたが、ありがとうございました、終了、だった。心そぞろ、そんな感じだった。


「どうしてイーヴォが引き留めてあげなかったの。ギルは頑固で意地っ張りなのよ。自分から止めたって絶対に言えない人なんだから!!」


黒髪で冷徹そうな灰色の瞳をしたあの強面の大男が、チラッチラッと俺に振り返りながら去っていく場面が、俺の脳内で勝手に映し出された。

そんな場面など実際なかったし見たこと無いがな。

だが、え、ギルってそういう人だったの? 


いまさらなそんな新情報いらないし、キモいんだけど。


あの強面の大男が「行かないで」って俺からの言葉を待っていただと?

あのそっけなさはそういう意味で、心そぞろなのは俺からそんな言葉が無かったから、おかしい、おかしいって、気をもんでいたから?

そんな可愛い奴だった、と?


「イーヴォとギルは似ているよね」


俺とあいつが似ているかよ。あいつはツィーしか世界に無い奴だろうが!!って、思わず言い返そうとした自分を俺は抑えた。ギルの恋心を鈍感女に教えてやる必要なんかない。そんなことしたらツィーがそういう目でギルを見るようにって、


ちくしょう、やっぱ似てたか。


俺はいつもの鼻持ちならない男の仮面をかぶり、出来る限り偉そうに言い放つ。


「似てねえよ。とにかく行くんなら俺の言う事を聞けよ? 次期当主として俺が一族の女達を守らなければいけないんだからな」


「うん。頼りにしてる。あ、そうだ。イーヴォにあんまり面倒を掛けないようにね、私は変装する事にしたの。じゃじゃーん」


ツィーは自分をキノコの妖精にしていた帽子を脱いだ。

そして俺は今から面倒をかけて来た義姉の行動によって絶望に落とされた。

その格好は男装していたってことか。

絶対にお前が男に見えるはずはねえし、短い髪が似合い過ぎて可愛らしすぎるじゃねえか!!


       ――――――――――


俺達の領地から辺境で前線基地となるデュラッハン領までは、魔導列車で二日かかる距離にある。まず王都行きの列車に乗り王都の駅からデュラッハン領行きの列車に乗り換える必要があるが、我が領から直接向かっても馬車で一週間以上かかる距離がたった二日と短縮できるのだ。使わない手はない。


だが、思い立った行動を反省する前に目的地に着いてしまうのは残念でしかない。

いや、馬車にすれば途中で旅路が辛くなり、ツィーは思い直してくれただろうか。もう考えるな。切符やら何やら手配したのがツィーならば、俺の切符も同じ個室で用意してくれたのがツィーならば、俺がどうこうできるはずは無い。


いや、どうこうすべきであった。


俺達が出会った十二歳の時と変わらず、俺を意識しないで生着換えをし、二段ベッド上段で可愛い寝息を立てられる人に、俺という男を意識させるべきだった。


出来てたら今なんてねえよな。


俺はどうして魔導列車なるものを考案してしまったと思いながら、右手で二人分の鞄を背負うように担ぎ、左手でツィーの手を引いて列車から降りる。


「イーヴォは本当に凄いよね。私が体を壊したお祖母様が心配だからお祖母様と一緒に住むって言ったら、たった二時間で行き来できる魔導列車を発明して領地に敷いてくれたんだもん。それで私が殿下の婚約者になったら王都にも、でしょ。バルシュミーデ伯爵領が豊かになったのは全部イーヴォのお陰だよね」


「そうかな。俺がこんなのを考案してしまったから、ツィーがあんな奴の婚約者にされてしまったんじゃないのか?」


「そうだよね。私は男の人を魅了なんかできる外見じゃ無いものね」


「ちがうよ。俺が目立ったせいで隠していたバルシュミーデの宝石が見つかっちまった、そう言う話なんだよ。それでな、あの馬鹿王子は、可愛い婚約者へのムラムラを手頃なので解消してしまったって奴。君が落ち込む必要なんてない」


