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非常事態❻

したらこの垢の塊から産まれたこの別嬪さんには、何と名付けたモンだろかと半ば夢見心地に考えている内に、姿こそは美しくはなったものの、やはり中身はガグールのままの若くて醜い、それでいて絶世の美女という老婆は、金も払わずにフルーツ牛乳を一気飲みすると、口の端から零れた滴が、引き締まった首筋から胸へと流れて、ピンと尖ったピンクの乳首の上で、まるでスキーの選手がするようにヒョイとジャンプをしたものだから、ふと地元の長野オリンピックスタジアムの事も思い出し、しかしそれでも印象深いのは札幌オリンピックの日の丸飛行隊だったりする訳で、するとやはり太平洋戦争の記憶が蘇ってきて、戦後の闇市は、そうそう、ちょうどこんな賑わいだったなあと、遥か昔の少女の目で脱衣所に掛かったテレビを見上げていた自分に気付いたのは湯冷めしてヘクシッ!と咳が出たからで、しかし令和の時代らしからぬ猥雑で活気に満ちたこの光景は、いったいどうした事だろうと首を捻っていると、すぐにテレビのアナウンサーが、なんだすぐ隣の一日市場の地名を告げたものだから、コレで決まりだ、一日市場こそがワシの行くべき約束の場所だと、十字架ではなくガラスで出来た水晶玉と、馬小屋の代わりのテント、そして悪魔の祭服のような毒々しい色のローブを頭からスッポリと羽織ると、ちょうど通り掛かった軽業師の一団に紛れて、スパンコールを縫い付けた際どい衣装のブランコ乗り、そして休日には同じ赤と白の衣装を着て、寂しい路地裏で少年たちを待ち伏せしては、背中に背負った大袋に入れて攫って来るのが趣味だと話す内気なピエロ、更には継母に邪険にされた挙げ句、遂には食費を節約する為と、ムカデ人間の施術をされてしまった、三つ子の悲しい身の上話などに夢中になっている内に、気付けばスカイツリーの根本へと来ていた訳で、すると魔女の婆さんは別れの挨拶もそこそこに、件の象を引っ捕まえると、さあ見つけたよ、さっさと手伝いな、と象の鼻先にテントを押し付けて、設営やら客引きやらと凡そ器用な人間でも音を上げる労働を命じたのであった。


 ちょうどその頃、スカイツリーの住人を隔離する、一万ボルトの電流を流したバリケードの見張りにも飽きて、暇つぶしに頭上を舞っている鳥に向かって射撃をしていた若い隊員が、ふと象の呼び込みの鳴き声に気付くと、見ればそれはいつかの夏、友だちと夢中になって作った、シークレットベースのような温もりを感じる粗末で素朴なテント小屋で、まるで引き寄せられるようにして中に入ると、そこには想像していたガーゴイルのような魔女ではなく、乱歩が押絵にして持ち歩いたような、幼くも妖しい魅力を持つ少女が、ちょこんと座って水晶玉を覗いていたものだから、

この水晶玉は本物なのか?

ただのガラス玉だよ、本物の魔術師なら、道具なんか何だって良いんだからね、と自信たっぷりに云うので、

だったら占ってもらおうか?

 小さな手で水晶玉を撫でると、ふむふむ、こんなのは序の口だよ、とまるで預かった言葉を復唱するように、魔王が扉をこじ開けたせいで、間もなく室山で、世界が引っくり返るような事件が起きるよ、乱暴な連中がやって来て、SDGsは踏みにじられるよ、原子力に変わるクリーン・エネルギーが見つかって、経済が混乱するよ、そのせいで産油国がテロ国家になるよ・・・

あ〜、そんなのはどうだって良いんだ、勝手にやってくれって話だ、俺だよ俺、この俺を占ってくれよ!

せっかちだねえ、そんなんじゃとても、新世界で長生きなんか出来ないよ。そうだねえ、アンタの会社(?)は無くなって、銃を捨てて剣で戦う事になるよ、どうやら出世は望めそうにないが、仲間に恵まれれば、きっと暮らしてゆくぐらいは出来るだろうよ。

何だよそれっ! デタラメばかり云いやがって、あー、気分ワリィ!

ちょっと、お金はっ!

占いが当たったら、幾らだって払ってやるよッ!

その言葉、忘れるんじゃないよ・・・

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