「ありがとう。イーヴォって本当に優しいから好きだよ」


ツィーは俺に向かってにこっと微笑む。

俺は少年の扮装をしているツィーの帽子を押さえ、彼女の頭を下げさせる。


「うきゃ」


「ほら、男のふりなんだろ。あんまり顔を上げてんな」


「もう。でも、そっか。私はイーヴォの従僕のふりだったね。荷物をって、どうしてイーヴォこそが二つも持っているの? 私に持たせなきゃ」


「俺はサクサク宿へ移動したい。荷物の重さに転がる君を抱き起す時間こそ勿体無い。それに」


俺は口どころかホームを歩く足を止める。

俺の目の前には俺を出迎えに来たらしい(全く余計なお世話)この地の領主、長めの金の髪をたてがみのように靡かせた大男、レオンハルト・デュラッハン辺境伯が立っているのだ。ここからでも目を引く男は、体格が良いだけでなく顔の作りも見事としか言いようがない。


俺は腕にツィーをぶら下げている自分の格好が間抜けだと思いながらも、伯爵として(まだ継いで無いし叔父には長生きして欲しい)の威厳をかき集めた。

この仔犬か仔猫か妖精そのものの伯爵令嬢(ただし男装中)が俺にくっつき、可愛らしすぎる顔で「誰かな?」と俺とデュラッハンを見比べている時点で、威厳も何も無いし、辺境伯の方が身分上だから実はへりくだらなきゃいけないんだけどね!!


「来たか。バルシュミーデの金の梟」


俺の両目は一瞬で細められ、威厳どころか顔つきは、スン、と無表情なものに変わる。金の梟って、大の男が貰って喜ぶ二つ名じゃないよね。


「そうなんです!!イーヴォ様はバルシュミーデ領に知恵と財を与えて下すった金の梟なんです!!神話の神様ぐらいに凄いんですって、痛!」


俺はツィーの額をデコピンしていた。

大して痛くは無いが、余計なお喋りの口を閉じさせねば。


お前は可愛いんだよ、余計な男の気を引くんじゃねえ!!


「バルシュミーデ殿?」


「従僕が失礼しました。幼いので初めてのお出掛けに興奮してしまったのでしょう。デュラッハン閣下、わざわざお迎えいただき感謝いたします。ですが今回は私ごとでしかない訪問でして、お許しいただけるならば失礼させて頂けると」


「我が家にご招待します。勝手ながら、ご予約された宿はキャンセルさせていただきました。ええ、非公式は先だって前触れで存じております。かえってあなたと親密になれる機会だと、私こそ勇んでしまいました。私のことはレオンと」


俺と辺境伯は社交的な笑みを見せ合い、しかし、見えない火花を弾けさせた。

デュラッハンは俺から奴が望む何かを出させたい。

俺は、嫌に決まってんだろ、という視線だけでバチバチさせたってこと。


「デュラッハン閣下、わたしは」

「レオンと、イーヴォ殿」

「レオン。――では、私のこともイーヴォで」


当主の座についてから一度だって砦を落としたことが無いレオンハルト・デュラッハン辺境伯は、俺から一本取ってやったという笑みを見せた。


「イーヴォ、君を我が家に招待できるのはこの上なく光栄だよ」


そうかい、俺は全く嬉しくないんだがな。いいか、お前は俺の邪魔してんだよ。

俺がこのふざけた男装令嬢を出来る限り隠しておきたいっていう思惑を、お前は思いっ切り台無しにしてくれたんだよ。


       ――――――――――


俺はレオンハルトの屋敷にて、奴がしっかりと俺の大事な義姉(ツェツィーリア)を女と見做して部屋割りをしてくれた事を知った。普通従僕は客室に備えられている従者用小部屋か、無ければ従者専用の個室を与えられる。しかし彼はドアによって続き部屋となっている部屋でもなく、全くの完全個室の客室の一つを俺のツィーに与えたのである。


大した荷物のない俺が部屋に落ち着くやレオンハルトが俺の部屋にやって来たが、奴は俺を自分の兄弟のようにして扱う気らしい。

ならば。


「その思いきり不機嫌そうな顔! まさか一人で寂しいのは君の方じゃないよね。ええと、君の従僕? のツィーちゃんは、素敵なお部屋ってぴょんぴょん跳ねてくれたというのにね」


「あれは子供なんで。それで、もしかしてあれを人質に、なんて考えてます? あれはあなたじゃ手に負えませんし、俺こそあれに何かしようとする奴は許せません」


「ハハハ。何もしない。だが、君と相談だけはしたかった」


レオンハルトは勝手に俺に与えた部屋を突っ切ると、ベランダのある窓のカーテンを開いた。空は薄暗くそろそろ日が落ちるだろう。けれどそのために遠くで戦闘が行われていると分かるのだ。

殺し合いで放たれる破壊魔法の光が弾けては消える。

何も知らなければ花火にも見えるが、光の数だけ人が傷つき死んでいっている。


「遊びで俺達が来たと思ってたのか? 俺達はあそこに飛び込むつもりできましたけどね、って、ああ、なんってことを、貴様!!」


俺は怒りのままレオンハルトに飛び掛かっていた。

俺よりもずっと背が高く歴戦の男が俺如きの力でぐらつく事は無いが、俺が飛び掛かった事には少々驚いていた。彼は俺をいなすどころか、俺に従順に襟首を締めあげられなければいけない状況なのだ。


俺の手にはレオンハルトの喉を一瞬あれば突ける暗器が握られている。

指の長程度のつまようじの様なナイフだが、柔らかな皮膚を裂き動脈を切断ぐらい簡単にできる。


「驚いたな。バルシュミーデは血生臭いこと一切出来ない一族だと思ってた」


「俺の母は平民だった。どうしようもないね。純愛を貫いて駆け落ちしたというのに、永遠の愛どころか俺の父はさっさと死んだ。残された女とその子供はどうする? やれることをやって命を繋ぐしかない。わかるだろ」


まさか父親の弟が自分の跡継ぎにするべく俺の存在を探し当て、自分の娘と一緒に同じようにして育て始めるとは思わなかったがな。そうだ。俺がツィーを愛しても奪わないのは、現伯爵で俺の叔父であるツィーの親父に恩義があるからだ。


「そうか。君の身の上はわかった。私を殺して君が貴族籍を失っても構わないと思っていることも。だが、私をなぜ殺したい?」


「ツィーにあれを見せたからだ。俺にしたように、あの戦闘の狼煙を見せたのか? 見せられた後のあいつの気持ちを考えたのか? あの光の場所で、音信不通になったあいつの大事な奴がいるんだよ?」


「い、いや。女性にはあんなものは見せられん。見せないために君と部屋を違えたんだ。彼女の部屋は廊下を挟んでの君の部屋の向いだろ」


俺はそうだったと息を吐き、レオンハルトから離れた。

もちろん、離れる時にはレオンハルトから報復を受けないようにと、注意を払いながらだ。だが、彼は何もしなかった。俺ばっかり考え無しで狂犬かよ。


「すまなかった。私の軽挙だった」


「いや。俺こそすまなかった。三日寝ていない」


「列車では同室だったな」


「護衛を連れて来なかった。手の届くところに置いておかねば守り切れない。俺の失策だ。それで、あんたは俺に何だって?」


「ハハハ。その話し方はいいな。では私もざっくばらんに行かせてもらう。私は壁が欲しい。あそこを戦場のままにしておきたくない。魔獣が湧き出る魔の森と人の住む地を穿つ壁を作りたいんだ。君にはできるだろうか?」


俺は窓の向こうを眺め、わからん、と呟いた。


「わからん?」


「実際を見なきゃ、そうだろ?」


「そうだな。では私は君達の案内となろう。君達の護衛だと思って構わない」


俺は、大きく溜息を吐く。

王子に婚約破棄されたと喜んで領地に帰って来た馬鹿が、キラッキラッの瞳で俺に向かって喜びの声を上げた事を思い出したからだ。


「これでギルの所に行けるわ!!」


「実際を見なきゃ、ああ、納得できる気がしねえ」


そう言えば、ギルが音信不通と言い出したのはツィーだったな。

あれは会いたいが故の嘘だったのかな。で無きゃ、あんなキラキラしてないよな。

辛くとも俺は、ギルと再会したツィーの姿を見なければ。

ツィーが幸せならば、俺はギルとツィーの婚姻を認めるしかないけどね。


       ――――――――――


出発は翌日だ。

俺は男装しているツィーを出来るだけ人目に付かせたくなかったし、レオンハルトは勝手に俺に期待しているどころか、機嫌のよい犬状態だ。

レオンハルトが俺をお家に返してくれなくなったら困る。

目的地に急ぐしかない。


だが俺は馬の背に乗って移動しながら、この進む道にレールを引いたらどうなるのかなと考えていた。ただし、レールに乗せて飛ばせば魔導列車ぐらいの重量のものを魔獣にぶつけることができるが、レールに乗せるために方向や標的を臨機応変に変えていくことはできない。


「では大砲か? せっかくならば、魔導列車のように自走できる砲台を考案した方が良いのかな」


「それは素敵だ。いくらでも金を出すし、出させよう」


「うお!!」


俺は隣に馬を並べた大男へと振り返る。

俺が乗っているのは普通の乗馬用の馬ではなく、デュラッハン家が調教した軍馬である。乗り手が適当でも、ちゃんと道を違えずに歩いてくれる。俺はそれに甘えて注意散漫になっていたようだ。


「大きい声を出したら、ツィーちゃんが目覚めてしまうぞ」


「気軽にツィーちゃんって呼ぶな」


俺の腕にはツィーがいる。

彼女は乗馬は得意だが、従僕が乗馬が得意なわけは無いと俺が言い張り、それを信じた彼女は俺の胸に背中を預けた格好で馬に乗っていたのだ。そして俺は彼女を抱き締めている状況を堪能どころか、この状況から気を紛らわせる必要に迫られた。よって、現状の戦況を覆せる道具について色々と考えていたのだ。


「私が彼女をツェツィーリア嬢と呼んでも良いのかな?」


俺が舌打ちをすると、レオンハルトはいい声で笑った。

彼のこんなに若々しい声は初めて聞いたな。


「楽しそうだな」


「ああ。楽しいな。物心ついた時から、私は領地を守らねばならないと考えねば行かなかった。怖い逃げたいなど一切考えてもいけなかった。それが、君達といると、君達のことしか考えられないんだ。楽しくないわけがないだろう」


「そういえばお前、独身だったな。婚約者もいないのか?」


「婚約者、ねえ。跡継ぎを考えれば仕方が無いが、無理矢理に連れて来られた平民の回復士の少女達、そして、税金がわりに徴兵された兵士達。彼らは故郷に大事な人を残したまま来ているんだ。それなのにここで命を散らしている。果たして、私は恋などして良いものだろうか」


「フッサフッサのたてがみして、言う事は女々しいな。せっかくここに若い女が集められてんならさ、そん中から好いた女を喰えばいいだろ。そいつらの誰かを愛して女房にすればいいだろ? そうすりゃ、お前の愛人になりたい奴がここに押し寄せてだな、嫌々来ている奴らは故郷に帰れるかもしれない。でもってだな、辺境伯の妻の座を求めに貴族の娘達も来るだろ? すると、金持ちの妻を娶りたい騎士達だって押し寄せる。徴兵された兵士が帰郷できるほどにな」


「ハハハ。君は最悪なくせに、楽観的だな」


「最悪と楽観的は一緒に出来なくねえ?」


「いやあ、君の提案は最悪だよ。だけどね、君が考えるその提案の結果は、全員が幸せになっている。とっても楽観的だよ」


「では、うじうじさん。現実的ってところを教えてくれないかな」


「前線から離れた場所にある治療院という名の女の園があるんだが、そこは貴族連中が自分の娘を守るために作った場所だ。彼女達の親達は私との結婚、あるいは、彼女達に素晴らしき結婚相手を私が紹介する事を望んでいる。私にそこに顔を出せと、私は何度も呼びつけられてもいる。陛下からは、前線で疲弊している乙女達に心配りをしてやれと、余計な口出しまでされてる」


「うえ」


「そう、うえ、だ。私を憐れに思うならば、戦況を上向かせられる何かを考案してくれ」


「うえ」


「やっぱり君は最悪だ。金の梟は自領しか興味が無いか」


「ハハハハ。その呼び方する限り、何も手を出してやらねえ」


「そうか。金の梟が何かも知らないくせに」


「神話だろ? 知恵と富の神だ。それだけのものさ」


「愛の使いでもある。乙女達が小物に金色の梟のモチーフを持つのは、金の梟が恋を叶えるおまじないだからというわけだ」


「初耳だな」


「そうか。では教えてあげよう。永遠の命を持つ金色の梟はね、森に棲む綺麗な茶色の梟に恋をするんだ。だが彼は神様。だからね、愛したただの梟を手に入れる為にと、彼は泥沼に潜るんだ。神聖を捨てるためにね。そして単なる梟になった彼は、ただの梟でしかないメスに求愛するんだ」


「知らねえ。どこの国のおとぎ話だよ。聞いたことない」


「我が国で女の子に一番人気な絵本の物語だよ。金の梟ってそのままの題の」


「――絵本か。そっか。ツィーは絵本が好きだもんな」


「絵本が好きだなんて、彼女はやっぱり幼いのかな」


「絵が好きなんだよ。ツィーは。絵を見るのも描くのも」


「そうか、じゃあ幼くないな」


俺は意味ありげに微笑んだレオンハルトの顔が憎らしく、横にいる奴を振り払いたい衝動にかられた。なので内股で馬の胴体をきゅっと絞める。訓練された馬は走れという命令と受け、速足から駆足へと変えた。

俺はツィーが鞍から落ちないようにと、彼女の体をさらに強く抱きしめる。


王子の婚約者という最高の座にいた姫君は、きっと愛したただの男の為に婚約破棄された傷もの令嬢になったのだ。

ハハハ、君はそんなにもギルに恋をしていたんだな。


       ――――――――――


魔物出現は日が落ちかける夕方から朝日が昇るまでの間だという。

まさに魔物だ。

では太陽が天高く昇っている昼時は、人間達がしばしの休息を取れる時間である。


「ひどいわ」


魔の森に一番近いキャンプに辿り着いた俺達は、いや、ツィーは、現状を目にするや俺の止める間もなく馬から飛び降りた。そしてそのまま救護者用の仮設テントへと走って行った。


「止めないのか?」


「止めても走る。今のところは安全だし、ツィーは回復魔法持ちだ。好きにさせた方がいい。今後のあいつの安全を考えれば、特に」


レオンハルトはニヤッと笑う。

貴族籍の回復士は前線に一歩たりとも近づかないのに、ツィーは伯爵令嬢であるのに前線に来たばかりか必死に救護活動を行うのだ。また、彼女は王子に婚約破棄されたばかりでもある。


俺はここに来るまでにツィーに少々言い含めてもいた。

婚約破棄されたからここに来れたの、と嬉しそうに彼女が言えば、王家こそ前線の兵士を軽んじていると兵士達は思う、また彼らの手紙を受け取った家族はそれを広める。

そうしたら?


王子の新たな婚約者も前線にて奉仕活動をせねばならなくなる。

そうしたら?


前線から遠く離れた保養所で回復士ごっこをしている乙女たちも、この前線に来なければいけなくなる。


うん、馬上で考えたにしては良い案だ。

ツィーこそとっても嫌そうな顔をして、できない、と俺に言い返した。


「聞けよ、男の子の格好をして男の子みたいに髪の毛を切っていても、君は絶対に男の子に見えないんだから今後の身の安全を考えれば仕方が無いんだよ。ここは、可愛いのに可哀想な身の上を前面に出して、男達から保護欲を掻き立てるべきなんだって」


「他の男の保護欲を? いいの? イーヴォは」


「何で俺なの。君が名前を出す相手はギル、だろ」


「そうね。そうだったわね」


何がそうだったのか。

とにかくツィーが俺の言う事は聞けないようだったが、そこらじゅうで怪我している男達の姿を見て「治療しなきゃ」の意識しかなくなったので良しとしよう。

第二王子に婚約破棄された、は、俺とレオンハルトがお涙頂戴で広める。

レオンハルトの先程の俺に向けたにやりは、わかっているぞ、という了解の印だ。


「心配じゃないの? 狼ばかりの所に放って」


あれ? だが、まあ、そういう心配あるよね。

もしそんなやつがいたらな。


「狼だった奴らがいたら、ハハ、わかんだろ」


「確かに。私もその場合は、だな。だがわからない奴がいるかもしれないってことで。おい、ヘンダーソン。ちょっと来い」


レオンハルトに呼ばれた男は当たり前のようにして彼の元に駆け付け、そして、ツィーへの保護の命令をレオンハルトから受けると、深々と俺に頭を下げた。


「ご安心を。金の梟様」


俺は俺に対する呼称について、デュラッハン領の騎士の奴らにわからせないといけないのかもしれない。


「きゃああ!!イーヴォ、イーヴォ!!」


救護テントから悲鳴が上がった。

ツィーの声だ。

俺は弾かれたようにして駆け出して、だが、テントを開くその瞬間に躊躇した。

ギルに何かあったら。

それは、俺が一瞬でも願っていた結果を目にする事になるのでは?


「イーヴォ!!」


奥歯を噛みしめ、俺はテントを開ける。

そして、がくっと足から力を失った。

ツィーが俺に向かって駆けよって、俺の体にしがみ付く。

俺は、完全に膝を地面に打ち付けている体制のまま、俺こそたった一つのよすがを失うまいかとツィーにしがみ付く。


ああ、認めるよ。

俺だってギルを兄として考えていた。

あいつは大事な家族だったんだ。


「どうして、どうしてなの。ああ、ギル」


ツィーの肩越しに地面に横たわる、人だったものが見える。

ツィーを抱き締めていても、目を晒すことも目を閉じる事も出来ない、彼であったそれがそこにあるのだ。


鎧に特徴的なものが無ければそれが誰かわからない焼け焦げ、黒ずんだ赤い肉人形にしか見えない遺体がそこにあった。

俺が餞別で渡した鎧には、バルシュミーデの紋章が胸に刻まれている。


「嘘だろ、ギル。ちくしょう、ギル!!お前を自由にしなきゃ良かった。お前を無理矢理にでも俺の騎士にしておけば、こんなことには!!」


「それは本当ですか!!」


俺とツィーは聞き慣れた声にびくりと固まり、それはもうそろそろと、同じ動作でテントの入り口を見返す。

大柄でテントの入り口全て塞ぐような存在感だが、均整の取れた体格に整った顔立ちで、爵位も無い騎士ながらバルシュミーデ領では一番結婚したい男。

ギルベルト・ガーブリエールが珍しくキラキラした目でそこにいた。


「――てめえ、お前。俺がくれてやった鎧など紙くず程度か」


「そんな。違います。鎧を盗まれただけです。それで戦死報告が上がったので急いで参った次第でして」


「盗まれんなよ。剣と鎧は騎士の魂じゃ無かったか。簡単に脱ぐんじゃねえ」


ギルはすっと俺から顔を背けた。

そして、耐えるんだ、という風に両手をぎゅっと握りしめた。

俺に見えたのは、ギルの首筋にある虫刺されの様な赤味と、拳を握ったせいで存在を強調されてしまった結婚指輪である。


俺はツィーを少々乱暴に突き放し、その動作のままギルに向かっていた。

ギルは俺の動作を受け止めるどころか、俺の勢いそのまま後ろへと吹っ飛んだ。


「イーヴォ!!」

「ギルベルト!!」


俺がもう一発奴の顔を殴ろうと腕を引いたが、俺の背中には柔らかいばかりの温かいものが貼り付いた。

ツィーの叫びと同時に聞こえた、もう一つの声の持ち主か。


「離せ!!」


「お許し下さい。ギルを殴らないで下さい!!」


「関係ないだろうが!!俺の大事な女を捨てた男だ。俺の大事な女が別の男のものになったからと、あっさり諦めた奴だ。それは構わねえ。俺だって同じだ。だが、ツィーの純情を台無しにしたのは許せねえ!!」


「違います!!イーヴォ様、リイナも、違う。俺はリイナが前線に送られたからここに来たんです。ツィー様は殿下と結婚が決まったならば俺は不要だ。ならばと、愛した女を守るために俺はここに来たんです!!」


ガツッ。

俺の拳は地面を叩く。

すると俺に後ろから抱き着いていた女は、俺からパッと離れてギルへと向かう。

俺が奴の体の上から退けば、結婚したてらしき男女の抱き合う情景だ。


「畜生!!」


ツィーを俺のせいでさらに傷つけちまった。

ツィーは。


ドンッ。


俺の背中に柔らかいが先程よりも柔らかくないものがぶつかった。

今度こそ、これは俺の愛した女の方だ。


「ごめん」

「ありがとう」

「すまない」

「どうして謝るの」

「勘違いで、君をさらに辱めた」


「本当に勘違いだわ。私の純情はあなたへなのに」


俺はぴしぃと固まった。

それから俺は数分前の自分の吐いたセリフを思い返す。


「……えー、俺の気持はわかってた?」


「ようやく分かった。姉としか見てもらえないと思った。だから、髪を切っていつもと違う私になれば、私をもう一度見てくれるかなって。わざと個室を一緒にすれば、体だって見せれば、あなたが私と結婚してくれると思った。もう、責任感でも良かったの。私はあなたと結婚したい!!」


「ちくしょう!!」


「ごめん。そっか、大事ってやっぱり姉としてだよね」


「あほう」


「イーヴォ?」


俺は背中に引っ付く最愛の人を優しく引き剥がし、次には少々乱暴に自分の腕の中に閉じ込めた。


「列車に乗る所からやり直したい。いや、君がチケットを手に入れるところからだ。俺はその日のうちに君にプロポーズし、新婚旅行の足として特別個室を君に用意していただろうからな!!」


俺はツィーの言葉を待たずに彼女を腕から解放する。

なぜならば、今すぐ跪いて求婚せねばならないからだ。

十二歳の時に出会ってから、ずっと愛していた女性だ。

彼女が俺のものになるならば!!


「ずっと愛していました。俺の妻になってくれますか?」


「ええ、ええ!!」


ツィーが俺の手を取るどころか、やっぱり俺に抱き着いて来た。

俺は、義理だと何だと、今まで自分を自制していた全てを捨て、愛する女に愛する心のまま口づけた。

その視界の中、レオンハルトが俺に軽くウィンクし、見て見ろって言う風に顎をしゃくった。


もしかして、こいつとツィー、あるいはギルが手を結んでいた?


ツィーとの思い出の場を俺が絶対に魔物に奪われないように、俺が最終破壊兵器か完全防御装置を考案してくれるかも、と?


       ――――――――――


三か月後、デュラッハン領は魔物の制圧に成功した。

魔導士として名高いバルシュミーデ伯爵家ご子息により、まず魔導列車を動かすものと同じエネルギーを発射できる移動型大砲が考案され、それによって湧き出た魔物の一斉掃射が可能となったのである。また、魔物の到来を知らせるだけでなく壁に触れた魔物を感電死させる防御壁も設置されたのだ。

功績によりイーヴォ・バルシュミーデ個人に新たな爵位を授けられそうになったが、彼は妻も自分もバルシュミーデのままでいたいと辞退した。

その代わりとして、妻以外は自分を金の梟と呼ばないでくれ、が、彼が王に求めた願いだった。


もしかして彼はその気になったら国ぐらい簡単に滅ぼせそう? と思ったのか、王は少々脅えた感じでこそりと伯爵令息に尋ねた。


「アロイスのことは、いいのかな?」

「愛するツェツィーリアを妻に出来たので、恩赦です」

何度も修正申し訳ありません。誤字脱字ポロポロで。

レオンハルトがいつの間にやらラインハルトになっていて、自分ヤバイなあ、と。

見直し三回、それで投稿してこれって、本当に読んで下さる皆様申し訳ありませんでした。

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ツィーちゃんの無邪気さがとても可愛らしく、物語全体に温かみを加えてくれますね♪とても魅力的で、一気に引き込まれました。 回復魔法が使える者たちが戦場に送られる一方で、貴族たちが大切な娘を守るために治…
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